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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
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変わる者、変わりゆく者

 帝歴401年2月11日


 昨日の約束通り、俺はラクモと共に師匠であるムツキさんの家に足を運んでいた。

 玄関先では、ムツキさんの奥さんが相変わらずの元気そうな姿で俺達二人を出迎えてくれた。

 師と弟子の関係ではあるが、実の家族のように俺達二人とは幼い頃からよくお世話になっている。

 そして、以前よりも少し年老いた様子の師匠は俺達二人を見るなり暖かく俺達二人を出迎え、歓迎してくれた。

 

 「約一年振りかなラクモ、ルークス。

 向こうで色々とあっただろうが、こうして再び3人で茶を飲める日が来るとは長生きは確かにするものだな……」

 

 俺達二人の師匠であるムツキさんは、家の奥の座敷の一室にて茶をすすりながらそう呟いた。

 

 ムツキさんは今年で既に還暦を超え、持病の治療に専念する為に既に引退した身である。

 しかし、現役時代とほぼ変わらずの様子を師匠の姿を見る限り元気そうで俺達も何処か安心していた。


 「ムツキさんもお元気そうで何より。

 引退なんて必要無かったんじゃありませんか?」


 「いやいや、流石に今の私には少しばかり厳しいかもな。

 持病の治療に専念する為、激しい運動を控えていてね。

 近頃は、カタナの手入れこそは怠ってはいないが直接振るってはいないからなぁ」


 そういう師匠の様子であるが、俺には全く引退した身とは思えない程の佇まいに尊敬の念を覚えていた。

 先の俺自身の言葉の通り、引退するにはまだまだ早かったと心の底から思う程。


 俺とムツキさんが色々と会話を交わしている中、俺の隣で相づち程度の反応しかしていないラクモの姿が目に入る。

 俺の様子を察したのか、ムツキさんはラクモに対して会話を切り出した。


 「二人が私の元に出向いたのは、単なる帰省の為という訳でもないんだろう?

 ラクモ、君の身体についての事は聞いている。

 まぁ、なんだ所詮は噂でしか私も耳には入れていないからな。

 君の口から、何があったのか話してもらいたいか話してはくれないかね?」


 ムツキさんの言葉に、僅かに間を開けてラクモは反応を返した。


 「勘が鋭いですね、ムツキさんは……。

 ええ、構いませんよ。

 一応、その為も兼ねて自分とルークスは貴方の元へと伺った次第ですので……」


 そう言ったラクモは、昨年の戦武祭での出来事を話した。

 自身が対戦相手のミヘビヤ家のトウナから受けた毒の影響で四肢を失った事。

 現在はトウナの妹であるトモエに義手の整備等をしてもらいながら日々鍛錬を行っている事。

 そして、鍛錬の成果は未だ見れず以前のようにカタナを振るえる状態ではない事を……。


 ラクモの話を聞いて俺も驚いたのは、トモエがミヘビヤ家の人間である事を知っていた事である。

 恐らく、彼女は隠し続けるであろうと思っていたがラクモはソレを受け入れた上で彼女に義手と義足の整備を依頼している……。

 

 そして、ラクモの話を聞いたムツキさんは「そうか……」

と、一言呟きしばらく考え込んでいた。

 何かの過去を思い返しているようで、そしてゆっくりと口を改めて開いた。


 「一度だけ、あの兄妹と話をした事がある。

 確か、3年前に参加したとある会食の際に兄であるトウナ君が私に話し掛けてきてね……。

 私に聞いてきたんだ、どうすれば貴方のように強くなれますか?、と……。

 細かい説明をだいぶ省くが、ミヘビヤ家の後継者には自分より優れた妹であるトモエ君が引き継ぐかもしれなかったらしい。

 だが当のトモエ君には、家業である殺し屋ではなく魔導工学を用いた医療治具の研究に幼い頃から興味がありその道を進ませたいとトウナ君自身は考えていたそうだ。

 しかし、妹よりも才能が遥かに劣っていた自分には実力主義のミヘビヤ家の家訓に基づいて自分は後継者に相応しくない存在として扱われていた。

 このままだと妹の夢を叶えてあげる事は出来ない。

 故に妹が何の支障もなく自身の夢を追う事が出来るように、自分が後継者に相応しい実力がなければならないと……」

  

 「………」


 「ルークス君、君に一つ聞くがトウナ君が召喚したという双頭の大蛇の色は何色だったかね?」


 「確か錦織模様で、黒っぽい色合いだった……」


 「ミヘビヤ家に伝わる、蛇の召喚術。

 アレは個人の才能や実力に大きく作用し、その中でも双頭の大蛇というのはあまり強い力を持っていない存在なんだ。

 白蛇と呼ばれるだけあり、代々の後継者の召喚する蛇の色は白であり、頭の数も双頭ではなく八つの頭を持つオロチという存在。

 そして、実際に白蛇のオロチを召喚出来たのは妹であるトモエなのだと……。

 私は当時の彼に対して言ったのは、理不尽の中で己の意思を貫きたいのであれば近道などは到底存在しない。

 可能な限りの努力と鍛錬を重ねた果てに、その理不尽に打ち勝つ可能性があると……。

 そしてソレを聞いたトウナ君は、私に礼をするとそのまま何処かへと消えた……。

 それから彼がどうなったのか、君の話を聞くまではにわかに信じ難いことであったが……。

 そうかやはり彼は最後まで……」


 「ミヘビヤ家の事はしょうがない事だが……。

 俺とラクモが、ムツキさんの元に尋ねたのは他でもない。

 ラクモが再びカタナを振るえるようになるにはどうすれば良いのか、何でも良いから何か手掛かりが掴めないかと思って伺った次第だ」


 俺が本題について語ると、ムツキさんはまた少し考え込んだ。

 そして一度ラクモの方を見やると彼に一つ訊ねる。


 「一度、道場の方に向かおう。

 今の君がどの程度の段階まで出来ているのか見せてもらいたい。

 まずは今の君の現状を見るという、そこからの段階だろうからね……」


 「分かりました、宜しくお願いします」



 ムツキさんの屋敷内にある小さな道場内で、ラクモは彼に言われた通りに一通りの基礎をムツキさんに披露した。

 動き自体は最初の頃に比べて非常に正確であり、勢いも充分そうに見える。

 しかし、以前のような力強さとは程遠くものの数分程で身体の動きにブレが生まれ始める。

 そして、更に数分後には己の手から練習用ではあるがそれなりの重さのある木刀が離れてしまう。


 「無理はするな、状況は充分に理解した……」


 「……っ、はい……」


 ムツキさんの言葉に素直に従い、ラクモはゆっくりと腰を降ろした。

 先程の動きで既に満身創痍なのだろう……。

 最初の頃よりはだいぶマシになったとはいえ、やはり武術に耐えられる身体ではないのだ……。


 「正直に言うなら、君の両親の言う通り剣の道から離れる方が正しいのかもしれない。

 義足を用いての歩行はただでさえ生身とは比べ物にならない程の集中力を要すると聞く。

 仮に身体の運び方をどうにか覚えたとして、通っている学院内での対人戦を考えるのであるなら圧倒的に不利だろうな。

 義手を用いた事で、以前よりもカタナを握る力や動きがかなり制限されている。

 多大な集中力と乏しい腕力と脚力……。

 まず、諦めるのが普通の判断だろう……。

 その点については、恐らく君の父が十二分に指摘してくれているであろうが……」


 そう言うと、ムツキさんは道場の壁に掛けている木刀を一本手に取り、俺の方に投げ渡す。

 そして自分も一本手に取り、軽く木刀を振り回して見せた。


 「ルークス君。

 少しだけ、私の相手を頼むよ。

 まぁ、軽い運動だ。

 だが一つ条件を君は本気で私に打ち込んで欲しい。

 遠慮は無用だ、むしろ君の成長を見てみたいところだったからね。

 確か、神器にも選ばれたのだろう。

 ソレも勿論必要であれば遠慮なく使って構わない」


 そう言ったムツキさんは何処か表情は楽しげである。

 何かの意図があるのかもしれない。

 が、同時にこういう時のムツキさんを見ていると昔の鍛錬を思い出す。

 そして俺は木刀を構えつつ、神器の力を解放した。

 脳裏に過ぎる、幾つも武具……。

 国を問わず数多のソレ等は自分の元に集まり、塊と化していく……。

 そんな感覚に陥る……。

 目をゆっくりと開くと、目の前に現れていたのは半透明な長さが不揃い剣達が4本、俺の周りを公転していた。


 そして俺は、身体に溢れていく高揚感に身を任せて目の前の人物と同じく木刀を構える。


 「じゃあ、遠慮なく行かせてもらおうか!!」


 ムツキさんの構えは圧倒的に隙はなく、下手な絡め手は通用しないだろう。

 ならば、直接的にたたみ掛けるまで。


 まず始めに一本の短剣で先手を取りに向かう……。


 偽物の剣とはいえ、並の業剣に勝るとも劣らない硬さを誇るソレを目の前の老剣士はゆっくりと木刀を振るった。


 俺が確実に当てに向かった攻撃、仮に当たりこそすれば頬の皮は切れてもおかしくない程である。

 すると振るわれた木刀が短剣に触れた瞬間、短剣そのものが避けたかのように木刀から逸れて向こう側へと進んでいったのだ……。


 「なっ……一体何が?」


 あまりの驚愕の光景に俺は思わずそんな声を漏らした。

 咄嗟身体までも飛び退き、間合いを取り直してしまう程の衝撃であった。


 「どうした、まさか神器の力がその程度な訳が無かろう?

 老いぼれだろうと、元はこのヤマト最強と謳われた身だからな。

 ルークス君、君の全力を私に示して見なさい」


 そう微笑みながら木刀の剣先をこちらへ向ける彼。

 気迫のソレは現役時代を思わせる程の威圧感……。

 これが全盛期ではないとすれば、実力の差が大き過ぎるだろうとさえ思う……。

 まして、相手は木刀……。

 仮初の刃で、国一つと同等と呼ばれる神器を相手取ろうという度胸が、引退した身で普通することなのだろうか……?


 あまりにも常軌を逸したムツキさんの姿……。

 いや、出来て当然というのが彼のやり方なのかもしれない……。

 

 「そうだな、だったら全力で向かわせて貰う!!」


 俺の掛け声と同時に、自身の周りを公転する武具達が増えていく……。

 三層構造からなる、それぞれが対の回転を為し魔力が更に昂ぶっていく……。


 こちらが一歩を踏み込むと同時に、目の前の老剣士の構えが変わる。

 磨き抜かれた鏡面を成すような、静かな佇まい。

 自然に最も近いような、辺りの空間と同化しているとさえ錯覚する。

 

 目の前の弟子に対しての全力に応えるように、静かに深呼吸をするとこちらを静かに見据えた。


 「いつでも来なさい」


 「ああ、そうだな!!

 俺の全力であんたを超える!!」

 

 公転し続ける武具達の回る速度が上昇し、回転する軌道が大きく変わっていく。

 自身に対して垂直の軌道へと変化し、螺旋状に多くの武具達が目の前の剣士に向けられていく……。


 「トラーキア・エヴロギメノ!!」


 俺の声と同時に数多の武具達が一斉に、老剣士の元へと向かう。

 それに合わせて俺自身も動く、武具は全て弾かれる事は前提条件、その後に本命の一撃を仕掛ける。


 次の攻撃に向かう為の構えに移る。

 向こうがあの武具達の迎撃に集中している今しかない……。


 そして狙い通り、目の前の剣士はこちらの最初の攻撃に反応を示した刹那……。

 軽く振るわれた剣士の攻撃を避けていくかのように、容易く数多の武具達の攻撃が彼の剣筋により捌かれていく。


 「そこだぁぁぁ!!」


 しかし一瞬の隙が僅かに見えたのを見逃さずすかさずそこに向けて攻撃を仕掛けた。


 だが……その瞬間、止まった空間に自分が居るかのような錯覚を覚えた。

 いや、正確に言えば相手の動きがあまりにも速すぎた故に、返って遅く見えたのである……。

 まるで水が流れるように、自然な身体運びでゆっくりとこちらの攻撃を軽く弾いてみせたのだ。


 故にこの時、俺は自身の敗北を悟った……

 

 「っ!!」


 老いた身とは思えない程に重い一撃の威力に自分の体勢が大きく崩れる。

 その瞬間、相手の太刀筋が自分の首元寸前に至ったところで、その攻撃は静止した。


 「っ……」


 「いかに神器といえど、使い手の実力がこうでは木刀を構えた老人にも劣る。

 日々の鍛錬は欠かさず学院でこなしていたようだが、神器を得てからはソレを怠っている日の方が多かったのだろう。

 己の力を過信が、先の光景を目の当たりにしたことで容易く瓦解していたのが分かりやすかったよ」


 「よく言うよ。

 全く前線から引いた老兵の実力って比じゃないな」


 「今の若造相手には手刀だけでも充分勝てた。

 木刀を握ったのは、ラクモ君に少しだけ動きを見せたかったからだからね。

 で、ルークス君から見ていて私の動きについて気付いた事はあるかな?」

 

 ムツキさんはそう言うと、ゆっくりと木刀を下げる。

 張り詰めた緊張感が次第に解けていき、俺はムツキさんの問に対して答えた。


 「気付いたのは主に2つ。

 一つは動きが読めなかった事。

 自然そのものみたいな、生き物特有の殺気だとか気配のような物を感じなかった。

 魔力の揺らぎ的な奴を読めていれば、多分ムツキさんの動きを少しくらいはマシに捉えられたかもしれないが。

 あとは、俺があれだけ攻め込んだにも関わらずあんたの足は構えした時に少し足の置き方を変えた程度しか動いて無かったんだ。

 無駄な動きどころか攻撃の意思が一切なかった事、俺の敵意に対して鏡のようにそのまま返されたような、とにかくほとんどムツキさんの位置は動いて無かったのは確実だろうよ」


 「相手を見る目は衰えていなかったようだな、ルークス君。

 君がその2つに気付けただけ合格だよ。

 私がラクモ君に見せたかったのが、その2つの技術だからね。

 私が師として君達を指南していた頃は教えていなかった、いや教えるべきではないと判断していた技術だからね。

 剣の道を君達に教えるに当たって、まずは身体作りとしてカタナを振るうに必要な体力と力、そして精神を鍛える為に剛の剣を教えてきた。

 剛の剣とは、心と身体を鍛えるという武道の本質を身に着けるに当たって武としての型を身に着ける為の剣。

 要は単なる型に過ぎない、剛の剣を身に着ける事により礼儀や武や人に対しての心構えを身に着け、そして心身を鍛え、より高みへとそして日々を健康に有意義に楽しく生きる為の基礎的な技術だ。

 まず、これが出来ている事がこれから教えるもう一つの柔の剣を身に着ける事において最低限の事だからな」


 「柔の剣?」


 「柔の剣とは即ち、言葉の通り剛の剣とは対を成す型の無き剣。

 たが、これは先に言った通り剛の剣を身に着けている事が必須と言えよう。

 剛の剣を型を意識せずとも自然に取れるようにならなければならないのだからな……。

 型に従い、型を外れ、型を成す。

 これは実際に自らの力で会得しなければならない、私もある程度までは可能になったが引退したこの身になろうとも、真に会得は最後まで叶わなかった。

 だが、これをラクモ君に見せたかったのは君の覚悟を見込んでの私の判断。

 君が柔の型を覚えられるかは分からない、まして困難は避けられないだろう。

 だが私は、ラクモ君の可能性に賭けてみようと思った。

 ラクモ君自身が、再びシグレ様の為に剣の道に戻りたいと願っているのならな……」


 ムツキさんはそう言うと、ゆっくりと道場の床へと腰を降ろした。

 流石に老いた身には相当身体に負担が掛かったのだろうと思っていると、彼は僅かにため息を吐く。


 「はぁ、久しぶりに動いたはいいがちとやり過ぎたな。

 二人共、済まないが掃除を手伝って欲しい。

 壊れた物は仕方ない、後で妻に怒られるだろうがな……」


 そう告げたムツキさんの言葉に、俺とラクモはようやくこの部屋の惨状に気付いた。

 多少広いとはいえ、室内で神器を使った影響なのか壁に刺さった武具の後や壊れた木刀や小道具の数々に、部屋そのものは元の原型を無くしてしまっていたのだから……。


 そして、ムツキさんのため息は先の疲労よりもこの後に控えるお説教が余程堪えるのだろうか……。


 その後、俺達3人で道場の片付けをしていると道場から響いた騒々しい物音に対してムツキさんの奥さんが駆け付け案の定ムツキさんを含めた俺達3人はお説教を受けていた。


 ここに通い始めた頃も似たような事があったと思いながら師匠の元での時間は過ぎていく。


 終始多くを語らなかったラクモの様子だったが、帰り際の彼の表情はここに来る以前よりも確かな決意を秘めた様子に見えたのは気のせいではないのかもしれない。


 帝歴401年6月7日


 今年はからはシグレも俺達と同じ学院に通う事になっていた。

 彼女の身の回りのお世話に関しては、彼女と同年代で代々帝に仕えているミナモという人物とラクモが請け負う事になっていた。

 しかし、帰省での一見からシグレはラクモとは距離を取る生活が長く続いている様子。

 ラクモ自身も、彼女との交流を図ろうと試みてはいるが上手くいかない模様。

 同じ世話係であるミナモに色々と助言を受けてはいるようだが、それでも上手くいっていないらしい。

 むしろミナモと話している時は、シグレから睨まれてる事が多いそうだ……。


 そんな歪な日々がに二ヶ月程度続いた今日、俺は珍しくシグレと二人で公園の広場にて過ごしていた。

 正確に言うなら、学院の授業をサボっているところを彼女に見つかり小言を言われていたのだが……。


 俺に小言行っている内に彼女自身も授業に遅れてしまい、遅刻の醜態を晒すことが恥ずかしいらしく今俺の隣で肩を降ろし僅かに項垂れていた……。

 

 「あー、これまで無遅刻無欠席であったこの私が、入学早々に醜態を晒すとは……」


 「だったら今からでも行けばいいんじゃないのか?

 俺なんかに構わずに、自分一人でも行くといい」


 「それは、確かにそうでしょうが……。

 貴方一人を置いていける訳が無いでしょう……。

 そもそも、どうしてルークス様は授業を受けずにこうして自堕落に呆けているのですか?

 聞けば、この学院の代表生徒の一人なのでしょう?

 でしたら、人の上に立つ者としての手本となり模範となるべき生活を日々心掛なければ……」


 再び彼女の小言が始まる。

 どうやら、俺がこうしてサボっている所を見過ごせないらしい。

 正義感こそ凄まじいものであるが、相手ばかり気にして自分の事の方が疎かになっている気がする。


 まぁ、俺がそんな事を言えた義理は無いが……。


 シグレから小言を言われるのは、学院に入学してから割とすぐあったが最近は、その言い方がラクモに似てきている気がする……。


 「そういう所はラクモに似ているよな。

 ほら、とりあえずこれ食って落ち着け……」


 話題を逸らす為に、俺は先程購買で買った菓子の一つをシグレの口の中に突っ込む。


 「なぁいしゅるぅんじゅしゅか!!

 うーうすしぅぁ!!」


 加えながらもモゴモゴと彼女の言葉は止まらない。

 むしろ少し面白いと思い始め、俺は笑いを堪えていた。 


 口に含まれた菓子を飲み込むと、シグレは一つ大きなため息を吐いた。


 「あー、もう!!

 ルークス様は私を子供扱いし過ぎです!!

 もう私、14なんですよ!!」


 「俺から見ればまだまだ子供だろ……」


 「貴方と私じゃ、3つしか違わないじゃありませんか」


 「なら、いつまでもシグレは俺の妹分って事だよ。

 子供扱いに関しても、諦めて受け入れろ」


 「はぁ……、本当酷い人ですね……。

 貴方が卒業する頃には、子供扱いなんてさせないくらいの大人の女性に変わりますから!

 今更、後で吠え面をかいても遅いんですからね!!」


 再びため息を吐き、俺にそう言うと開き直ったのか先程俺が食わした菓子の一つを俺からもう一つ奪い取って自分の口に運んだ。


 「これ、さっき寄ってたお店の奴ですか?」


 「なんだ、ソレもっと欲しいのか?」


 「いえ、その、はい……。

 帰りにでも買っておきたいかなと、きっとミナモ達も気に入ると思いますし……」


 「ミナモ達ねぇ、相変わらずアイツとはすれ違ってるのか?」


 「………」


 俺がアイツとして、ラクモに対しての話題を振ると先程までの勢いが止まり突然無言になった。

 表情を曇らせしばらく無言を貫いた後に「はい……」と、そんなやるせない返事を彼女は返した。


 「アイツを信じられないのか?

 それとも、他の女達と仲が良いのを見ていて嫉妬しているのか?」


 「それは……、でも学院での彼は何処か私の知っている彼じゃなくて……、分からないです。

 ソレを上手く言葉では表わせませんが……」


 「そりゃ、シグレと他の奴とじゃ話し方や接し方も変わるだろうよ……。

 俺と話してる時のアイツなんか、さっきまでのシグレと大してかわらないみたいな様子だからな。

 それに、いかに親しいとしてもだ。

 シグレは帝の子であり、ヤマトの王族。

 それに代々仕えてきたのが、ラクモの家系だ。

 まぁ俺は少し例外だろうが、身分が違うってだけで接し方は変わる。

 相手の顔色を伺うのが常みたいなものだからな」


 「でも……、私と話していた頃よりも……。

 今の彼は他の女性と話している時の方がずっと楽しそうで……」


 「ソレ、ただのヤキモチじゃないのか?」


 「違います、そんなんじゃありません!!

 私が言いたいのはそうじゃなくて……」


 「じゃあ、何が言いたいんだ?」


 「それは、ただその……。

 分からないんです、ただ私は以前のように彼と一緒に日々鍛錬を積み重ねて、剣士としてお互いに更なる高みを目指したい……。

 学院に入学する前に、彼と約束したんだす。

 私よりも強くなれと、彼が私を超える実力を身に着け、私を打ち負かし護れる程の存在になってくれる事を私は願っているんです。

 でも、……今の彼では難しいかもしれません」


 「そうだろうな……」

 

 「だから、私は新たに決めたんです。

 彼からカタナを奪った輩を決して許さないと……」


 声音が沈むかのように、尖ったような怒りに満ちた声で隣の彼女は俺にそう告げた。


 「ソレは、アイツが望んだのか?」


 「……私が望んでる事です。

 彼がかつての屈辱を果たせぬ今、私が代わって復讐を果たすまで……。

 彼がカタナを握れぬ今となって、ソレを成すべきであるのは彼の主である私だけです」


 「ならばやめておけ、無駄足を踏むだけだ。

 お前のカタナは誰かを傷付ける為の刃ではないだろう?

 あくまで心身を鍛える為であり、ソレを競うのはお互いに実力を示し更なる成長を促す為の物だ。

 一度復讐に身を染めれば、後に引けなるぞ……」

  

 「……分かっています。

 でも、これは私が決めた事です……。

 邪魔をするなら、ルークス様であろうと容赦はしません」


 「止めたところで無駄か……」

 

 「はい、無駄ですよ。

 ソレに、闘武祭という催しには私としても大変興味がありますから」


 「……、何年もアイツと一緒に時を重ねてた上でその程度でアイツの主を語るのであるなら。

 なら、お前の器はその程度なんだろうな……」


 「何を仰いたいんですか、ルークス様?」


 「なに、ただの戯言だよ。

 せいぜい頑張れ、ヤマトのお姫様……」


 俺はそう告げて、シグレの元から立ち去る。

 変わりゆく身近な者達の変化に対して、干渉や詮索はあまりしたくはなかったが……。

 ただ、今のシグレを止めるべきだったのは確かだろう。

 

 だが、俺が言えるはずがなかった。


 その復讐の相手は既にこの世を去り、ソイツの妹が今のラクモの手足を見ているという事実を……。


 そして、怒りに身を落としていく今の彼女を誰が止められるのだろうか、と……

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