罪過の果てに、武神の名を受け
今も不意に思い返す過去の過ち。
歪んだ思い、そして私の心の弱さ故に……
ただがむしゃらに己の在り方を貫いた。
全てを刃に変えて、己の全てを力に変えて戦い続けた。
しかし、望んだ結果は決して得られる訳が無かった。
憎しみに、後悔に染められてしまった当時の私に得る資格など無かったのだ。
代わりに修羅如き戦うその姿から、私は皆からこう呼ばれるようになった。
武神と……。
●
帝歴401年9月10日
学院で毎年開かれる戦いの祭典、闘武祭。
世界各国から、武や力に自身のあるこの学院の生徒達が集まり行われる。
この学院最強と呼ばれる存在が八席と呼ばれる8人であり、この大会の出場において目指すべき存在の一つである。
いや、それ以上に誰もがこの学院最強という名誉を目指しているのである。
しかし、私には対して学院最強という物には興味が無かった。
倒すべき存在は別にいたからである。
この大会で勝ち続ければいずれ刃を交わすであろうとある相手を求めていた。
ラクモから手足を奪ったミヘビヤ家の存在。
ミヘビヤトウナ、必ず奴をこの手で倒すと。
そう私は心に誓って、今日までに至った。
いつの日からか彼を倒せば、ラクモと再び以前のような日々を取り戻せるだろうと思っていた。
いや、必ずそうなるんだと無理やり自分に言い聞かせていた。
コレが正しいのかは、よく分からない。
ただ私は強さを求めた。
憎き相手を倒す為に……
友の手足を奪った奴を決して許さぬ為に……、
これまでの剣技の全てを、この時の為に……
そしえ今日、ようやく果たせる。
「…………」
目的の人物は今、目の前に立っていた。
会場の熱気が高まる中で、自身の気持ちもまた別な意味での昂ぶりを感じていた。
闘武祭に出場して、早くも7戦を超えた矢先に決まった対戦相手。
ミヘビヤトウナ。
それが今日の私の対戦相手である。
長い黒髪、そして武術などの嗜みがある程とは思えない程細い身体付きは長年カタナを振るい続けた私にとって大きな違和感を覚える。
だが、片方の目を眼帯で隠しているという特徴的な姿は以前として昨年の奴の姿を彷彿とさせる姿であろう。
しかし、去年の奴の試合での姿と見比べると僅かに背丈は低いように感じる。
そして指先が僅かに細く傷が目立つのだろうか手袋をしていた。
何かが違う、そんな気がしていた……。
「ミヘビヤトウナさんで、間違いありませんよね?」
「………」
相手は何も答えない。
無言の肯定と見て取れるのか、いや違う……。
目の前の奴は明らかに別人。
では一体誰だ?
なんの為に、違う人間が戦っている?
私との戦いから逃げたのか?
それとも初めから数人で一人のミヘビヤトウナという人間を演じていたのか?
まぁいい、倒せば同じだ。
相手は例のミヘビヤトウナで間違いない。
どんな経緯であれ、コイツは昨年ラクモの手足を奪った輩だ。
私がここで奴を摘み取れば終わるまでのこと……。
「私が帝の子だろうと、遠慮はいりません。
お互い全力で参りましょう」
そう私が告げると、試合開始を告げる鐘が大きく会場に鳴り響いた。
開始と同時に相手は鞭を構え、一気に振り抜く。
こちらが武器を構えるのとほぼ同時に、居合の如く攻撃の手が回った。
戦う意思はある模様。
だが、相手の攻撃を読むのは実に容易い。
攻撃がこちらへと届く前に、こちらの引き抜いた居合の太刀筋がしなる鞭を一瞬で断ち切った。
「っ……!」
「まさか、その程度な訳ないでしょう?
まだお得意の蛇すら使ってないんですからね?」
相手は僅かに驚きの様子を見せるも以前として無言を貫く。
そして、何らかの意を決したのか別の鞭を構えそして更に彼の周りに人間の腕のような物が八つ程宙に浮いて彼女を囲んでいた。
宙に浮く腕達の表面には、魔力が流れているのか規則的な魔力の印が青白い光を発していく。
「動作正常、迎撃準備及び演算開始……。
武装展開……」
そう告げた彼の言葉を合図に、彼女の周りを浮く腕達から更に青い魔法陣が出現し腕達に私の握っているカタナと似たそれ等が握られていく……。
「初めて見る武装ね……」
「………」
私の言葉に対して反応を示さず、彼は左腕を振りかざし宙に浮く腕達を動かす合図のような物を送った。
瞬間、8つの腕がこちらへと迫り来る。
攻撃は至って単調だが、威力は相応にある。
一撃は思った以上に重く迎撃を繰り返すのは難しい。
故に私は、迫り来る腕を一本ずつ確実に対処する作戦を考えた。
攻撃を捌きつつ、一本の腕を確実に落としていく。
一本、また一本と攻撃の手は増えていく一方で私自身もそれに応じるようにカタナを振るい続けた。
「その程度か、貴様の実力は……」
全ての腕を切伏せ、私はそう呟いた。
「その程度の実力で、ラクモに勝ったつもりなのか?
ならば、それは所詮は紛い物だ……。
貴様のような奴に、初めからラクモが負ける訳が無かった……、そのはずなのに……!!」
地を蹴り、私の攻撃は相手の迎撃によって阻まれる。
怒りに満ちたその刃は、以前よりも明らかに血の気は増し、威力は遥かに大きくなっていた……。
「っ……!!」
「やはり貴様は、絶対に許さない!!
ミヘビヤトウナぁぁぁ!!」
攻撃の手が重なる。
しかし相手も、辛うじてこちらの動きに付いてくる。
だが、実力はたかが知れている。
力での至近距離での戦いはこちらの方が圧倒的に有利、故に私が負けるはずは無かった……。
「はぁぁっ!!」
かけ声と同時に振るわれた攻撃は、寸前で目の前の彼に躱される。
しかし息は完全に上がっており、そして奴の持つ武器も既にボロボロである。
あと数度、こちらの攻撃に耐えられるか程度……。
勝敗は既に決してもおかしくない。
だが、今の状況に私は満足出来なかった……。
「はぁ…はぁ……」
「例の蛇を出せ、お前の奥の手なのだろう?
それとも、アレすらも偽りか?
全て紛い物であるのなら、それはそれでいいでしょう……。
呆気ない、つまらない……
失望しましたよ、ミヘビヤトウナ……」
「っ……違う…、違う違う違う!!!」
初めて目の前のソイツは私に対して己の感情を示した。
否定の言葉、そして彼女の頭上に巨大な魔法陣が現れる。
この会場を覆う程の巨大な魔法陣の光が辺りを照らし出す。
「あの人は……卑怯者なんかじゃない!!
偽物でも紛い物でもない!!
私はここで諦めたりはしない!!
だから……!!」
魔法陣の光は激しい光を放ち続ける。
そして、目の前の彼は大きく叫んだ。
「私はまだ負けられない!!」
魔法陣の光から巨大なソレは、彼の叫びに呼応するように降り立った。
純白の鱗を持ち、山と大差ないほどに巨大な大蛇がそこには存在していた。
そして、頭の数が明らかに多い……。
一つ、二つ、三つ……、八の頭を持つ巨大な蛇だった……。
「な………」
声が思わず漏れた矢先、巨大な蛇は唐突に口を開く。
「我を呼ぶか、人の子よ……。
ほう、そこに居るのはもしやイザナの子孫か……。
そして我を呼び出したのは、年端もない少女一人とは我の格も落ちたモノよ……。
あるいは、貴様の器が我を呼ぶに値する程なのか……」
大蛇がヒトの言葉を使っていた事に私は驚きを隠せなかった……。
召喚された存在が言葉を発するなんて聞いた事がない。
それに、私を知っている様子……。
イザナの子孫?、どういう意味で言っているのか全く分からない……。
だが圧倒的にまずい状況なのは確かだった……。
会場全体にも大きな驚きと困惑の声で溢れかえる。
そして、呼び出した目の前の奴自身も僅かに驚いている様子であった……。
「私が呼んだのよ!!
お願い、私に力を貸して!!」
「容易い事。
だが我は加減が少々苦手でな……。
目の前のイザナの子孫を殺すやも知れん……。
かつて我を従えた者との契りに、イザナの血を引く者を殺してはならぬという物がある。
まぁ、やるだけやろう……」
大蛇は、目の前の彼に頭を下げ自らの頭の上に乗せる。
大蛇に乗った彼は、私をその上から見下ろし……。
そしてまた、かの山程の大きさを誇る大蛇も私を見下ろしていた。
「主の準備も整った……。
さあ戦いを再開しようか、イザナの子孫よ……。
我が名はヤマタノオロチ、ヤマトの国を創りし創生者の一人である。
遠慮は要らん、貴様の力を我に示して見せよ!!」
震える手に力を込める。
やるしかない、それに昨年の彼も同じ道を通ったのだ。
絶望的な状況下で、ラクモは最後までカタナを振るい続けた……。
私にだって出来る。
いや、出来て当然だ……。
彼が全力を尽くしたように、私も全力を尽くすまで。
カタナを構える。
かつての彼が同じ状況下で、いや私以上に絶望的な状況下で戦い抜いた事に比べれば遥かに容易い事だ。
声も出せる。
敵を見据える目も残っている。
戦い抜く為の手足もある。
だから心は折れない、決して折れる事はない。
全身の魔力を昂ぶらせ、神経を研ぎ澄まし覚悟を決める。
今ここに居る私はヤマトの姫じゃない。
一人の剣士として、武の道を進んだ者の一人。
相手が怪物のソレだろうと関係ない。
「全力で参りましょう、
私の持てる力の全てを賭けて!!」
●
山を相手にしているような、別次元のナニカを相手にしている感覚に陥っていた。
あまりにも戦うには無謀な相手。
しかし、身体からは高揚感が溢れていく。
この無謀に近しく、絶望的な状況下の中で……。
私は闘争を求めていた。
より激しく、より鋭く……
より早く、より高みを目指していた……。
巨大な敵の攻撃を紙一重で躱しながら、この戦いの場を縦横無尽に駆け回る……。
一歩を踏み込む毎に、より重く、より強く、この身体は加速していく。
「ヤマト流剣術……」
私の呟きの刹那にカタナら振り抜かれる。
「雛菊……。」
終わりの言の葉を告げた刹那、剣技の華に大蛇の首の一つが断ち切られその血と剣技が混ざり巨大な雛菊のソレが咲き誇る。
「続けて……、」
すかさず攻撃の手を止める間も無く次の動きに、次の攻撃に身体を無理やりにでも動かし再びカタナを振り抜く。
「薊」
その刹那、自分の意識が一瞬遠退く感覚に陥った。
これまで強いてきた無理が確実に身体を蝕んで行くのを感じる。
しかし、再び振るったその剣技は更に大蛇の頭を落とす事に成功していた。
再び咲き誇る、血と剣技により彩られた真紅の華。
そこに咲いているかのように、赤い薊を彷彿とされるソレは存在していた。
白き大蛇の身体が、自身の血で赤く染まり動きが確実鈍っていくのが分かる。
そしてあれ程巨大な存在を召喚した影響なのか、召喚した本人にも疲労が見えてくる。
未だに攻撃は届きそうには無いが、このままあの大蛇の首を落とせば確実に勝てる。
大蛇の頭が全て落ちるのが先か、
それとも自分が力尽きるのが先か……
とても正気の沙汰とは思えない状況下の中で、今の私の感情は何処か快楽に溺れていた。
もっと血を、闘争を…この身体は欲していた。
飢える程の渇きの中で、敵の返り血の中に生を見出す怪物に成り果てたかのように……。
「あぁ……アァ……」
壊れていく、何かが壊れていく……
でも敵は見えていた……、勝てる可能性も……。
今この手の中に、すぐ近くに届いている。
「あと六……、今ここで全て斬り伏せる!!」
血に染まる大蛇目掛け、再びカタナを構え直す。
保って多少の身体だろう、数分まともに動けるかどうか……。
だが、それで充分……。
残りの数分に、いや数秒で残り全ての頭を落とせばいいのだから……。
「ヤマト流剣術、奥義……」
敵の攻撃が迫り来る中で、私は一言そう告げた。
今の私に出来る最高の技だ……、
ソレを更に魔力を用いて威力を底上げした上で、
秒に満たぬ瞬間で全て出し切る……。
相手が巨大な岩だろうと、
鉄の塊だろうと関係なく全て切り伏せられる。
天下無敵に相応しいこの技を以て目の前の敵を討ち果たそう……。
「■■■ーーー!!!」
大蛇の咆哮と同時に迫る巨体からの攻撃。
関係ない、全てここで切り伏せるまで……
お互いの攻撃が触れようとした刹那の瞬間に私はカタナを振るった。
最初の太刀は、最も近づいていた頭を一つ落とし。
続く二重の太刀は、ソレに隣り合う二つの頭を斬り捨てる。
そして、遥か後方からこちらを見ていた二つの頭目掛けて二つの太刀筋はその首を捉えて。
放たれた五の斬撃は一つへと収束し、奴の居座る最後の蛇頭を屠らんとする。
「……三千年草」
私が放ったのは五連の太刀に、残された大蛇の頭は同時に切り落とされていた。
すると、技の名を告げたその刹那に大蛇の頭から私に向けて声が聞こえた。
「我を打ち破るか……イザナの子孫よ…」
そう最後に告げると、魔力はその実体を保てなくなり崩れ去っていく。
大蛇の身体は跡形もなく、血の形骸だけがこの会場に残っていた。
「はぁ……はぁ……」
満身創痍の身体、息が上がりその限界もとうに超えかけていたが勝負はまだ終わっていない。
奴はまだ残っている……。
ミヘビヤトウナはそこに居る……。
私の倒すべき敵はまだ残っている……!!
「………私の勝ちですね、ミヘビヤトウナ」
限界を迎え、既に震えている身体を振り絞り握るカタナを奴の首に突きつける。
目の前の彼も同じく、満身創痍だ……。
無理もない、あれ程巨大な大蛇を召喚した反動が全身を襲っているのだ。
魔術に長けていようとも、あれ程巨大な存在を長時間も保てる奴はそう数多くない……。
これで終わった……、私の復讐は……。
何処かで私は安堵を覚えていた。
しかし、私はソレに気づいてしまった……
「なんで、あなたが……」
私は、ソイツの顔を近くで見るまで気付けなかった。
奴の正体、それを今ようやく理解してしまった……。
目の前のソイツは女だった。
それも私のよく顔見知りであった存在が目の前にいたのである。
「やっぱり強いですね、シグレ様は……。
付け焼き刃の私じゃ、やっぱり勝てませんね……」
お互いに傷まみれの中、目の前の彼女は泣きながらそう告げる。
何処か薄ら笑いを浮かべながら、諦めた様子で私に語りかけていた。
「何故です……、どうして貴方が此処に立って居るですか!!
トモエさん!!」
先程まで戦っていた憎き宿敵。
そう思っていた人物の正体は、手足の不自由なラクモを近くで支え続けてくれていた、その人だったのだから……。
そのあまりの衝撃故に、意気消沈と化した私は試合終了の鐘が鳴り響く中でも一切喜べなかった。
勝利を祝福してくれる観客達の声以上に、どうしようもない程の後悔と絶望に私の心は包まれていた。
●
試合終了後の翌日、私はトモエから全てを聞いた。
ミヘビヤトウナは、彼女の兄であった事。
兄は昨年に、自決した事。
その理由が、ラクモの殺害任務を失敗した事。
そして、彼女は兄の名を借りて闘武祭に出場した事。
それが戦いの後に知った全てだった……。
復讐すべき相手は既に死んでいたのだ……。
じゃあ何の為に私は戦ったのだろう?
何の為に私は戦い続けたのだろうか?
彼が、ラクモが二度とカタナを振るえない身体になってしまったが故に私は彼の代わりに彼の手足を奪ったミヘビヤトウナへの復讐を求めた。
だが、その相手は既に死んでいた?
なのに私は必死になって、殺そうとまで陥っていた。
そして、いざ戦った相手は彼の近くで失われたその手足を支えている存在で……。
嘘だ……、あり得ない……、認めたくない……。
私が聞いていたのは、こんな話じゃなかった!!
ミヘビヤトウナは、今も尚卑劣な行為を繰り返している極悪非道な奴なんだ!!
だから私は、奴への復讐を誓って戦い続けた。
なのに、現実は違う………。
訳が分からない……。
私は、ただ怒りに任せて周りの噂に流されてカタナを振るい続けたのか?
今までずっと……?、こんな結果の為に………?
ヤマトの王族として、相応しい存在であろうとしたはずなのに、怒りに任せて余計な噂に流されて……。
違う、違う、違う違う違う!!!
そんなはずがある訳がない、認めたくない!!
私は望んだのは、こんな結果なんかじゃない!!!
●
帝歴401年10月17日
それからは抜け殻のような日々が続いた。
祭典は終わること無く、私を闘争へと駆り立てる。
ただ勝ち続けるだけの日々。
ただカタナを振るい続けるような日々……。
その勝利に喜びなど無かった。
何も無かった……。
カタナに、戦いに、ひたすら溺れていた……。
カタナを振るう瞬間だけが、私に生を実感させる。
しかし、次第にカタナを振るう度に手が震え始めてきた。
あの日の過ちが、あの日の罪が私にカタナを振るう事を滞らせる。
だが、止められ無かった。
その手を止められる訳が無かった……。
戦いが終われば、きっと立ち直れない。
現実を受け入れたくなかった……。
幾ら勝とうと、彼は私に向けて笑ってはくれない。
私の勝利を心からは喜んではくれないのだ……。
彼はもう二度とカタナを振るえないから……。
その現実を、私はこの目で見たくなかった。
見たくない為に逸らし続けた、逃げる為に戦う道を選ぶ他はなかったのだ……。
身体は闘争を求めた、現実から目を逸らす為に……。
彼から逃げるように、私はただ闘争を求めてカタナを振るい続けた。
そして、幾日も勝ち続けた私はこの祭典の準決勝にまで駒を進めていた。
その日の相手は、異種族の少女だった。
純白の煌めく翼を持つ存在、天人族……。
彼女の名は、リノエラ・シュヴル。
天人族の中でも、四大天使という彼等の種の中でも特に名誉ある組織に名を連ねる程の逸材。
人間、そして外界との交流の一環として彼女はこの学院に編入していたらしい。
とうとう私の相手は人間ではなくなっていた。
いや、関係のない事。
相手が誰であろうと私はカタナを振るうだけなのだ。
「不思議な人ですね、それだけの力を持ちながら貴方の心はあまりにも悲しみの色に満ちている。
ですが、同時に怒りの感情も大きい様子……」
「貴方に私の何が分かるというのです?」
「何も分かりませんよ、ただ私には相手の魔力から感情を読み取る能力に長けているだけですので。
貴方の今の心境がとても興味深いと感じただけです。
それほどの実力を持ちながら、何故迷う必要があるのか?
何故に悲しみを背負っているのか?
そして何故、そんな心境に陥ろうと戦いへ赴くのか?」
「黙れ……」
「物騒な物言いですね、人間風情が……。
自らの力に何が不満なのでしょう?
まぁ、関係のない事です。
四大天使の一人として、誰であろうと全力を尽くすまで。
貴方が何を思い、何を背負い戦おうと私は私の背負う正義のままに、自らの意志で振るうまで……」
「………」
「さぁ、貴方も剣を構えなさい。
汝は異国の剣士、シグレ・ヤマト。
四大天使が一人、リノエラ・シュヴルの全力を以てお相手致しましょう」
試合開始の鐘が鳴り響き、彼女との戦いが始まる。
どうせ、目の前の彼女も呆気なく敗れ去る運命だろう。
大口を叩く割に大した事はない、当初はそう思っていた。
武器を交えて、いやお互いに構えた時に相手の実力を理解した。
この人は強いと……、心の底から思った……。
地を蹴り、身体はこの場を縦横無尽に駆け回る。
相手は己の翼を用いて空を飛ぶが、攻撃を仕掛ける際魔術の詠唱が入る為にその隙を狙い攻撃の手を加える。
一度目こそ有効に思えた気がした。
しかし、感情が見えると告げた彼女の言葉が真であると示すように初撃から彼女の持つ両刃の剣により阻まれる。
「やはりそう上手くはいきませんか……」
空を飛べる相手に対して、こちらは飛べるはずもなく攻撃の勢いが無くなると同時に身体は地へと落とされる。
身体を捻り、魔力を身体に込めて無理やり身体を強化し着地、瞬間身体に更に魔力を込めて再び縦横無尽に会場を駆け回る。
より強く、より速く、攻撃を当てる為に出し惜しみはしない……。
「やはり、戦いはこうでなくては……」
目を閉じた彼女が、剣を構えた刹那。
縦横無尽に駆け回る私の姿は完全に捉えられていたのか、目の前に彼女の刃が迫り来る。
慌てて、カタナを振るい相手の剣を無理やりいなしてその軌道を反らし直撃を回避。
身体の勢いがあまり、その軸が大きくずれて私は思わず駆け回っていた身体の動きを止めた。
続くであろう追撃に備えて、カタナを構え直し相手の姿を見据え、相手への警戒を続ける。
「その実力は評価しましょう。
しかし、感情の迷いが貴方のその強き剣技を鈍らせているのが事実。
一体、何を躊躇っているのですか?」
「迷いだと……」
「私が分からないとでも?
先に告げたでしょう?
私は相手の魔力から感情を読み取れる、と。
貴方の内にある、悲しみと怒り。
命を落としかねない状況下の中でも、貴方自身は目を逸らしているだけで捨てきれていない何かがある。
ソレが貴方の剣技を鈍らせているのは既に明白。
あなた自身は実に素晴らしい実力をお持ちでありながら、勿体ない。
私に届きうる程の存在をようやくお目にかかれたと思ったのですが、やはりその程度のモノですか……。
非常に残念です、失望しましたよシグレ・ヤマト……」
「先程から舐めた口を……。
自分達の種に誇りがあるとは言え、他者を見下すその口振りは決して許されない!!
それに、私に迷いがあるだと……?
お前に何が分かる、私は私の在り方で突き進むまでだ!!」
翼の生えた彼女に対して、私は言葉を荒げそう叫んだ。
何も分からない癖に、彼女が私の何を知っている?
「はぁ……口が汚いですね。
本当に、あなたにはがっかりしました」
彼女がそう告げると、空高く舞い上がり剣を空に掲げた。
「方陣展開……」
彼女の声に呼応するように巨大な魔法陣が出現。
ソレは白い光を放ちながら空を覆い尽くした。
「裁きを受けよ、人間……」
こちらを見下すように、剣を振りかざす。
そして、空から数多の光が雨のように降り注いだ。
「っ!!!」
光に包まれる中、私は致命傷となりうる攻撃のみの迎撃に移る。
光の雨がいつ降り止むのかは分からない最中で、私はただ守りに徹する。
光の雨がようやく止み、私は攻撃に転じる。
砂埃に包まれた会場の中で、神経を研ぎ澄ませカタナを構える。
あれ程の大魔術を私は持ち合わせていない。
扱えるのは己が長年磨き上げた剣技のみ。
その瞬間、一瞬何かの光景が脳裏に過ぎった。
それ等の意識をすぐさま振り払い、私はすぐに精神を研ぎ澄ませていく。
だが、自身の変化をようやく知覚する。。
カタナを握る手が何故か震えていたのだ……。
目の前の砂埃が徐々に晴れていき、こちらの姿が相手に捉えられる。
翼を持つ彼女がゆっくりと地へと降り立ちこちらの姿を見据えていた。
「諦めなさい、シグレ……」
「何を言って……、私はまだ戦える!!
まだこの身体は動ける!!
敗北を認める道理はない!!
こんな身体の震えも関係ない、私はこんなところで諦める訳にはいかないの!!」
私は自分にもそう言い利かせるように身体を無理やり動かそうとする。
しかし、身体の震えは収まらない。
カタナを振るう事が出来ない自分に苛立ちを覚える。
何故身体は動かない、何故震えは止まらない……。
「動け……、動いて……、動いてよ……!!」
声も虚しく、私の身体は思うように動かない。
そして私はいつの間にか泣いていた……。
敵の前で涙を流していたのだ……。
「……見るに耐えませんね……」
目の前の彼女がそう告げ、そして会場全体に大きなどよめきと困惑の声が聞こえてくる。
「っ……何で、何で泣いてるのよ……。
この私がどうして!!!」
感情が溢れる、悲しみの感情が……。
何処にぶつければいいのか分からない憤りが溢れてくる。
「私はまだ戦える……、絶対に……。
絶対に諦めたりはしない!!!」
声を荒げ一気に踏み込む。
力任せに相手に目掛けてカタナで斬りかかった。
「ーー!!!」
瞬間、大きな衝撃が身体を貫いた。
魔力の塊のような物が、私の身体にぶつけられ大きく吹き飛ばされる。
「貴方は強い。
でも、今の貴方では決して私に勝てない。
理由は、自ずと分かるでしょう?」
本来なら躱せるはずの攻撃。
感情に身を委ね過ぎた今の私には到底見切ることなど出来なかった。
意識が遠退く中で、目の前彼女に手を伸ばす。
まだ戦える……私はまだ戦える……。
心の中で幾度となくつぶやいていた。
だが身体は動かない……。
「私は………」
どうしようもない虚無感と憤りに包まれながら、私の意識は闇へと落ちていた……。
●
帝歴401年10月25日
目が覚めた時、何もかもが終わっていた。
私は、あの試合で敗北したのだ。
最終的な結果は、第4位……。
呆気ないものだと思った。
いや、入学一年目にしては十分に健闘した方だろう。
だが、素直に喜べない自分がいた。
祭りが終わり、平穏ないつもの学生生活に皆が戻っていく。
その最中で、私自身は納得出来なかった。
「……はっ!!」
祭りが終わろうと私は鍛錬を怠る事は無かった。
来年に向けて、再び己を鍛えるまで……。
あんな醜態を二度と晒さぬ為にも……
学院での授業を終えると、放課後は常に鍛錬に明け暮れていた。
近所の公園、あるいは近場の道場で私は鍛錬を続けていた。
そんなある日の事だった……。
「シグレ様、毎日そう激しく動かされては身体を壊しかねません。
戦いが明けてからというもの、毎日身体を酷使するのはあまりお勧めは出来ないと思います」
練習用の木刀を振るっていた私に声を掛けたのは例の彼、ラクモだった。
闘武祭で私が戦う事に最初の頃は否定されたが、結果を出す毎に、彼はそれを受け入れ祝福もしてくれた。
しかし、私がトモエを倒したその日から彼とは大きな溝が生まれていた。
正確に言うなら、私から勝手に距離を置いていた。
「慰めなんて要らない。
来年に向けて、更に剣を磨くだけよ……」
そう言って、私は鍛錬を再開する。
しかし、諦めず彼は私に声を掛け続けた。
「ですが、今以上に鍛錬を厳しくすればお身体に……」
そう言って彼は無理やり私の手から木刀を離そうと手を掛けた。
それに抗うように、私は彼に対して言葉を荒げる。
「うるさい……。
貴方に私の何が分かるの!!
私の気持ちなんて何もわからない癖に!!」
そして私は思わずその場にいた彼を殴ってしまった。
そこまで強くない力、普段の彼なら全く動じない程の……。
そう、私の知るカタナを握れた彼であったら……。
彼の体は簡単にその場であっさりと膝から崩れ落ちてしまった……。
義足で体を支える事の難しさ、彼が今後二度と剣を振るえない事実をこんな形で見せつけられた瞬間……。
「これは、その……」
思わず困惑の言葉が漏れる。
しかし彼は私を否定せず、ただ受け入れる。
「大丈夫ですよ。
それより、シグレの方こそ怪我はありませんか?
戦いが終わってすぐですし、癒えていないはずですから」
「っ……。」
これが目の前に突きつけられた現実だった。
認めたく無かった……。
思わず涙が溢れてくる。
そんな私を見て、彼は心配そうに声を再び掛けてくれた。
「シグレ?
やっぱり、何処か怪我をして……」
心配する彼の様子をよそに、私は自分の感情のままに彼にぶつけていた。
「何で……、何で私を否定しないの!!
どうして私を怒ってはくれないのよ!!
勝手な真似をして、勝手に折れて、どうしてこんな馬鹿げた私なんかに……。
どうしてあなたは優しくしてくれるの!!」
「っ……それは、シグレは自分の仕えるべき人だ。
主の意向は可能な限り尊重したい、だから自分は……」
困惑しながらも返事を返した彼の言葉を私は否定した。
何もかもが納得がいかない憤りに対して、彼の優しさすらも何もかもが嫌になっていた。
「そうじゃない……!!
私は……私は……、再びあなたとカタナを続けたい!!
その為に私は今まで頑張ってこれた……。
でも、駄目だった……。
馬鹿な真似をして、噂に流されて……。
トモエさんやラクモもみんなを沢山傷付けた!!
なのに、何でそんなに貴方は笑っていられるの!!」
「自分は……ただ……」
「貴方はカタナを握れなくて悔しくないの!!
私は悔しい、凄く辛いの!!
だから、貴方の手足を奪ったミヘビヤの存在が憎かった!!
でも、貴方はそれを受け入れて………
私だけが、復讐に走ってしまった……
なのに、貴方は………!!」
「シグレ……」
「貴方が私を越えてくれる事を私は今も信じてる!!
だから、貴方だけでも私と対等でいてくれなきゃ、私はどうすればいいか分からないの!!
私の過ちを叱りなさいよ!
怒りなさいよ!!
お願いだから、私を否定しなさいよ!!、ラクモ!!」
支離滅裂な言動で泣き叫ぶ私をただ彼は受け入れる。
私が泣き止むまで、優しく抱き止め続けた。
でも、そこには否定が無かった。
肯定も無かったのだ……。
そしてこの日、この瞬間を境に彼との時間が止まった。
上辺だけの関係で、誤魔化す日々が今も尚続く……。
後日、八席と呼ばれる存在になった私には学院側から二つ名が授けられた。
武神。
修羅如き戦いを繰り広げた、
戦姫に相応しい名だ、と……。
でも、私には違う意味だと受け取った。
憎しみに囚われ、刃を血に染め上げた化け物の名だ。
それが、武神としての私なのだ……。
いや、武を語るにも相応しくはないのだ……。
決して、この過ちは許されないモノなのだから……、