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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
221/324

本日、ふてくされてます


 帝歴403年12月26日


 昨日の聖誕祭の一件から、自身の仕えるサリア王国の第二王女であるルーシャとの交際が始まった。

 この状況に至るまでに、様々な苦難や回り道が多々あったとつくづく思う。

 そして本日、学院に向かう道中は俺と彼女との話題で盛り上がっている模様。

 片や羨望や嫉妬の声や噂に集って面白がる輩に囲まれる時間が長々と続いていた。

  

 昼休憩に入ると、本来別のクラスに居るはずのルーシャがこちらの教室へと訪れ、俺を昼食に誘ってきた。

 普段なら彼女の親友であるクレシア、あるいは自身の妹のシルビア様と一緒であるのだが……。

 今回は二人きりで過ごしたいと彼女の方からの意向があった。


 「その、せっかく恋人同士なんだからさ……。

 いいよね?」


 「ああ……、そうだな………」


 食堂の向かいの席に座る彼女の声に対して反応に困っていると、それを面白がる輩が徐々に集まって来る。


 しかし、ルーシャの方は周りの視線を気にせずに昼食を取り始める。

 するとら今度は自身の姉であるシファがこちらに声を掛けてこちらの席に割り込んで来た。


 「今日は二人仲良くお昼なのかな?

 良かったねルーシャ、ようやくシラフと付き合えて。

 それにシラフも、まさか主従関係を越えて彼女を選ぶとは……。

 うんうん、我が弟ながらよくやるよねー」


 こちらを祝福しているのか、からかっているのかイマイチその意図は掴めない。

 恐らく姉さんの事だから後者なのだろうとは思う。


 俺が僅かにため息をつき、ルーシャも苦笑いを浮かべていると姉さんは言葉を続けた。

 どうやら俺に何かの用があったらしく、ソレは俺自身も彼女の用件に対しては心当たりがあった。


 「ええとね、シラフ。

 彼女とのお楽しみの途中で悪いんだけどさ……。

 そのね、仕事の話があるんだよ。

 ええとさ、以前にほら?

 私が言っていた予言の歌姫との顔合わせを放課後に予定してるんだよね。

 とりあえず時間は、午後の3時に校門前で私と待ち合わせだから。

 そこから更に迎えの車で彼女の滞在している宿に向かう手筈だよ。

 向こうに着くのは3時半頃で、面会時間は大体30分も掛からないとは思うからさ、4時過ぎくらいには終わると思うよ。

 シグレ王女の帰りの護衛に関してはラウに依頼してるから何も問題ないし……」

 

 「ラウがシグレ王女の護衛をするんですか?」


 「うん、そうだよ。

 でも、シラフが思う程に今の彼は全然危なくないと思うけどなぁ。

 むしろ私の仕事も最近手伝って貰ってて頼もしいくらいだし。

 しかもラウったら、最近はあの喫茶店でお手伝いもしてるくらいなんだよ。

 この前、あっちに用事があって顔出した時なんてさ、あの真面目なラウが見事な笑顔で接客とかしてるんだよ!」


 「………、」

 

 俺は正直絶句していた。

 あのラウが姉さんの手伝いをしている事実以上に、姉さんがアイツの話を楽しそうに喋っている事に対してである。


 確かにアイツは出会った当初よりかなり丸くなっているととは思うが……。

 いつの間にか姉さんとそこまで親しい間柄になっている程とは思わなかった……。


 それも最近は、あの喫茶店で手伝いをしているだと?

 

 なんとも想像し難い光景だと思うと、ルーシャからの鋭い視線に勘づく。

 僅かに不機嫌なのか頬を僅かに膨らましてこちらを睨んでいた。


 「ルーシャ、一体どうしたんだ?」


 「相変わらずお姉さんの事ばかりだよね、シラフは。

 それに、あんなわがままな奴のところに行くなんて……。

 いっそ、あなたの方から依頼を断ったらどうなの?

 あんな奴に関わったら、また厄介な事に巻き込まれそうだしさ?」


 ルーシャの言葉に対して、ぐうの音も出ない。

 しかし、仕事として引き受ける以上安易に取り消等は俺からは出来ない。

 それに今回の依頼は受けるべきであると、昨日の一件から思い始めているのでそれ等の理由も彼女に説明する。


 「いや、そういう訳にもいかないんだよ。

 確かに俺はあの歌姫からは多少目を付けられてはいるかもしれない。

 それでも彼女はルーシャの姉でもある第一王女のレティア様の結婚式を更に彩る為に今回特別に歌を披露してくれるそうなんだ。

 そんな彼女がどんな意図があるかはしれないが俺を護衛として指名した。

 依頼を俺が引き受けると決めた以上、今更引き上げる訳にもいかないんだよ。

 それに、今回依頼をサリア側もとい姉さん達が受け入れたのは彼女の存在の近くにいる例の彼についてなんだろう?

 俺があの二人にうまく近づいて、アイツの素性の調査を頼みたいんだろうよ

 姉さん自身の目的としては、多分そこなんだと思う」


 それとなく、俺は昨日惨状から姉さんが何からしらの目的があって今回の依頼を俺に持ち掛けた事には気付いていた。

 それを姉さんに尋ねると僅かに怪しげな微笑みを浮かべて答えを返す。


 「なるほど、そこまでは分かってたんだ。

 というより、例の彼とはもう会っていたの?」


 「脱走した騒動の時既に、二人と俺は顔見知りだよ。

 それでなんとなくだけど、アイツに関しては気がかりだったんだ。

 流石にアクリと同じホムンクルスではないだろうから、恐らく彼女の生み出した幻影という説が一番濃厚ではあるが……。

 そうだとするなら、アイツが俺と同じあの腕輪を持ってるのは明らかにおかしい話なんだよ。

 そして仮に俺の姿を見知ってあの姿を模しているのなら俺自身に全く記憶にないのもおかしい話にもなるんだ。

 単に俺が覚えていない可能性も高いんだけどさ……

 でもさ、つまり向こうが一方的に知ってるのか、あるいは既に出会っていた可能性なのか?

 そこら辺の細かいところが分からない以上二人に対しては俺からは何とも言えないところなんだよ」  


 「なるほどね。

 シラフとしては、もう既に二人に対しての検討は既に付けてたんだ。

 後は、それを確信に変える為の証拠が欲しいって感じなの?」


 「そうだな、やっぱりアンブロシアにあるというカルフの家系から二人についての情報が欲しいところだよ。

 確か向こうはネプト卿とマーズ卿、二人の管轄だったはずだよな。

 姉さん、二人はまだ学院に滞在中だったりするかな?

 もし可能なら二人に対してその近辺の調査を直接頼みたかったんだが?」


 「シラフなら必ずそう言うだろうと思って、二人には私から既にカルフ家の調査に向かわせているよ。

 調査の名目としては、今回のレティアちゃんの結婚式への招待状を届ける事として接触を図る感じ。

 向こうのカルフ家って、あなたの両親の家系と違って結構閉鎖的なところなんだよね……。

 私やあの二人が何回か向こうへの面会を申し立てても、いっつも時間稼ぎさせられて渋ってるばかりだからね。

 でも、仕事はしっかりとこなしてるし、むしろアンブロシアでは閉鎖的なところ以外の面ではかなり評判は良いからさ。

 まあ、閉鎖的と至った原因には二十年前の帝国の一件と、十年前の火災が大きく関係しているんとは思うんだよね。

 シラフが歌姫から凄い嫌われてたって話の根本的な理由は多分そこにあるだろうし」


 「確かに、俺は彼女からかなり嫌われていたな。

 最初こそ、俺がシラフだと知らない時は普通に、むしろ好意的に接してはくれたんだ。

 二十年前の帝国崩壊を招いたきっかけで、その後継者として選ばれた彼女はかなり苦労した事を俺に話してくれたくらいだし、根は良い人なんだと思う。

 でも、それから十年前の火災の一件でアイツの両親が亡くなって、カルフの家はめちゃくちゃになった的な事を俺の正体を知った途端に危うく殺されそうな剣幕で責め立てられてさ……」


 彼女の言い分に対して、俺は一方的に彼女が悪いとは思えなかった。

 事実俺は、自身の選ばれた神器の力によって家族を失った。

 そして、最近になってその裏では何かが大きく糸を引いてる事が分かった。

 リンを殺したと思われる謎の神器使い二人組存在、そのどちらか一人が恐らく例の黒幕であろうと。

 

 彼女と接触を図れば、もしかしたら黒幕へと繋がる僅かな手がかりの一つでもあるのかもしれない。

 いや、俺はむしろ彼女に対して俺の両親がどのような人物だったのかが知りたいのだろう。


 俺の生まれたカルフ家とは一体何なのか。


 予言の歌姫という存在にカルフ家が関わってる理由。

 

 現在の予言の歌姫、ミルシア・カルフ。

 そして、彼女に仕えるハイド・カルフの存在。


 運命的な何かで、俺は大きな何かへと導かれているはずなのだろうと。


 「とにかく、時間になったら向かうよ。

 彼女は重大な何かを握っている、そんな気がするからさ」



 放課後を迎えて、校門前で俺を待っている姉さんの姿が目に入る。

 いや、姉さんのあまりの容姿の美しさ故に人集りが出来ていた。

 そんな彼女に対して勇気を持って話し掛ける男の一人や二人は居そうだと思ったが……。

 誰も姉さんに対して話し掛けようとする者は居ない、遠目から彼女を見世物のように見ているのである。


 形だけとはいえ、姉さんは今年度の闘武祭に優勝しているラウと交際をしているのが理由だろうが……。


 姉さんが俺の姿に気付くと、俺の元に詰め寄り突然、子供扱いをするかのように頭を撫でてきた。


 「時間通り。

 ちゃんと来てくれたね、シラフ」


 「子供扱いはやめてくれ。

 迎えの車はもう来てるのか?」


 「すぐそこで待ってる。

 それじゃあ、行こう」


 そう言って、姉さんはこちらを待ってる車の元へと案内する。

 黒塗りの大きな車、確かこの学院へ来て最初に乗せられた車種のソレがそこにはあった。


 「ほら、突っ立ってないで早く早く」


 そう言って、俺を押し込めるように車へと乗せる。

 いつになくはしゃいでいる姉の様子に、俺は何処か懐かしく感じていた。


 それからしばらく、車に揺られながら例の歌姫の元へと向かう。

 姉さん曰く、彼女は現在このオキデンスで最も高級な宿にて滞在中なのだという。

 この学院に訪れてからは、体験入学や今回の聖誕祭で歌を披露しているそうだ。

 体験入学中の彼女は至って普通、とは言えない。

 多少の素行の悪さが目立つらしい。

 体験講義及び授業の際は居眠りばかりで、従者であるアイツに叩き起こされては叱責を受けているばかりなのだという。

 

 遂には体験入学内での予定を全て取り消して欲しい等という要求をしだした挙げ句に、街へと抜け出しては勝手に遊び回ってる程なのだと……。


 改めて彼女について色々と聞いてみると、流石に今回の依頼は相当厄介だ。

 例のアイツ以外にも本来は護衛役が何人も居たらしいが全員がそれを辞退している。

 彼女に唯一、付いて来たというのが幼い頃から彼女を知るという彼のみであるという話だそうだ。


 その彼本人も、彼女の素行の悪さに関してはかなり呆れてるらしいが……


 ただでさえ前日、聖誕祭での歌の披露を直前で拒否した挙げ句に脱走、更には一応彼女を助けたはずの俺に対して本気で殺意を向ける程なのである。

 この先、更に先行きが不安になるしかなかった。


 不安を抱えながら例の宿に到着すると先程の話にも出てきた男、ハイドがこちらを出迎えて歓迎してくれたが、真っ先に彼はというと……


 「本日は、わざわざお越し頂きありがとうございます。

 更には先日の一件に関しても、我等が主を見つけて頂き感謝がしきれない程……。

 にも関わらず、シラフ様へ加えた主の暴行に関しては改めて私からこの場を借りて謝罪を……」


 「もう済んだ事ですので、あまり気にせずとも……。

 彼女に関しては、姉さんから既にある程度聞いていますから」


 「そうでしたか、本当に申し訳ありません。

 主への、ご理解に度々感謝を致します。

 依頼の期間も長らく迷惑を掛けてしまうかもしれませんが、何卒ご厚意の程をよろしくお願い致します」


 何度も深々と彼からお辞儀され、あまりの低姿勢ぶりに俺と姉さんは困惑していた。

 いや、恐らくこうでもしないと彼女との仕事が成り立たない程なのかもしれない。

 

 昨日、初めて出会った時から思ったが彼自身は別に悪い奴ではないと思う。

  

 色々と大変なんだなと……。


 彼に対して同情の思いが芽生える程だっあ。


 「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ、ハイドさん。

 私もシラフもあまり気にしてないですし、ソレに歌姫さんが無事で何よりですよ。

 ほら、シラフからもちゃんと説明しないと話が進まないから!!」


 「ああ、分かってる。

 俺も気にしてませんし……。

 まあその、とにかく彼女の元へ早く案内して下さい。

 俺達は今日、その為に訪れたんですから」


 姉さんまでにも諭され、俺はどうにか話を進める為に彼に用件を直接伝えた。

 彼もそれに理解を示してくれたのか、ようやく下げた頭を上げ、俺達を彼女の待つ場所へと案内する。


 宿のロビーにて既にこちらが来るのを待っているそうだが、目の前の大きな建物に入ると割とすぐに歌姫と思われる彼女の姿が目に入った。


 いや、目に入らないのがおかしいくらいだ。


 長い金髪に、昨日のドレス姿とは違い私服姿の彼女。

 そして、大きなクマのぬいぐるみを両手で抱きかかえている様子。

 傍から見れば可愛らしい姿だろう。

 しかし俺達の姿に気付くなり、途端に暇そうな彼女の表情が豹変しこちらを物凄い形相に睨みつけてくた。


 まるで猛獣の如く、彼女の抱きかかえていたぬいぐるみの形が大きく変形する程に。

 こころなしか、ぬいぐるみが僅かに怯えているようにも見える。

 彼女から溢れる憎悪が直接言葉を交わさずとも理解出来たが、コレはあまりに……。


 「あーー、本当に困った人ですみません。

 普段はもう少し落ち着いているのですが……。

 本日はいつになく不機嫌でしたので」


 「今日、本当に大丈夫でしたか?」


 「それに関しては、ミルシア様ご本人から本日を以てさっさと終わらせると申しておりましたので……」


 「そうですか」

 

 そう言うと、彼は俺に何かを手渡す。

 彼の来ていたスーツ姿に収まるとは思えない質量の、甲冑のような白銀のソレがあった。


 「良ければコレを着ますか?

 噛まれると、大変ですので」


 「ちょっと待って下さい、本当にあなたの主なんですよね?

 本当は猛獣か何かだったりするんですか?!」


 「いえ、そんな事は……、アリマセンヨ……」


 意気消沈と化し、彼の言葉は片言になり始める。

 本当に彼女には苦労をしているんだなと、流石に見ていられなくなる。


 手渡される甲冑一式に対して俺はそれを受け取らず、俺は自分から彼女の元へと向かった。


 「ええと、その……。

 可愛らしいぬいぐるみですね、ミルシアさん」


 意を決して俺は彼女に話し掛ける。

 すると何かに意表を突かれたのか、驚いた素振りを僅かに見せる。

 そしてすぐさまいつもの不機嫌な様子を浮かべて言葉を返した。


 「それ以上、近寄らないでくれるかしら極悪人?」


 すぐに食って掛かる訳でもなく、彼女は至って平静を装って暴言をぶつけて来る。

 まあ、本当に噛まれるものかと内心僅かに怯えていたので、多少安堵したが……。


 「一応、仕事の話なんでしょう?

 ここまで来たら私も引き下がらない。

 あなたが護衛役だって事も今回特別に許可してあげるから。

 私の寛大な処置に感謝なさい、シラフ・ラーニル」


 「ご理解して頂き何よりです、ミルシアさん。

 今回は護衛の件以外にも色々聞きたい事があるのでお伺いしたのですが、宜しいでしょうか?」


 「何よ、まさか私を口説くつもり?

 でもあなたは確かあの生意気第二王女と付き合ってるんでしょう?

 そうやってすぐに二股掛けるなんていい度胸してるじゃない?」


 「いや、そうじゃない。

 カルフ家について色々聞きたい事があるんだ。

 神器とカルフ家には何らかの関係があるんじゃないかって思っていてね」


 「仮にそれを知って、あなたはどうしたい訳?

 何が目的よ?」


 「裏切り者を探してるんだ。

 十年前のあの火災は何者かによって仕組まれたものなんじゃないかって思っていてね。

 その手がかりとして、カルフ家について知りたいんだ」


 「………、どういうつもりよ?

 あなたが、神器に選ばれたその力で殺したんでしょう。

 カルフに仕える従者の跡取り風情がいい気なものよねぇ?

 何、あなたは主の仇討ちでもしたいの?

 だったら、そこに立ってるカルフ家の現当主に相応しいハイドが成すべき事でしょう?

 黒幕が存在している事が分かっているのなら、とっくの昔に私達のみで殺してる。

 私はソレがあなただと思っていたのだけれど?

 違うとでも言いたいの?」


 「生憎、俺は被害者側のつもりだよ。

 そして黒幕は存在している、必ずな」


 「……その証拠はあるのかしら?」


 「以前参加した任務で、俺はある人物と交戦したんだ。

 彼女の名前はリーン、10年前にカルフ家の元で養子として迎え入れられて共に暮らしていた存在だよ。

 とある理由があって彼女は敵となり、俺達を阻む存在になっていたんだ。

 しかし、彼女は例の黒幕の手によって殺されている。

 そして彼女曰く、その黒幕こそが十年前の火災を引き起こした発端なのだとね。

 遺体は現在、この学院の何処かで保管されている。

 近日、サリア王国にてカルフ家の墓標の元に埋葬される予定だ」


 「その話、到底信じがたいわね。

 で、だからあなたは何も悪くはないとでも言うつもり?」


 「いや、俺を恨むのは好きにして構わない。

 でも、黒幕について繋がる何かの情報がカルフ家にあるのでは無いかと、俺はそう仮説を立てているんだ。

 カルフ家が恨みを買っていそうな組織や家系、あるいは事件近くまでカルフ家と交流を取っていた存在について君から何か知っている事を話して欲しい。

 それが俺からの用件だよ」


 「知らないわ、私は何も知らないの」


 「どうしても、俺に話してはくれないのか?」


 「そうじゃない。

 私は本当に何も知らないの。

 当時はだって、私もあなたと同じようにただの子供。

 それ以前に、養子に迎えられて間もない頃だった。

 だから私、何も知らないのよ。

 当時のカルフについては……、何も……。

 そもそも、私は養子だから赤の他人。

 更にはあの人達とはずつと離れて別の場所で暮らしていたのよ。

 住む場所とか食べ物、ほしい物は何でも与えられて何一つ不自由なんて事は無かったわ……。

 そして何人かのカルフ家に仕える従者の人達が私達の世話をしてくれていただけで当主である義父や愚か義母もほとんど顔を合わせてくれなかったわね……。

 だから私はカルフ家について何も知らないの。

 さっきの言葉はそのままの意味。

 これで、あなたの質問に対しての回答としては満足でしょう?

 用が済んだのなら、さっさと帰りなさい」


 「……、そうか。

 答えてくれてありがとう、ミルシアさん」


 「……、私からも一つ聞いていいかしら?

 もしかして、あなたは昔私と何処かで会った事があるの?」


 「分からない。

 昔の事は、火災の一件もあって曖昧なんだ。

 会った事があるのなら、俺の方が知りたい程だよ」


 「……そう、ならいいわ。

 私からは以上よ、後の話についてはハイドから聞いて頂戴。

 私の方は、今回の護衛依頼の件についてはあなた方の判断に任せる。

 私はもう疲れたから部屋に戻らせてもらうから。

 後は宜しく、ハイド」


 そう言うと彼女はさっさとこの場から立ち去り、奥へと姿が消えた。

 気難しい彼女の様子に俺は終始扱いに疲れたが、後を任されたハイドは彼女の対応に対して驚いている様子であった。


 「どうかしましたか、ハイドさん?

 彼女に後の事を任されて、やはり困っていて?」


 「いえ、あの方があなたの会話に応じたのが思いもよらなくて。

 それに、彼女が他人に対して興味を示したのも珍しかったものですから。

 私以外の者とあれ程長く喋っている彼女は長く関わっている私からすれば初めての事ですので」


 「そうでしたか。

 ひとまず依頼の件は進める形で良さそうですね」


 「そうですね、ではここから私の方から依頼の詳細について改めて話をさせてもらいます」


 それから彼の方から仕事の話を進めていく。

 話は順調に進み、終わる頃には予定時間を多少過ぎている程。

 恐らく、俺が彼女と先に会話を仕掛けた事が原因だろうが……。


 「では、学院滞在中に何か聞きたい事があれば何か問題等や連絡事項があればこちらの番号に連絡を。

 私の方で対応致しますので、今後とも我等カルフ家との友好関係を宜しくお願い致します」


 「ええ、こちらこそ。

 向こうには宜しくお伝えください」


 「はい、必ずお伝えを……。

 それと、すみませんが少し弟さんを借りても宜しいでしょうか?

 時間の方に問題があれば後日改めて、私の方から話の場を設けたいのですが?」


 「どうするシラフ?

 私は別に構わないけど」


 彼からの誘いに対して、姉さんは応じるのかを尋ねた。

 俺としても彼とは一度話をしておきたい事があったから断る理由も特に無いので彼からの要求に応じる事にする。


 「俺は別に構いませんよ」


 「そっか、じゃあ私は先に車の方で待ってるから。

 ハイドさん、彼をよろしくね」


 「ええ、こちらこそ」


 そう言って、姉さんはこの場を後にする。

 そして、俺と例の男の二人がこの場に残された。

 異様な緊張感が漂う中、俺は目の前の人物を警戒する。

 すると、彼は僅かに一息入れて言葉を切り出した。


 「そう警戒せずとも、楽にして構いませんよ。

 私は別にあなたと敵対するつもりも戦う意思もありませんので」


 「そうですか。

 俺としても、あなたと剣を交えるのは避けたい。

 今回、こうして話の場を設けて頂けなければ俺の方から話の場を設けるつもりでしたから」


 「そうでしょうね。

 先程、わざとこちらに気を遣わせてしまいましたね。

 あの場で本当の事を申してしまえば、誤解は早々に解けたでしょうに」


 「でもそれは、あなたが困るでしょう?

 どんな理由や経緯があるかは知らないが、彼女にとってあなたは必要な存在だ。

 そしてコレは二人の問題、横から部外者の俺が釘を刺す訳にもいかないからな」


 「私の正体については、既にご存知で?」


 「なんとなく察しは既についていたよ。

 ただ、それを確信出来る根拠が無くてな。

 あなたが身に着けている俺と同じような例の腕輪。

 アレは何処で手に入れた?」

 

 「8年前、誕生日の贈り物として彼女が私に贈ってくれた代物ですよ。

 やはりこれで躊躇いましたか、シラフさんは……」


 「そうだな、これではっきりしたよ」


 「……。」


 そして俺は目の前の存在に対して、確信へと変わった答えを告げた。


 「ハイドさん、あなたは幻影なんだろう?

 ミルシア・カルフの契約した神器から生まれた幻。

 そうなんだろう、あなたは……」


 「……ええ、そうです。

 あなたの言うとおり私は彼女の神器から生まれた幻の存在ですよ。

 本物のハイド・カルフさん」


 彼の返答から得た衝撃の真実。

 ようやく繋がった大きな何か……。

 やはり、カルフ家には何かがある。


 そう確信した瞬間だった…… 

 

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