同じ器の担い手は
帝歴403年12月23日
午前の授業を終えた昼休み、私はとある人物を呼び出し一緒に昼食を取っていた。
「シルちゃんから誘うなんて珍しいね。
今日はあの子の誕生日を祝う為に、ルーシャと打ち合わせをしているのかと思ったんだけど?」
「今日の事は姉様に任せているんです。
特別何かしらを、私から必要はない。
姉様自身、これは自分で解決するべきだと以前仰っていましたので」
「そっか……、シルちゃん最近少し変わった?
さっきから、ラウみたいな反応しているからさぁ」
「そうでしょうか?」
「うん、何か心境の変化でもあったの?」
「シファ様がそれを言いますか……。
未来の私を名乗る存在が居る時点で、私は常に彼女が危険な存在だとして気が気でないんです。
そもそもあの人、未来の私じゃないでしょう?」
「気付いてたんだ、シルちゃんは」
「当然です。
外見こそ違えどアレから観測された魔力の波長は私とは異なる物でしょう。
姉様達にはその事実を控えて、とりあえずは未来の私だと認識させてはいますが……」
「なるほどね。
まぁ私も最初に出会った頃に既に気付いてたんだけどさ。
でも、最近ちょっと色々と事情が変わってきてその本人かすら怪しい状態なんだよね。
まぁ、その真相は本人から聞けば早いんだけど。
でもここ最近は私も色々と立て込んでて直接聞き出せる機会がないし、それに他の人に頼ろうにも信用に足るのか不安が高いんだよね。
やっぱり私が直接この目で確かめておかないといけないとは思うんだけどさ……」
「シファ様は、あの者を野放しにするおつもりで?」
「現状はそうしたいかな。
やっぱり、あの子が知る知識にも興味があるし今後の動きに関して参考出来る事もあるかもしれない。
私が求める情報も恐らくは知り得てそうだとは思えるんだけど、ずっと放置し続けるのも問題がある。
異時間同位体となった彼女は、この世界にとって異物そのもの何をしでかすか分からない危険因子だとは私も重々に承知しているから遅かれ遠かれ彼女は必ず殺す必要がある。
その時は恐らく、またシラフを敵に回してしまうかもしれないんだけど」
「………」
「シルちゃんはどうしてそこまで、彼女の存在に拘るの?」
「私はあの人を信用出来ません。
サリア王国にとっても、姉様にとっても、シラフさんにとって彼女は近付けてはいけない。
そんな気がするんです。
深く関われば必ず何か悪い事が起こってしまう、そんな気が今もしているんです……」
「……何か、それを後押しさせるモノがあるの?」
「私が最初に彼女と刃を交えた時。
姉様とクレシアさんと私が一緒に居た時、彼女が攫われてしまったあの日。
彼女と戦った瞬間、お互いの神器が共鳴のような現象を起こし、私に様々な光景を見せました」
「一体、何を見たの?」
「燃え盛る王都サリアの光景。
戦場と化した街で戦い続ける私達。
そして、最も印象的だった記憶……。
そんな光景の中であの人は………」
私は、あの人が出会った当初から許せない。
私があの時見た光景、その中で起こした彼女の行動。
たとえどんな理由があろうと、私は絶対にあの人を野放しにはしない。
「あの人は、シラフさんを姉様の目の前で殺しています」
この事実が確かである以上。
アレが私であろうと、そうでなかろうと関係ない。
姉様にとってかけがえのない存在を、殺めた彼女は絶対に許す訳にはいかない。
脳裏にフラッシュバックする、あの時の光景。
姉様を悲しませない為に。
シラフさんを失わせない為に、私は……
「シファ様。
もし奴を危険だと判断した場合、私の独断で彼女を始末させて下さい。
その後の責任も私が全て負います」
「……ソレ、どこまで本気なの?」
「この話が冗談に見えますか?」
私がそう目の前の彼女に問い掛けると、これまでの優しい表情が一変した。
最近になって薄々と分かってはいたが、こうしてこの目で見ると確かに恐怖を覚える。
魔力による圧力はないにしろ、それなりに親しい間柄に対して向ける視線ではない。
こちらを見ているようで、見ていない。
表面ではなく、内側に秘めたモノを見透かすような視線。
生きた心地がしないような、そんな感覚に陥った。
「なるほどね。
シルちゃんそれなりには強くなったみたい。
ラウに師匠をさせてもらったのは正解みたいかな。
一応確認するけど、神器の扱いに関してはどれくらい上手く扱えるのかな?
深層解放ももしかして既に習得済みだったりするの?」
「既に習得は終えています。
ただ、まだ少し不安定で……私の魔力量がシラフさんのように元々あまり多くない事が影響しているんだと思います」
「そっか、でも既にシルちゃんも解放者の一人。
やっぱり、これも運命なのかなぁ……」
「私の目的に対しての許可は?」
「好きにすればいいと思うよ。
わざわざ私に許可を取る必要は無いし、責任はシルちゃん自身がちゃんと取ってくれるのなら何も問題はない。
ただ、ちゃんと覚悟はしておいてよ?
私はともかくとして、彼女を殺そうとした事であなたの師匠であるラウ、そしてシラフやあなたの大切なサリア王家そのものを敵に回し兼ねない事。
その事は十分にわかっているんだよね?」
「問題ありません。
覚悟は出来ています」
「それじゃあ、今回の要件はこれで終わりかな?
そろそろお昼休みも終わっちゃうからさ」
「……、最後に一つだけいいですか?」
「何が聞きたいの?」
「今の私と、例の彼女。
仮に今すぐ戦った場合、私に勝算はどの程度ありますか?」
「ええと、今のシルちゃんでは勝てないと思うよ。
あなたの師匠であるラウでも少し厳しいくらいだし、シラフと戦った場合はいい線まで戦えるかもだけど」
「今の私では勝てないんですね」
「次回の闘武祭でいい結果を残せるくらいじゃないと無理だと思うよ。
それにあの子場合は、色々と禁じ手に触れてるからまともなやり方じゃ相手にならないだろうし」
「………」
「まぁ戦うのは私としては勝手にすればいいと思う。
でも、結果として私の邪魔をしようものならその時は私も容赦はしないから。
その点はしっかり念頭に置いてよね、シルちゃん」
そう告げた彼女は、私の力の底を見据えた上で優しく私の頭を彼女は撫でるとその場を後にする。
所詮は彼女の手のひらの上で私は踊らされている。
その実感が拭えないまま、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。
●
放課後になっても私は昼休みの事が未だに頭から離れずにいた。
所詮、私はあの人の足元に及ばない。
わかってはいたが、私のシファ様の間には大きな実力差が存在している。
シラフさんや、サリア王国において騎士団の師範を務めるだけの実力。
噂によれば十剣の誰も彼女には敵わない程。
先日、シラフさんがシファ様と直接戦って勝ったそうだがその時も彼女は自分の持つ力の全てを使った訳では無いそうだ。
目的の存在を殺したい場合、シファ様を敵に回す可能性はゼロではない。
シファ様自身が、彼女の味方をしているのだ、。
更に、最悪シラフさん本人やラウさんをも私は戦う可能性も想定しなければいけない。
目標を果たす為の障害はあまりにも多過ぎる……。
考え事しながら気付けば校門の前を歩いていると、いつものようにラウさんの姿がそこにあった。
私の護衛の為に既に雪が降り積もる中で既に傘を差して待機している様子。
冷え込みも強い中、彼を長らく待たせてしまった事が申し訳なく感じる。
「ラウさん、すみません。
その、すごく寒かったですよね?」
「別に構わない。
待つのはこちらが勝手にしている事だ。
それに、シルビア自身の交友関係の都合上多少の時間に差異が出るのはしょうがないはずだろう?」
「いつもすみません。
では行きましょうか、ラウさん」
彼が私の隣を歩き、帰り道をエスコートする。
既に馴れた光景だが、シラフさんの時と違ってラウさんからは妙な圧迫感を感じる。
最近は少し慣れて、雑談程度を交わしたり、私の鍛錬に付き添って貰ったりとそれなりには親しくなった気がする。
しかし、ここ最近のラウさんは何処か寂しげな様子に見える。
シンさんが遠くに離れた影響なのだろうか?
多分そうなのかもしれないと思う。
「シファから少し聞いた。
やはり奴を殺すつもりなんだな」
唐突にラウさんはそう私に向けて呟いた。
私が、例の彼女を殺すつもりでいる事はラウさんは既に承知の上。
だから既に、シファ様には知り得ているかに思えたが彼はその事を伏せてくれていたようである。
「はい。
やっぱり私としては、彼女を野放しには出来ません」
「殺してどうする?
お前の守ろうとしている、自身の姉と、あのシラフとは何ら関係はないはずだろう?
むしろ、彼等に不安を煽るきっかけになり得るはずだ」
「それでも私は、やらないといけないんです」
「今のシルビアでは勝てない」
「シファ様にも言われました」
「それでも諦めないのか?」
「今は無理だとしてもいずれ必ず。
そう遠くない内に、彼女とは決着を付けるつもりです」
「そうか、そこまで言うなら止めはしない」
「ラウさんは、彼女の正体がわかっているんですか?」
「私はシファと同じ見解をしている。
ただ少し今の状況とかなり異なる存在だがな……」
「……」
「一つ言えるとするならば、シルビアのやろうとしている事を成すのであればシファの敵対している組織に在する方が都合が良いだろう。
だが、ソレは我々を敵に回す行為と同義だ。
私個人としても、君がそういう判断に至る事は控えたい。
シルビア自身の実力もあるが、君の今後の友好関係にも大きく関わるはずだ。
サリア王家という己の身分を忘れた訳でもないだろう?」
「わかっています……。
でも、あの人は……」
「仮に奴がシラフを殺したとして、その理由に何があるとシルビアは推測している?
君が見た光景から、一体何が起こった?」
「断片的な光景、その中であの人はシラフさんを殺している。
武器は細身の剣、私の扱う武器とは形状が少し異なっていました。
ラウさんに教えて貰ったモノの形とは異なって、私の扱うモノより僅かに長くて、そして色味も僅かに薄い代物。
そして、殺されたシラフさんの方は何処か様子がおかしかった。
なんというか、上手く言えないんですけど生気を感じないというか元から生きているようには思えない。
でも、シラフさんとあの人は何かを巡って争っていた」
「聞く限り、例の彼女には何らかの理由はあるのは確かだろうな……。
私やあの弟等がそれを仮に聞いたとして、彼女が正直に答えてくれるとは思えない。
まして、我々の敵である可能性があるのであれば尚更な」
「ラウさんも、あの人を疑っているんですか?」
「出会った当初から、警戒はしているつもりだ。
気になる点が幾つか存在している。
学院に編入する際の襲撃を彼女は予見していた事、未来から来ているのであればそれを知り得てもおかしくないが、彼女に対する大きな疑問が残った。
私とシンからの信用を得る為に教えるのであれば、私からではなくシファやあの弟から接触をはかれば良かったはずだ。
本当に君の未来の存在であるなら、私達よりも彼等の方の動きをより知っているはずだ。
君も例の襲撃事件に関しては知っているはずだが、ソレはあの弟かシファ側の視点からの出来事だろう?」
「確かに、そうですね。
海賊からの襲撃事件があった事を私はシラフさんを通じそして姉様からその事をお聞きしました。
確かに、シラフさん達ではなくラウさんの動きを既に把握していた点は確かに不思議ではありますね」
「そこも不可解な点だが……。
他に気になる点があるとすれば、やはり例の懐中時計に関してだ」
「懐中時計?」
「ああ、例の彼女が常に肌身離さず持っている代物。
剣の刻印が記され、本来ソレは十剣が在席したことがある家系に対して贈られるモノ。
持っていたソレを個人的に調べた際に、それが分かったが彼女にソレに対して尋ねた際の返答は、
彼もコレと同じ物を持っていると、そう言っていた。
十剣では無く、彼女はあの弟個人を指したその意味。
彼女の持つ物が、十剣等の持つあの懐中時計と本当に同じモノなのかと疑問に思うんだが、シルビアから何かその意味がわかるか?」
「ええと、そうですね……。
シラフさんがずっと大事に持っている物として壊れた例の懐中時計がある事は姉様を通じて私も知っているんです。
2ヶ月くらい前に、壊れたソレの中から昔の写真が出てきてその中には幼いシラフさんと、羽の生えた少女が写っていた。
多分なんですけど、その少女が同じ懐中時計を持っているのではなかったのでしょうか?
その人が今どうしているのか、私には何も分からなくて気になるところですけど……」
「なるほど、それが例の妖精族という訳か……」
「ラウさんは彼女が何者なのかを既に知って?」
「彼女は向こうでリーンと呼ばれていた存在。
10年前のあの弟の家族を犠牲にした火災と関係がある者として、警戒していた存在。
先日の任務においても、あの弟が必死になって救おうとしていたのが例の彼女でもある。
が、しかし……彼女は死んだ。
得体の知れない二人組の契約者に襲われ、既に死亡。
遺体は現在、連合軍側で回収され今尚、この学院で調べられているはずだ」
「二人組の契約者?」
「遺体からの傷口から、シファの推測で二人組と判断したらしい。
通称ゼウスとアテナと呼ばれる神器で、それぞれ攻守において優れた代物だそうだ」
「ゼウスとアテナ……」
「どうやら敵は我々の中にも既に紛れている可能性が高いようだ。
サリア国内及び十剣内部に、敵やその黒幕と通じている存在がいるのも確かになった……。
私やシファはソレを現在追っている状態。
証拠探しに最近は忙しいところだが……」
「お互い色々忙しいようですね」
「そうだな。
君が何を成そうとしているのかは、自分の判断に任せる。
私の方からも一応、例の彼女に対して探りを入れておおこう。
奴の正体はともかくとして、我々の目的の邪魔をしようとしている可能性も無くはない。
警戒も持ち合わせて接するべきだろうからな」
やはり例の彼女は、ラウさん自身も警戒している。
彼女の正体が何者なのか?
何故、未来の私だと偽っているのか?
何故、未来でシラフさんを殺しているのか?
様々な考察と思惑が巡る中、雪景色は視界の向こうに広がっている。