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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
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カタナを握れぬ剣士

帝歴400年9月15日


 その日の放課後、ラクモの意識が戻ったとの知らせを受けて俺は急いで彼の元に向かった。

 先の戦いで酷い重症負ったという事は、試合を中継端末を通じて見ていた故に容易く理解できた。

 

 巨大な双頭の大蛇と人間相手に、彼は一人奮闘していた。

 力の差は歴然であり流石に諦めるべきであったとさえ俺は思っていたが頑なにラクモの奴は引くことをしなかった。

 むしろ、最後まで戦おうとしていたのだ。


 腕をもがれても尚、奴はカタナから手を離さなかった。

 そして、最後の最後の瞬間まで戦い続けた挙げ句に、奴はとうとうあの双頭の大蛇を斬り伏せて見せたのだ。

 蛇を召喚した対戦相手の右腕をも切り落とし、彼の勝利かと思えたがそこで彼は惜しくも力尽きてしまったが……。


 結果として両者共に戦闘不能の状況だが、最後まで意識の残った対戦相手に勝利は譲られてしまう。


 その後はすぐさまラクモは治療の為に病院へと救急搬送される事になった。

 彼の容態がどうなったのか、俺は学院での権限を利用してまでその詳細を聞く事が出来た。


 残された右腕と両足の切断をしなければ命はない。

 そして更には、幾つかの臓器を人工的なソレに変える必要がある。

 それ程、ラクモの身体は重症を負っていた。

 

 両足は例の双頭の大蛇に噛まれた傷に毒が回っていたのが影響して切断は免れない程に裂傷を負っていたらしい。

 放っておけば、毒が全身を蝕む程である。

 そして毒も既に全身に回っていたのも事実。

 彼の体内にある幾つかの臓器も大蛇の毒が回った影響で新たな臓器を移植しなければならない程であった。

 

 そして残された右腕は複雑骨折だけなら良かったが、やはり大蛇の毒に侵されていたらしい。

 

 唯一幸いだったのは、彼自身が最低限脳と心臓に毒が回らないように体内の魔力を用いて上手く調整していた事である。

 コレにより一命はどうにか取り留める事が可能だった。


 しかし、その事実を聞いた俺には絶望しか無かった。

 新たな臓器を移植するまではいい。

 しかし、失われた手足はどうなるのかと?


 俺はよく覚えている、彼と並んで鍛錬していた幼き日々を……。

 そして、つい最近まで肩を並べてこの学院でも鍛錬をし、カタナを振るっていた事を。


 手足が無くなり、その先の奴はどうなる?

 義手や義足を強いられるのは確実だろう……。

 だがそれで、以前のようにカタナを振るえるのか?


 様々な疑問が残る中で、俺はラクモの居る病院の一室へと足を急いだ。


 扉を開けると、ただ静かに座っている一人の男がいた。

 看護師達から何らかの軽い検査を受けている模様、そんな様子の中で不意に俺と奴の視線が合う。

 

 「ルークス、来ていたんだな……」


 「ああ、意識が戻ったと聞いて駆け付けた次第だ」


 「講義をサボってまでですか?

 全く、貴方の実家から小言を言われてしまいますよ……」


 「俺の事は今はいい、今はお前の容態が心配だ……」


 「心配とは恐れ多いですよ。

 ひとまず自分の容態に関しては、貴方が知る通りだと思います。

 とりあえずは、命の危険は脱しただけマシというところですがね……。

 流石にこの身体では、以前のようにカタナは振るえないとは思いますが……」


 「っ……」


 「しばらく検査やリハビリで入院しますので、今日のお見舞い……。

 いや、しばらくの面会はお引き取り願います……

 どうか聞き入れてもらえると恐縮です」


 そう告げたラクモの表情は何処か暗い表情、いや最早何も感じないような、死に等しい何かの顔を浮かべていた。


 「分かった……」 


 俺はそれしか返せなかった。

 何を言えばいいのか分からない。

 いや、何を返そうが何も言葉は届かない事だけは確実だったのだから……。


 帝歴400年10月15日


 ようやくラクモとまともな会話を交わせたのは、闘武祭もいよいよ終盤に迫る頃。

 最後に会ったあの日から一ヶ月が過ぎた頃だった。

 

 義手と義足を用いたリハビリを終え、日常生活を送れるように回復した辺りの頃。

 彼を担当した者の話だと、異常な程の回復速度らしい。リハビリも本来ならば数カ月単位掛かるはずのところを、彼は傷が塞がった半月後には義手と義足を身に着けたリハビリを行い、僅か二週間足らずでリハビリを終えて見せた。


 日常生活なら問題なく送れる程には回復した。

 

 本人はそう言っているが、その程度しか出来ないのだと彼は悟ってしまったのだろう。


 二度とカタナを満足に振るえない身体になってしまった事実は覆らなかったと、同義なのだから……。


 「また講義のサボりですか、ルークス?

 全く、貴方は相変わらずですよ。

 一応貴方は、このオリエント地区の代表生徒であるという事を忘れず、彼等の手本となり模範となる生活を心がけなければ……」


 眠そうにしている俺に対して、退院したばかりのラクモは以前のように俺に小言を言ってくる。

 しかし、身体は僅かにふらついており何処か不安定な様子が見て取れた。

 やはり慣れていない義足が影響しているのか長時間立ってる事が苦しいのだろう。

 彼は数分と経たずに彼は俺の向かいの席に座り毎日持ち歩いている自分の水筒に口を付ける喉を潤していた。

 

 それが苦しみを堪えた痩せ我慢に他ならないのはすぐに理解出来た。

 本来ならば、今も尚リハビリが必要な身体なのだ。

 しかし、ソレを俺の為なのかあるいは己の在り方を少しでも満たす為の普段通りの振る舞いなのかもしれない。


 俺には彼の真意は分からない。

 だが、わざわざ俺から言及するのは違う気がした。

 

 「はいはい、分かりましたよ……。

 そういや、この前通りに出来た新しい茶店があるんだが、そこに少し寄らないか?

 お前の退院祝いに、俺が何でも奢ってやるよ」


 「茶店って、また買食いですか?

 自分の退院だからって、何でもかんでも理由を付ければ良いものだと思ってません?」


 「そんな事はない。

 とにかく、行こうぜラクモ。

 甘い物は俺も苦手だが、甘くない奴もあるって他の生徒から聞いてるんだからな」


 「はぁ…。

 全く、しょうがないですねあなたは……。

 少しだけですよ、それと本日の夕飯から自分は手伝いに向かいますからね?

 部屋の片付けやら、他にもその偏った食生活をどうにかしなければならないでしょう?」


 「あー、はいはい分かりましたよ。

 とにかく行くならさっさと行こうぜ、少ししか居られないなら今すぐ向かうしかないだろ?」


 そう言って俺は立ち上がり、彼を急かせる。

 

 「はいはい、それでは行きましょうか。

 例の新しい茶店とやらに……」


 そう言って、ラクモもゆっくり立ち上がる。 

 以前よりも遅い足取りで、彼は普段通りの行動を演じていた。

 今の俺には何が出来るかは分からない。

 だから俺も、ラクモと同じく普段通りの振る舞いをすることにしていた。


 これがいつまで保てるのか、いやいずれは変えなければならないだろうが……。


 しかし今は、少しでもラクモの気が紛れるように彼の足取りに合わせて、例の茶店に足を急いでいた。


 しかし、彼自身は俺の想像以上に辛い現実を突きつけられていた事をこの時の俺は知らなかった。


● 

 帝歴400年10月22日


 ラクモと例の茶店に寄ってから一週間が過ぎた頃。

 この日はぽつぽつ雨が降っており、俺は面倒ながらもオリエントの生徒代表の会議に参加していた。

 

 その会議で、俺の隣に座っていた一人の女生徒。

 長い黒髪で、いかにもヤマトのお嬢様という清楚な風貌が印象の彼女。

 ソイツは巳蛇夜巴(ミヘビヤトモエ)、と名乗り小さな声で俺に向けて呟いた。

 

 「会議の後に、少しだけ時間を貰えませんか?

 貴方にお話があるんです、ラクモさんの事で……」


 彼女から告げられた彼の名を聞き、俺は「分かった」と告げ言われた通り会議の後に俺は彼女の話を聞く事にした。


 「お忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」


 「御託はいい、要件は何だ?

 何故お前が、ラクモについての話があると言った?」


 「それは、えっと……その……」


 視線を僅かに反らし、あたふたと狼狽える彼女。

 俺は呆れつつ、冷やかされたと思い話を切る事にした。


 「こっちも忙しいんだ。

 用が無いなら、帰らせて貰う」


 「違うんです……、あの兄の事で……。

 その、お詫びを申したくて代わりに私が出向いた次第で……その…えっと……」


 「兄の事だと?」


 「ラクモさんに大怪我を負わせた私の兄に代わって、謝罪の申し立てをしたく……。

 あの日、先月私の兄である巳蛇夜兎那(ミヘビヤトウナ)がその彼に対して行った卑劣な行為に関しての謝罪をする為に参りました」


 「何だと……、お前の兄がラクモをあんな……。

 なら、その本人を寄越すのが筋であろう!!

 何故、奴の妹であるお前が代わりに出向いて居るんだ?!」


 「それは、えっと……、兄は先の戦いにおいて任務に失敗した事を両親に後日問われ責任を取るべく自害を致しました。

 私への責任を問われない為に、一人で全ての責任を受け持って自ら命を絶ったんです……」


 「なんだと……。

 任務とはどういう意味だ?

 あの戦いで一体何が起こっていたんだ!!」


 「それは、あの戦いの日に兄はヤマト王国のとある御方からラクモさんの殺害を依頼されていたんだす。

 戦いで事故を装い彼を殺害せよと、そういう内容の依頼があってあの日の兄は彼を殺すべく戦っていたんです。

 ラクモさんが降参出来ないように、兄は彼の喉を最初に潰しました。

 その後、確実に勝つ為に相手の視力を奪った。

 そして大蛇の召喚を使い確実に彼を殺すべく戦っていたんです」


 「そんな事、あいつは一言も俺に言っていなかった。

 何故ソレを、お前が知っている?」


 「兄が自決を図る前日の夜更けに、私に教えてくれたんです。

 そして、後の事を私に託して亡くなりました……」


 「………。」


 彼女の告げたその言葉に絶句せざるを得ない。

 だが、彼女を咎めたところで解決にはならない。

 あの日の戦いは、殺し合いこそあれ学院内では正式な試合の一つに過ぎないからだ。

 怪我は必然、死者が出る事も少なくないのは参加者全員が周知のこと……。


 当事者達以外の者が横から口出しすることではないのだ……。

 だが……、心の何処かでラクモからカタナを奪った彼女の一族に対しての恨みが捨てきれない自分があった……。


 「それで、君は何を望む?

 ラクモに対して精一杯の謝罪をしたところで、彼の手足は決して戻る事はない。

 噂で聞いてるだろう?

 ラクモはあの戦いで、両手足を失った。

 義手、義足を身に着け二度と以前のようにカタナを振るう事が出来ない身体になった事を……」


 「はい、存じております。

 ラクモさんの義手と義足の製作を依頼された際に、彼の容態を周知した次第ですので……」


 「製作を依頼されただと?

 どういう意味だ?」


 「ええと、そのままの意味です。

 私は兄と違って家業を継がずに、義手等の医療治具や魔導工学を専門にこの学院に通っているんです。

 だから今回、義手と義足の製作を依頼された際の使う相手が兄さんの……、兄の試合相手であったラクモさんだった訳だったんです。

 最初はあり得ないって最初は思ったんです、兄が自決してすぐ今回の依頼が舞い込んで来て、そのお相兄が傷付けた相手であるラクモさんで……。

 でも、だからこそ私がやり遂げなくちゃって思ってあの人の義手と義足を製作に携わった次第です」


 「そうか……、それで君はそこまで詳しかったのか……」


 「はい。

 それに、兄がラクモさんに対して許されない行為をした事も承知の上です……」


 「だとしても、あの試合の当事者ではない君には関係のない事だ。

 それは俺自身にも言える事だがな……」


 「ですが、それでは……」

 

 「責任を感じるのであれば、せめて君が学んだ魔導工学の技術で彼の義手と義足の整備をしてやるといい。

 ラクモが生涯背負うであろう、その手足を君が責任を持って見てやる事だ。

 理由がどうであれ、君の兄は君に家業を背負わせない為に全てを背負ったのだろう?

 君を見れば分かるさ、恐らく途中までは奴と同じく戦う術を学んだ身なのだろうからな……。

 ならば、その意志を尊重して君は君の目指すべき在り方を示し続けろ。

 それが最大の償いであり、亡き兄への報いになろう」


 「ルークス様……」


 「話は以上だ、俺はこれで失礼する。

 それと、いつかラクモに面会する機会を設けよう。

 まだ奴には義手と義足は身体に慣れていない。

 しばらくは誰かさんの調整が必要だろうからな」


 「っ……、はい!

 必ずその時はお伺い致します!

 お話を聞いて頂き感謝致します、ルークス様!」


 彼女の言葉を最後まで聞くまでもなく、俺はその場を後にした。

 軽く後ろに手を振り、俺は今も尚待っているであろう彼の元に足を急ぐ……。



 外は未だに雨がぽつぽつと降っていた。

 傘等が必要かどうか微妙な塩梅で、使うに迷うような降り方を今尚している様子である。

 

 帰りに適当に露店で軽食と飲み物を買い、恐らく例の場所で待っているであろう彼の元へと足を急ぐ。

 いや、待っているというよりは一人がむしゃらに足掻いてると言った方が正しいのかもしれないが……。

 

 普段の帰路の途中に位置する最寄りの公園にて、雨の降る中黙々とカタナを振るう奴の姿はそこにあった。


 「はっ!!」


 彼は己に義手に巻き付けた木刀を力強く振るう。

 僅かに身体がくらりと揺れて、それは大きく身体が揺れるまでに体勢を崩していく。

 地面に転げ落ちそうにも見える様子だが、寸前で止まりかなり息を上げならゆっくりと体勢を戻して最初の構えに戻っていく。


 それは以前のような鍛錬とは思えない程、あまりに不格好で不器用な姿であった。

 初めて立つ事を覚えた赤ん坊のように、あまりにも不安定でとてもじゃないが正気ではないのは俺にも、やっている自分自身も承知の上なのだろう。 


 だが奴はソレを辞める事なく何度繰り返す。

 

 たまに地面に身を転がしたり、立てなくなって後ろから倒れる等見ていられない光景が何度も起こる。

 しかし、ソイツは諦めずカタナを振るい続けた。

 

 きっと無駄かもしれない。


 でも、努力すれば一割、一分、一厘の可能性で再び以前のようにカタナを振るえるであろう日が戻るかもしれない。

 

 信じた可能性を掴む為に、目の前の彼は退院した翌日から最低1時間をこの鍛錬に費やしているのだから。


 俺はソレを知っていて尚、自分から口出しはしない。

 それは彼の努力を否定するかもしれないからではなく、彼が再び肩を並べて共にカタナを振るえるだろう日が戻る事を信じているからだ。


 そして今日は、たまに通りかかったという難癖がましい理由を付けて奴の昼食を買ってきた次第である。


 「精が出ているな、ラクモ……」


 「視線を感じたと思ったらルークスか……。

 いつからこっちを見ていました?」 

 

 「さっき通り掛かったところだよ。

 会議が終わってから、その帰りに昼食を買って不意に立ち寄った流れだ」


 「またいつもの買食いですが……。

 にしては、少し多い買い物ですね?」


 「これでもその店の常連だからな、おまけで多くもらったんだよ。

 一人じゃ食べ切れないからお前もどうだ?

 その前に、その汚れた手とかを洗ってからだが……」


 俺がそうラクモに指摘すると、彼は自分の衣服を見直しその汚れ具合にようやく気付いた様子である。


 「確かに汚れ過ぎてましたね。

 分かりましたよ、そこまで言うなら今日は貴方にご馳走になりますよ」


 それから彼は汚れた上着を脱ぎ、汚れた義手等を洗うと俺の隣にゆっくりと腰掛けた。

 やはり未だに慣れていないのか、大した時間は動いていないはずであるのに、息がかなり上がっている様子でああった。


 「会議はどうでしたか?

 また、いつものように居眠りこいていたりしてませんよね?」


 「ちゃんと話は聞いていたよ。

 まぁ、少しだけ眠かったりはしたが……」


 「それ、いつもみたいに絶対に寝てましたよね?」


 「どうだろうな、まぁ面白い収穫はあったよ……。

 お前の身に付けてる義手の製作に携わったって奴が俺の隣に座っていたんだ。

 トモエっていう女生徒で、研究専門って奴等の中では飛び抜けた美人でさ、いかにも清楚なお嬢様って奴だったよ。

 今お前が身に着けてる義手や義足の調子が悪かったりしたら遠慮なく私に連絡して欲しいんだと、彼女からお前に伝言を預かった次第だ」


 「て、会議そっちのけで、とうとう女生徒を口説くとは貴方って人は………」

 

 「いやそれは違う、誤解だ誤解。

 席が隣だったのは偶然だ、ソレに接触も向こうからだった。

 むしろ、お前の方に好意があるんじゃないのか?」


 「誤魔化さないで下さいよ、必要だったら後でその会議に参加した方々から事情聴取でもして真相を確かめますからね?

 まぁとにかく、そうですか……。

 この義手等をその、トモエと名乗る女生徒が……。

 なら、自分からも是非ともお願いしたいところです。

 やはり、まだコレに慣れていないところも多いですからね……」


 俺の横で飯を頬張りながらそう言うラクモ。 

 見たところ食欲は多少あるようで、というか俺より遥かに多い量を食べている。

 まぁ、これくらい食えてるなら問題ないだろう。

 

 「了解した。

 じゃあ今度、彼女から連絡先を貰っておく。

 で、今日の鍛錬の成果はどうなんだ?」 


 それとなく俺はラクモに尋ねてみる。

 すると、僅かに曇った表情を浮かべ食事の為に伸びていた手が途中で止まった。


 「まぁ……、ぼちぼちですかね……。

 やはり、そうすぐには結果は出ませんよ……」


 「そうか、まぁ焦ってもしょうがないさ……。

 数年単位で気長に続けるくらいの覚悟はしておくべきだとは思うが……」

 

 「厳しい言葉ですね」


 「なら、明日にでも出来るだろってそんな言葉が欲しかったか?」


 「いや、貴方らしいと思いますよ。

 ルークスの言う通り、年単位は掛かると思いますから……。

 本当は今の義手と義足を選んだ時に、もっと高性能な物を選べたんですけどね。

 でも、2世代程の前の旧式の一般的な義手と義足一式をわざわざ自分は選びましたから……」


 「高性能な義手等に何か不満でもあったのか?

 腕や足の力が、以前よりも遥かに強靭な物になるかもしれないだろう?

 予算だって、別にラクモの家なら金に困るって事は余程の物じゃない限りあり得ないだろう?」


 「自分は腕や足の力が義手等によって以前よりも強くなる事が嫌なんです。

 自分の物ではないナニカに頼ってるみたいで、どうも腑に落ちませんし……。

 それにに、失ったあの手足は自分が日々鍛錬を繰り返した末に手に入れたモノですから。

 シグレ様をいつか超えると誓って、日々己を鍛え続けた想い出が……、そしてそれ故にこれまでのシグレ様との繋がりがあったんだと思いたいんです。

 故に、自分は強い力を持つ高性能な義手を敢えて避けて旧式を選んだ次第です。

 まぁ周りからは拘りが強過ぎると言われるかもしれませんが……」


 「確かに俺や普通の奴なら、高性能なソレを選ぶだろうよ。

 実際問題、俺は更なる力を求めた末に神器の力を得る道を選んだ訳だからな。

 まぁ、そんな俺がお前の拘りに対して強く言えるような立場じゃないが……、敢えて言うなら……」


 「敢えて言うなら?」


 「その道は途方もない程苦労するぞ……。

 それこそだ、二度とカタナを振るえなくなるかもしれない……。

 極論を言えばだ、身体の替えは目の前の義手とかのように幾らでも替えは利くだろうが……。

 お前自身の心はそうじゃないだろ?

 何度も続けた末に、心はいずれ折れるかもしれない。

 そうなれば、本当の意味でお前はカタナを振るえなくなるだろうな……」


 「……可能な限りの手は尽くしますよ。

 それでも駄目なら、それきりですがね……」


 「そうか……」


 その後、ラクモは昼食に二、三口口を付けると食べるのを辞めて再び鍛錬へと戻る。

 そして彼が鍛錬を終えるまでを待つことなく、俺は帰路に立った。


 それからしばらくの時が過ぎたが、継続し続けた鍛錬の成果はこれと言って全く無かった。

 無情にも、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 次第に肉つきも細くなる奴の姿に、心を削られていく自分の姿もあった……。


  

 帝歴401年2月10日


 年末の帰省が難しく、俺とラクモはそれから二ヶ月あまり過ぎた頃にようやく祖国へと帰省を果たした。

 祖国であるヤマト王国へと戻ると、やはりラクモの噂が大きく広まっていた。

 そして、彼を殺そうとしたミヘビヤ家のありもしない噂も絶えず広まっていた。


 あの日にラクモと戦ったトウナという人物は、事もあろうに試合の前日から奇襲を仕掛けたというもの。

 しかし彼に返り討ちにあった恥ずかしさ故に、自ら命を絶ったというものである。


 そして当のラクモ自身も、両手足を失った事により彼の家系であるカゲムネ家は長兄のこの無残な姿にかの家も落ちたものだと、酷い噂が絶える事は無かった。


 そして、ラクモ実の両親からも剣を振るう事を諦めるように強く言われたらしい。

 本人は強く否定したそうだが、実の両親から強く言われ在学中に自分で判断すると告げて、帰省の間は俺の実家の方に居候することになった。


 そしてやはり、ラクモはシグレと会う機会があったようだが、今の自分に対しての劣等感故に彼女に対しての酷い言葉を投げ掛けてしまったらしい。


 そのまま無言で彼女の前を去り、途方にくれて静かに涙を流していた彼女の姿を俺は見かけていた。


 「やはり、こうなってしまうか……」


 俺も途方に暮れて、今は実家の養父の趣味である盤の相手をしていた。

 そしてある程度の区切りが付いたところで、本日の夕食が用意され久々の家族団らんの時間が訪れた。

  

 学院での俺の素行の悪さや、活躍の数々をラクモは怒りながらも楽しそうに語っている。

 先程までの暗い様子が嘘のように思えたが、夕食を終えた頃に俺はラクモに呼び出された、屋敷の縁柄にて会話を交えていた。


 「今日はありがとうございます、ルークス」


 「いつもの事だろ、お前もある意味ここの家族みたいなものだからな……」 


 「確かに、そうかもしれませんね……」


 そしてしばらく空白の時間が訪れる。

 そしてふと一息のため息をすると、ラクモの方から口を開き始めた。


 「既に言いましたよね。

 自分は親にカタナはもう振るう必要はない。

 そう言われたって……」


 「……ああ、そうだったな」


 「正直、それがこれまで一番辛かったかもしれません。

 父のような剣士を目指していたのに、その父から諦めろと言われたようなものですから……」


 「確かに、そりゃ辛いかもな……」


 俺は一言そう答えて、再び沈黙の間が続く。

 話題も特に見当たらない。

 下手な詮索をするのも億劫で、隣に腰掛ける彼自身の方は遠く何処か虚ろな視線を目の前の義手に対して向けていた。

 脳裏に昔の光景が不意に過ぎると、俺は一つの僅かな可能性を見出し口を開いた。


 「……明日、あの人のところに向かわないか?

 もしかしたら、何か変わるきっかけがあるかもしれない……」


 不意に俺はそんな事を言っていた。

 

 「あの人?」


 「ムツキさんのところだよ。

 あの人なら、恐らく今のお前の力になれる何かしらのきっかけを知ってるかもしれないだろ」


 「ですが、それは………」

 

 「初心に戻る事も大切とかよく言うだろう?

 とにかくだ、明日は俺達の師匠であるムツキさんのところに行くから、そこら辺覚悟しとけよ」

 

 「はいはい。

 全く気が強いのも大概ですよ、全く……」


 ひとまず、呆れ半分でラクモから同意を得る事に成功した。

 あの人なら、今のラクモに対しての解決策のきっかけやらの何かしらを得られるかもしれない。

 例え、ラクモの歩む道が非常に困難であろうと……。

 それでも藁にもすがる思いで、俺は今のラクモに対しての何かしらの助けになりたかった。


 再び、コイツと肩を並べられる日を信じて……


 

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