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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
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山茶花、ココニ散ル

帝歴400年9月11日


 ふわりと、頬を何かが掠める。

 刹那に、こちらの一振りが相手の胴体を捉えた。

 そして……


 「っぁ………!!」


 相手の声が聞こえると同時に、身体を大きくこちらから放たれていく。

 自身が振るった攻撃をそのまま身体で受けた衝撃は凄まじくはるか後方まで奴の身体が飛んでいった。


 「クソっ!!

 この僕がお前のような奴に負ける訳が……!!」


 大声でそう叫び、既にカタナを構えたこちらの姿を恐らく目の前の彼は視界で捉えている。

 こちらは声が出ない、目が見えていない。

 分かるのは、この世界に満ちているという魔力の流れのみ。

 そこから奴の動き、感情の動きを捉えているだけ。


 だが、それでも目の前の彼を追い詰めるのにそう時間は掛からなかった。

 

 「ここでお前を絶対に……!!

 どんな手を使ってでも、僕はお前に勝たなければならない!!

 何を言われようと、どれだけ愚弄され己に汚名が付けられようと何ら関係ない!!

 全ては僕が背負う覚悟で、ここで貴様を必ず殺してやるぞ、ラクモォォ!!」


 声の刹那大きな魔力の昂ぶりを感じた。

 視界が無い中、相手の魔力の筋を探りその様子を確認する。


 大きな魔法陣のような物が奴の下にある。

 召喚魔術の類いなのか、魔法陣から奴を囲うように巨大な何かが現れていく。


 独特な匂いが嗅覚を刺激する。

 爬虫類特有の、独特な匂いを感じた……。


 「ーーーー!!」


 何かの吐息、明らかに人では無い巨大ナニカ……。

 魔力の流れを読むことに神経を研ぎ澄まし、対峙する例の存在の正体を確認する。


 長い胴体、手足は無くあの男の身体の数倍の長さを持つソレの存在を感じた。


 蛇、それもただの蛇等では無く大蛇のソレだ。

 しかも、明らかにおかしい。

 大蛇の頭の数が明らかに2つあるのである。

 

 自身の見間違いでは無いのか、己の思考を疑っているがそんな余裕などあるはずも無く、巨大な大蛇の身体がこちらへと迫りつつあった。


 「さっさと喰われろ、死にぞこないがぁぁ!!」

  

 声が聞こえた刹那、凄まじい衝撃が全身に響き渡る。

 かろうじて、巨大な衝撃を構えたカタナが幾らか軽減したものの、紙くず同然にこの身は大きく吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。


 「っ……」


 声が出ない代わりに、うめき声にも似た嗚咽があふれる。

 壁に叩きつけられた肉体が悲鳴を上げているのが分かる。

 魔力を辿る為に集中力の大半を要していた為、意識が僅かに朦朧とし始めた今の自分には敵の姿が不鮮明に捉えていた。


 奴の身体、そしてその背後にある巨大な何か……。

 頭が2つあるソレに対しての、今の自分に何が出来るだろうか?


 こちらが扱えるのは剣術のみ……。

 魔術も剣をより強く振るう為の力としてでしか使えない。

 

 その瞬間、自分はようやく身体に起こっていた違和感を感じた。

 灼けるように、左腕の付け根が痛い。

 そして、その先の感覚が無い……。


 ゴクリという音、そして何かを吐き出した目の前の巨大な存在……。


 「腕の一本、取ってやったぜ……。

 残りのソレもどれだけ守りきれるかなぁぁ!!」


 「っ……!」


 迫り来る追撃を辛うじて躱すが、身体のバランスが上手く取れず数歩踏み込んだだけで地面に再び倒れ込む。


 出血が多く、仮に本当に腕が無くなっているのであれば応急処置であれ最低限の止血は必要。


 戦闘が継続出来ればそれでいい……。


 今ここで倒れれば確実に自分は死ぬからだ。


 自分は倒れても尚、歯を食いしばり立ち上がった。

 一度手に持っていたカタナを鞘へと納め、動かせる右手で自ら着ている衣服を破り、破れた布切れのソレを力いっぱい込めて左腕に巻きつけ固く結ぶ。


 そして再びカタナを引き抜き、敵の追撃に備える。


 保って数分が動ける限界だろうか。


 そして今現在の状況は奴の優勢。

 こちらは左腕を失い、両手で力を込めてカタナを振るう事が出来ない。

 恐らく片手では奴の従えているだろう、巨大なソレに太刀打ちは出来ない……。

 

 どうする。


 どうする?


 どうすればこの状況を打開出来るんだ……!!


 

 意識が徐々に薄れていた。


 幾度もカタナを無謀に振るい続け、


 勝てる見込みなど、百に一つあるかも分からない。


 ただ、死にたくなかった……。


 負けたくなかったんだ……。

  

 こんなところで、自分は負けたくなかったから。


 あの人に、認めてもらう為に……


 あの人に、勝つ為に……


 シグレの隣でカタナを振るうに相応しくなる為に……


 自分は絶対に諦めたくなかったんだ……。


 

 「無様だなぁ、お坊ちゃんよぉ……。

 これが僕とお前との格の違いって奴さ?」


 「ぁぁっ……」


 身体を震わせながら敵の姿を捉える。

 いつ死んでもおかしくないと、自分でさえ思う程身体は全身満身創痍もいいところだ……。

 

 両足を例の巨大な怪物の牙に僅かに触れた影響か、毒が身体に周り始めている。

 何の毒かは正直分からない。

 だが、身体を蝕むソレは血が激しく巡るこの身体において非常に苦しいモノであった。


 息が苦しい……、

 身体が灼けるように熱い、

 吐き気や倦怠感、喉の渇きと灼けるような痛みが無性にただ襲い掛かる。


 だが、そんな苦しみ以上に自身の弱さを呪っていた自分があった。


 もっと自分が強ければ……、


 もっと自分がより強く、より速くカタナを振るえていたなら……。


 「ぁぁぁぁ……!!」


 かすれるような声が漏れる。

 己の弱さを呪った心の奥底からの己の叫び……。

 しかし、喉を潰された今の自分には悲痛なその叫びすらも出来ずにいた。


 こんなところで負けるのか、自分は……。

 

 どうして、どうして……。


 どうして、自分はこんなにも弱いんだ……。


 刹那、再び襲い掛かる敵の攻撃に再びこの身が叩きつけられる。

 最早、今の自分には躱せる余力も無かった。

 ただ攻撃を受けるだけの肉の塊……。


 自分は、ここまでなのか……。


 

 薄れゆく意識の中で、何かの光景が脳裏を過ぎった。

 僅か一瞬の事に過ぎないソレは確か、入学前の最後の鍛錬の日。

 シグレ様と共に過ごせる最後の稽古の日のことだ……。


 いつもと同じ鍛錬を一通りこなした後、自分と彼女は学院入学前の最後の試合をすることになる。


 「今日で勝てるといいわね、ラクモ?」


 「そうですね……。

 景気付けに、貴方に勝てると良いですが……」


 「まぁ、そう簡単に勝たせる訳がないんだけど」


 そう彼女は微笑み、自分は彼女との入学前最後の試合に挑んだ。

 結果はいつも通り、目の前の彼女が勝った。

 ある意味当然のことである。

 ここ数年間一度たりとも彼女に俺は勝てた試しがないからだ。

 故に珍しい事では無かった。

 しかし、試合の後彼女は自分に話し掛けてきた。


 「ラクモ、今日は貴方に見せたいものがあるの」


 「見せたい物ですか?

 一体何を?」


 「貴方が学院に向かう前に、ようやく完成した技があるの。

 だからその技を、最後に貴方に見せてあげたい。

 私が貴方の隣で剣を磨き続け、この身で会得したヤマト流剣術の新たな技」


 そして、彼女はその技の名を告げた。


 「山茶花(サザンカ)、それがこの技の名前です」


 「山茶花、確か冬に咲く花でしたよね?

 何故、その花を技名として?」


 「これは何度も私に負けじと挑んだ貴方の姿になぞらえて私がようやく編み出せたモノです。

 この技の意味はどんな困難にも打ち勝つ意味が込められています。

 だからこれから、この技を貴方に捧げます。

 いつか必ず、貴方が私を超える日を願って……」

 



 どんな困難だろうと打ち勝つ、か……。


 心の中で、自分はそう呟いた。

 

 あの人が自分を信じて、編み出してくれた技。

 

 自分がどんな困難だろうと乗り越えてくれるだろうと信じて、信じ続けてあの人が編み出してくれた技。

 

 その期待に応えなくて、何が剣士だ……。

 彼女を超えると誓って、強くなると誓った……。

 だから、だから自分は今まで剣を続けられた。

 あの人が自分を認めてくれたから……。

 強くなれると、信じてくれたから……。

 ならば応えなくてはならない……。

 今の自分に出来る全てを、この瞬間に全て込めてでも……。


 ここで全てを投げ売ってでも一矢報いて見せる!!


 宙に舞う自身の身体。

 残された右腕の指先すらまともに動かせない。

 それでも、残された力を振り絞りカタナを力強く握り締める。

 

 地面に身体が叩きつけられる瞬間に、僅かに崩れるような体勢になりつつも辛うじて降り立ち。

 

 残された片腕で、自分はカタナを鞘へと納め遥か前方に居る敵の姿に向けて抜刀の構えを取っていた。

 

 到底当たるはずもない距離からの構えに、奴の哄笑が溢れ続ける。


 「アハハハ!!!

 この死にぞこないがぁぁぁ、その身体で一体何が出来る!!

 さっさと諦めて此処で無様に死にやがれぇぇ!!」


 敵が迫る中、自分はただ精神を研ぎ澄ませる。


 使えるのはたった一度、いやそれで充分過ぎる。

 

 故に自分は確実に当てる為に、確実に勝つ為に……。


 自身に残された全ての力を込め続けた……。


 ただ静かに、鏡面のように光照り返す水面の如く神経を極限まで研ぎ澄ませながら。

 

 「これで終わりだ、ラクモォォォ!!!」


 迫り来る怪物の巨体が身体に直撃しようとしたその刹那、自分はようやくカタナに手を掛けた。


 この時を自分は待っていたのだ。


 奴へと確実に攻撃を当てる為に……


 刹那、自身の抜刀と同時にこの身体は奴の後方へと移動し終える。

 役目を終えた身体がゆっくりと地に倒れる最中で、自分はソレを魔力の面影として捉えていた。


 極限の剣技によって生まれた、山茶花の花が奴の放っていた巨体の怪物を容易く切り落としていた事を……。


 愕然する敵の姿と驚愕を隠せないような感情の乱れを魔力で僅かに感じた。

 そして気付けば自分とは逆と右腕が切り落とされたソイツは怨嗟の叫びをあげ続ける。

 奴の叫ぶ様を最後に自身の意識は闇へと落ちていった。

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