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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
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オモイとカタチを

帝歴403年12月23日


 その日、学院での会議を終えたルーシャと共に帰路を歩いていた頃。

 隣の彼女は、ふと足を止め何かを言いたげな様子で俺の顔をちらちらと姿勢を向けていた。

 彼女の不自然なその様子に俺が尋ねようとするもその直前、当の本人から先に口を開き語り始めた。


 「シラフ……。

 私は、私はね……。

 従者として、騎士として……。

 十剣の一人になった今のあなたに相応しい存在であろうと沢山頑張ったんだ……。

 学院に入学してから、あなたに認めて貰えるように理想の存在に成れるように頑張った……。

 委員会にも入ってさ、舞踏会の運営とか、そして今も聖誕祭に向けて動いてる。

 でもね、私さ、本当は違うんだよ。

 私はあなたの理想の主として、王女として、シラフの隣に立ちたいんじゃない……。

 シラフ、私はね……。

 私は……、従者としてじゃない、一人の異性として、恋人としてあなたの隣に居たいんだって……!」


 「っ……」


 唐突に告げたその言葉に、俺自身戸惑いを隠せない

 そしてら返す間もなく目の前の彼女は言葉を告げた。


 「私は、ルーシャ・ラグド・サリアは……

 ずっと前から……。

 あなたに騎士であって欲しいと願った時も、私は心の底からあなたを、シラフを愛しています」 


 冷たい風が頬を通り抜ける感覚を忘れさせるように、目の前の彼女は俺を正面から捉え己の想いを伝えた。


 目の前の彼女からの純粋な好意は素直に嬉しく思う。


 しかし、その嬉しさの反面で俺は思っていた。


 

 俺は、目の前の彼女に仕えるに相応しい存在でのみありたかったと……。


 

 彼女からの好意が形と成してしまった今、俺はこれまで通り彼女に仕える存在で居られるのだろうか?

 

 それ以前に、俺は選ばなければならない。


 誰の手を取るのか、その答えを示さなくては……


 

 帝歴403年12月24日


 ルーシャからの告白、姉さんから誓剣時計を受け取った翌日の朝。

 俺はルーシャ達への返事に対して頭を悩ませていた。


 「今日はより一層と悩ましい顔を浮かべていますね。

 昨日はあなたの誕生日だと聞いておりましたが?」


 「いや、まぁ色々と……」


 隣を歩くシグレの言葉に、俺は曖昧な返事を返す。

 すると、彼女の不機嫌を買ってしまったのか僅かに頬を膨らませると同時に俺の頬を思いっ切り引っ張ってくる。


 「痛い痛いって!!

 いきなりなんですか?!」


 俺が彼女に理由を問い詰めると、明らかな作り笑顔で理由を言い始めた。


 「情けない顔をしていたので、つい。

 まぁ、さしずめルーシャ王女から愛の告白でも受けましたとか、その辺りでしょうけど」


 「なんでわかるんです?!」


 「ああ……なるほど、図星でしたか……。

 適当にカマを掛けてみただけでしたが、

 まさか、誠の事だとは……」


 そう言いつつ、シグレの表情はかなり引き気味である。

 まぁ、その理由は分からなくもないが……。


 「私の事を手助けする以前に、あなたの周りがかなり面白い事になっているようですね……。

 まさか、騎士であろう者が二股とは……」


 「二股は誤解だ」


 彼女の言葉に対して否定はするも、明らかに信じていないような苦笑の顔を覗かせる。

 僅かなため息が溢れる中、シグレは言葉を続けてた。


 「でも、二人に言い寄られてるのは事実でしょう?

 片やこの学院有数の令嬢、そしてもう一人はあなたの仕える主でありサリア王国の王女とは……。

 これ以上に面白いネタは中々ありませんよ。

 流石、十剣と呼ばれるだけはありますね」


 皮肉混じりにそんな事を言う彼女。

 しかし、実際にそうなのだからぐうの音も出ない。


 「最後は無関係だろう……。

 でも事実、二人には言い寄られてるのは本当だ。

 ただでさえ、クレシア一人の事で既に悩ましかったんだがな……」


 「元は決断を長引かせたあなたの責任でしょう?

 あなたが早々とクレシアさんに返答し、付き合ってしまえばそれで済む話なんですからね」


 「いや、だからソレはそれで違って……」


 「以前は元から意中の人が居たと仰っていましたけど、覚えてないなら目の前の存在の事を優先するべきだとは思いますよ。

 忘れてしまう程の存在でしたら、元からその程度なんです……。

 それが幼い頃の事であれば尚の事、幼少時代の絵空事に過ぎないんですから。

 ソレをあなたがいつまでも引きずったこの体たらくの結果が、この惨状でしょう?

 私の事を手助けする以前に、まずはあなた自身の問題を解決してからにしなさい?

 流石に、今のあなたに私の事を頼んだとして解決出来るとは到底思えませんし。

 何か反論はありますか、サリア王国の騎士さん?」


 「いえ、何もありません……」


 シグレの言葉に何も返す言葉も無く、俺はただ肯定の返事を返すのみ。

 確かに、俺自身の問題の解決の方がシグレの手伝いよりも優先すべきというのは事実である。

 すると、俺が彼女の予測を超える程に落ち込んでいるのを見兼ねてなのか、呆れながらも俺に声を掛ける。


 「まぁ、いずれはこうなるとは思っていましたけど。

 流石のあなたも、ルーシャ王女からの想いに全く気付かなかった訳では無いんでしょう?」


 彼女の質問に対して、俺は僅かに視線を逸らしながらも、俺からのルーシャに対しての印象を伝える。


 「ええ、まぁ……。

 舞踏会の時には、なんとなくですけど薄々とは察していましたよ。

 でも、その直後にクレシアから想いを告げられて……。

 その後はご存知の通り例の襲撃事件、そしてこの前までは例の任務で慌ただしかったので……」


 俺が経緯を述べると再び機嫌を損ねたのか、呆れた様子が更に強まりながらも彼女自身は自らの意見を述べる。


 「あなたの言い訳は聞きたくありません。

 これは、二人に対してさっさと答えを出さなかったあなたの責任です。

 ですが、ある程度の猶予、もしくは答えの期日は与えられたんでしょう?

 どちらの手を取るのか、その答えを示す期限が……」


 「聖誕祭(ノエル)の日に、答えを出して欲しいと。

 ルーシャからは一応そう言われています。

 クレシアの方も同じ意向だそうで……」


 蔑むような視線を俺に向けるも、彼女は俺に問いかける。

 

 「ふーん……。

 それで?

 あなたの今の心境は、どうなの?」


 「少なくとも二人は俺にとってかけがえのない存在です。

 ルーシャは騎士としての居場所を俺に与えてくれた。

 クレシアはこの学院に来てから、知り合ったばかりに思えた。

 でも、ずっと昔から再開を求めていて、そして俺が炎に対する恐怖心を乗り越えられるきっかけをくれた。

 二人の存在があって、今の俺があるようなものですから……。

 でも今は……」


 「ならいっそ二人一緒に受け入れる手もありますよ?

 側室の一人や二人居ても、あなたなら問題ないでしょう?

 あなたのそんな甘い認識を彼女達が聞いたら、どんな表情を見せるのかしらね?」


 「いや、それは流石に……。

 一応、俺の中ではもう答えは出ているはずなんです。

 でも、ソレを形にするというか、言葉にしようとすると片方の顔が脳裏にチラついて……。

 二人が元々、親友同士であるからか彼女達の今後の友情に大きな影響が出るかと思うと……。

 あの二人にとっては、お互いに大切な友人であり理解者でもある、俺にとっての彼女達と同じあるいはそれ以上のものだと思います、だから……」


 「あなたが二人の友情が壊れる事を危惧しているにしても、色恋が絡めが女同士の友情なんて容易く壊れるに決まってるのよ?

 あなたが答えを渋る程に、その後の始末が大変になるかもしれない。

 最悪、血で血を洗うような争いになるかもしれないのに、あなたがそんな事だから……」


 「いや、二人に限ってそんな事は……」


 「だから、私はそれが甘い認識だと言いたいの。

 いいですか、シラフ・ラーニル?

 あなたは聖誕祭の日、一人を選ばなければならない。

 彼女達は、お互いにあなたを想ってる事を理解した上であなたに選択肢を与えたんです。

 その二人の覚悟に対して、あなたが誠意を持って応えないとは、それこそ二人の想いと覚悟を踏みにじる行為そのものでしょう?」


 「っ、それくらいはわかっていますよ。

 だから、俺は……」


 「いいえ、あなたは何も分かってません。

 あなたは、ルーシャ王女やクレシアさんという個人に対してあなた自身は何も考えていないんです。

 だからでしょう?

 あなたが二人の今後の関係を維持したいと考えているのは?」


 シグレの言葉に俺は言葉を失う。

 反論の意を述べようものなら、すぐに首が吹き飛び兼ねない程の威圧感。

 俺自身の心に深く、彼女の言葉が刺さり続ける

 

 「あなたが誰か一人を選べないのは、選べない一人の想いを裏切る覚悟がないんです。

 だから、あなたは選びたくないんですよ。

 あなた自身が騎士である事に関係なく、あなた自身が何の覚悟も無く二人想いが共存する道を模索している。

 でも無理なんです、シラフ。

 あなたが手を取る事が出来るのは、どちらかただ一人のみなんです」


 分かっている。

 そんなことは、俺も重々承知だ……。


 俺の思考に過ぎるそんな思いに、構わず目の前の彼女は更に言葉を続けていた


 「あなたは、一人しか選べない。

 片方の想いは必ず裏切ってしまう。

 でも、だからこそあなたはどちらかを選ばないといけないんです。

 ふたりはソレを覚悟している、その中であなたがいつまでも答えを出せないとは……。

 騎士にあるまじき誠意の無さ、そう言われても仕方ありませんよ。

 いいえ違いましたね。

 あなたの場合は騎士という立場に甘えているだけの子供ですよ……」


 俺は彼女の言葉に俺は何も返せる言葉が無かった。

 俺自身も、僅かながらに自覚はしていたからだ。

  

 騎士という立場に囚われ、そして同時に甘えていた。

 

 俺は騎士だから、だからこそ2人の関係を思ってと、己の立場や身分に甘えて決める事を恐れていたに過ぎないのだ。


 「分かってるはずだと、思ってたんだがな……」


 ため息混じりの俺の言葉に、シグレは冷たい言葉を俺に浴びせる。


 「あなた何も分かってませんよ」


 「シグレがそう言うなら、そうなんだろうよ。

 でも、俺の中では答えは出ています。

 あとは踏み込む覚悟と勇気があればの話ですがね……」


 「そう簡単に答えを出して良いものなのですか?」


 「一応、既に出ていた答えですから……。

 だから明日、俺自身から直接答えを伝えますよ」


 「それはあなた自身の誠の本心なんですよね?」


 「はい……。

 シグレのお陰で、多少の覚悟は出来ましたよ。

 あとは俺自身が解決するべき問題です。

 明日、全てが終わったら今度は俺があなたを助けます。

 今日の事も、これまで俺に剣を教えてくれた事。

 この恩は必ず返します」


 「………、そう。

 ようやくいつものあなたに戻ったわね。

 あなたの選ぶ行く末を、期待してるわ」


 そう彼女が微笑みながら答えると、俺の背中を軽く叩く。

 学院へと向かう雪道で、俺達2人は足を急いだ。


 

 朝の彼との会話の余韻に浸りながらも、私は目の前のクレシアさんと共に昼食を取っていた。

 明日を控えてなのか、彼女はいつになく張り詰めた様子で食事のほとんどに手を付けていない様子である。


 「朝に言っていたわ。

 彼、もう答えは決めているそうよ。

 誰なのかは私に教えてはくれなかったけど……」


 いや、私は敢えて彼に聞かなかった。 

 彼女の味方をしたいのも本心であり、仮に彼女の方を選ばなかったとしたら……。

 私は恐らく、彼女の目の前で平常心を保って居られないだろう。


 己の立場としては、ルーシャ王女に対しての共感の方が遥かに強い。

 私自身、あの人から振り向いて貰えなかったと知れば到底平常心を保っていられるとは思えないからだ。


 思考が僅かに巡る最中、目の前の彼女は僅かに頷き口を開いた。 

 

 「やっぱり、彼の中では、既に答えは出ていたんですね」


 「やっぱりとは?」


 「なんとなく分かっていたんです。

 彼の中では既に答えが出ているって。

 でも、私とルーシャの関係を踏まえて彼はどちらかを選ぶ事を躊躇っていたんだろうって……。

 舞踏会の日、私なんとなく分かっていたんです。

 私からの告白を受ける前に、彼はルーシャの想いを既に察していたんだって……。

 だから私、あの場からすぐに逃げたんです。

 自分の想いだけを伝えて、それで全部終わりにしようって……。

 彼に相応しいのは、ルーシャであって……

 私じゃないって、思ってたんです……」


 「クレシアさん……」


 私は少なからず彼女に驚いていた。

 朝に告げていた、彼自身の言葉と似た事を彼女は告げていたのだから。

 そして、彼女自身はやはり自分は劣っていると思っている。

 確かに、彼女はルーシャ王女と比べたら関わった時間は遥かに短い。

 それでも、この学院で最も彼に近かったのは彼女で間違いないのだ。


 彼女の存在あって、彼自身も成長出来たと言っていた程に……。

 彼自身、クレシアさんをとても大切な存在として認識していたのは確かだろうと私は思っている。


 答えは出ている。


 彼はそう言っていた。

 そして、クレシアさんはソレに気づいていた。

 恐らくルーシャ王女もソレを知ってる。


 だから、明日はその答え合わせなのだ。


 既に出ている答えを、言葉に、形にするだけ……。


 明日、全てが終わる……。


 長くに渡った、2人の恋路の行く末が……。


 「私はあなたを最後まで応援していますよ。

 だからクレシアさん、あなたは自信を持って彼の前に立って下さい。

 例えどんな結果になろうとも、あなたは誰よりも強く優しく、美しい心を持っているんですから。

 私はあなたが選ばれる最後まで信じていますから」


 「はい。

 私、もう少しの間ですけど頑張ってみますね。

 彼に振り向いて貰えるように、シグレさんの期待に応えられるように……」

 

 この時のクレシアさんは、いつになく自信と覚悟を決めた様子だった。

 今まで見た彼女の姿の中でも、一番輝いていた。


 いや、実際のところクレシアさんは出会った当初から私よりも既に心は強かったのである。


 故に私は、そんな彼女の想いが報われることを後押ししたいと思ったのだから……

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