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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
231/324

交わりゆく定めの下で

 帝歴403年12月27日


 冷たく、肺が凍るような寒さの朝。

 俺ことシラフは、いつものように現在の護衛対象であるシグレの送り迎えの為に彼女の住む寮の元まで訪れていた。

 

 「今日はいつもより遅いな……。

 シグレにしては珍しい」


 現在の時刻か朝の7時頃、いつもなら俺が迎えに来るのを逆に出迎えるくらい時間には特に厳しい人物である。

 しかし、今日は珍しく時間になっても部屋からは出て来なかった。


 「仮に少しでも遅くなるなら……。

 彼女なら事前に連絡はしてくれるはずである」


 多少の心配に駆り立てられると、背後から声を掛けられた。

 

 「もう来てたの、シラフ?!

 て、もしかして時間過ぎてたかしら?」


 声の元を振り返ると、運動着姿の彼女がそこにいた。

 背中には、練習用の木刀を抱えており近くの公園で日課の鍛錬をしていた様子なのだろう。


 「いや、時間は大体いつも通りだよ。

 いつもシグレの方が早過ぎるくらいだ」


 「そう……、ごめんなさいすぐに着替えて支度するから」


 そう言って彼女は自分の部屋に入っていく。

 いつになく慌ててる彼女の様子に俺は珍しいと感じた。

 まぁ、たまにはこういう日もあるのだろう。


 数分程部屋の前で立っていると、部屋の扉が開きいつもの彼女が現れる。

 しかし、髪の細かいところに若干荒れ気味に見えた。

 普段の彼女なら、幾ら忙しかろうと手入れは欠かさないはず……。

 傍目から見れば普段通りの彼女なのだが、今日は何処か違和感を感じた。 

 いつになく挙動不審で、まるで別人のように思える。


 本当は体調が優れていないのだろうか?


 「お待たせ、では行きましょうかシラフ」


 「本当に大丈夫なのか?

 いつになく抜けているのが目立つんだが……。

 何処も身体は悪くないんだよな?」


 「そう見えましたか?」


 「ああ、まぁ本人が大丈夫って言うなら俺も強くは言えないが……。

 体調が優れないのなら、休むのも考えものだとは思うよ」


 「ええ、確かに今日は調子は優れないかもしれませんが身体は特に問題ありません。

 精神的な問題ですから……。」


 「精神的?

 悪い夢でも見たとかか?」


 「そんなところですね、少し昔の夢ですよ。

 たまに見ては、こうして身体の調子が狂うんです。

 馴れたはずなんですけど、今回は一段と鮮明だったなぁ……」


 何処か遠いところを見ているかのように、彼女は昔の事のように乾いた声で軽く呟いた。

 

 「そうですか………」


 俺は言葉が見当たらず、ただそう告げ受け止めるしかなかった。

 俺の困った様子を汲み取ったのか、目の前の彼女は補足するように言葉を続ける。


 「今もねカタナを握っているとたまに震えるの……。

 自分の犯した過ちが、今も苦しめてる……。

 でもね、貴方が炎を扱えない時は違う。

 私が勝手に突き進んで、周りを傷付けてしまった。

 単なる私の自業自得だから……」


 そう告げた彼女は俺の横を通り過ぎると、いつもの凛とした佇まい姿で俺に声を掛ける。


 「さてと……、暗い話はおしまい。

 さっさと行きましょうか……。

 このままお互い遅刻は御免ですからね?」


 「確かに、そうかもな……」


 シグレそう言われ、俺は彼女の後を追うように歩き始める。

 いつになく弱気な彼女の姿に、心配の念が頭に残り続けていた……。


  その日の昼休みを迎えると、最近よく集まる人達もとい、護衛対象であるシグレと他クラスであるが昔からの親友であるテナ、そして色々あって何故か懐かれ気味のアクリと共に昼食を共にしていた。

 

 というか、今更ながらに自分の周りの女性陣がやたらと多い事に若干驚きと同時に戸惑いを覚えてくる。

 テナは昔からの間柄なので、そこまで気にしないが……。


 「ちょっと、シラフ?

 僕の方ばかり見て、安全地帯だとか思ってない?」


 俺の視線に気づいて呆れ気味にそう呟いた、シグレご本人。

 確かに事実かもしれないと若干思いつつも俺は否定を入れておく事にし、話題を逸らす。

 

 「いや、そんなことはないはずだ。

 てか、何で二人まで来ているんだよ?」


 「えっと……、僕はほら自分のクラスだと人がいつもうるさくてね……。

 なんか知らない内に、色々とややこしい事になっててさぁ……あはは……」


 薄ら笑いをしてうやむやに誤魔化すテナ。

 どうやら訳有りのご様子だと俺が察すると、ソレを知っていたのか俺の隣に座るアクリが口を開いた。


 「テナさん同じクラスの女子達からモテモテなんですよ。

 ルーシャ様から聞きましたよ?

 この間なんか、帰り道を何人かに尾行されていたとか」

  

 そう言って行儀よく少量、いや普通の量の昼食に少しずつ口を付けた。

 向かいに座る等のご本人は、自分の顔程はある量の山盛りのソレを口へとかきこんでいた手が止まる。


 「あーそっか、ルーシャの方からもう聞いてたんだね。

 まぁでも実害は今のところないし、とりあえず放っておいても大丈夫なんだとは思ってるけどさ……」


 テナはそう言うが、言葉を終えるとすぐにため息が漏れている様子。

 まぁ、昔から同性からも人気はあるとは思っていたがとうとうストーカーさながらの奴まで現れるとは……。


 「テナさんも色々大変なんですね。

 あー、でしたらシラフの今住んでる寮に引っ越されてはどうでしょう?

 彼が近くに居れば何か不測の事態があろうとも、解決してくれますよ」


 シグレがそう言うが、その話の通りだと俺はあなたとテナの二人の護衛も引き受けろという解釈に陥るのだが。

 仮に交換留学が終わろうと、在学中しばらくはテナの護衛もする流れなのか?


 「いや流石にそれはシラフにも迷惑だよ。

 それに、僕は騎士団に属する者だからね。

 自分の身くらい自分で守れるさ。

 あー、でも君が近くに住んでれば自炊と掃除の手間も省けるのか……。

 なら、君が近くに住んでくれるのは僕としてもかなり良さそうな条件だね」


 「それ、ただの召使いが欲しいだけだろ!

 それくらい自分でやれ!!」


 「えー、ケチ!

 いいじゃん、ルーシャの身の回りのお世話とかはしていたんでしょう?

 それに、シルビア様にもお弁当作ってあげた癖に、僕だけなんで駄目なんだよ!」 

 

 「立場が違うからに決まってるだろ!

 王族を比較対象にするのはどうかしてるよ!」

  

 「えー、僕としては大助かりなんだけどなぁ……。

 今度シファ様にねだってみようっと……」


 「やめろ、二つ返事で許可されても俺が困る」


 「なんだよもう……、そんなに強く否定しなくてもいいじゃんか……」


 「そりゃあ否定するだろ。

 で、ストーカーの件はどうにかなるんだよな?」


 「まぁ、今のところ実害は無いからね。

 近々で引っ越すくらいはしようとは思うけど……」


 そうテナは言うと、再び食事に戻る。

 すると、俺達の会話を見ていたアクリとシグレは口を開いた。


 「テナさんとは相変わらずですね。

 仲が良いのは良いですけど、程々にしてくださいよ」


 「確かに、そこは私も同意します。

 ルーシャ様という相手が既に居るんですから交友関係には色々と気を付けて下さいよ、シラフ先輩」


 二人が揃って同じような事を言い俺は少し半笑いで誤魔化す。

 すると、テナ方が何を思ったのかとんでもない事を言った。


 「それはそれで色々面白そうだね。

 王位継承権があるんなら、側室の一人は居てもおかしくないけどさぁ。

 生憎、サリアは王族も夫婦二人が基本だからね……。

 そうなると、僕はシラフの愛人なるのかな?」


 「愛人って、お前なぁ……」


 「良かったですね、シラフ先輩。

 相手もまんざらでもなさそうですし……。

 とりあえず、ルーシャ様に早速報告を……」

  

 おもむろに端末を取り出し、ルーシャへと連絡しようとする俺の隣に座っていたアクリ。

 

 「おいおい、勝手にテナを愛人認定するなよ!!」


 俺がそう言うと、渋々と端末をしまう彼女。

 誤解を未然に防げた事に僅かながらに安堵ていると、周りの視線が俺に集まっていた。

 シグレも、アクリも、そしてテナに至ってはなんか顔から冷や汗出しながら視線があちこちに向かっている。

 何だ、急に会話が途切れた事に違和感を覚えると突然後ろから誰かに抱きつかれ、その手で俺の両目を隠された。


 それも、この場には居ないはずで明らかに見知っている人物の声だ。


 「だーれだ?」


 妙に明るい透き通るような声音で、俺を問い詰める声。

 ようやく状況を悟った俺は、先程の周りの反応も頷く……。


 「ルーシャ、そこに居るんだな?」


 覚悟を決めて、俺は相手の名前を告げる。

 両目を塞いだ手が外され、前に周り込み相手の姿をようやく確認する。

 長い金髪の淡麗な顔立ち……。


 間違いない、先程話題に出たルーシャご本人である。


 「随分楽しそうだね、シラフ。

 こんなに沢山の綺麗な女性陣に囲まれててさ?」

  

 「いや、それは……。

 てか、今日は会議があって一緒にお昼は難しいって昨日の夜の連絡してたはずなのにどうして此処に?」

 

 「私に気遣って休みを貰えたの。

 来年の第一期生入学式までの3ヶ月くらいは私の仕事も減らしてくれるって事でね……。

 最近何かと忙しかったから、これでようやく伸び伸びと過ごせると思ってたのに……。

 私が心寂しいと思ってた矢先に、まさかシラフがこの有り様だとは思ってもみなかったけど……」

  

 軽く溜め息を吐くルーシャ。

 だいぶ機嫌を悪くしてる彼女は、アクリの方を見ると彼女に話し掛けた。


 「アクリさん、もう少し詰めて貰えないかな?」


 「あっ……はい、どうぞ」


 あまりの威圧感故にあのアクリが萎縮している。

 そして自分は無関係だと訴えかけるように俺とルーシャから視線を反らし続け黙々と昼食を食い続けるテナ。


 いや、元はお前がふっかけた話題だろ……。

 

 俺がそう心の中で思っているとアクリが自分の席を左へと詰めていた。

 そして隣のテーブルから一つ、椅子を持ってくるとルーシャは俺の右隣へと腰掛ける。

 そして、周りの視線を気にも止めずルーシャは俺の右腕に抱き付いてくる。

 

 「テナ、今日の帰る時にシグレさんの護衛をお願いね?

 今日は、わ た し がシラフと一緒に帰るから」


 牽制するかのようにテナにそう宣言する彼女。

 

 「あはは、分かったよ……

 じゃあシグレさん、今日からヨロシク……」


 何かを察し諦めたのか、テナは何処か死んだ様子でそう告げる。

 しかし、何かに納得いかないのかシグレはルーシャを煽り立てるように言い返す。


 「ごめんなさい、ルーシャ王女。

 私、しばらくは彼に大事な用がありますので私はシラフさんと一緒に帰りたいんです。

 一応、サリア王国からの正式な依頼として彼に頼んでおります身ですので……。

 何もやましい事は何もありませんよ、ご不満でもありましたらルーシャ王女ご自身も是非ご一緒願えればと思いますが?」


 「ふーん、そうですか……。

 いいでしょう、そこまで言うならシグレ王女の言葉通りにご一緒させて頂きましょうか。

 シラフもそれで構わないよね、ね?」


 俺の右腕を掴む力が強まる。

 否定する気も特に無かったが、彼女達の言葉に応じる他の選択肢はなかった。

 

 一つ確かなのは、現在この中で上下関係が最も下なのが俺自身なのだろう……。



 来たる放課後、昼の一件の通りにシグレとの帰り道はルーシャを交えての物になった。

 彼女の他にも、テナとアクリが同伴しているのは言うまでもないが……。


 この偏った男女比率での移動は他の人達から映るのはどういうものだろうか……。

 正直あまり考えたくはないが……。


 「ずいぶんと元気がありませんね、シラフ?

 多くの女性に囲まれて、本来なら喜ぶところでしょうに?」


 「俺としては肩身が狭くて、むしろ居づらいんだがな……」

 

 シグレの隣を歩きながらそう言うと、後ろからの視線が気になる。


 もちろん、ルーシャである。


 「それで、シグレ王女?

 彼に何の大事な御用があるのですか?」


 昼の一件もあってか、ルーシャの機嫌は非常に悪いご様子。

 あまり逆撫でしたくはないのが本心、そしてシグレは俺の方に視線を僅かに向けた。

 

 その時の彼女は今朝の少し弱気な姿を覗かせていた。

 

 すぐに意を決したのはルーシャ達の方へと振り返り足を止めると、ルーシャの方を向いて彼女に直接話し掛ける。

 

 「なら場所を変えましょうか、ルーシャ王女。

 一度、全てをお話した方が良さそうですからね」



  

 シグレの案内の元、俺達は彼女の部屋へと招かれる。

 わざわざ彼女は温かい茶と茶菓子を人数分提供し、しばらく間を開けてから、口を開いた。


 「シラフには、以前に一度話していたね。

 私からの貴方への依頼については」


 「ちゃんと覚えてるよ。

 ただ具体的な方法が見当たらなくて困ってるんだがな」


 俺がそう答えると、本題を焦らされているルーシャ達からは不満の視線を感じる。

 まぁ、無理もないが……。


 「私を助けて欲しい、4日くらい前の夜に通話越しにシグレは俺にそう言ったんだよ。

 一応、どういう経緯でこの言葉に至ったのかについては彼女本人から聞いた方が早そうだが……」


 俺がそう言うと、皆の視線がシグレへと向かう。

 彼女は僅かに間を空けてから、ゆっくりと口を開いた。


 「確かに、その方が良さそうね。

 少し長い話になりそうだけど……」


 そしてシグレは、ぽつぽつと自身の過去について語り始めた。


 自身の出自について、


 共に剣の道を歩んだラクモという存在について、


 自分を守れる程に、強くなって欲しいと彼の学院の入学を期に一度別れた事。


 そして、入学初年度の闘武祭に彼は四肢を失い二度と剣を握れなくなった事。

 

 その後、彼女は周りの噂に流された末に彼の手足を奪った存在への復讐を独断で行うも、既にその相手は亡くなっていた事。

 

 真実を知り、自身の行いがどれほど罪深いものだったのかただ打ちひしがれた事……。


 しかし、その感情をぶつけられる相手は既に居ない。

 行きどころの無い感情を自身の刃に乗せて振るい戦い続けた末に八席の一人に選ばれ、彼女は武神と呼ばれるようになった。


 彼女の勝利、そしてその結果をラクモという人物は祝福してくれたが、彼女はそんな彼に対して心無い言葉を浴びせてしまった事を淡々と自分達に伝えた。


 「ルーシャ王女とシラフのような綺麗事で済む問題ではない事は充分に理解してる……。

 この一件が原因で、私と彼はずっと大きな溝が生まれてしまった、いや到底許される行為なんてものじゃない……。

 でも、可能なら彼が許してくれるのなら私はもう一度彼の隣に居られる存在で在りたいと願ってる。

 その為に私はシラフに助けを求めた……。

 ラクモと似た何かを持つサリアの騎士である彼に……」

  

 「「………」」

 

 ルーシャ達は彼女の話をただ無言で受け入れる。

 八席としての誰よりも強く、凛々しい姿を見せてきた彼女の隠された一面。


 何故、彼女は剣に、カタナに拘るのか……。


 その理由が明かされ、ルーシャはこれまで彼女を毛嫌いはしていたものの今は僅かにその印象が変わりつつあるように見える。


 そんなしばらく続く沈黙を破ったのは、アクリであった。


 「それで、具体的にシグレさんはシラフ先輩に何をさせるおつもりなんですか?」


 「シラフには、再び彼がカタナを握れるようなきっかけを作ってもらいたい。

 私の彼に対する謝罪にも一度立ち会い、

 そして決闘を彼相手に行って貰います。

 それが今の私が考えている事です」


 「一騎打ちって………、

 そんなの、今のラクモさんって人がシラフを相手にどころかまともに誰か戦える状態な訳ないでしょう?

 なのに、どうして?」

 

 「どうしてでしょうね……。

 私でもよくわからないんです……。

 でも、もう一度彼にはカタナを握って欲しいんです。

 そして、私を打ち破ったシラフを越えて欲しい。

 私もやり直したいんです、かつての約束をお互いに果たせなかった……。

 だからこそ、もう一度最初からやり直したかった。

 それくらい私は、彼との時間を取り戻したいんです……」


 支離滅裂とも受け取れる彼女の言動。

 しかし彼女の願いというのが、俺には何故か理解出来た。

 神器の力に大きく囚われていた過去の自分に重なる何か。

 それを、同じく感じたのかルーシャは僅かに目を閉じしばらく考えると、覚悟を決めたのかゆっくりと目を開くと改めてシグレに話しかけた。

 

 「分かりました。

 そういう経緯を踏まえて、シラフの力を借りたいのであれば構いません。

 しかし、最も大事なのは貴女が彼と向き合う事です。

 自分の犯した過ちを受け入れた上で、貴女がラクモさんと向き合わなければいけない。

 シラフといえど、その点に関してはシグレ王女が乗り越えなければ意味がありません。

 それを、重々と承知の上であれば後の事はシラフの意思に私は任せます」


 「確かにそうね。

 その忠告をしかと受け止めさせてもらうわ、ルーシャ王女」

 

 二人の間で何かが交わされた瞬間。

 俺にはそれが何なのかはわからないが、以前までの二人の関係から何か変わったのは確かだろう……。


 

 長い一日が終わり、夜も更けていく中で俺は自室で出された課題に取り組んでいた。

 端末を介しての課題に取り組んでいると、着信音が鳴り響いた。

 相手先は未登録の相手。

 相手が誰なのかについての不安が過ぎる中、恐る恐る俺はその通話に応じる事にした。


 「はい、こちらシラフ・ラーニルです。

 貴方は一体誰でしょうか?」


 「夜分遅くに失礼する。

 俺の名は、ルークス・ヤマト。

 君とは、先の祭典での前夜祭において顔合わせた覚えがあるが覚えてイないか?」


 「ルークス……、確かレティア様の婚約者の?

 ええ覚えています、確かシグレ王女と出会った際にお会いしましたね。

 確か彼女の兄弟子でもありヤマト王国の第5王子の……」


 「まぁ、第5ともなれば王族かどうかは怪しいが、覚えて貰えて何よりだ。

 先の祭典で君と戦えなくて残念とは思っていたがな。

 来年こそは是非一度手合わせ願いたい。

 と、前置きはこのくらいにしてだ。

 君の連絡先はシグレから聞いて、こちらから掛けた次第だ。

 状況はかなり緊急を要しているので、勝手ながらこちらから連絡を入れたところだ」


 「緊急を要している?

 それに、わざわざ自分を呼び出した理由も気になるところですが……」


 「あー、まぁそこまで緊急ではないのだが、とにかく君に助力を求めたいと思った次第だ。

 ルーシャ王女、そしてシルビア王女とも親交が深いとレティアの方から君の事は聞いていたからな……」


 「なるほど……、すると助けを求めたというのはレティア様に関係する事で?」


 「そうだ。

 端的に言うとだ、レティアの面子を保つ為に彼女の妹達との間を上手く取り合って欲しいんだ」


 「レティア様の面子を保つって……、いや自分がそんな事をせずともあの方はサリアの誰しもが認める程の完璧主義の理想的な存在ですよ?

 自分がそんな事をせずとも、何ら問題は……」


 「いや、とてもじゃないがそうではない……。

 だからこうして、俺が君に頼み込んでいるんだ。

 アイツが、何も考えずにシルビア王女との練習試合を受けたばっかりに……」


 「ええと……、どういう事です?

 レティア様は文武両道、ヤマトてのシグレ王女のような方ですよ……。

 まぁ確かに、今のシルビア様は神器の契約者でもありとてもお強くなっているとは思いますが……」


 「あー、確かにそうなんだがそうじゃないんだ……。

 やはり、彼女の事は君も知らないか……」


 電話の向こうから溜め息混じりのそんな声が聞こえる。

 ひとまずルークスという人物は、あのレティア様が何かしらの弱みを抱えてるという事を知っているらしい。

 

 「ええと、レティア様に何か問題でもありましたか?」


 「いや、その……大変言いにくいだが問題しかないんだ……」


 「え……?」


 「彼女は何も出来ない………」


 「何も出来ないって一体どういう?」


 俺が困惑気味にもう一度訊ねると、深い溜め息が聞こえた後に返答が来た。


 「レティア王女は、明らかに勉強も運動も苦手な部類の人間だ。

 実際今日も、終わっていない補習があって帰宅が遅れた彼女を今丁度目の前で勉強を見ている次第だからな」


 「今日もって……いやいや、年末年始もいいところのこの季節にあの人がそんなミスを犯すはずが……。

 きっと何かの間違いですよね?

 ほら、他に終わっていない人達の面倒を彼女が見ていたとか、多分そういう理由ですよね……?」


 彼の言葉の理解を俺の思考が拒否する。

 しかし、彼から続くように返った言葉に俺は思わず絶句せざるを得なかった。


 「いや、むしろ俺が現に手伝っている側で……。

 まぁ一応現在進行形な訳……でってコラ!

 お前、こっちが今妹の従者に頭を下げて頼み込んでいるのに新しい菓子の袋に手を伸ばすのはやめろ!

 明日までに終わらせないといけないんだろうが!!

 せめて終わらせてからにしろよ!!」


 電話の向こうから聞こえた声、そしてその後に聞き覚えのある声が聞こえた。


 「ちょっと、急に取り上げないでよ!!

 これ食べたらちゃんとやるから!!

 ね、ね、ルークス!お願いだからぁぁ!」


 子供の駄々にも似た台詞。

 しかし声の主に対しては聞き覚えがある……


 「お前少しは落ち着け!!

 今、お前の妹の従者にも聞こえてるんだぞ!!

 シラフ・ラーニルって名前の奴、流石に忘れた訳じゃないよな?」


 「えっ、シラフって、あのシラフが聞いてるの?!

 ちょっとソレ先にって、きゃっ!!!

 もう誰よこんなところにぬいぐるみ置いたの!!」


 「数分前のお前だろ!!

 この、なんだ、確か象みたいな変な動物の、ヌーちゃんだっけ?、もうこの際名前は何でもいいや……。

 とにかく、こいつがないと勉強に集中出来ないとか言ってたろ!!」


 「アリクイのニノちゃんだよ!!

 何で名前覚えてないのよ!!

 アレってか、これ置いたのやっぱ私じゃないのぉぉ!!」


 「今更気づいてどうすんだよ!!

 てか、人の話を聞け!!

 今俺は、お前の妹の従者であるシラフ・ラーニル通話してるんだよ!

 状況わかってるのか?」


 痴話喧嘩を他所に俺はただ絶句せざるを得ない。

 電話越しに聞こえる会話から、確かにルークスという人物の目の前というか同じ空間にレティア様も一緒に居るのは確実だろう。

 まぁ、結婚も近いから夫婦二人一緒にいるのは問題ないとして……。

 俺の知る完璧超人のようなレティア様と、今電話越し聞こえている人物が同一人物とは流石に思えない、いや思いたくない。

 

 ルーシャ、更には妹のシルビア様は愚かサリア王国、いやこの学院においても憧れている人は多くいる程の人物なのだ。


 「シラフ・ラーニルって、ルーシャの……、

 アアアァァァ……!!!」


 「奇声を抑えろ!!

 今、何時だと思ってるんだよ!!

 って、お前なんだよ、急に近づいて……

 おい、勝手に取ろうとするな!!

 今俺が通話してっ……… 」


 「お願いだからぁぁ、この事はルーシャとシルビアにはだまって!!

 妹達にバレたら、私のお姉さんとしての威厳がぁぁぁ!!」


 電話越しに聞こえる修羅場の様子。

 そして、涙声で鼻をズルズルとすすっているレティア様の声に対して俺は返答に困り、何を言えばいいのか困惑せざるを得ない状況が続いていた。


 それから、改めて電話をかけ直すとルークスの方から連絡があり、一度通話が途切れる。

 一時間近く過ぎた辺りに、改めて彼からの連絡が来ると、しばしの沈黙の後に会話を切り出した。


 「その、なんだ……。

 先程のアレで現状は分かってくれたと思う」


 「ええ、まぁ納得せざるを得ませんね……」


 「で、ここからようやく本題なんだが。

 近々こちらの方へ、ルーシャ王女とシルビア王女が泊まりに来る手筈になっている。

 コイツ、いやレティアが妹達を招待したいとの事で今回のお泊り会が決まったのだが……。

 シルビア王女の意向により、一度レティアと手合わせ願いたいと頼まれ、彼女はそれを受けてしまったんだ。

 武の心構えも何一つ持ち合わせていないにも関わらず2つ返事で受けてしまった……。

 状況の深刻さは言うまでもない」


 「それってつまり、初心者どころか未経験相手に片や神器使いを戦わせようとしている訳ですよね?」


 「そういう事だ。

 素直に断ればいいものを、妹の頼みだからと受け入れてしまってな……。

 引くに引けない状況という訳だ」


 「いやいや、流石に危ないですよ!!

 神器の力がどれほどなのか、ルークスさん自身も分かっていますよね?!」


 「勿論だ。

 だからこうして、シラフ君に頼んでいる訳だ。

 でだ、一応彼女の実力については学位序列から察するに20番内、いや最悪俺よりも強いと仮定したとして全くの初心者であるレティアが到底相手になるとは思えない。

 それこそ、ウエディングドレス成らぬ全身が包帯に巻かれた状態で結婚式を行う羽目になるかもしれない。

 それだけは避けないとならない為に、協力を仰いだ次第だ」


 「そうは言っても、今更取り消すのも難しいですよね。

 何か他の事で目を引くとか、話題を逸らして先延ばしとかするとか……。

 先延ばしにしたとして、期間までに初心者が神器使いと渡り合える程の実力を得るのは大変厳しいとは思いますが……」


 「先延ばしか……。

 いっそ試合を断ればいいものを……。

 そうだなぁ、例えば俺とお前で試合を行い戦いの余波で会場そのものを破壊すればなんとかなるかもしれない。

 修理費に関しては、学院でどうにかしてくれるだろうが……」


 「強硬手段もいいところですね。

 まぁ、その方法が最も妥当かもしれませんが……」


 その思考に陥った直後、今日のシグレ達との出来事が過ぎる。

 もしかしたら、この状況を利用する事で双方の問題を解決まで持ち込めるのではないかと。


 「どうした、何か妙案でも浮かんだのか?」


 「妙案という程ではないですが、一つお願いしたい事があります。

 例の試合の際に、自分とルークスさんそしてそこにシグレとラクモさんという方も同席させて貰いたいんです」


 「シグレとラクモを同席だと?

 ラクモの事はシグレから聞いていたとして、一体何が狙いだ?

 いや、まさかシラフ、お前……」


 「恐らく想像の通りだと……」


 「なるほど、それならやってみる価値はあるかもな……

 アイツも君とは一度手合わせしたいと願っていたそうだ。

 この機会で試す価値はあるかもしれない」

 

 「ただ自分としては一つ心配事があります」


 「心配事?」


 「彼は剣を握れなくなったと聞いているので」


 「そうか……。

 ならば、君は彼と同じ状況になったとしてルーシャ王女の騎士としての役目を辞める気はあるのか?」


 「っ…!」


 「つまり、そういう事だ……。

 ラクモは強いぞ、故に心して全力で相手をしろ」


 「そうですね。

 当日を楽しみにしておきます」


 「確かにそうだな。

 明日にでもアイツに話を持ち掛けてみよう。

 受け入れるかは分からんが、必ず応えてくれるだろう。

 夜分に色々迷惑を掛けたな、決まり次第再び連絡を入れよう。

 それと、もう一つ」


 「まだ何か?」


 「レティアの一件について、妹本人であるルーシャ王女とシルビア王女と、その近辺の関係者には伏せて欲しい。

 これは、アイツ本人の意向だからな……」


 「構いませんよ。

 ただ当日までにバレなければ良さそうですが……」 


 「そこは問題ない。

 その辺りは俺の方から色々と手は回しておく。

 では、これにて俺は失礼する。

 この場に居ないレティアに代わって協力に感謝を、シラフ・ラーニル」


 そう言って彼からの通話は途切れた。

 長い一日がようやく終わりを迎える中で、俺は何故か笑っていた。

 様々な出来事があった中で、ルークスから聞けたラクモという人間の心の強さ。

 

 俺が仮に、彼と同じ状況になろうともそれでも自分は頑なに剣を握り続けようと抗うだろう。

 むしろ俺は、神器を扱えなかった自分を周りの力を借りてようやく乗り越えた程なのだ。


 故に、彼も同じく再びカタナを握れる日々を取り戻す為に抗い続けたのだろう。


 そんな彼が俺との試合を望んでいると……。

 

 彼への敬意と同時に武者震いが止まらない自分の姿はそこにはあった。


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