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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
219/324

歌姫の守り人

 私は幼い頃に、今の家に引き取られた。

 家の跡取りが若くして亡くなり、その代わりとして私である。


 いや、私は目先の金目当てに親に売られているのだ。


 それなら、私でなくとも良かったはずである。

 

 しかし私でなくてはならなかった理由があった。


 不思議な竪琴がこの家には古くから伝えられている。

 以前の持ち主がこの屋敷の跡取りでもあった。

 しかし、コレに関わった事によって亡くなっている。

  

 予言の竪琴。

 これを知る一部の者達からは神器とも呼ばれ、かつて神が用いたとされる道具でもあった。

 竪琴のほぼ全てが琥珀のような物で作られ、月桂樹を象ったそれはとても美しい音色を奏でてくれる。

 しかし、この竪琴は選ばれた者にしか奏でる事が出来ず多くの者がこれを奏でようと試みたが失敗に終わった。


 それから、持ち主が亡くなったしまった屋敷側はこれを扱える者を探すべく国中からその候補者を多額の懸賞金を用いてまで集った。


 その結果、唯一この竪琴を奏でる事が出来た人物というのが当時幼かったこの私だった。

 

 竪琴を奏でる事で済めばいいという訳ではない。


 この竪琴に選ばれた者は歌う宿命が背負わされる。

 

 年にたった数回程行えばいい、ただそれだけの事。


 しかし、厄介なのはこの竪琴にある不思議な力だ。


 自身の歌を現実のモノにしてしまうという異能の力。


 以前の持ち主は、この歌によってとある国を一つ滅ぼしてしまっている。

 国を一つ滅ぼし、世界に大きな混乱を招いた。

 その罪悪感故に以前の持ち主は自殺を図ったのだ。


 この竪琴を用いて歌う者は、歴代全てが女性。

 故にら竪琴に選ばれた私達はこう呼ばれていた。


 予言の歌姫と……。


  

 帝歴403年12月25日


 「本番まであと一時間!

 全員それぞれの持ち場の担当者の元に急いで!!」


 「会場が混雑し過ぎている!!

 誘導、受付は何をしているんだ!!」


 当日は異様に慌ただしかった。

 待ちに待った聖誕祭ノエル当日、私を含めて会場の運営に関わる者達に張り詰めた様子である。


 「ルーシャ様!

 時間も押していますので、私達には構わず来賓へのご挨拶を!!」


 「分かりました。

 じゃあ後は、手筈通りにお願い。

 本番の挨拶までには戻ります!!」


 今日という日に、海外からの来賓も非常に多い。

 一般生徒と違って、こちらより一周りも二周りも年が離れている相手。

 しかし、王女である私ならこのくらいの事なんて幼い頃からしてきた事だ。


 会場のエントランスホールにて、既に多くの人で溢れかえっている。

 確かに、案内や受付は何をしているんだと言いたくなる状況だ。

 いや、前年度に関わった者が軒並み去年卒業してしまった影響も大きいのかもしれない。


 「えっと……、確か来賓の方々は……」


 人混みが激しく、向かう方向が定まらない。

 普段は護衛を付けるはずの状況。

 しかし本日、私の護衛を務めているテナは状況が状況なので他の場所の手伝いへと回してしまったのだ。


 この時の私の行動はあまりに軽薄で迂闊過ぎた。

 もし今日の対応が遅れてしまえば、この学院に対しての外部の印象を害してしまう可能性もある。


 サリア王国の王女である私がしっかりとしなければならない。


 普段は多少着慣れてるドレス。

 しかし、この混雑で足取りが僅かに不安定。

 それから不意に、私は体のバランスを崩し倒れそうになる。


 「きゃっ!」


 思わず目を閉じ、僅かな悲鳴を上げるも衝撃は訪れない。誰かに身体を掴まれ、支えられていた。


 「大丈夫ですか、お嬢さん?」


 聞き慣れた声、いや僅かに違う。

 ゆっくりと目を開くと、茶髪の青年がそこにいた。

 何故か声の主には既視感があった、しかし僅かに顔付きは違う。


 でもこの感覚は……。


 「っ……シラフ?」


 「誰かと勘違いしていませんか?

 私の名は、ハイド・カルフ。

 本日、招待されているミルシア様のお付きの者です」


 「え……、?」


 その名を聞いて私は驚いた。

 カルフと言えば、彼の生まれた家柄。


 その唯一の生き残りが、彼であって……。


 それじゃあ、目の前に存在する人物はただの同姓同名の他人だろう。

 

 そう思い、ふと彼の右腕に視線が向かう。

 赤みを帯びた腕輪、彼の持っているそれとあまりに酷似したソレに対して戦慄がはしる。


 「あの、あなたの出身は?」


 「出身はアンブロシアですよ。

 生まれはサリアで一応そこでも暮らしていた時期もありましたがね。

 つかぬ事を伺いますが、あなたは?」


 「えっとその、すみません。

 私の方が遅れてしまいましたね。

 私はサリア王国第二王女、ルーシャ・ラグド・サリアです。

 今回の聖誕祭の運営も私が指揮を取っているんですが、この状況ですので、人混みに足を取られてしまって……」


 「ああ、なるほど。

 あなたが、あのサリアの王女様でしたか。

 これは失敬、私とした事がとんだ失礼な真似を……。

 先程までの王女に対しての無礼の全て、何卒お許しを……」


 「いえ、そんな……。

 むしろ助けて貰って、こちらこそ礼をしなければ……」


 「そうですか、それで王女はこれから急いでどちらへ?

 私で良ければ、その場所までエスコート致します」


 「いいんですか?

 その、歌姫の護衛があなたの役目でそこから一時でも離れてしまっては流石に申し訳無いと……」


 「王女が一人歩いて居られるのを放っておく訳には参りません。

 それに、ミルシア様は現在控え室にて待機中です。

 本番前はいつも一人になりたがるお方ですので、今の私は手薄なんですよ。

 時間になりましたら、係の者と共にお迎えに上がりますのでそれまではあなたにお付き添え出来るかと」

 

 「でしたらご厚意に甘えさせて、お願いします。

 来賓の方々への軽い挨拶周りですので、辺りの警戒も同時にお願い出来ますか?」


 「了解しました。

 時間も押してると思いますので、細かい要件等があれば歩きながらでもお伝えを」


 それから私は、ハイドと名乗る男と共に来賓達への挨拶へ向かった。

 そして彼のお陰もあり時間内に終える事が出来た。


 「今の時刻がえっと……」


 私は端末を手に取り、時刻を再び確認する。

 現在の時刻は、午後6時30分。

 

 午後7時には、私や学院長からステージ上からの挨拶が控えている。

 時間にはまだだいぶ余裕があった。

 これも、手伝ってくれた彼のお陰だろう。

 

 それから私は再び彼にエスコートされ、舞台裏へと急ぐ。

 既に慌ただしい様子。

 本番までの時間が迫っていく中、先程の彼の様子がおかしかった。


 「何?!、ミルシアが部屋に居ない!!

 どういう事だ、さっさと説明しろ!!」


 先程までの爽やかな雰囲気がガラリと変わり、怒りの感情を露わにしながら係の者に掴みかかっていた。


 「私共に、お手洗いに行くと申し上げて……。

 入口前で待機しておりましたが、いつまで経っても戻らず女性の係員に中を調べさせたところ……。

 窓が空いており、そこから更に彼女の身に着けていたイヤリングの一部が発見されて……」


 「ハイド様、何卒落ち着きを!!」


 他の係員数人に諭され、彼はようやく掴みかかったその人を離した。

 しかし、先程の話が本当なら歌姫は一体何処へ?


 「何故今になって逃げ出したりするんだあの人は……!」


 「ハイドさん、とにかく今は落ち着いて下さい!

 彼女の行くと思われるところに心当りは何かありますか?」


 「ルーシャ王女……。

 いえ、心当りは何も……。

 あの方が何をしたいのか望むのか、彼女の性格上かなり気まぐれなもので……」


 「そうですか……。

 とにかく、時間は私達で少しでも稼ぎます。

 その間に一刻も早く彼女を見つけ出して下さい。

 私の方からも、捜索に何人か向かわせますが何か特徴は?」


 「今日は青のドレスを着ております。

 それと、髪色はルーシャ王女と同じ金髪です……」


 「青いドレスに金髪の女性ですね、分かりました。

 至急こちらからも捜索に向かわせますので、あなたは一刻も早く彼女を!」

 

 「協力感謝します、ルーシャ王女!」


 そう彼は告げると、彼女の捜索に向かった。

 彼の後を確認するまでもなく、私はすぐさま端末を手に取り真っ先に私はテナへと連絡を取った。

 

 「こちらテナ、えっと観客の誘導は全て完了済みだよ。

 もしかして、ルーシャの方で何かあった?」


 「うん、えっとね……。

 青いドレス着た金髪の女性を探して欲しいの。

 例の歌姫が、ここから逃げ出してしまったみたいで今凄く慌ただしいから」


 「歌姫が逃げ出した?!!

 それ下手したら国際問題モノだよ!!

 とにかく分かった、僕も彼女の捜索に向かうよ」


 「うん、頼んだよテナ。

 私や彼女のお付きの人から他に捜索には人を出すから、テナはとにかく彼女を探しだす事を優先して欲しい」


 「了解!

 それじゃあ、すぐに向かうよ」


 そう言うと、テナは通話を切った。

 次に連絡するべきは……


 端末の画面を見やり、連絡先に浮かぶ彼の名前。

 

 私がこんな時に一番頼れるのはやはり彼しか居ない。

 

 躊躇らわず私は彼に電話を掛けた。


 それから僅かに遅れて、その相手が出る。


 「こちらシラフ、そっちで何かあったのか?」


 「こんな時にごめんなさい。

 でも私、こんな時シラフしか頼れなくて……!」


 「……、落ち着いてくれこっちも少し取り込み中だが何があったのか落ち着いて話してくれよ。

 必ず力になるからさ」


 「えっと、会場から歌姫が逃げ出したのよ。

 青いドレスを着た金髪の女性、今さっきテナや歌姫の付き人さんも捜索に向かってて……」


 「……ん?!

 ちょっと待ってくれ。

 今その青いドレスを着た金髪の女性に絡まれてるところなんだが?」


 「どういう事?!」


 「いや、だからその言葉の通りで……。

 さっき、変な奴らに追われてるところを助けたんだよ。

 で、事情を聞こうとしたところに丁度ルーシャの方から連絡が来たって感じでさ……。

 て、待ちなさい。

 電話の内容聞いた途端に何も言わずに去ろうとするのはどういうつもりだ?」


 通話越しに、向こうで何か動きがあったようだ。

 こちらの捜索に勘付き、例の彼女がシラフの前から去ろうとしている模様。

 でも、この状況に何処か既視感を感じていた。

 

 

 「アー、ナンデモナイヨー。

 ニゲテナイヨー」


 俺の隣で視線を逸らし、とぼけている例の歌姫と思われる人物。

 先程怪しい連中に追われ、助けた人物であるが……。

 多分追ってたのは、彼女の護衛や付き人だったのだろう。

 お互い同じ立場であるのに、流石に申し訳ない事をしてしまったと、先程の彼等に対して謝罪の意を念じる。


 「あー、とにかくすぐにそちらへ送り届けるよ。

 何時までに届ければいい?」


 通話相手であるルーシャに訊ねると、少し間を開けて答えた。

 

 「最後の締めの部分で、彼女の歌を披露する予定だから8時前後にはお願い。

 時間を訊ねるって事は彼女の説得に結構時間掛かりそうなの?」


 「そんなところだ。

 無理に連れて行っても、また繰り返すだろうしな。

 とにかく、こちら側から届けるよ。

 彼女のお付きの人達には、さっき跳ね除けた事に対しての謝罪と彼女の無事を伝えて欲しい。

 そして、説得はこちらで対応すると、その辺りを頼みたい」


 「分かった。

 まあ、シラフがそう言うなら大丈夫だね。

 あ、あの件については今回の聖誕祭が終わってからでお願いね……」


 「………、分かってる。

 必ず答えは出すよ」


 俺はそう言い、ルーシャからの通話を切る。

 そして俺は、再び例の歌姫へと視線を向けた。

 しかし、先程もドレス姿で外をうろついてたので寒そうに身体を震わせている。

 やはり、着の身着のまま来た様子だろうか。

 さっきまで走っていたからそこまで寒さは感じなかったのだろうが、今は恐らくその効果が薄れている模様。

 仕方なく俺は、来ているコート脱ぎを彼女に渡した。


 「流石にその格好で外は寒いだろうに。

 ひとまずこれを着ていろ。

 今すぐには連行しない、言い訳くらいは聞いてからでも遅く無いだろうからな」


 俺から渡されたコートを彼女を羽織ると、彼女の方から返答が返る。


 「服、ありがとう。

 会場から逃げ出したのは、単に依頼が嫌だっただけよ」


 「依頼って、やはり君が例の歌姫って訳か?」


 「そうね。

 この私が予言の歌姫である、ミルシア・カルフ本人よ。

 こんな面倒な役割、私は嫌なのに……」

 

 不機嫌な様子で、コートで身を包み毒づく彼女。

 ここ最近、何かと面倒な相手に絡まれる事が多い気がしてきた。


 「でも、歌姫って呼ばれるくらいなんだから、自分の歌にはそれなりに自信はあるんだろ?

 人前で歌うのが実は嫌だったとか?」


 「先代の話を知らない訳?

 私の先代は、その自信のあった歌であの帝国を滅ぼした大罪人よ。

 この歌の力のせいで、今度は私がその重責を背負わないといけない羽目になったのに……」


 「ソレは、先代の話だろう?

 今の君には関係ないはずだ」


 「あなたはそう思っても、他の人達は違うのよ。

 この力に選ばれたせいで、私は今の家に引き取られても別居暮らし。

 時には石や火も投げ込まれた。

 あなたからは歌姫とか呼ばれるくらいだから、大層輝かしい存在だと思えるでしょうけどね……」


 そう言うと彼女は、軽く何か念じるように両手を前に出すとその手元には、琥珀色の琴が現れた。

 何かの植物、月桂樹のようなモノを象ったソレの美しさに俺は思わず見惚れていた。


 「これは予言の竪琴。

 私の力の根源そのもので、これがあって私は歌えてその力を使える。

 自分の歌を現実にしてしまう程の力が、コレに宿っているのだから」


 「それじゃあまさかこれは神器の一つなのか?」


 「ふーん、よく分かったものね。

 あなたの言う通り、これは神器よ。

 十剣って人達が扱うモノとは別の代物だけど、同じモノという認識で合ってる。

 神器について、あなたは何処で知り得たの?」


 「俺がその十剣って人達の一人だからだよ」


 そう言って、俺は彼女に右腕に嵌められた腕輪を見せる。 

 すると、腕輪を見た彼女の様子が先程までと一変して機嫌がかなり悪くなる。


 「……、よくもそんな嘘を付けますね?

 幾ら貴方が彼に似てるからって、冗談も流石に度が過ぎるわ」


 「冗談なんかじゃない……。

 俺の名前はシラフ・ラーニル。

 翌日、あなたと会う予定の例の指名された護衛役だ。

 レティア様の結婚式で君が歌を披露する、その際の臨時の護衛役として君が俺を指名したんだろ?」


 「あなたがあのシラフ・ラーニルなの?

 でも、証拠はあるのかしら?

 その腕輪以外に、あなたが十剣の一人である事を示すモノがあるの?」


 「証拠と言っても、神器の力をここで使う訳にも行かないだろう……。

 あー、それじゃあコレとかどうだ?」


 俺は彼女にそう言って、先日姉さんから貰った誓剣時計(クロノオルコス)を見せる。

 剣の刻印が記された、十剣が存在していた家系に対して送られるとても希少で特殊な代物。

 コレ自体、十剣に関わる者にしか持つ事が許されない代物だから彼女の言う証拠としては充分な代物だろうと俺は踏んでいた。


 「そう、それじゃあ本当にあなたが例の……」


 彼女はそんな事を呟くと、突然俺の襟元を鷲掴みしてきた。


 「ミルシアさん?」


 「シラフ・ラーニル、私はあなたを絶対に許さない!!

 罪人風情がよくも十剣なんて名乗れるわね!!

 カルフを汚し得た偽りの地位がそんなに誇らしい訳かしら!!」 


 「っ!!」


 突然の恐ろしく強い剣幕に俺は何も答えられない。

 何か、大きな誤解を受けている。

 いや、公の場に対して伝えられている情報が既に湾曲されてるのは確かだが……


 「あなたのせいで、彼がこれまでどんな思いをしていたと思ってるの!!

 あなたのせいで、ハイドは家族を失ったの!!

 あなたのせいで、カルフの家は潰れたのよ!!

 そのせいで私達がこれまでどんな思いで……、

 どんな思いで生きてきたと思ってるのよ!!!」


 「ちょっと待ってくれ、俺にも説明を……」


 「あなたの言い訳なんて聞きたくないのよ!

 本来なら明日の機会にでも殺したい程なのに!!

 今更ここで謝罪なんてしても、彼の家族は戻らないのに!!

 だから、ここで貴様を……!!」


 俺の首へ手を伸ばし、明確な殺意を抱いて殺しに掛かる。

 流石に俺自身も危ない、その時……


 「ミルシア様、落ち着いて下さい!!」


 突然、彼女の名を叫ぶ声。

 俺の首に掴み掛かるその手に込められた力が緩むと、視線は声の主にお互いが向いていた。

 そして俺は、そこで驚愕の光景を目の当たりにする事になる。


 「な……」


 自分とほぼ瓜二つの存在がそこにいた。

 茶髪の髪、そしてお互いの右腕には特徴的な赤みを帯びた腕輪がそこにある。

 しかし、声の主は俺の様子には目を暮れず彼女を俺の元から引き剥がした。


 「お気を確かにミルシア様!!

 こんな事はあなた様がするべきことではありません!!」


 「離してよハイド!!

 そいつは……、目の前のそいつはあなたの両親を殺したあのシラフなのよ!!

 だから……!!」

 

 暴れまくる彼女だが、俺に似たその男は彼女を抑え動きを容易く封じている。

 彼女が告げたその名に大きな違和感を覚える。

 そして、事態の確認をする為なのか先程彼女に掴みかかれた俺へと視線を向けられていた。


 「……、ミルシア様の言葉通りあなたが現十剣の一人であるシラフ・ラーニル殿なのですか?」


 「そういうお前は、一体誰なんだよ?」


 「私はハイド・カルフ、彼女の親族です。

 主の醜態に対してはこちらが代わりに謝罪を……」


 「こんな奴に、なんであなたが謝るのよ!!

 コイツは!!」


 暴れまくる彼女よ様子に俺はかなり驚かざるを得ない。

 しかし、ひとまずこの場はどうにか収めたい。


 「……、構わない。

 でも敢えてもう一度聞きたい。

 君は本当にハイド・カルフなのか?」


 「はい、それが私の名前ですが何か問題でも?」


 「………、いや特に何もない」


 俺の本当の名前と全く同じ。

 その事実はやはり本当のようだった


 「そうですか、では私達はこれにて失礼を。

 後日改めて、正式な会談の場を設けますので。

 それと、すみませんがルーシャ王女対してご連絡はあなたにお任せしてもらいたい。

 私はこの通り、手が塞がっておりますので」


 「了解。

 ではまた後日」


 「ええ。

 では、改めてこの場を失礼します……」


 そう言うと、男は彼女を連れて立ち去っていく。

 男に対しての謎は多かった。


 名前が自分と同じ。

 更には容姿も俺自身とかなり似ており、身に着けている腕輪のソレもあまりにも酷似していたのだ。


 考えられるパターンとしては幾つかある。

 

 単に偶然同姓同名で似ている可能性。

 例のシルビア様と同じく未来から来た可能性。

 アクリと同じく、クローンとしてのホムンクルスという可能性。

 そして、歌姫であるミルシアが生み出した幻影である可能性。


 主にこの4つが、今回の件に該当するいづれかだろう。


 しかし、それぞれの説には多少の無理がある。


 単に同姓同名で似ているパターンが一番可能性が高いがあまりにも出来過ぎた都合の良い解釈である可能性が最も高い。

 少なくとも、これは最もあり得ない可能性だ。


 次に未来から来た可能性についても理解が難しい。

 何らかの理由で未来から来たのであれば、真っ先に先に来ているであろう例のシルビア様が彼との接触あるいは逆の行動を取っている可能性が高いからだ。

 既に出会っているのであれば、事前にこちらへの説明もあるはずで、この可能性もかなり薄い。


 次にアクリ等と同じホムンクルス。

 彼女達は本当に例外中の例外に等しい。

 そもそもホムンクルス自体が国際間でその研究が禁止されているモノ。仮に研究があったとしても、その数はかなり少ない。

 俺の知る限りではそれ等の存在は少なくともラウや、シンさん、そしてアクリ達が居たアルクノヴァの研究施設に残っていたノーディアという人物のみだ。

 存在そのものがかなり希少である為にこの可能性も低い。

 俺が神器の契約者でもあり開放者である事が影響して研究の材料として一部何処かしらで採取され作られた。

 そんな可能性も無くは無いが、彼本人が彼女の親族だと言うだけあるので相応の期間共に生活をしているはずなのである。

 故に、この可能性もほぼ無い。


 そして最後に幻影である可能性。

 俺の中ではこれが最も可能性が高いだろうと踏んでいる。

 ミルシア・カルフ自身が神器の契約者である事に加えて更には幼い頃に俺と同じく心理的に大きな傷も同時に受けていた可能性が非常に高い。

 故に、彼女が何らかの要因が関係し結果としてあの男が生まれた可能性が非常に高いと俺は思う。


 しかし、これにも重大な欠陥がある。

 それは時期が合わない事。

 男の持ち物にあった腕輪は俺があの火災の当日に初めて触れたものであるからだ。

 故に彼が幻影であった場合、アレを身に着けているのは明らかにおかしい事象なのである。


 様々な疑問が残り続ける中、明日再び彼等と顔を合わせる。

 その時で粗方の詳細を根掘り葉掘り調べるべきか……。



 一難去って、また一難。

 どうやらとことん俺は厄介事に絡まれてしまうとさえ、悩み続けるしかなかった。

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