誓剣時計へ、己が誓いを
帝歴403年12月23日
ルーシャの部屋での俺の誕生日会を終えたその帰りにて、彼女の部屋の玄関先で俺を待ち構えていた人物が居た。
雪景色の中でも目立つ綺麗な銀髪。
いつ見ても異様な程にととのったその顔を見せる、俺の義理の姉であるシファがそこにいた。
「その様子だと今日は色々と楽しめたみたいだね、シラフ?」
「勿論、今日はとても楽しめたと思うよ。
わざわざ迎えに来てくれたのか、姉さん?」
「まあ、そんなところかな。
あなたの誕生日くらい、私も祝ってあげたいし。
それに、あなたに仕事の依頼が来ているからその話をちょっとね。
やっぱり外は寒いしさ、出来ればシラフの家の方にお邪魔したいんだけど、いいよね?」
「それくらいなら構いませんよ」
俺達二人の会話を後ろから覗き込むように、ルーシャは伺っている。
彼女の姿を見て、姉さんは彼女を見ると笑顔で手を振る。
「ルーシャ、シラフ借りていくよ」
「シファ様……。
わかりました、シラフも今日は忙しいところありがとうね。
えっと、明日からも学院でよろしく」
「俺こそ、今日は祝ってくれてありがとう、ルーシャ」
「うん……」
「それじゃあ行こうか、姉さん」
ルーシャに別れの挨拶も済ませ、俺は姉さんと共に自分の帰路を歩いていく。
歩く途中、姉さんは俺に一つ尋ねてくる。
「あの日からそれなりに経ったけど、もう落ち着けた?」
「それなりには……」
「そう、なら良かった。
あの子の遺体に関してなんだけど、あなたの意向を尊重してサリア王国にて埋葬する事になったの。
あなたの本当のご両親と同じサリアの地なら、彼女も安らかに眠りに付けると思う」
「それは良かったです。
これでリンはもう一人じゃなくなるはずです」
「うん。
きっと、そうだと思う」
「俺からも一つ、いいですか?
あの任務後の俺の責任問題についてです。
今回の件に関して、他の十剣の方々に対して多大な迷惑を掛けましたからね。
本来なら、亡くなってしまえば周りから認識が無くなる存在であるリンが今回はその存在が消えずに残っている。
家族として、俺の手で救いたいと俺のわがままを通し続け任務の協力者であるシン・レクサスを死亡させてしまった。
救いたいと願ったリンさえも、謎の第三勢力によってみすみす目の前で殺された。
後ろに控えていた連合軍との連携をしっかり取っていれば防げたかもしれない事態だったかもしれない。
故に様々な責任がこの俺自身にはある」
「そこ、やっぱり気になるんだ。
そりゃそうだと思うけど、今回の件に関しては私達の方にも色々と責任があったからさ
まあ、シラフの部屋に着く前に言っておくとね……。
第三勢力の存在、ラグナロクの侵入あるいは潜入を許してしまった私達連合軍の責任があったのも事実なの。
舞踏会の日に起こった襲撃事件に関しても、私がもっと早くに最悪の事態も防げたかもしれない。
契約者が堕ちた事、更にはアルクノヴァ側で起こっていたあなたの暗殺依頼の依頼主に関してもね。
首謀者でもあるアルクノヴァはラグナロクの介入も予見して、証拠の隠滅を図る為に自殺した。
私達以上に、ラグナロクの存在には既に一回り先を読んだ上で動いていた。
あなたの責任問題どうこうかよりは、あの事件でうやむやになったような点が多いようなモノ。
責任に関しては、これから向こうで言う依頼の話に含まれているけど。
あなたが直接何かしらの咎を受ける事は無いと思う。
むしろあなたを十剣の戦力として失う事の損失の方が大きいくらいだから。
そこを十剣及び私を含んでの総意として、あなたの処遇に関しては無罪放免という異例の判断を下した。
シラフとしては、本来なら謹慎5年以上の処分くらいにはなると思ってたでしょう?」
「在学中の神器の使用くらいは制限を受けるとは思っていましたね」
「そっか。
まあこれ以上ない寛大な処置だと思うよ。
シラフもコレに懲りて無理はしないようにしてよ。
今回は下手をしたらラグナロクに身柄を回収されてもおかしくなかったんだからさ。
あなたが向こうに取れたら、何をされるか私の方も気が気でなくなるし」
「さっきから言ってる、ラグナロクという組織。
彼等は一体何者なんです?」
俺がソレを尋ねると、姉さんは少し間を開けて話し始めた。
「神々の運命、神々の黄昏。
ずっと昔はこれ等のを指す神話上の言葉の一つだった。
でも私達は今のこの世界において、神を名乗る存在に従じる存在。
通称、神の使徒と呼ばれる者達を私達はラグナロクとして呼んでいるの。
私達がそう名付けた事によって、彼等もまた自分達をラグナロクという組織と名乗っているけどね。
昔はまた別の名前だったんだけど」
「別の名前?」
「そう、シラフもこれは聞いた事があるはずだよ。
ヴァルキュリア、それが元々の名前」
「ヴァルキュリアって……。
それはサリア王国の騎士団の名前だろう、って事はつまり……」
「結構昔の話なんだけど、私も彼らの一員だったんだ。
ヴァルキュリアは元々、私がそこで彼らを率いていた時に使っていた名前なの。
当時の私は彼等のあり方こそ常に正しいのだと、信じて疑わなかったわ」
「でも、姉さんは今は奴等と敵対している」
「確かにそうだね」
「なぜです?」
「……、色々とあったとしか言えないかな。
それから私は、組織を抜けた後に彼らに抗う為動き出した。
私の意思に賛同してくれた者も組織内には僅かながら存在し彼らの中でも特に優れた10人を十剣として組織した。
あなたの持つ炎刻の腕輪の契約者も、その10人の1人だった。
彼女の名前は、クリュティーエ・レギンレイヴ
彼等の中でも特に剣に秀で、今のあなたとよく似る、自慢の弟子の1人だった……」
「クリュティーエ、それってまさか……」
「あなたの使った技、アインズ・クリュティーエを生み出したのは先代の契約者である彼女だからね。
彼女の代から始まり、歴代のその腕輪の契約者は神器を通じて彼女の技を継承している。
細かい理由は分からないけど、サリア王国に伝わる炎の英雄達は彼女の技を扱えている。
実際、あなたもその一人という事みたいだけど」
「歴代の契約者が、あの技を……」
「そういう事。
私達、十剣はいずれ遠かれ遅かれラグナロクとは交える定めでもある。
元は私達の裏切りに始まった物。
でも私はこの裏切りを間違いとは思わない。
あなたが彼等の真の目的を知った時、どう思うかは分からないけど」
「どういう意味です?
リンを殺した奴等に正義があったとでも?」
「彼等の在り方もまた別の正義だからだよ。
私だって、本当はあの妖精は殺すべきだと思ってた。
死が近いとはいえ、堕ちた契約者は神器の汚点そのものだもの。
堕ちた契約者の神器は、もう二度と元の力を扱えなくさせてしまう可能性があるの。
本来の神器の力を司る根本部分を契約者の意思で染めてしまうと、それはもう神器としての本来の効力を失ってしまう要因になり得るから。
私としては彼等に抗う戦力として、敵にとっては本来はこちらが管理すべきものであり、そして世界の脅威となり得る存在として彼女を殺した。
あなたに協力した天人族のリノエラだって、あの神器は元々天人族が管理していた代物だった。
だから、あなたに対しての一時の協力に彼女は応じたのよ?
それぞれ思惑は理由は違えど、どちらにしろ彼女は殺すべきだと決めていたはず。
彼女本体とまともに戦えるのは私を除いて敵である彼等か、シラフくらいしか居なかったからね。
だから連合国側はあなたの無理な要求や意思に対して協力の姿勢を示したに過ぎないのだから」
「………」
「これが現実なのよシラフ。
この世界はね、とても歪なのよ。
絶対に正しいなんて思っていたものが、ある日突然間違いだと知ってしまう。
神器の力はとても強大で、大切なモノを守りたいというあなたの想いを現実にしてくれる代物でもある。
でもね、その力はいとも容易く大切なモノすら壊してしまうのよ。
それはあなた自身も同じように壊してしまう、その身体も、心もね……」
「俺には何が正しいのか分かりません」
「決めつけてしまうよりは、マシだと私は思うよ」
隣を歩く姉さんの横顔は、何処か過去を見ているかのようにそう思えた。
久し振りに、家族で歩く帰路。
冷たい空気が貼り詰める中、それ以降の会話は何も無かった。
●
俺の部屋に到着するなり、火を付けたばかり暖炉の火に向け姉さんは手を伸ばしていた。
こうしている姿を見てると、先程までの雰囲気が嘘のようにも見えてきた。
「温かい物、何か持ってくるよ」
「じゃあ、珈琲とかあればそれでお願い。
砂糖とミルク多めで……」
「了解、少し待ってて」
姉さんからの注文通り、砂糖とミルク多めの珈琲を淹れついでに自分のも用意し彼女の元へと持っていく。
「はい、姉さん。
砂糖とミルク多めの奴だよ」
「ありがとう、シラフ」
両手で受け取り、ゆっくりと渡されたそれを飲む彼女。
俺も自分用に用意したソレに口を付け、俺は用件について尋ねた。
「それで、俺に対して何か依頼があるんだろう?」
「そうだね、結構大きな仕事だから受けるか受けないかはシラフ本人次第だけどさ」
「大きな仕事?」
「明後日の聖誕祭当日、聖歌隊に混じってとある特別ゲストが一緒に歌を披露する予定になっているの。
まだ公にその人が誰なのかは伝えていないんだけど、今回十剣はその人の護衛も兼ねてここに来ているからね。
先日の任務の隠れ蓑として、学院の視察とその人物の護衛が今回の仕事だったの」
「で、一体誰が歌うんです?」
「予言の歌姫だよ」
「予言の歌姫って、確か帝国の崩壊を歌って現実のモノとしてしまったっていうあの歌姫?」
「当時の彼女本人ではないよ。
その後継者である、あなたと同年代の女性。
彼女の名前は、ミルシア・カルフ。
あなたのお父様のご兄弟の子供。
つまり、あなたの従兄妹に当たる存在だね」
「っ……!!」
「今回の依頼はあなたに彼女の護衛をしてもらいたいの。
来月末にとあるお方の結婚式がサリア王国の大聖堂で執り行う予定でね。
結婚式当日まで、あなたに彼女の護衛をしてもらいたいの、それが依頼の概要って感じかな」
「結婚式ですか、一体誰の?」
「サリア王国の第一王女、レティアちゃんの結婚式だよ」
「レティア様が結婚?!
お相手は一体誰なんです?」
「やっぱりシラフも驚くよね、私も最初聞いた時同じく驚いたからさ」
「いや、そりゃあ驚きますよ。
それで相手は一体誰なんですか?」
「ヤマト王国の第5王子、ルークス・ヤマト。
学院では、八席の一人を務めていたと思うけど」
「つまり、レティア様はヤマト王国との政略結婚を?」
「ううん、それは違うよ。
ただちょっと二人の勢いが強いだけで、普通の恋愛結婚だって私は聞いてるんだ。
学院内で前々から彼とは親交があって、今回の交換留学を期にレティアちゃんの方から交際を申し込んだらしくてね。
そのまま一気に結婚までって感じ、まぁ学生とはいえお互い結婚出来る年齢だし両国王側としてはすぐに許可したらしいし」
「はぁ、正直依頼よりも二人の結婚の方が驚きましたよ」
「だと思った。
まぁ結婚を期にレティアちゃんのあのわんぱくぶりが落ち着いてくれれば良いんだけどね。
それで、依頼は受けて貰えそう?」
「依頼に関して、どうして俺なんかを?
本来ならそんな大役は俺なんかよりも、クラウスさんやアストさんに任せた方が良いはずでは?」
「歌姫である、ミルシア本人から可能であればあなたに護衛をして欲しいという要望があったの。
聖誕祭の翌日に一応、彼女と面会の時間も設けてあるけど、どうする?」
「彼女は俺が従兄妹の一人である事を知って?」
「十剣の一人としてのシラフを知っているだけよ。
あなたが生きている事に関しては、ごく一部の者しかその詳細を知られていないから。
カルフ家の屋敷で、生き残ったのは屋敷の従者の子供であるシラフのみ。
そういう風にサリア王国には伝わっている。
あなたがカルフ家の人間だとは、ほとんどの者がそれを知らないはずだからね。
でも、彼女を知る者からするとあの子が他人に興味を示すのはとても珍しいそうだね。
何処かで一度会った事があるんじゃないの?」
「これまでの事を考えれば多分何処かで会った事があるんだと思います。
でも、何処で会ったのか……」
「思った通り、シラフの方は知らないのか。
まぁ、あなたらしいとは思うけどね。
クレシアちゃんや、この前の妖精の件もあるし。
記憶を抑えた弊害としたらしょうがないんだけど、やっぱり幾らか戻っていない部分も未だにある感じなんだよね?」
「幼い頃の記憶だからか、戻った記憶も割と曖昧だったりしますからね。
でも、あと少しで大事な何かが思い出せそうで」
「大事な何かって?」
「家族を殺した存在を子供の頃の俺は見ているはずなんです。
ただ、その肝心な記憶が残っていない……、
一体それが誰なのか、俺には分からないんです」
「例の黒幕さんか、以前私と交えた時に言っていた存在。
彼女からそれを聞けなかったの?」
「リンに勝たなければ、教えて貰えそうになかった。
それから俺は最後の最後で油断し、彼女に負けた。
結局、裏切り者が何者なのかは分からないまま……」
「なるほどね……」
「前よりも、あの日よりも確実に強くなれたはずなのに、その上が存在している。
護りたいと口にしたところで、護れるだけの実力が無い。
騎士として、俺は情けないですよ……。
結果がこれじゃあ、俺はあの日から何も変われていないんですから」
俺の言葉に、対して姉さんは何も言葉を返さない。
何もない空白の時間がただ過ぎていく。
すると両者の沈黙を破るように、姉さんから会話を切り出してきた。
「私もね、ずっと昔に今のシラフと同じことを思ってたんだ。
幾ら強くなっても、目の前で死体が増えていく様子。
敵も、味方も構わずに人が沢山死んでいく……。
だから一日でも早く戦いを終わらせる為に、沢山沢山戦って、敵を殺し尽くして、味方も沢山死んでいったの」
「………」
「大きな争いを止める為に、大きな争いを沢山したの。
私は仲間達の中でも強かったら、沢山の死を開幕見てきたの。
だから私は終わりのない戦いの中でも、私は仲間達と共に戦い続けたの。
どうすれば誰も死なないのか、敵も味方も誰も失わずに、誰も傷付かない平和な世界を目指す為に……。
だから私は沢山の敵を、人を、仲間を、殺したの。
でもね、一番多くの命を奪ってきた私にはそんな事を言える資格なんて無かったんだ。
戦争が終わった後も、私はかつての仲間だった者から心無い言葉を沢山受けた。
平和の為に戦って、多くの命を奪った存在として忌み嫌われて。
みんなの為に沢山戦いの果てに得たのは、あまりに血に染まり過ぎた私自身の姿だった……」
「姉さん……」
「シラフのその力は、一体何の為のモノ?
私はね、今も変わらず平和な世界の為……。
何百年も、何千年もずっと戦ってるの。
シラフやサリアのみんな、世界の為に戦っている。
でもね、これから戦おうとしている敵も同じ。
世界の平和の為に、彼等もまたその力を振るっている。
だからさ、シラフはその力で何を成したいのかなって」
「俺には、姉さんみたいに世界の平和だとかはよく分かりません。
でも……俺は、自分を認めてくれた人達。
今の居場所を与えてくれた人達。
自分が大切に思う全てを可能な限り守り通したい。
あの日の炎のように、俺はもう二度と大切な人達を失いたくないから」
「シラフは優しいね。
私なんかと違ってさ、とても優しい人だと思うよ……」
「そんな、俺なんかはまだ……」
「シラフならきっと出来る。
私の自慢の家族だから」
「そう成れるように、より一層頑張ります」
●
一通りの話を終え、姉さんは帰る支度していた。
既に日は落ち、等間隔の街頭が僅かな明かりが道を照らしている。
「じゃあ私、そろそろ行くね。
最近は寒いから、身体には気を付けてよ。
依頼に関しても、私としては前向きに検討してほしいと思ってる。
一応、今のあなたに一番近い親戚みたいだからさ」
「わかりました。
前向きに検討します」
「あと、そうだ。
コレ渡すの忘れてたよ、危ない危ない……」
そう言って、姉さんは自分の鞄から手のひら程の綺麗な装飾が施された箱を俺に手渡した。
「これは?」
「少し遅れたけど、私からの誕生日の贈り物だよ。
本当はもっと早くに渡すべきだったんだけどね。
開けて中身を見れば何かわかるよ」
姉さんにそう言われ、箱の中身を確認する。
その中には、剣の刻印が刻まれた少々大振りな銀製の首飾り……。
いや、これは……。
「これってもしかして……」
「歴代の十剣の家系にのみ贈られる懐中時計。
正式名は、誓剣時計。
あなたが十剣の一員として活躍してくれる事を願ってようやく用意出来たんだ。
新しい物を用意したのは50年振りくらいだからさ、製法の再現に色々と手間取って遅れてしまってね。
カルフとラーニルの両方の名を持つあなただから、あなただけの特別なモノとして今回用意したの。
喜んでくれたかな?」
「勿論です。
ありがとうございます、姉さん」
「喜んでくれて私も嬉しいよ、シラフ」
光沢を放つソレを手に取り、俺は新たに家族としての証を得る事ができた。
今は亡き家族、でも今の俺には多くの大切な人達が居るのだ。
今の俺の大切な人達を、仕えるべき主を……
そして目の前に居る家族の一人である姉さんを……
必ず守り抜くと、この時計に俺は誓った。