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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
226/324

視えずとも、我は此処にあり

帝歴400年9月10日


 その日の講義が全て終わり、放課後を迎えた俺とラクモは共に学院周りの街並みをぶらぶらと適当に散策していた。

 正確に言えば、俺の買食いを見張る為にラクモが半ば強制的に付いてきているだけなのだが……。


 「よくも毎日飽きずに、見張りをするよな。

 お前自身の琴じゃあるまいし、俺の親からの頼みなんだからそこまで熱心にやらなくても良いんじゃないのか?」


 「そうでしょうね。

 貴方自身が生活を改めてくれればこんな事をせずともいいのでしょうに……」


 首を振りながら、そう言ったラクモ。

 まぁ確かに、俺のせいなんだろうなとは思ったが……。

 だが、こうも毎日付けられると流石に堪えそうになる。

 ラクモの対応を見ていると、この前の生徒会の会合で出くわしたオキデンスのアイツの面影が過ぎってきた。


 「全く、これじゃあ気が休まないな。

 ラクモ、お前やっぱりあの女とつくづく似ているよ」


 「あの女って?

 ああ、確か以前言っていたサリアの王女様でしたっけ?」


 「そうそう、アイツだよアイツ。

 一応、俺はここオリエントの生徒代表だからな。

 で、この前の各エリアの生徒代表が一同に介する会議に俺とそいつが参加した奴だよ……。

 思い出すだけでも、面倒な奴だったなぁ……」


 


 例の会議は特に何も問題なく進行していったかに思えたが、最後の最後にそいつは俺に対して口出ししてきたのである。

 理由は、俺が会議中に、お菓子を食べていた事についてだ。

 その、菓子自体は会議の卓上に置かれ食べる事は本人の自由であったはずなのだが、事もあろうにそいつは俺が菓子を会議中に食べていた事に口出ししてきたのである。


 「最後に一つ物申したい事が一つだけ。

 オリエント代表、ルークス・ヤマト。

 貴方、先程から会議中も全く意見をしないどころか聞く耳も持ち合わせず、ただ怠惰に目の前の菓子を貪り食らうとはどういうおつもりでしょうかね?」


 長い金髪で容姿端麗の丸縁眼鏡が特徴的な女生徒。

 とにかく威圧的で鋭く冷めた視線をこちらへと向けてくる、明らかな敵意と見て問題ないだろう。

 彼女の名前は確か、レティア・ラグド・サリア。

 かのサリア王国の第一王女、そして今日の会議において司会と進行を勤めていた奴である。


 「この菓子は、今回の会議の為に向こうが用意した物だ。

 ソレを食べる事は本人の自由であり、この会議の参加者てある俺が食べていて何か問題でも?」


 「菓子を食べる事が問題とは言っておりません。

 会議に参加したからには、その時間を有意義に使う為に貴方も会議に参加しなさいと言っているんです。

 仮にも、生徒の代表であり更には一国の王族でもある貴方がこのような怠慢であるのは明らかに問題でしかないでしょう?」


 生真面目過ぎる奴だと思った。

 まともに相手をするのも面倒だが、とにかく適当にやり過ごす為にそれっぽい理由や言葉を俺は述べてみる事にした。


 「会議と言っても、今回の集まりは上半期の学院の運営についての報告のみだ。

 報告は隣のそいつが既にしている。

 俺は単に数合わせで参加しているに過ぎない。

 話す内容や意見、更には質問までも既に予め決められた事を言うだけだからな。

 それも既に手元にある資料を見れば事足りるモノばかりであろう?

 そんなモノを聞く為にだけに、何の意義がある?

 ならば同じ王族の一人として一つ問おうか、レティア王女?

 貴殿の担当であるオキデンス内の報告について、どれか一つでも己の目でその事実を確かめた物があるか?

 もし全てが各担当の者が代わりに調査し、彼等が報告した資料をただ貴殿が代弁しただけに過ぎないのなら各担当者の手柄を己があたかも調査しこの場にて報告しただけの手柄の横領に過ぎないと思うのだが?

 この点について、貴殿から何か反論の異議申し立てはあるか?

 レティア王女ご自身の言葉で返答願いたい」


 とりあえずカマを掛けてみる。

 恐らく彼女の性格上、こんな戯言にも真面目に返してくるはずだろうか?

 あるいは面倒だと思い、適当に一蹴するのか反応を伺ってみる。

 すると、僅かに動揺しながらも彼女は返答を返してみせたのだった。


 「っ、確かに貴方の言う通り我々の報告した者は私の代わりに各担当の物が調べただけに過ぎません。

 ですが、それは単なる役割の違いです!

 私達は、彼等が調査し報告したそれ等を代弁する。

 そして、より良き方向へと改善する為に現在の状況からどうすればよいのかを互いに話し合う為。

 それが今は理想論に過ぎなくとも、少しずつでも言葉を交わし過ぎれば必ず良い方向へと変わるかもしれない。

 だから、そのきっかけを生む為にこの場に参加している各エリアの代表である私達が他の生徒と模範的意識を持たなければならない。

 ですから私は、私自身は誰に何と言われようと構いません。

 しかし、私一人では不可能である事を可能としてくれた彼等の仕事を馬鹿にしよう者が居ようならば例えそれが他国の王族であろうと私は容赦しません」


 よくもあの言葉に対してここまで綺麗事を並べたてた返答が出来たものだと僅かながらに関心さえ覚えた。

 どこまで返せるか多少の興味が湧いたので、少し強めの言葉で彼女に説いてみる。


 「……理想論に過ぎないな。

 今回の会議を聞くだけ聞いても、それ等の半分以上は貴殿が仕切り運営していた。

 司会進行の己の役目をしっかりと果たしたつもりだろうが、それはお前の自己満足に過ぎないだろう?

 こうしてこの場で各エリアの代表が各状況を報告した、で今回の会議紛いの集まりに何の意味がある?

 ご自身で言っていたよな、理想論に過ぎなくとも、少しずつでも言葉を交わし過ぎれば必ず良い方向へと変わるかもしれない、と。

 それは貴殿の勝手な妄言だろう。

 誰がお前のその意思に賛同していると言った?

 理想論を並べたて、ソレを有限実行へと導く貴殿の実力は評価しよう。

 だが、貴殿はその本質を見ていない。

 結果を出し評価されるのは当然だ、だが貴殿のそれは理想論を並べただけの中身のないハリボテのソレと同義だろう。

 そこに自身の考えや意見は何一つない。

 ただ今回の会議を問題もなく運営したいという自身の保身の為だろう?

 今回の会議の運営を任されたからには、サリアの王女である自分が責任果たさなければならない等と、せいぜいそんな理由だろうな。

 周りの期待に応えなければならない重圧に課せられた中で、俺の行動が単に気に食わなかっただけに過ぎないのだろう?

 ならば、そのくどい言い方はせず堂々と言えばいい。

 俺の態度が気に食わないと、それだけで済む話だろう?」


 流石に少し言い過ぎたかに、思えたが彼女の返答は思ったものと少し違っていた。


 「……そうですか。

 ええ、分かりました。

 なら構いません、どうぞご自由にして下さい。

 以上をもって今回の会議は解散致します。

 皆さん、お帰りの際はどうかお気をつけて下さい」


 先程までの様子とは変わり、意気消沈と化した彼女は淡々とそう告げると、足早々とこの部屋を真っ先に後にした。

 勢いよく閉まった部屋の扉に、俺以外の生徒達からどよめきと困惑の声が飛び交う。

 俺と彼女とのやり取りを見ていた、他の生徒から先程のやり取りをしていた俺に向かって僅かながら人だかりが出来ていた。


 「おいおい、流石にあの方にあそこまで言うなんてどんな度胸してるんだよ。

 あの鋼鉄の王女様が話し合いで一歩引くなんて余程だぞ……」


 「鋼鉄の王女?

 アイツはそんな異名を持っていたのか?

 だが八席にはそんな異名を持つ奴なんて無かったはずだが?」


 「そりゃあ、サリアの王女言えばかつて世界を収めた帝国を唯一交渉で平和的な解決したあのサリアの人間、ましてや王族。

 かの血筋を持つ者に対して、普通の人間がまともにやり合おうなんて大馬鹿者は無謀もいいところだろう?!」


 「そうよ!

 だから、謝るなら今の内!!

 報復で何されるか知ったものじゃないのよ!!」


 「はぁ……。

 仮に彼女がこちらへ何かしようものなら、返り討ちにするまでだろう?

 ソレに、向こうから手を出してくるなら向こうの格もたかが知れてる。

 じゃあ、俺もそろそろ帰るからお前達も程々にしろよ」


 俺は周りの人だかりに対してそう告げ、席を立つ。

 そして彼等の反応を気にも止めずそのまま部屋を後にした。

 まぁ面倒事は避けたい事、あの会議も先程の王女の言葉もあって既に終わった事だから気にするだけ無駄だ。

 終わったのなら、あの場に残り続ける必要もない。

 

 俺がそう思い更けていると、部屋を出た扉のすぐ横で誰かがしゃがみ泣いている声が聞こえた。

 声の方向を見やると、先程鋼鉄の王女等と呼ばれていたあのレティアがそこにいたのだ。


 「っ……お前、なんでそこにいる?」


 「ぐすっ……。

 私がまだこの施設内に居て、っ……何か問題でも……」


 「いや、てか…えぇ……」


 なんと、彼女は本気で泣いていた。

 鋼鉄とも謳われた彼女が、普通の女の子のように泣いていたのである。

 いや、鋼鉄とか言われようと彼女も一人の人間なのだから自身の耐えられる器を超えてしまったら流石にそうなるのだろうが……。

 

 そして、俺が困惑して対応に慌てふためいていると。

 先程までの大人しく静かに泣いていた彼女の様子が豹変した。


 「そうですよぉ!!

 私、本当はすっごい泣き虫で駄目駄目な王女なんですよぉぉ!!

 みんなして勝手に完璧だとか、鋼鉄だとかもてはやされて引くに引けなくなって今の私なんですからぁぁ!!

 笑いたければ笑いなさいよ、もう!!」


 思いきり大きな声で、まるで子供の駄々をこねるソレと大差ないであろう癇癪をあげる王女。

 先程までの威厳が何処に行ったのか、定かではない。

 最早別人では無いかという程の彼女の様子に俺の方から思わず折れてしまった。

 

 「いや、さっきは俺も少し言い過ぎた、済まない」


 謝罪の言葉を述べ、しばらく彼女の泣いてる様をなだめ続ける。

 会議が終わったというのに、他の生徒達が未だに部屋から出てこないのは彼女の威厳を恐れての事なのか。

 それとも彼女に驚き、困惑の思考が重なっているのか、とにかく今の状態が誰かに直接見られてないのが奇跡だと思う。 

 それだけが、ある意味救いだったかもしれない……。

  

 しばらくして、自身の制服のポケットから手巾を取り出し涙を拭うと、いつものような凛とした会議中のいつもの彼女の様子に戻った。

  

 「立ち直りが早いんだな……」

  

 訂正、一時間泣きまくるのは全然早くない。


 「ええ、慣れてますから……。

 ソレに、こんなみっともない姿を周りに晒す訳にはいきませんので……。

 それと、先程貴方に言われた通り私は自分の目であの資料内の状況は何一つ見た事がありませんよ。

 私は自分の手足の代わりとして動いてくれた彼等に対して絶対的な信用をしていますから。

 だから、彼等の報告は何一つ疑っていません。

 ですが、貴方の言いたい事は違うのでしょう?」


 先程の会議で俺が言った戯言染みた言葉に対して、なんと真面目に考えていた彼女。

 今更適当に考えて言った言葉等と言える訳もなく、俺は彼女に問い返していた。


 「なら、王女は一体どういう意味だと思ったんだ?」

 

 「自分の目で直接見てこそ、分かる事もあると。

 本当に変えたいと願うのなら、自分から行動を起こして自らが手本となり変えるべきであると。

 そういう事なのでしょう?

 ヤマト王国独特の観点からの指摘は、頭の硬い私にとっても良い刺激になります」


 「あー、そうか。

 それなら良かった……」


 一番相手にし辛いタイプの部類。

 なんというか、言った事を全て前向きに捉えてくるのがとにかく面倒だろう。

 ヤマト王国独自の観点でも何でもない、単に王女にカマかけただけなんだが今更ソレを言うのも気が引けてきていた。



 「と、まぁこんな感じのやり取りがあったんだよ。

 あの一件以降、あの王女に俺は目を付けられて色々と迷惑しているんだがな……」


 「つまり今も尚、端末等を通じて王女と個人的なやり取りをていると?」


 「まぁそういう感じだ。

 確か、この前の俺の試合も、わざわざ応援に来ていたようだ。

 だが、未だに変な誤解をされているのが面倒だよ」


 「それは、貴方のせいでしょう

 ただの自分の怠慢を誤魔化す為に王女にカマを掛けるなんて真似をするからですよ。

 てか、よく他国の王女相手にそんな図々しい真似が出来ましたね?」

 

 「仕方ないだろ。

 俺だって、まさかこんな事になるなんて思わなかったんだからな。

 しかもあの王女、鋼鉄なんて絶対嘘だろ。

 自分から言うのは自信満々な癖に、反論一つで小動物のソレだ……。

 通話一つ無視しただけで、めちゃくちゃ泣きじゃくられて徹夜で彼女をあやした俺の身にもなってくれ……」


 「あはは……」


 ラクモは乾いた笑いを浮かべ、俺は例の王女とのやり取りを話し続けていた。

 いつものような他愛の無い日常。

 しかし、そこに大きな亀裂が生まれた事にそう時間は掛からなかった。


 ある日突然、いや明日に受けた知らせを耳にした時俺はあまりの事実に己の耳を疑ったからだ。


 帝歴400年9月11日


 第485回闘武祭、ここオリエント地区でも日々予選での戦いが繰り広げられていた。

 そして今日も、自分は既に日常の一つであるかのようにほぼ毎日のように試合を行っている。


 「今日の相手は同国出身の剣士か、まぁよろしく頼むよ」


 「こちらこそ、お互い全力を尽くしましょう」


 今日の対戦相手は、鞭使いの相手。

 名前は巳蛇夜兎那(ミヘビヤトウナ)、見た目は武器を握るにはあまりに細い肉つきで、そして右目を白の眼帯で隠している青年。

 普通に立っているだけでも、少しふらふらとした足つきで体調が良いとも思えない。

 しかし何故か、目の前の人物に気を付けろと身体が警鐘を鳴らしているかのように自分の警戒心が異様に昂ぶっていたのが分かっていた。


 「キミさぁ、結構強いらしいじゃん?

 昔から君の事はよく噂で聞いていたんだよ、帝の娘との親交が深い僕等と同年代の若者が居るって噂。

 まさか、それが君だとはねぇ……」


 「自分が、シグレ様と親交があった事に何か問題でも?」

 

 「大アリだよ。

 君等表舞台の人間が生きている裏で、僕等のような裏の者達が存在しているんだからさ。

 でもさぁ、僕は思うんだよ?

 僕等ばかりが裏で汚れる仕事をされて、お前等のような上辺面だけの綺麗事を並べる奴が平然と生きているなんておかしいと思うんだ」


 「裏の者達だと?」


 「まぁ君くらいの年じゃあミヘビヤ家について、何も知らないのも当然か……。

 軽く言うなれば、僕等は帝直属の家系で帝に近づこうとする不届き者や不穏な動きのある者が居ないかを事前に調査に排除する存在。

 表舞台に知れ渡る前にこちらで一網打尽にしているものだから、君達が本来知るはずのない世界の話さ?

 でもさ、これくらいは聞いた事があるんじゃないのかなぁ?

 白蛇(はくじゃ)って名前、神の(やしろ)ってところから古くは神の一つとして崇められてきた守り神のような存在 君もは知っているだろう?

 それが僕等の家系の通り名の一つなんだ」


 「………」


 目の前のトウナの言葉に対して、にわかには信じ難い言葉。

 嘘の可能性が高い、こちらへの揺さぶりを狙う為なのかもしれない。

 聞く耳を持たぬ方が良いと、最初こそ思っていた。

 しかし白蛇という存在を耳にした時、俺は幼い頃に両親から聞いた話を思い出した。


 神の社には、白い蛇の守り神の存在している。

 それ等を崇める一族は白蛇と呼ばれており、我等の対と成す影の世界において古くから代々に渡り帝やこの国を守り続けている、と。

 

 目の前の人物が、その白蛇の一族だと言うのか?

 いや、しかし関係ない。

 相手が誰であろうと、自分は正々堂々と最善を尽くすのみだからだ。


 「そうですか、ですがここでは関係ありません。

 貴方がどこの誰であろうと、自分は全力で向かうまで」


 「あははぁ、いいねぇいいねぇ。

 やっぱりそうこないとさぁ!!

 でも僕は力技は苦手でねぇ。

 君みたいな筋肉馬鹿の相手は特に苦手なんだ。

 だから、ちょっと苦しむだろうけど僕等の家系で代々引き継がれてきた戦い方でやらせてもらうよ。

 多分君、下手したら死ぬかもしれないけどさぁ? 

 いいよねぇぇ!!、殺しちゃってもさぁ?!!」


 そう高らかに歪んだ高笑いと歪んだ笑みを浮かべ、目の前の人物と感情が昂ぶっていく。

 同時に、どこか得体のしれない魔力の揺らぎを肌で感じた。


 そして試合開始の鐘が試合会場全体に鳴り響く。

 どちらが降参するまで、この戦いは終わらない。

 この戦いを止められるのは、自分達二人のどちらかが倒れるまでだ。


 やるしかない、向こうが例え自分を本気で殺しに掛かろうとも……。


 「我が名はカゲムネ家の長兄、ラクモ。

 いざ尋常に参る!!」


 腰に控えた剣を引き抜き、敵に正面から向かう。

 先手必勝、最速で最短で一気にこの戦いを終わらせる為に、自分から先手に出た。

 

 相手が何かの技を仕掛ける前に、仕込む前に一気にここで終わらせる!!


 「そこだぁぁ!!」


 相手の胴体目掛け、握られた剣は寸分の狂いもなく真っ直ぐに向かった。

 そしてそのまま彼の胴体に攻撃は確実に通ると、そのまま軽枝の如く吹き飛んだ。

 

 先手を取ったかに思えた。

 しかし、妙な感覚が覚えた。

 攻撃が当たった刹那、奴の手が俺の首元辺りに僅かに触れて………。


 「ぁっ…!!」


 焼けるような痛みが喉に襲い掛かった。

 違和感の辺りにゆっくりと手を伸ばすと、そこには小指の先程の長さの小さな針の存在があった。


 痛みの正体はコレであろう。

 そのあまりの激痛に身体が苦しむが、本当に喉が焼けたかのように声がままならない。


 「あはは……、思った通りの脳筋で助かったよ。

 拷問の鍛錬で、これくらいの痛みは慣れっこでさぁ君の攻撃が僕に当たった瞬間に仕込ませて貰ったよ。

 速攻性の毒、死にはしないがこれは相手の口を封じる為の毒でね、さっきの量なら3日はまともに喋れないと思った方がいいよ?」


 「………!」


 何の為に、こんな真似をしたんだ?

 そんな思考に自分は思わず陥る。

 あの瞬間に毒を仕込める程の技量があるなら、その間に攻撃を仕掛ければ良かったはず。

 そしてわざわざ口を封じる真似をせずに、その毒でこちらの動きを封じれば良かったのだ。

 わざわざ自分の口を封じて一体何を考えて……


 「ああそっか、今君は口が聞けないんだったよね?

 僕がなんでこんな真似をしたのかさぁ?!」


 そういうと、先程飛ばされた彼の身体が揺れながらふわりと起き上がる。

 そして首元を左手で抑えている自分の元に歩み寄ると、耳元でそいつは呟いた。


 「これで君、降参出来ないでしょ?

 これからたっぷりと、なぶり殺してやるからさぁ?!」


 その声を聞いた刹那、奴から放たれた鈍い拳が身体に響く。

 対した威力はないしかし、ただの拳を撃った訳では無かった。


 自分が起き上がろうとすると、今度は片方の視界がぼやけて見える。

 それは次第に両方の目に向かい、視界のほとんどがぼやけて見えなくなっていった。

 そして、太陽の光が目に強く入り込んできて、自分はまともに目を開けていられなくなっていく。


 現在の状況がつかめない。

 まずい、このままだと俺は……


 そう思い俺は思わず降参の意を伝える為に、口を開こうとするが、すぐさまその行為が途絶える。

 喉の痛みがあまりに酷く声が出せない


 「っ……!!」 


 その時、奴の言葉の意味を悟り今現在の自身が置かれた状況の意味をはっきりと理解した……。

 

 この状況はかなりまずい。


 不明瞭な視界の最中、取り乱した精神を自分は必死に落ち着かせる。

 この状況で慌てる方が相手の思うツボに他ならない。

 相手が、先程の宣言通り確実に自分を痛ぶり殺すつもりならば、すぐに殺そうとはしないはず。

 ならばこちらは致命傷のみを避けつつ自らの攻撃を通す他、俺が勝ち残る術はないのだ。

 だが視界が不安定な状況で相手の攻撃を避けるような真似が今の自分に出来るのか?


 目を頼らずに動きを捉えるならば、聴覚あるいは魔力の波を察知する方法があったはずだ。

 恐らく、近い内に向こうが再び毒を使いその聴覚すら封じられる可能性が非常に高い。


 だがこれは一種の駆け引きが可能になるのでは?


 こちらが聴覚を頼りに攻撃を読み、向かって来ると思わせ聴覚を封じられた瞬間に反撃の手に転じる。

 そこに今の自分が込められる最大限の一撃を浴びせれば……。

 

 そして、仮に向こうが拷問等の鍛錬を受け耐性があるならば、肋骨の数本程度折れる程の怪我でさえ命に支障はあるまい。

 

 (やるしかない)

 

 己の身体を奮い立たせ、目を閉じたまま敵の姿を見据える。

 相手の魔力の波を感じ、身体の動きを捉える。

 普段はやらない事故に、敵の形を鮮明には捉えられないが、視界を制限されている為か聴覚を含めたその他の五感が研ぎ澄まされていくのが分かる。


 もしかしたら毒の副作用として、こちらの気分が昂ぶっているのかもしれない。

 だが、長期的にこれ等の工程を行うのはまず不可能。

 そして、魔力の波として相手を捉えられる距離は目視のソレの半分の半分にも満たない程度。

 自分の身長の5倍程度が恐らく今の精度を保てる限度だと思った方がいい。

 観客席の方に掛けて人だかりがある為か、モヤが掛かったように相手の場所を非常に掴みにくい。


 刹那、左足に激痛がはしる。

 敵の主な武器であろう鞭の打撃、相当手を抜いたのだろうか肌が僅かに妬けるような激しい痛みが襲いかかる。

 多少よろめくが、再び神経を研ぎ澄まし相手の魔力の感知を始める。


 そして絶え間なく続く敵の攻撃をこちらは防げたり防いだり自身の読みの精度はかなり低いのは明白だった。


 先程の攻撃で相手の居場所を一瞬掴めたかに思えたが、鞭は軟性の武器である為恐らく正面に奴が居た訳ではないかもしれない。


 しかし鞭であるなら、その軟性のソレの先には必ず奴の姿があるのは確実。

 

 敵の攻撃から相手の位置を掴むのは至難といえよう。

 だが、諦める事が死を意味する以上最後まで全力を尽くすまで。


 いや、死を意味しなくとも自分は全力を尽くすまで。

 この程度の苦難を乗り越えなければ、あの方の隣に立つなど不可能だろう。


 今まで自分の積み重ねてきた全て、ここで出しきらずに何を成せるだろうか? 


 姿が直接見えなくとも、攻撃の意図程度なら魔力のソレで今の自分なら容易く手に取れる。

 何も出来ない訳ではない。

 ならば、こちらにも勝機は確実にある。


 「………」


 「さっきから黙ってばかりだなぁ?

 まぁ口が聞けないなら当然だろうなぁ!!」


 相手の罵詈雑言は関係ない。

 自分は、己に出来る事を尽くすまで……


 空を切る音、攻撃の動きが魔力の僅かな揺らぎとして全身で霧が掛かったように視えていく。

 正確性には非常に欠ける、だが………


 そして自分は己の思うがままに剣を振るった。

 刹那に見えた、反撃の活路の瞬間に……、


 ぼとっと、何かが落ちる音が自分の周りで響いた。

 恐らく相手の鞭がくず切れのように切れたのだろう。

 鞭がしなるより速く振るわれた己の太刀筋によって。

 

 「っな……、あり得ねえ……。

 こいつ、目が視えねえのに攻撃を読んでたってのかよ!!」



 相手の感情が大きく揺らいでいた。

 たかがこちらが攻撃を一度防いだ程度の事。 

 勝敗の行方が僅かに、こちらへと傾いた瞬間に過ぎない。


 「……」


 そして日々手入れの欠かさなかった自身の愛刀は、己の意思を通じて、構えの先にいるであろう奴の姿を確実に捉えている。


 「貴様ぁぁぁぁっ!!」


 刹那に聞こえた奴の罵声。

 しかし、この程度ではもう自分の精神は一切乱れる事はない。

 怒りの感情に染まった奴の姿か向かって来る中、自分は不動でカタナを構え続ける。


 既に姿は捉えた。

 ならば向かい討つのみ。

 己が技の極地を目の前の敵へと示す為に……。


 この勝負、絶対に負ける訳にはいかない!

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