力を求めて
帝歴400年1月7日
「お相手なら既に相応しい方が居りますよ。
彼女よりも文武に優れた御方が、たった一人……」
「ほう、お前がそこまで言う者とは一体誰だ?」
「……ルークス・ヤマト。
私は貴方がシグレ様の婚約者に相応しい人物であると思っています」
道場の中から聞こえた二人の会話。
私の婚約者に相応しい人物……。
ラクモはその人物の候補に、目の前のルークスだと言ったのだった。
「俺があいつの婚約者とは、過ぎた妄言だ。
俺は王を目指してはいるが、帝になる気は毛頭ない。
そして、俺の妻は俺が選ぶ。
勝手な言われをお前にされる筋合いはない」
「ですが、あなたが相応しいのは事実です。
剣の実力も、勉学においても彼女に勝る唯一の存在……」
「だろうな、俺は俺の王道を目指す為に己を磨いている。
が、俺より上などまだまだ数多く居る。
あの学院に通い始め、俺は世界の広さを思い知ったさ」
「あなたより上の存在がそこまで?」
「ノーディアと名乗る異国の者と一戦交えたが、俺はまるで手も足も出なかったよ。
圧倒的な実力、いや我々とは違うナニカ異質な力が奴にはあったな。
つまりだ、そういう輩が数多く居る中でそんな戯言にわざわざ俺が手間を掛ける意味は無い」
「シグレ様の、ヤマトの未来がどうなろうと構わないと言うのですか、貴方は!!」
「彼女の未来は、彼女自身が決めるだろう?
ソレに、俺を見限ったこの国の未来などどうなろうと俺は構わないつもりだ?
俺が居なくとも、この国は帝の権威さえあればどうでも良いのだからな。
何も変わらないどころか、変化を恐れ外部との関わりを持とうしないこの国の民が帝国亡き今後の世界で残れる保障など何処にある?
今、この世界は大きく動いてる!
それを恐れ、何も変わらないこの国の現状をお前もわからない訳が無いだろう!」
「ですがそれは、次期帝に貴方が成りさえすれば変わる可能性もありますでしょう?
自分は必ずそうなるはずだと信じております」
「あり得ん話だ。
お前の話では、俺がシグレの地位を利用しただけに過ぎない。
俺は、俺自身の力で変えなければ意味がない!。
この国は俺を見捨てた。
他国の血が流れているからだと……
親の血筋に頼ってる者だと……
だが俺は、そんな物に頼らずとも俺は俺の力で王になると決めたんだ!
それを、お前は己の目的を果たす為に彼女を利用しろだと?
ふざけるのも大概にしろ!
幾らお前であろうと、俺の王道を侮辱し穢そうとするならば、今この場で貴様を斬り捨ててくれる!!」
ルークスがカッとなり、ラクモの胸ぐらを掴みあげる。
あまりの様子を見かねて、私は思わず二人の前に飛び出した。
「お止め下さいルークス様!!」
「シグレ?!」
私の声に気付いたのか、ルークスの視線が私に向かう。そして胸ぐらを捕まれ、苦しそうに藻掻くラクモの視線も私に向けられた。
「その手をお離し下さい!
自身の立場を弁え、そしてここは神聖なる道場の一室です。
武を磨き、心をより強く心身を鍛える為の場所です。
それを一時の乱心で汚すなど言語道断!!
先代の師範もとても悲しみます!
ですからお願いです、どうかこの場はお納め下さいルークス様!」
私がラクモを掴みあげるその手を両手で抑える。
言葉が通じたのか、ようやくルークスは彼を下ろすと、息を乱しながらラクモはその場に倒れ伏した。
「っはぁ!はぁ……っ」
「ラクモ大丈夫!!」
苦しそうにする彼にすぐさま私は駆け寄り、抱き抱えて身体の様子を見る。
見たところ、多少の呼吸困難に陥った程度。
数分もすれば落ち着くはずであろうか……。
「大丈夫よ、ラクモ。
すぐに落ち着くはずだから……。
ソレにさっきの手当てもまだ済んでいないからしてあげないといけないわね」
「シグレ様……」
彼の無事に一時の安堵を感じていると、ルークスが口を開いた。
「シグレ、さっきの話をどこから聞いていた?」
「ルークス様が、私に剣を続けされるべきかをラクモに尋ねた辺りからです」
「そうか……」
溜め息を吐きながら、自らに呆れたような口振りでルークスが返事を返すと、私は彼とラクモに対して口を開けた。
「私は私の意思を貫きます。
剣を続けるか否かも、私が決める。
昔の私ならば、恐らく周りの意に振り回され言いなりになるしかないでしょう。
でも、今の私は違います。
己の意思に、心に従い己から答えを示します。
未来の婚約者も同じことです。
私は、私の意思でそのお相手を決めます。
ですので、わざわざお二人が揉めるまでもありませんよ……」
「やはり、俺の思った通りの回答だな。
では、俺はこの場を先に失礼させてもらう。
これ以上、シグレに迷惑は掛けられないからな」
ルークスはそう告げると、この場を後にする。
残された私は目の前のラクモの手当てをしながら、彼に語りかけていた。
「呆れるわね、今の貴方ならわざわざあの人を怒らせるような事はしないはずでしょう。
あの人が自らの地位で思い悩んでいる事を、わざわざ小突こうなんて、今日の貴方は本当にどうかしてる」
「でしょうね、自分もそう思いますよ」
「そんなにさっきの試合で勝てなかった事が悔しかったの?」
「……そうかもしれません」
僅かな沈黙の末に彼はそう呟いた。
手当てが終わり、巻かれた包帯をラクモは軽く見やるとゆっくりと立ち上がった。
「シグレ様、貴方は本当に強い御方です。
そと剣の腕も、心も……」
「私は貴方も十分に強いと思う。
でも、いつも貴方は何かに迷ってばかり。
今の貴方の剣筋は、その迷いで曇ってるように見えるから。
ねえ、ラクモ?
その悩みは私にも言えない事なの?」
「悩みという程ではありませんよ。
それは至極当然の事であり、事実ですから。
言ったところで、努力を続けたところで結局は解決はしない事でしょうから」
「……言えないのね、私には」
私がそうつぶやき、僅かに視線が下に向かう。
ラクモの悩みが、何なのか私には分からない。
側で剣を振るい続け、共に成長してきたのに思えば私は彼の事をあまり知ろうとした事が一度も無かった。
恐らく一方的に彼も私もお互いに知っていただけ……。
いや、それは仕方のない事だ。
お互いの立場、身分がある以上は仕方ない事。
でも私は……
「私は今よりもずっと強くなるから。
いずれは、ルークス様よりもこの世界に名を残す程の強い剣士を目指す。
いずれはヤマト王国の帝を継ぐ事になるかも知れないけど、自分の出来る限りを尽くして目指すわ。
だから、貴方も強くなりなさいラクモ。
私に負けない為に、貴方も強くなるの……」
「随分と重い期待ですね」
「当然でしょう。
私と肩を並べられる相手は貴方しかいないんです。
でも、いずれは剣を辞めたその時が来るでしょう。
その時、私を守れるのは私よりも強くなった貴方であるべきだと私は願っています」
「それは一体どういう意味で?」
「私を打ち負かしてくれるのでしょう?
ですから、その……、そういう意味です……」
「ええと、すみませんシグレ様。
そういう意味とは、一体どういう……?」
思った通り鈍い人だと思う。
だから私は彼の前に向き直り、言葉を告げる。
「強くなった私の隣に相応しいのは強い貴方でなければならないんです。
だからラクモ、私よりも強くなりなさい。
私を守れる程強くなるべき人は貴方しかいないんです。
だから今すぐここで約束しなさい。
私よりも強くなると、私を守れる程に強くなると。
私も貴方以外の男相手に負けない程強くなりますから」
私の言葉に目の前の彼は僅かな驚きの顔を見せた。
そしてしばらくすると、僅かに頬が緩み返答する。
「その約束、必ず果たしましょう。
必ず強くなりますよ、シグレ様の想いに応える為に……」
「約束ですよ、ラクモ」
彼にそう言い、お互いの小指で誓いを交わした。
しかし、その誓いが果たされる事がなくなる事をこの時の私達は知る由もなかった。
●
帝歴400年9月10日
先程まで受けていた午前中の最後の講義が、魔術を用いたイタズラによって潰れてしまったので、俺は一人学院の食堂にて時間を潰していた。
特に何かをする訳でもなく、俺は今年の初めに手に入れた青銅色の装飾品を眺めながら考えに更けていた。
この学院国家ラークへの入学初年度から俺は毎年の恒例行事として開催される戦いの祭典、闘武祭に出場している。
世界中からこの学院に通っている生徒同士で毎年開催されるこの祭典においては、神器と呼ばれる異能の武器の使用も許可されていた。
魔術や科学兵器等、武装はほとんど何でもありというこの祭典において、死者が出る事もそう珍しい事ではない。
例え医療技術が秀でているにしても、死ぬ時は死ぬのが定めである。
この野蛮な祭典が何故毎年学院という学び舎にて行われているのかについて。
俺自身、最近まで謎に思っていたが実際に出場してみてそれが少しずつ分かってきた気がする。
国の格式がこの祭典で大きく決まる。
この祭典でより良い成績を残した生徒及び出身国がその国の格付けとして決まるのだ。
勉学での成績争いとは別の、武の争いとして。
2つの側面において優れた生徒及び出身国が、この学院内及び卒業後の立ち振る舞いに大きく関わる。
かつて世界を支配した帝国が亡き今となって、現在の停戦状態として各国が決めた規則がある以上無闇な争いは全く以て出来ない。
そのツケ回しが、この祭典に来ているのであると……。
未来を背負う若者が、正に今の世の代理戦争を国の代表として行っている。
それがこの闘武祭という祭典なのだと……。
昨年初出場した際は、俺自身も決勝トーナメントまで進んだまで良かった。
しかし、その初戦においてノーディアという者と戦い、俺はあっさりと負けてしまった。
その男はこの学院入学当初から出場し無敗を誇っていたらしい。
そして、昨年が彼の最後の出場であり最後まで勝ち進み優勝している程である。
そんな異質な男の出身は学院の北エリアに位置するセプテントの生まれらしい、つまりこの学院国家から生まれた存在なのだという。
あまりに圧倒的な実力差だった。
この世界の広さを痛感し、己の未熟さを呪った程。
昨年の敗北を糧に俺は、更なる力を得る為に年始の帰省の際に一種の賭けに出る事に決めた。
それこそ、神器と呼ばれる神如き力を行使出来るという代物を手に入れる為である。
俺は国に戻りこの国に存在しているという神器については学院で事前に調べ、その居所も既に掴んでいた。
鶏、狼、猪の模様が刻まれた青銅色の金飾り。
戦神ノ刻装飾と呼ばれるソレは、ヤマト王国の宝物庫において厳重に保管されていると記されてあった。
神器という物は持ち主を選ぶらしい。
仮に俺が神器を得られたとしても、それに秘められた力というのは神器が使うに相応しい相手でなければならない。
物を得たところで使う者の資格次第なのだ。
それから、例の神器に触れられるに至るまで様々な手続きがあったが順調に進んでいた。
むしろ、このヤマト王国内において神器の使い手を増やす事に力を入れ始めていた時であった事が大きいのだろう。
西の四国に存在するという十剣という神器使いのみで構成された組織を、ヤマト王国を含めて各国は非常に強く警戒していたのが大きな理由であろう。
かつては、かの帝国にも存在していたという神器使いのみで構成された、八英傑と呼ばれる組織。
帝国が世界統一を成せた理由として、かの存在の影響力が非常に強かった。
しかし、そんな帝国が世界統一を目前として大敗及び撤退を余儀なくされたという唯一存在が十剣であるからだ。
それもたった一人を相手に帝国の軍勢、そして八英傑達は敗れたという逸話が残っている程。
帝国亡き今、この世界で最も警戒するべき存在は十剣だろう。
故に、このヤマト王国を含めて多くの国々は十剣への対抗策として神器の使い手を集めているのだ。
神器の力は戦局を左右する。
それは戦においても、経済においてもその力は非常に大きい。
一国の行方が、たかが装飾品の類いに決められてしまうと言っても過言ではない事が、帝国以前の歴史を見ていても容易く見て取れる。
故に、俺が神器と関わる事にそう手間は掛からなかった。
ヤマト王国側の狙いとしては、一応の身分としてこの俺がヤマト王国の王族である事を理由に神器と関わらせる事を決めたのだろう。
今現在においては神器の使い手の大半は、一般市民から選ばれる事が多い。
それが仮にも王族となれば他国に対して大きな牽制力として機能するはずなのだろう。
何故一般市民から選ばれるのかについては、神器の持つ力の強大さ故に己の命を削る代物でもあるからだ。
本来ならば、大魔術と呼ばれるソレを容易く扱えてしまう代償として、己の命を多かれ少なかれ削られる。
強大さ故に無闇やたらと使う事は出来ない代物。
故に、古くの英雄達であれば貴族階級の者よりもある程度替えの効く一般市民から選別する方法を取っていたのだ。
その最たる理由として神器に選ばれた際には、何かしらの代償として己から何か一つを奪われるらしい。
奪われる物が何なのかは、選ばれるまで分からない。
視力や聴覚、腕や脚の一本を奪われる事もある。
下手をすれば、今のように五体満足で剣を振るう事ができなくなるかもしれない。
つまり、身体の不自由を何かしら背負わなければならないのだ。
それが誇り高い貴族階級の者にとっては大きな足かせとなり、家名を汚す可能性もあったからだ。
歴史に名を残せた大英雄ともなれば、名誉ある傷なのだろうが……。
大きな戦乱も無い今の世で、わざわざ足かせを求めるのもおかしい話なのである。
しかし帝国亡き今、大きな力は各国に必要。
その強大な力を持つべきは本来名だたる名門であるべきという優勢思想が多いのは事実だが。
背負う代償を恐れ、一般市民にそのツケを回してる事が多い。
例の十剣側はむしろ、十剣に選ばれたという者の家系に対して記念品が送られそれ等はある種の勲章として作用しているらしい。
しかしその映えある勲章によって、神器の持つ力の危険性について、こちらよりもその認識が薄いとさえ思えてくる。
他国の文化は様々だが、神器に対して英雄視されている側面がこちらよりも非常に大きい。
その分質の高い神器の使い手を選別出来る利点はあるのだろう。
かの帝国がたかが一人の神器の使い手によって敗れ去ったのが物語っているからだ。
俺個人の考え方としては、やはり十剣側の考え方に対して賛同している認識がある。
しかし、力の危険性についてはやはりヤマト王国を含めた各国の認識に対して賛成だ。
そして結果として言うなら、俺は例の神器に選ばれたのである。
俺の手が触れた瞬間にそれは光を発した事。
光を見ていた神器の管理者からは俺が神器の使い手として選ばれたのだと言っていたのを覚えている。
しかし、俺自身には実感が無かった。
今もこうして俺の手に握られている神器。
動物の模様が刻み込まれた青銅色の金飾り。
未だに強大な力が秘められているとは思えない。
しかし、俺はその使い方はなんとなくわかっていた。
コレに触れたその時から、何故か使い方が分かっていた。
例えるなら、コレは恐らく鍵なのだろう。
秘められた力を使う為に、その錠を開く為の一つの手段に過ぎない。
脳内に剣をイメージすると、目の前に青い魔法陣が浮かび光を放ちながら脳内でイメージしたその通りの剣が目の前に出現する。
一見、ただの錬成魔術の一種だ。
しかし、違うのはその工程の圧倒的な短さと効率だろうか。
本来魔術を使う際には、術式及び詠唱が必ず必要になる。コレは無詠唱で扱う場合も同じく、術式及び使いたい魔術の形を正確に図る為に言葉を介して具体化する際に必要である為だ。
魔力というのは、この世界に満ちる異能の力。
ソレを己の脳内でどのように変換したいのかを陶芸をするかのように形作る工程が魔術であると言えるだろう。
その工程を行う際に、体内及び体外に存在する魔力や多大な集中力を要するのだ。
まず以て、基礎的な魔術を近接戦闘に応用できる段階へ持ち上げるだけでもかなり至難の技である。
身体能力の強化や、身体から最も近い距離への魔術が最も簡易なものである。
しかし、それでさえかなりの神経を使う。
だが、神器はその根本が大きく違っていた。
基本的にはいつもと同じように魔術を使うのと同じように扱う力を脳内でイメージしながら神器に秘められているという異能の力を扱う。
この点は魔術と全く同じであるが、その効率や仕様が大きく違っていた。
魔術を扱うのであれば、力のイメージがしっかりと出来ているか否かでその威力や効果が変わる。
しかし神器の場合、使う力そのものが脳内に入ってくるような感覚に陥る。
つまり、逆だ。
強いて言うなれば、神器からの命令に従い身体が勝手に動きその力を使っているような感覚なのだ。
つまり、こちらからわざわざ力のイメージを具現化する必要は無い。
神器に身を任せるがままにその力を振るうのみなのである。
だがしかし、己の意思で神器の力が制御出来ないというわけでもない。
己の意識は確かにある、しかし能力を使う際に神器から身体に向かう何かしらの意思がこちらに入ってくるような感覚なのだ。
戦闘の際に常に覚える妙な高揚感や全能感……。
自分の身体が何かに乗っ取られてしまうかに思えてしまう程、そして己から溢れる力に酔いしれそうになる。
一種の麻薬とさえ思える程の依存性があると、俺は使っている常々に思えてくる。
俺自身が求め続けた理想の存在に向かって確実に近づいていく一方で、神器によって得た力が本当に俺自身が選ばれた力なのかと疑いそうになっていた。
「昨日もあれだけ活躍しておいて、何か不満な事でもありましたか?」
「いや、別に。
お前の方の講義は今終わったところか、ラクモ」
声を掛けられ、言葉を返す。
考えに更ける間に、いつの間にか午前の講義を終わりを告げる鐘が鳴り終えていたようだった。
学院でも幼少期からの腐れ縁であるラクモは相変わらず俺によく絡んでくる程であるが……。
「ええ、今先程終わったところです。
あなたは相変わらずのサボりですか?
幾ら特待生の扱いとはいえ、怠け癖いいところですよ」
「いや、今日は違う。
先程、別の生徒が講義中に隠れて妙な魔術を使った影響で、教室一つを煙まみれにされたんだよ。
それで、受けていた世界史の講義は中止になった。
あの一件を起こした生徒は今も尚、教師から散々説教を受けているだろうがな」
「やたら向こうが騒いでいたのは、あなたの教室の一件が原因でしたか。
まぁ、サボりではないのなら良いですけどね……」
「お前が来たって事は、飯の誘いか?」
「ええ、学院に通ってからというもの偏食が過ぎる貴方の世話を自分が引き受けているんですからね。
流石に貴方はもう小さな子供じゃないんですから野菜もしっかり日々食べるように心掛けて下さいよ。
あまりに偏食が過ぎるあまりに入学前から貴方の親御さんから念押しされて色々頼まれてるこちらの身の事も考えて下さい」
そう言ってラクモは、俺に今日の昼食が入ってると思われる小包を手渡した。
中身を開けて見ると、彩りは豊かではあるが野菜ばかりで流石に俺の好みとは程遠い気がした……。
「なぁ、ラクモ……。
俺を兎か何かだと勘違いしてないか……?
野菜食えというのはわかるが、せめてもう半分くらい肉料理とかで埋めても……」
「それではいつもの貴方の食事ですよね?
文句を言うなら、まずはその偏食ぶりの改善が出来てからにしてく下さい」
「分かった、偏食を直したら食うよ」
「それ、絶対に治ってないですよね?」
「とにかくだ、さっさとお前も食えよ。
まさか、お前の事だからこの前みたく自分の分を作り忘れたとか言うんじゃないだろうな?」
「同じ失敗はしませんよ。
で、ルークス?
器用に野菜避けながら食うのはどういうつもりですかね?」
「バレたか……。
はいはい、ちゃんと食べますよ……。
食べればいいんだろう、はぁ……」
そんなやり取りをしながら、ラクモお手製の野菜弁当(ほとんど野菜)を食べ進めてる。
味は悪く無いが、やはり野菜なので食った気がしない。
帰りに何か買食いしたくなるが、ソレをやり過ぎると隣のコイツに買食いすら口出しされ兼ねない。
さて、これからどうするべきか……。
「なんか、ろくでもない事考えてませんか?」
「いや、そんなことはない。
そういや、明日はお前が試合だったよな。
相手は確かお前と同じ同学年の相手だっけ?」
「ええ、前回の試合を一応見てみましたが鞭を使い相当な実力者だと思いますよ。
まぁ、自分は誰が相手だろうと最善を尽くすだけですが……」
「そうか、まぁ今は予選だからな程々にしておけ。
決勝ともなれば一気に変わるが……」
「分かってますよ、今の予選がただの前座もいいところなのは去年の貴方の結果を見れば分かります」
「……そうか」
「自分でも意外だと思いましたよ。
まさか去年の貴方が、たった3回の攻撃で負けているなんて、年始めに自分と交えた際にそんな事があったとは思えませんでしたからね」
「相手が相手だからな。
ソレに近々、天人族なる種族の使いがこの学院に入学する事が決まっている。
異種族が相手となれば、魔術の未熟な人間程度など赤子をひねるくらいには容易く倒されるだろうが……」
「慢心は禁物。
わかってますよ、今の貴方に勝てない自分ですがね」
そう言って、弁当を丁度食べ終えたラクモは持ってきていた水筒からお茶を淹れて軽く口に含めた。
そういや、俺には飲み物を何も用意していないのか。
すると俺の視線で何かを察したのか、ラクモが口を開く。
「お茶欲しかったんですか?
一杯くらいなら、分けますよ」
「そうして貰えると助かる」
そう言って俺はラクモからお茶を受け取り、ひと息ついた。
勉強に身を置きつつも、武の祭典で国の名を背負って戦っている俺達。
平穏な日常なのかもしれない、命を落とす可能性もあるにも関わらずその緊張感を何処かで俺は心地よく感じていた。
俺が闘争に求めるモノは何か?
王になる為の手段の一つなのか?
それともまた別の何かなのか?
答えは未だに分からない、だが必ず見つかるだろう。
この学院で、必ず見つかる。
「強くなれよ、ラクモ。
俺と張り合えるくらいにはな」
「ええ、分かってますよ未来の王様」
軽口を叩き合い、ただ平穏な僅かな時間が過ぎていく。
明日に待ち受けていたとある事件の前触れに、俺は一切何も気づけなかった。
ソレを今も尚、俺は後悔している……