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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
220/324

君の選んだヒトは


 炎は集う、今ここに

 

 この世の時に縛られて、我等に新たな旅路は訪れん


 会いて、別れて、あなたの想いよ


 誓約の祝福の影に、災厄は近づいて


 この夢は終焉へと近づこうか


 偽りの箱庭の元に集いし、二つの炎よ


 訪れし災禍は、黒き宮殿をも崩れ去ろうや


 十の剣は幾つも折れて


 それでも剣は絶えず舞おう

 

 偽りを超えて、君が真なる者に目覚める時


 炎に囚われし者に真なる覚醒は訪れん


 偽りは真の形を取り戻して


 歌おうか、親愛なる者へと


 歌おうか、約束の為に


 その先で迎えましょうか、私は君に導かれて

 


 帝歴403年12月25日


 この空間に響き渡るその美しき歌声に、この場に居る者全ては聴き惚れていた。

 

 青いドレスに身を包み、その美しい姿で琥珀色の竪琴を奏でる彼女。

 竪琴の音色に共鳴するかのように彼女の美しき歌声がこちらへ伝わる


 やがて光を纏い、その光は拡散されてこの空間にゆっくりと光の粒達が降り注ぐ。

 触れた瞬間に消え去るその儚さと、そのあまりの幻想的な美しさに皆の声がピタリと止んでいる。


 この空間の全てが彼女の出す美しき音色によって魅了されていたのだから。


 「〜〜ー。」


 いつの間にか歌の最後の一節を終えると、ゆっくりと舞台上の彼女は目を閉じる。

 そして、幾ばくかの間を開けてから、観客である私達に向けて一礼をした。

 

 一瞬空気が滞るような感覚。

 その刹那、大きな拍手喝采が巻き起こされる。

 私を含めて、この場に居る全ての者が彼女の歌に感動し称賛した瞬間だった。


 しかし、観客席を見つめる彼女の目は何処か曇っているように見える。

 そして、淡々と彼女は舞台から降りていった。


 あれだけ素敵な歌声を持つが、彼女は大勢の前で歌う事は未だに苦手なのかもしれない。

 私はそう思っていた。


 それから私は来賓達と観客の見送りに向かう。

 更に平行して、片付けと撤収作業を別部隊から行える段階から進めていく。

 

 「王女様、少しは休んだ方がいいんじゃ?」 


 「いやでも、まだ何人かの来賓達への別れの挨拶を済ませて居ないんです。

 もう帰ってしまったかもしれませんが、この学院の支援者でもある方々ですので今後の支援や学院との関係を良好にしていく為にも……」


 「そうですか。

 でも、あまり無理はなさらないで下さいね」


 他生徒からの厚意に私はとてもありがたかった。

 でも、もう少しだけここで私が踏ん張らなければならない。


 それからどれくらい時間が過ぎたのだろう。

 ようやく観客や来賓のほとんどが撤収を終えた頃、控え室から出てきた影に私は思わず駆け寄った。


 例の歌姫である、ミルシア・カルフその人。

 そして、彼女の付き人であるハイドさんである。


 「ハイドさん!

 それにミルシアさん!!」


 私が駆け寄ると、彼によく似たハイドさんの方は返事を返す。


 「これはルーシャ王女、本日は遅くまでご苦労さまです。

 先程のようにあまり無理をしていなければ良いのですが?」


 「はい、この前はそのありがとうございます。

 それに、ミルシアさんも無事に見つけられて本当に良かったです。

 彼から送られて来ると思っていたんですが何かあったのですか?」


 「ええと、少々こちらの個人的な事情故にという感じでしょうかね……。

 彼にはとても悪い事をしてしまいました、ルーシャ王女からも彼に対してこちらからの謝罪の意を伝えて貰えれば何よりです。

 そしてこの度の騒動は、主に代わって私から謝罪を申し上げます」


 そう言って彼は私に深々と頭を下げる。

 

 「みっともないわよ、ハイド。

 あなたは別に何も悪くないじゃない……」


 「でしたらミルシア様ご自身が彼女を含めたこの聖誕祭運営の関係者全てに謝らなければなりませんよ」


 「私は何も悪くないわよ!

 あなた達が勝手に騒ぎ立てたのでしょう!

 時間までには私も戻るつもりだったんだから……!」


 「………」


 何だろう実際に彼女の素性を見る限りかなり荒れているというか、彼の苦労が分かる。

 昔の私を見ているようで、いやでもここまで酷くはなかったはず……。


 「ミルシア様、サリアの王族に対してあまりにご無礼ですよ!

 これから、彼女の姉であるレティア様の結婚式にも向かうのですから」


 「嫌!!

 私、絶対に行きたくない!!

 あんな男と四六時中一緒なんてもっと嫌よ!!」


 「ですが既に、決定事項ですので。

 最初にミルシア様ご自身が彼をご指名したのをお忘れですか?」

 

 「あれは、奴の面を一度見ておかないと気が済まなかったからよ!!

 貴方にとっても仇敵である、シラフ・ラーニルがどれだけ極悪非道な奴なのか、この目で確認したかったの!!

 なのにアイツと来たら!!」


 「……彼は、シラフは人殺しなんかじゃありません」


 彼女の言動に対して、思わず私は口を開いた。

 すると目の前の彼女の矛先が隣の彼から私へと向かう。


 「何よ、サリア王女自らあの男を擁護するつもり?

 あの男が何をしたのか知らない訳じゃないでしょう?」


 「はい。

 彼は、確かに自身の力で多くの人を殺したかもしれない。

 でも彼は、その当時かなり幼い上に更には多くの者達から侮蔑の目が向けられていました。

 同時に、神器に選ばれた者として彼に取り入ろうとする輩も多数存在しました。

 そんな中で彼は、自分の存在を認めてもらう為に誰よりも人一倍努力を重ねた。

 それが実って、今の彼は十剣の一人として認められているんです。

 だから、彼は最低な男なんかじゃありません。

 サリア王国第二王女であるルーシャ・ラグド・サリアが断言します。

 シラフ・ラーニルはサリアが誇れる立派な騎士の一人です!!

 誰であろうと彼を侮辱する行為は決して許しません」


 「そんなの綺麗事に過ぎないわ!!

 アイツは彼の実の両親を殺した大罪人なのよ!!

 そして、アイツがカルフの家系をめちゃくちゃにした元凶そのものでしょう!!

 アイツのせいで私達がこれまでどれだけの屈辱を味わったと思ってるの!!

 だから、あんな人殺しは10年前のあの日に死んでおけば良かったのよ!!

 何もかも、アイツのせいで!!」


 「あなたねぇ……!!」


 「何よ、私が気に食わないの?

 だったらサリアの王族の名の元に私を裁けば良いじゃない?

 あなた方が国絡みであんな大罪人を匿って、十剣なんて大層なご身分に仕立てあげた事と同じようにさ」


 「言わせておけば!!

 幾ら客人だからって、彼だけに関わらずサリア王国や私の家族をも侮辱するつもり!!」


 「何よ、文句があるなら言いなさいよ?

 あんな罪人を匿うような、サリア王国のお姫様?」


 「こんなのが姉様の式で祝いの歌を歌うとは、到底許しがたいわ!!

 心の底からあなたに対しての憤りが溢れてきます。

 先の騒動で多大な迷惑を掛けた挙げ句に、この言動きたら。

 アンブロシアでのあなたは大層なご身分でしょうね、それだけの罵詈雑言を吐いて何もお咎めが無いとは……。

 私共の方から、サリアにご滞在の際はあなたに対して然るべき処置を取らせて頂きますよ。

 サリアでのご自身の行動について、多くの制限が設けられると思いますのでお覚悟を?」


 私達の激しい言い合いに対して、その様子に迂闊に飛び込めないハイドさんの様子が目に入る。


 その時、私はふと思った。


 彼女の話からすれば、10年前に火災で亡くなったのは向こうのハイドさんの家族らしい。

 しかし、私達が知るのはハイド・カルフという人物は火災の後にラーニル家によって引き取られてシラフ・ラーニルとして今現在に至るまで私達と関わっているのである。

 

 本来なら一人しか存在しない。

 なのに、今は二人存在しているのだ。


 しかしどちらかが嘘を付いてるとは思えない。


 目の前の歌姫は確かに気に食わないが、彼女の気迫から察するに嘘を付いている訳ではない。

 一度本人に確かめるか?

 いや、余計に刺激して事を荒だてるかもしれない。

 これ以上私達が騒げば、彼女だけでなく私自身にも顔に泥を塗る行為。

 

 ここは私から一度引くべきだろうか……。


 「ここで言い合っても時間の無駄だわ……。

 もう行きましょう、ハイド」


 目の前の彼女は私が切り上げる前に、そう吐き捨てて私からすぐさま居なくなってしまう。

 困った主の醜態に対して、彼はこちらへ軽く一礼をするとすぐさま彼女の後を追っていった。


 あんな主を持っている彼の気苦労が容易く見て取れる様子に可哀相とすら思える。


 時間を無駄にしたと思いつつも、私はすぐに気持ちを切り替え、残っている仕事を片付けに向かった。



 冷たい空気が、滞る。

 来たるべき時は訪れた。

 答えを出すべき時。

 既に決まっていた答えをカタチにしなければならない。


 俺が最初に向かうべき場所。

 一番最初に、俺が自らの答えを伝えなければならない相手の居場所に向かう。


 「ここだったよな、聞いた話だと」 


 俺が真っ先に訪れた場所は、放課後や休日に立ち寄る事の多い例の喫茶店だった。

 

 最初に答えを出すべき相手はここで俺を待っている。


 「……、行くか……。」 


 入口の扉に手を掛け、カランと鳴るベルの音と共に俺は店内に入った。

 僅かに薄暗い店内、いつもより人気はほとんど無く向かいのカウンター側からこの店の店主もといマスターの顔が見えた。


 マスターが俺の姿に気付くと、俺から見て右側の席に対して顔を向ける。

 釣られて俺もそちらを見ると、目的の相手が静かにコーヒーを嗜みつつ外の景色を眺めていた。

 外は既に闇に落ちているので、見えているのは窓に鏡のように反射された店内と自身の姿だろうか。

 反射された光景から人影が写り込んだのか、俺の存在の認知すると静かにこちらの方を眺めて声を掛けられた。

  

 「来てくれたんだね、シラフ……」

 

 幾ばくかの間を開けて、俺は止まっていた足を動かし彼女の席の元へと向かう。 


 「待たせて悪かったな、クレシア。

 俺の答えを伝えるよ」


 「うん、そっか……。

 とりあえず座ってよ、時間にもまだ余裕はあるしさ。

 ソレに、ここの珈琲はとても美味しいからね」

  

 「……そうだな」

 

 彼女の勧めに従い、俺は向かいの席に座る。

 珈琲を一杯だけ注文し、そしてそれが来るまでの間。

 俺とクレシアの間に一切の会話は無く、ただ時間だけが過ぎていった。


 注文の品が届き、俺が最初の一口に手を付ける頃。

 彼女から思わぬ言葉を最初に投げかけられた。


 「色々焦らせちゃってさ、ごめんね大変な時に。

 舞踏会の時に戦ってたあの時の彼女って、シラフの家族だったんでしょう?

 それにさ、この前の任務で色々大変だったって噂とかルーシャの方からも聞いてる。

 本当は、もっと時間を設けてからでも良かったのかもしれない、私もルーシャもそう思ってたから」


 「……、そうか。

 気を使わせたな、二人には色々と……」 


 「うん……」


 再び空白の時間が訪れる。

 重苦しく、張り詰めたお互いの空気に言葉がままならないようなそんな感覚。

 いや、俺がいつまでも本題を切り出せないのが原因なのだ。

 言うべき瞬間は、俺からでなくてはならない。


 カップを置き、俺は僅かに息をこぼす。

 そして、俺は本題を切り出した。


 「クレシア、あの日君から伝えてくれた好意はとても嬉しかった。

 コレは俺の中でも嘘偽りない本心からだよ。

 あれから色々あって遅れたけどさ、俺の答えを今から君に伝える」


 「うん」


 「俺は、君の想いに応えられない。

 今の俺が在るのは、今の居場所をくれたルーシャの存在があってこそなんだ……。

 だから俺はルーシャの想いに応えたい。

 主従関係としてだけじゃない、一人の女性として俺は彼女の想いに応えたいと心の底から思ってる。

 それが俺の選んだ答えだ」


 「うん、そっか。

 やっぱりそう言うと思ってた……」


 幾ばくかの間を開けて、彼女からの返答。

 そして彼女は更に言葉を続ける。


 「シラフはやっぱりルーシャが一番大切なんだなって。

 でもね、ちゃんと答えてくれてありがとうシラフ。

 ルーシャの事、絶対幸せにしてあげて。

 約束だよ、シラフ」


 「約束するよ。

 騎士としても、そうでなくてもな」


 「うん。

 これから、ルーシャの方にも行くんだよね?」


 「勿論、そのつもりだよ。

 今は聖誕祭の運営で色々と忙しいだろうけどさ」


 「それじゃあ、邪魔じゃなければ私もそっちに付いて行ってもいいかな?」

 

 「別に構わないが、どうして?」


 「そっか、この話はまだしてなかったよね……。

 シラフが編入する以前から、私はルーシャからあなたの事を聞いてたのは知ってるよね?

 ほら、最初出会った時に色々とすれ違ってお姉さんの試合を観戦しようって時にルーシャを待たせちゃってさ」


 「ああ、確かクレシアと最初に出会った時にそんな事があったな。

 今更、それと何か関係が?」


 「私さ、その前からシラフの事は色々と聞いてたんだ。

 ルーシャから、頼りないところもあるけど一生懸命な私専属の騎士でもあり幼馴染が居るってね。

 その話を聞いてね、私はルーシャの想いを応援してたんだ。

 学院に入学して周りと馴染めなかった私に手を伸ばしてくれた大切の友人だから。

 私も彼女の想いが報われて欲しいって思ってる。

 心の底からそう思ってた。

 でも、実際あなたに会ってそれが昔のハイドだって分かったり、色々あっていつの間にか惹かれて。

 それでも、私は親友の想いが報われて欲しいってずっと思ってた」


 「クレシア……」


 それから彼女は言葉を更に続ける。

 

 「入学当初に初めて出会った頃なんかルーシャはいつも遅刻ばかりで何をやっても全然駄目でさ。

 ずっと何もかもが上手くいかない毎日だったんだよ。

 それでも、自分に仕える騎士の為だって、そう言い聞かせて、この学院で頑張ってた。

 それが最初の一年目の終わりの頃にようやく報われ始めて今の彼女の至ってるの。

 今や学院でも名のしれた優等生だからね。

 それくらいあなたの為に色々と頑張ってたのを私はずっと見てたから」


 「そうだったんだな、学院に編入して昔と全然違ったのはそういう事だったのか……」


 クレシアから聞いた言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

 昔の彼女の印象が深く根付いていた故に、この学院に来てからの変化はあまりに大きかった。

 何かとあればすぐに手を上げるくらいの暴君でもあり、勉強なんかは特に嫌いで抜け出しては俺達の鍛錬の様子を見ていた程。

  

 今の彼女から聞くのは、それとは真逆に等しい模範となる程の優等生振りである。

 その変化の理由として、俺との関係があった事実。

 先日も彼女から学院で色々と頑張ってきた話の旨は聞いていた、そしてその様子を学院での一番の親友出会ったクレシアが一番側で見ていた。


 クレシアがルーシャの想いが報われて欲しいと、自分の想いも同じく計りに掛けた上で願っていた理由。


 つまり、彼女が付いて行きたいという理由は……。


 そして俺が口にする前に、目の前の彼女は告げた。


 「親友の想いがようやく報われる瞬間だからね。

 だから、私もルーシャの元に行きたい。

 私の大切な友達が、ようやく幸せになれる瞬間をこの目で見たいから」


 「そうか、分かった。

 迎えに行こう、君の親友の元に……」


 「うん、ありがとう。

 ルーシャは、あなたが迎えに来るのをずっと待ってたんだからさ」



 聖誕祭の運営のほとんどが終わっていた。

 既に多くの者達が帰っていき、撤収作業も終盤に差し掛かる。


 来賓達の見送りも全て確認。

 機材の確認及び、搬送も終えており。

 予定時刻に間に合いそうだと思っていた。


 先程、共に運営を手伝っていた同じ生徒達から休憩の時間を与えられて今に至っている。

 みんなが働いている中、自分だけが休んでいる事に僅かに罪悪感を覚えてしまう。


 座っているだけでも落ち着かず、私は一度外の空気を吸いに施設を出た。

 大きな入口の扉を抜けて、降り積もる雪の景色がこちらからの灯りに照らされて何処か幻想的な光景が目に入る。


 色々あったが、ようやく今日が終わる。


 もう終わるのか……。


 結局、この聖誕祭が終わるまで彼と会う事は無かった。

 何もかもが終わって、唐突に何もかもが空っぽになる。

 

 端末を手に取り時刻を確認、現在の時刻は夜の9時半に差し掛かる頃である。

 約束の時間は既に過ぎていた。


 色々と立て込んでいる間に気付けば終わっていた。

 

 この場に彼が来ていない、つまりそういう事なのだ。


 「………、やっぱり私なんかじゃ駄目だったみたいだね」 

 白い吐息と共に言葉が漏れる。


 やれる事は全て尽くした。

 

 全て尽くした、その結果がコレなのだ。


 「はぁ……、しょうがないよね。

 よし、親友が想いが報われたんだから私がここで落ち込んでちゃ駄目だよね。

 二人が来たら、祝福してあげないと!」


 自分に言い聞かせるように、一人で呟く。


 泣くにはまだ早い。


 二人の祝福を終えて、自分の部屋に戻るまでは……。

 私は決して泣いてはいけない。


 

 「ルーシャ……」


 不意に何処からか声が聞こえた気がした。


 シラフの声が……。


 ゆっくりと声の方角を振り向くと、そこには思った通り彼の姿があった。

 そしてその隣には、クレシアの姿。


 やはり彼は既にクレシアの元に向かっていたのだ。

 

 すると彼はクレシアの方に僅かに視線を向ける。

 すると彼女は僅かに微笑むと彼の背中を両手で私の方へと押していく。


 彼の身体がこちらへと向かって、そして私の目の前に立っていた。

 

 「聖誕祭、色々頑張ってたらしいな。

 その、今日は色々とお疲れ様……」


 「うん、ありがとうシラフ……」


 「それとその……、えっと……。

 今日までさ、ルーシャが色々と頑張ってたところ直接見てやれなくてごめん。

 今日とかさ、本当は行けば良かったんだが行くに行けなくて……」


 「しょうがないよ、そっちも色々とあるだろうし。

 さっきの歌姫の件とかさ、シラフが先に見つけてくれてこっちも本当に助かったから。

 だから、助けてくれてありがとうシラフ」


 「そうか、それなら何よりだ」


 それから私は本題を彼に尋ねた。

 結果はもう分かってる、だからこそ未練の残らない為に私は彼からその言葉を聞かなければならないのだ。


 「クレシアがここに来てるって事は、あなたの答えはもう彼女に伝えたんだよね?」


 「ああ、勿論伝えたよ」


 「そっか……、うん……そうだよね。

 シラフ、私もあなたの口から直接答えを聞きたい。

 私、もう覚悟はもう出来てるから」


 「分かった。

 ルーシャ、俺は君の想いに応えたい。

 これから先、どんな苦難があろうとも俺は君を必ず護ると誓うよ。

 そこに主従は関係ない。

 俺は君と共に、歩み続けたい」


 「え……、本当に?

 本当に私でいいの……」


 「勿論」


 「嘘じゃないよね、本当に……?

 本当に私を選んでくれたんだよね……」


 「ああ勿論、俺は君を選んだ……。

 それにクレシアからここに来るまで色々と聞いたんだ。

 ルーシャがこの学院でどれほど頑張ってきたのか、改めてさ俺はすごいと思う。

 だから、そんな君が更に前に進めるように俺も側で後押しするよ。

 君が俺の存在を支えにここまで歩んだのなら、今度は俺がルーシャを支えていく。

 騎士としても、それ以上の存在としてもさ」


 「はい……!!」


 溢れる感情を抑えきれず、私は彼に抱きついた。

 僅かに彼の身体がよろめくが、私の身体をしっかりと支える。

 先日の一方的な行為とは違う暖かな感触だった。


 「ルーシャっ?!」


 「絶対に私を幸せにしてよね、シラフ!!」


 「ああ、勿論だよルーシャ」


 この日、一人の騎士が私の恋人に変わった。

 ようやく私は、彼に認めて貰えたのだと心の底から幸せで溢れていた。



 暗闇から、彼女達の様子を眺めていた。

 彼に抱きついて幸せそうなルーシャの様子に対して僅かに嫉妬の念が思い起こされる。

 

 「あなたの思惑通り、彼はルーシャを選びましたよ。

 ひとまず一段落といったところですね、マスター。

 それと、流石にその姿は悪趣味過ぎますよ」


 「そうかい、まあこの姿じゃないと彼女と接触出来ないんだからしょうがないだろう?

 外部から邪魔をされたらたまったものじゃないからねぇ?」


 そう言って、私の同じ顔と姿をしたスーツ姿の人物は黒い霧に包み込まれると姿が変わっていく。


 「やっぱりこの姿の方が良さそうだ。

 未だに女型が少し慣れないよ」


 そう言って先程の姿とは変わったその人物は身体を伸ばしながら軽いあくびをする。

 僅かに薄い緋色の目に白と黒が入り交じる独特の髪が特徴的な青年の姿。

 何処か独特な黒い衣装を纏いつつ、白い吐息を吐いていた。


 「流石に冷え込むなぁ、後は君に任せるよテナ。

 今日の観測目的として欲しいサンプルは全て観測出来たし。

 何より、今日は珍しいモノが見れたよ。

 最近は彼ばかりだったからねぇ、アポロンの契約者が生み出したアレはとても興味深いモノだよ」


 「ですがアレは早々に処分するべきなのでは?

 先の妖精と関連して、契約者を堕としてしまう可能性が高いかもしれませんよ?

 特にアレはオリンポスシリーズの一つ、マスターとしても損失は防ぎたいところでしょう?」


 「別に、アレが堕ちる心配は無いと思うよ。

 ただ、特異点の更なる覚醒に必要な因子ではあるのは確かさ。

 アポロンとヘリオスにはお互いに深い因果関係がある、2つの力は惹かれ合い巡り合う運命なのだからね」


 「そうですか」


 「それと来年からは君も少し忙しくなるよ。

 僕の箱庭で余計な事をしている輩の処理に、君以外のラグナロクは苦戦を強いられているようだ。

 特に、あのラウとルークス、そして君自身を相手にこちらの兵力も僅かではあれ削がれているからね。

 いかにこちらの力が無尽蔵に近しいとはいえ無限という訳ではないからね。

 長期間、あれ程の力を酷使されるとこちらの運営にも支障をきたしかねない。

 割と早い段階で手を打たなければね。

 だが、今は目前に迫るタルタロスの枷の問題が先決だろう。

 先月、僅かな部隊を派遣させて少しばかり様子を確認したがやはり封印の綻びは目立っていたんだ。

 いつ封印が解かれてもおかしくない状況。

 最悪、あのシファ・ラーニルの協力も仰がなければならないだろう。

 彼女もまた、タルタロスの封印問題には勘付いているはずだからね」


 「タルタロスの封印が解かれると一体どのような問題があると?

 封印された者というのが、僕一人では勝てないとでも」


 「多少の苦戦は強いるだろうね。

 今は亡き種族神の成れの果てと言うべきかな。

 僕等がかつて神と称する存在に辿り着きし者達。

 彼等の正体は君達が魔力と称して扱っている、femto authority material 通称 FAMファムによって構成された僕と同様の疑似生命体達だ。

 しかし、アレ等のシステムがこちらに一気に干渉されると幾ら僕でも手の掛かる厄介な代物だ。

 流石に、事態が深刻化すれば僕自ら手を下す他ないだろうけど。

 大きな犠牲を出せば、この世界の管理に大きな支障が起こりかねない。

 僕はそもそもこの世界の平和の為に存在しているのだからね……」

 

 「それ程、タルタロスの問題は無視出来ないものであると?」


 「そういう事だ、必要があれば使者だったり僕が自ら新たな命令を与える。

 それまではいつも通り、特異点の経過観察を頼むよ。

 僕はもう疲れたし、お先に失礼させてもらうよ。

 それじゃあ、今後もよろしくねテナ」

 

 そう言って、目の前の煙を撒くように黒い僅かな瘴気を放ち男は消えていった。


 「厄介事は増えるばかりか……。

 本当に人使いが荒いなぁ、カオス様は……」


 再び視線を彼女達へ向けると姿はない。

 こちらが話している間に先に帰った模様である。


 「僕も寒いし、さっさと帰るか……」


 誰も居ない夜道を僕は一人歩き始める。


 歩きながら、マスターからの話を幾つか脳裏で思い返していく。


 全てはまだ始まったばかりに過ぎないのだから。

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