求める、想いは
帝歴403年12月26日
「あなたの言うとおり私は彼女の神器から生まれた幻の存在ですよ。
本物のハイド・カルフさん」
目の前の男はそう告げた。
自分は幻なのだと……。
「本当はもっと早くにお会いしたかったのですが……。
立場上、ミルシア様の護衛に付き添わなければならなかったものですので」
「俺の事を、あなたは既に知っていたと?」
「勿論です。
昨年、あなたが正式に十剣に選ばれた際には、アンブロシアの新聞にも大きく報道されたものですからね。
私と姿が似通っている事、そして選ばれたという力が炎である事からこの結果をある程度予想はしていましたよ。
しかし、ミルシア様があなたをご存知ないのは、あの方が新聞等の書物に対して興味が全く無かった事が関係しておりますが。
本当にあの方は勉強嫌いでしたのでね……」
「それで?
本物のハイド・カルフとこうして出会った感想はどうなんだ?」
「私としては、大変複雑な心境ですね。
目の前に自分が居るというのも、これまで全く経験がありませんでしたから……」
「その点は俺も同じかもな。
だが、事はそう簡単にはいかないだろう?
今回の任務もあるが、俺には俺の目的がある。
俺の目的を果たすにあたって、あなたが幻の存在なのだと彼女が知り得てしまう可能性が高い。
今回だって、あなたはリーンの存在を知らなかっただろう?
でも、俺は知っているし覚えてもいる。
他にも、サリアのカルフ家の過去について俺しか知らない部分もあるはずだからな」
「確かに、流石にそれを今の彼女に知られるのは大変まずい状況ですね。
しかし、本来はあなたが本物のハイド・カルフです。
私の存在故に、あなたはミルシア様に家族殺しの汚名を被せられているのですからね」
「いや、家族を殺してしまったのは事実なんだろうよ。
この神器の力が少なからず影響して、俺の両親や従者達は亡くなった。
あの火災の裏で動いていた何か、そこで動いていた黒幕の存在。
俺が望むのは、復讐だよ。
全てを失った発端となったその黒幕を、俺は野放しにする訳にはいかない。
俺が今こうして生きているのなら、俺が奪ってしまった命以上に多く人の助けになりたい。
だがそれ以上に俺は過去の因縁に終止符を打ちたい」
「……、そうですか」
大きく間を空けてから、彼はそう呟いた。
何かを考えているのか視線は僅かに下を向いている様子。
彼自身、色々複雑な心境なのだろう。
その気持ちは恐らく、俺が失った小さな妖精が日々感じていた悩みと同質の物なのかもしれない。
自分が本物でない事を知りながら、本物を演じ続ける事……。
それは、大切な存在を騙し続ける行為なのだ。
一体、どれほど耐え難いものなのか……。
俺の感じる以上の大きな罪悪感なのかもしれない。
「例え悩んだとしてもだ……。
今の彼女にはあなたが必要な事実は変わらないだろう、ハイドさん?」
「………。」
「実は俺にもさ、この前まで居たんだよ。
今のあなたと同じような幻の存在が近くに居たんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。
名前は、リン。
小さな妖精で、十年間俺をずっと側で支えてくれた家族以上の存在だった。
でも、この前の任務で交戦する事になったのは幻ではない本物の彼女だった。
俺は彼女を救いたかった、その為に俺は小さな妖精との別れを選んだ。
アイツを救いたい、その為には今以上の力が必要だったからさ。
本物を救いたい、今目の前に現実として彼女が生きているのなら一握りの可能性を信じて救いたいと。
でもさ、幻だとしても家族として過ごした彼女も俺にとってはまた本物だったんだ」
「本物……」
「ああ、リンは今も俺の中で生きている。
アイツと共に生きた時間は本物だ。
例え他の人達から忘れられても、俺だけは覚え続ける。
俺が忘れずに生き続ける、それが彼女が生きていたという事を証明に繋がるのだと、俺はそう信じている」
「やはり、私が消えると忘れられてしまうのですね」
「ああ、幻影の持ち主以外の人達から全て忘れられる。
俺の経験上、そうなっている。
忘れない方法はもしかしたらあるのかもしれないがな……。
少なくとも、ミルシアさん以外のあなたと親しかった人達からは忘れられる事は確実だろう」
「それに関しては、何ら問題ありません。
しかし……」
「やはり一番気掛かりなのか、彼女の事が?」
「ええ、そうですね。
今のミルシア様を一人にしておく事は、とても耐え難いものです。
先程、自身も仰る通りミルシア様は現在のカルフ家に養子として迎えられて育てられました。
しかしそれは、彼女の選ばれた神器の力が故の物。
養夫婦は、彼女に一切の親としての愛を与えず都合の良い道具として扱い続けました。
彼女の機嫌を取るために、物だけをひたすら与えられ続けられてしまった。
あの時、本当に彼女に必要だったのは他者からの愛情なのだと、誰もそれを理解していなかったんです。
故に、私は幼少期に一度だけ出会ったというあなたの姿を得て彼女の幻として生まれた。
しかし、その頃には既に手遅れも良いところ。
他者を全く信用せず自分の力が絶対であり素晴らしいものなのだと。
力がある私対して、その命令に従うのは当然なのだと、そういう思考に陥ってしまいました」
「待ってくれ、以前に俺は彼女と出会っていたのか?」
「ええ、勿論ですよ。
私の記憶ですと、たった一度だけですが幼いあなたとミルシア様は以前お会いしております」
「やはり、そうか……」
「はい。
しかし、私の存在のせいで様々な誤解や障害を招いているのは事実ですね」
「……、あなたはミルシアさんにとって必要な存在だ。
今はそれで十分だ、仕事の期間中も俺とあなたで上手く話を合わせておけばいいだろう?」
「しかし、それでは貴方様が……」
「良いんだよ、俺は……。
何年間も彼女を支えたのは、俺ではない。
あなたが彼女を支え続けたから、今も彼女は歌姫として居られたんだ。
それだけで充分だろう?
俺はあなたが何者であろうが構わない、ただ俺はあなたはミルシアさんの家族だとして覚えておくよ」
「っ……感謝致します」
「話はこれで終わりにしよう。
主の機嫌を損ねる前に、俺は退散させてもらいます。
当日は宜しくお願いしますよ、ハイド・カルフさん」
「最後に一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?
あなたの行きつけの店を教えて貰えませんかね?
本日はミルシア様との外食を予定しておりまして……」
「そのくらいでしたら構いませんよ」
●
彼との話を終えると、俺は姉さんの待つ車の方へと向かった。
車のドアが開き、姉さんは暇そうに端末をいじっている様子が目に入る。
「やっと終わったみたいだね、彼の事何か分かった?」
姉さんがそれとなく尋ね、俺は車に乗り込みながら答える。
「ええ、彼が何者なのかについては分かりました。
しかし、気になる事は増える一方ですよ」
車のドアが閉まり動きだすと、姉さんは更に聞いてくる。
「というと?」
「彼女と俺は一度出会った事があるそうです。
例の彼はその際の記憶を元に彼女の契約した神器から生まれた存在なのだと。
そこで気になったのは、既に彼女と出会っているのであればアンブロシアのカルフ家とサリアのカルフ家との間で何らかの交流があったという事です。
単純に親族であるから社交辞令的な交流である可能性もありますが……。
俺と向こうの養子であるミルシア様が出会っていたという点を踏まえると、神器と契約を果たした契約者となってからという事になります。
そうであるなら、単なる親族同士の交流があったという訳ではない可能性が出てきたんです」
「なるほど、あなたの神器の契約が決まった以前に出会っていた可能性もあるのなら。
向こうと仲が悪くて対抗意識があったのか、あるいは何か別の目的があったのかもしれない訳だからね」
「姉さんとしても、やはり不自然だと思いますよね?」
「確かにそうかもね。
一応、一人怪しい人物には目を付けているけど証拠がないからね。
もうここ数年間も調査を進めてはいるんだけどさ……」
「怪しい人物?」
「アストだよ。
あの子、どうやら裏で色々と手を出してるみたいでね。でも流石私の教え子だけあって、証拠を一切残してない。
裏の中枢の一人にアストが居るって事は確実。
でも、あの子だけ捉えても根本的な解決には至らないからね。
それに当人やその裏の人達が一体何をしようとしているのか、最早私にも分からない。
私が今回のアルクノヴァの一件後に?サリアに戻るのも、溜め込んだ仕事よりかはアストの件が大きな要因ではある」
「アストさんがそんな事を?」
「私調べだと、ほぼ確実に黒だと思う。
それに帝国が崩壊してからの綻びが近年更に広がっているのも事実ではある。
今の国際関係がいつ大きく揺らいでもおかしくはないからね。
それは今の十剣内部においても同じだよ……
だからねシラフ、今の十剣達にはあまり深く関わらない方がいい。
貴方は9人目の十剣。
これまで保っていた四国の均衡関係は、貴方の存在で大きく傾いているんだからね。
シルちゃんの事も既に公に知られてる。
つまり現時点において十剣が揃いつつある。
それも、サリア王国に過半数に近い四人も居るって事は相当問題あるからね」
「確かに、それは否めません。
しかし、力関係がサリアに大きく傾いているとしても他の三国もわざわざ火種を広げたいとは思わないはずです。
何より、姉さんの力関係が強すぎますからね。
例えサリア王国、いやそれ以外の国に力が大きく傾いていたとしても、姉さんは力づくで抑えるでしょう?」
「確かにそうかもしれないけど、私が出るのはあくまで最終段だからね。
それ以外は、君たちに全て任せるのが私の方針。
で、認識をしっかりと分かってるのが、今は古参の十剣であるアストとネプト辺りだからさ。
ただこういう状況が長く続くと、色々厄介事が増えてくのは確実。
実際問題、貴方の力目当てで他国からの縁談は結構来てるぽいけどシラフ自身がルーシャとの交際を選んだとなれば縁談も全て破棄しても良さそうだね」
「ええ、そうして貰うと助かります」
「了解。
でもさシラフ、縁談とかの問題がそれで全てが解決する訳ではないからね?」
「どういう意味です?
確かに相手が他国の名だたる令嬢であれば、今後のサリアとの関係に何かしらの問題があるかもしれない可能性があるとか、そういう話ですかね?」
「うーん、少し違うかなぁ。
単純に、ただの政略結婚であるなら貴方以外でも問題無い。
他にも令嬢が居るなら、同じくらいの名だたる御曹司が居るんだからさ。
政略結婚させたいならそれで実際問題、解決してくれる。
でもね、貴方の力がいつの間にか味方の中に敵を作るかもしれない」
「味方の中に敵を作る?」
「そう。
今の貴方には沢山の友人や味方やこの学院で出来たみたいだけど。
でも、貴方の持つ神器の強力な力を巡って味方も増えれば敵も増やしていくのよ。
でもさ、シラフは今の自分の持つ力が、実際のところどの程度のものなのかって自覚はあまりないでしょう?」
「ええ、まぁ……。
ですが、俺より強い人達は幾らでも居ますよ。
ラウや、恐らくアクリ、そして姉さんは現状俺よりもずっと強いはずですし。
同程度として、クラウスさんやアストさんだったり他にも多く居ます。
俺なんかの力がそこまでの影響力があるとは到底思えません」
「私から言えば、今のシラフは世界の五本指に入りうる実力を兼ね備えつつあるとは思うよ。
ただ単に相手が偶然あなたよりも遥かに強い一握りの相手であっただけ。
今のあなたなら、その気になれば国の1つや2つくらい軽く制圧出来るでしょうし、その力をサリアを含めてその他の国々も少なからず警戒しているのもまた事実だからね。
あなたの身の振り方一つで、守るべき主であり恋人でもあるルーシャを危険に晒される可能性も全く無い訳ではないからね」
「……、俺自身は未だに未熟だと思っていますけどね。
ただ、今以上の力を得ようものなら必ずこの身は破滅するのは確実でしょう」
「そうだね。
あなたが深層開放を習得し、更にはその先に至った。
でも、身体に対する負担はかなりのものだったでしょう?
後先構わず使えば、そう遠くない内に死ぬからね。
神器の力はそういう諸刃の剣の側面も持ち合わせているからさ」
「でしょうね。
正直、深層開放までなら遥かにマシな程です。
俺が得た更なる力、幻想開放。
無闇に使い続ければ、確実に命を落とすのは俺自身が身を持って感じていますから……」
「なら、私から言える事はこれ以上は無い。
自らが使える許容範囲を認識しているのであるなら、私からは何も言わない。
むしろ許容範囲を認識出来るだけ、合格点だと思ってるからさ」
「というと?」
「神器によっては、身体の限界を知覚出来ない代物が存在しているからだよ。
あるいは契約したその代償によって認識出来ない状態。
よくある症状としては、味覚障害が一番認識しやすいのかもしれない。
ある日突然、好み趣向が変わったり味を認識出来なかったりするというのが一番認識しやすい部類だね。
それ以外だと、聴覚だったり触感や視覚等の五感に関する物である事。
そういう感じで、己の限界や許容範囲を把握出来るか否か……。
その点をシラフは分かってるみたいだから、神器に関して言えば私からはこれ以上何も言わないよ。
でも、シラフとしてはまだ何か言いたい事があるみたいだよね?」
「そこまでお見通しでしたか。
流石、姉さんですよ。
単刀直入に言えば、先の話に関連しての事。
俺が今以上に強くなるにはどうすれば良いかという事です。
深層開放、更にはその先の力も得た。
でも、遥かに強い敵が存在している今の状況において、今以上の力が必要不可欠。
姉さんから、今よりも強くなる何かのきっかけを聞きたいと思っていましたから」
「難しい問題だね。
私としては、これ以上無理はして欲しくないけど。
強くなる方法が何一つない訳じゃないの。
方法としては、深層開放を習得しなくても出来る部類のモノではあるけどね」
「一体、何をするんです?」
「深層開放を使うにあたって、シラフの場合は神器に注いだ魔力を無理矢理全身に広げているでしょう?
元々備わっている大量の魔力をそのまま力技で押し込んで深層開放を実現している。
でも、コレは魔力の総量が比較的に多かったあなただから出来た事。
でもね、他の深層開放を実現した人達はあなたのように大量の魔力を持ち合わせいない人達も実際結構多かったんだ。
でも、あなたと同じく深層開放を可能にしていたの。
どうしてか分かる?」
「魔力の扱い方を工夫していたとか?」
「大体は正解。
正確に言うならば、神器から放たれる魔力の量を制限して必要最低限の範囲での深層開放をしていた事。
用は手や足のみの範囲に深層開放を限定させ、魔力の消費を抑えると同時に全身に無理に広げる事をしなかったのよ。
あなたが全身に30の力を使うなら、彼等は一部に50以上の力を使えていた。
どちらがより効率的なのかについては言うまでもないでしょう?」
「そんな方法が……」
「でもね、これにも致命的な弱点がある。
手足等に力をより込めるという行為自体は確かに扱う力をより強く出来る。
でも、その代わり魔力で覆えない部分は生身と同義、鎧や兜をしていないようなものでもあるから守りは全身で身体を覆うよりも脆くなる。
そして、多く力を込めた事によりその部位の身体的負担は非常に高まる。
特に能力型の神器を扱うあなたなら、尚更影響が大きいから……」
「つまり、能力型の神器はなるべく全身での深層開放をするべきであると?」
「そういう事。
でも、扱う魔力の比率をしっかりと調整出来るようになれば更に威力を引き上げる事も可能だろうね。
後は個人での技の練度や経験値を積んであげるのが、今のシラフにとって一番良い方法だと思う。
結局は戦いの経験不足が若いあなたにとって非常に大きい要因だと思うからね。
魔力の比率調整に関しても、神器を扱っていれば自然と分かってくるはずだと思ってたけど、シラフの場合はその順序が少し変わっていたみたいだからね。
でも身体強化の魔術は既に良いところまでは扱えてるみたいだから、その工程を今度は神器へと応用していくイメージで良いと思うよ。
これまでシラフが全身に対して扱っていた大量の魔力をしっかりと自らの意思でコントロール出来るようになれば今よりも遥かに強くなれると思う。
回答として私から言えるのはこのくらいかな」
「なるほど、魔力のコントロール……。
やってみます、どこまで出来るか分かりませんが……」
「期待してるよ、シラフ」
●
それから車での移動を終え、俺と姉さんが降ろされた場所は学院の校門前であった。
ひとまず、依頼に関しての問題はどうにか解決しそうではあるので今日の目的は達成出来たと言えても良いだろう。
「今日はお疲れ様、シラフ」
「姉さんも、今日はお疲れさまです」
俺の隣で体を伸ばす彼女、あくびすらしておりよっぽど今回の仕事が面倒だったのだろうか……。
「じゃあ、私はそろそろ帰ろうかな。
ラウのところに行って夕食貰いに行ってくる」
「姉さん、まさか料理が出来ないからって毎日アイツのところに?」
「毎日って訳でもないよ。
でもシンちゃんがルームメイトから外れて以降は、ラウに作って貰うか外食ばかりでね……。
お金は別に問題無いんだけど、料理くらいそろそろ出来ないと流石にまずそうだなぁとは私も思ってるよ」
「たまになら、俺も夕食くらい作れますよ」
「ありがとう、その時は厚意に甘えさせて貰おうかな。
でも、私が学院に残るのもあと少しだからね。
ルティアちゃんの結婚式の為にサリアに一度帰省する際に私は学院を出る予定だからさ。
ひとまずここでの問題は一段落した訳だからね、車の方でさっき説明した例の件についてが今後の指標と言えるところではあるけど」
「それは少し残念ですけど、しょうがないですね」
「もう私が深く干渉しなくても、今のシラフなら大丈夫だと思う。
自分の過去と向き合って最後まで抗った。
私が神器を使わない条件とはいえ、対等に渡り合う強さも得た。
この先、多分沢山の苦難が待ち構えているかは分からないけどきっと今のシラフなら乗り越えられるよ」
「期待に応えられるよう頑張ります」
「うん。
学院での日々は、あっという間だろうからね。
思う存分に学んで、楽しんで……。
沢山の思い出が出来るはず。
それが卒業してからの人生での大きな糧になるはずだから」
「……ええ、そうだと思います」
「じゃあ、私はそろそろ行くね。
それと、ルーシャは学院であなたを待ってるから迎えに行ってあげて。
あなたの為にわざわざ待ってあげてるみたいだからさ」
「分かりました。
姉さんもお気を付けて」
「うん、それじゃあまたねシラフ」
俺にそう告げると、姉さんはゆっくりとこの場を後にし俺が一人学院の校門前に残される。
そして俺は、今日一日で様々な事があった事を思い返していた。
予言の歌姫、ミルシア・カルフの存在。
そんな彼女を側で守る、ハイド・カルフの存在。
十剣内部での不穏な動きとして、姉さんが抱いているアスト・ラーニルへの不信感。
そして俺が神器に選ばれるきっかけとなった、かつてのカルフ家同士での交流。
恐らくだが、これ等は全て繋がっている可能性が非常に高いと思う。
姉さん曰く、俺の両親はそもそも俺が神器に選ばれる事を避けていたらしい。
しかし、仮に俺が選ばれた場合もしもの時の保険として俺の父親は姉さんに対して見守って欲しいと頼み込んだのを以前に聞いた事がある。
その理由が、俺の生まれたカルフ家という存在はそもそも神器によって苦しめられた過去があった事。
歴代の契約者の中に、俺の先祖が在席していたそうだがどうやらその人物が影響して神器の存在を避けていたのだと。
しかし、俺が生まれ更にはその適正が高い事が分かった事で何かしら両親との間で変化が起こったのだろう。
そのきっかけに、恐らくミルシアの居るアンブロシアのカルフ家の存在が関係している。
何故、避けていたはずの神器に自身の子供である俺を近づけさせたのか?
富や名声が欲しかったから?
アンブロシアのカルフ家との対抗心故の行動なのか?
あるいは、両家との交流があった際、もしくはそれ以前から俺が神器と契約するであろう事が既に計画されていたのか?
前者の可能性は恐らく低い。
それは姉さんから聞いた俺の両親の様子や、俺自身に僅かに残っている記憶の中の彼等がする行動とは思えないからだ。
後者も同じく、幾ら計画されていたとはいえ俺の両親がする事とは到底思えない。
しかし、幼い俺が神器と関わらせたのが事実。
何か特別な理由や事情があったのは確実だ。
十年前のあの日、一体何が起こっていたのか?
2つのカルフ家、
アスト・ラーニルの暗躍、
ミルシア・カルフの存在、
そして、もう一人のハイド・カルフ。
これら全ての真実が明らかにすれば、俺は辿り着けるのだろうか?
十年前に家族を死に追いやった発端であり、
リンを殺したという黒幕の正体へと……
「必ずやり遂げるよ、リン……。
君の仇は、家族の仇は俺が必ず……」
拳を握り締め、僅かに光る星空を見上げる。
肺が凍てつくような空気が立ち込める中で、俺の意思は今はここに居ない存在の為に向けられていた