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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
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想いと意思

帝歴403年12月22日


 その日の授業を終えた放課後。

 俺はアクリに街中あちこち連れ回され、例の喫茶店に訪れていた。


 もはや日常と化しそうとしている程、俺はアクリに随分と関わっている気がする。


 「で、今日は何の話があるんだ?」


 例の如く、アクリは俺に話があるそうだがここ最近は特に用も無く呼び出され、連れ回されている。

 流石にそろそろ言うべき頃合いなのかもしれないと、己に言い聞かせ、彼女を問い詰める。


 「用ならちゃんとありますよ。

 私を信用して下さいよ、シラフ先輩☆」


 「そうなら早く、呼び出した目的を言ってくれ。

 こうも毎日連れ出されると、任務放棄で今後の信用にも関わるんだ。

 俺の今の護衛対象であるシグレはヤマト王国の王女、下手な扱いをすれば国際関係に関わるかもしれないんだ」


 「まぁ流石に大事になるのは私も避けたいですよ。   じゃあ、本題に入りましょうか?」


 そう言って、目の前のケーキに口を付ける彼女。

 本当に話をする気があるのだろうか?


 「用は他でもありません。

 明日はシラフ先輩の誕生日だと、私はルーシャ様からお聞きしたので当日にそのお祝いをしたいんです。

 まぁこの話に関しては、この後ルーシャ様のお迎えに上がる時に直接お誘いを受けて貰う予定なんですけどね」


 「誘いを受ける前提なのか……。

 まぁそういう事なら別に構わないよ、上手く予定は開けておく。

 俺自身、自分の誕生日の事なんてすっかり忘れてたくらいだからな。

 で、どうしてソレを俺に事前に教えたんだよ?」


 「至極簡単な事ですよ。

 この際だからはっきり言います。

 本当は既に気付いていますよね?

 ルーシャ様があなたに対して好意を抱いている事。

 シラフ先輩、本当はわかっているんですよね?」


 「……、根拠はあるのか?」


 「シン・レクサスの記憶、ソレがグリモワールデコイを通じてから以降、今の私にも残っている。

 その上で、彼女の経験からあなたの行動を見た限りで私個人はそうなんだろうって確信しています。

 ただ、あなたの気持ちが誰に向いているのかについては今の私ではわからず仕舞いなんですけどね」


 「……、」


 「そもそも私がそう判断した理由は、主に3点。

 まず一つ目に貴方はシグレ王女から剣の指南を受けている事についての推測から。

 恐らく彼女から剣の指南を受けている理由は、彼女がヤマトの王女としての政略結婚がある程度関係している事が要因の一つです。

 それをあなたはよく理解した上で彼女からの指南を受けていると、私はそう判断しました。

 故に、貴方は王女という存在故の政略結婚について理解を示している。

 身分故に己の想いが不自由になる事、それ等をシラフ先輩が全く分からない訳ではないって事です。

 仮にもシラフ先輩は王女に仕える騎士ですからね、王女という存在故に縛られる定めは本人程には及ばずとも理解は出来ている。

 これが第一の根拠です。

 続いて、貴方の恋愛に関しての認識について。

 シンさんとの記憶を通じて、貴方の姉であるシファ・ラーニルやその他の人達との関わりからの推測です。

 少なくとも、貴方は多少こそ女性に対しての興味や接し方についてはある程度心得ている事。

 これまでルーシャ様との関わりがあった事、シファさんから聞く限りでの貴方のこれまでの交友関係からの推測ですが、最低限女性に対しての意識はあるはずなんです。

 これだけはまず確実、まぁシラフ先輩も一人の男性ですしそれなりの興味は必ずあるとは思っていますし。

 私が色々と接してきても、平静を装っても内心それなりには緊張や戸惑いがありましたから。

 だから貴方自身が恋愛や女性に対しての意識そのものを理解していない訳ではない。

 これが第二の根拠です」


 「サラッと酷い事を言われてるな。

 それで、最後の3つ目は一体何だよ?」


 「これまでの2つはシラフ先輩が女性に対しての興味があるか否かについての事。

 そして最後の一つは、シラフ先輩がルーシャ様の好意を知っている理由、そしてその根拠についてです。

 私の推測なら、恐らく舞踏会のあの日。

 彼女の親友に告白される前に、ルーシャ様と踊っていた時よりも少し前に、貴方は薄々と彼女の好意を察していたはずです。

 まぁその直後に、例の親友さんからの告白をされた事にかなり意表を突かれたようですが。

 ルーシャ様に気を取られて、他の人からの好意というモノがあまりに予想外だった。

 まぁ、他にも戸惑った理由はあったそうですがそこはこれから言及しますし、ひとまずコレが最後の3つ目になります。

 流石の貴方も、ルーシャ様にあそこまでアピールを受けて何も分からないはずがないでしょう?

 それに、分かっていると思いますが私の知る限り家族や友人、そして特に貴方の話をしている時が一番ルーシャ様は楽しそう話している。

 貴方に対しての信頼や親愛の大きさがどれほどの物なのか分からない訳ではないでしょう?」


 アクリの言葉を聞き、俺はこれまで無意識的に避けていたルーシャからの想いについてを初めて実感していた。

 流石に彼女からの想いが全く分からない訳ではなかった、彼女からの想いが主従のそれを大きく超えるような物を感じ始めた事。

 はじめこそ確信は無かったが、次第にそれに確信を得始めていたが、それを俺自身は無意識的に避けていた。

 

 彼女はサリア王国の王女であり、俺の仕えるべき主である事。

 その関係を早々と崩す訳にはいかない。

 ただの主従関係以上に、彼女は俺に騎士としての道を与えてくれた大切な恩人でもあるのだ。


 彼女のその想いに対しては嬉しい反面と同時に、大きな綻びが生まれてしまうものでもある。

 状況によってはこれまでの主従関係が瓦解する程に。

 俺が彼女の騎士で居られる意味が無くなるのだ。


 故に、無意識的に避けていたこれまでをアクリのその言葉によってある程度具体化されてしまった。

 いや、それ以前にシンさんの頃既に気付かれていたのだろう。


 だが、それ以上に……。


 自分自身が本来一番最初に自覚するべき点を彼女が最初に指摘してきた事に、俺は動揺を隠せずにいた。


 「シラフ先輩、結構動揺してますね?

 でも、いずれは向かい合うべき問題なんです。

 ルーシャ様を選ぶにしろ、選ばないにしろシラフ先輩は答える義務があるんです。

 あなたにその気があるのか否かは関係無しに」

  

 「俺の一存で、どうにか出来る問題だと思うのか?

 二人のどちらかを選んだとして、俺は今まで通りルーシャに仕える騎士で居られる自信がない」

  

 「部外者の私が深く言える問題では無いのは確かでしょうね。

 シラフ先輩は仮にもルーシャ様に仕える騎士。

 だからこそ、彼女と結ばれるにしろ結ばれないにしろ貴方が彼女に仕える事は変わらない。

 例えルーシャ様は貴方にフラれても、貴方の前では平然にいつも通りを装って接してくれるはず。

 でもきっと内心とてもお辛いのは確実でしょうね」


 「……。」 

 

 「でもですね、永遠にこのままの関係は無理ですよ。

 シラフ先輩は決断しないといけない。

 誰の手を取るのかを、誰の想いに応えるのかを」


 「その決断を早々に迫らせるとは、手の込んだ趣味の悪い悪戯だな」

  

 「別に悪戯って訳ではありませんよ。

 私はルーシャ様の味方ですからね☆

 彼女の想いが報われる為に出来る限りの手を尽くしますよ。 

 何より私は恋愛というものとは縁がありませんから、ルーシャ様の恋路そのものがとても興味深いものなので☆」


 「どういう意味だよ?」


 「私はホムンクルスです。

 つまり人間でもその他異種族でも無い人工的に作られた兵器のソレなんですよ。

 世間一般の常識とはかけ離れている。

 身体の作りやその性格は女性寄りといっても私は所詮化け物、恐れられて当然の存在なんですよ。

 本当の私を知ればきっとみんな私から離れますしね。

 今の私に興味を示したり、優しくしてくれる人達もみんな私の前から距離を取って居なくなりますから」


 「自分では手に入らないから、ソレをルーシャに重ねて共感しようとしていると?」

  

 「まぁ、端的に言えばそういう事ですかね。

 まだルーシャ様の会議が終わるまで時間がありますし、もう少し歩きましょうか?

 私、色々と興味あるんです。

 ルーシャ様と貴方の信頼がどこから生まれて来るのか。

 時間の許す限り、私に教えてくれません?」


 何処か弱気で俺に話し掛けるアクリの姿。

 そんな彼女の姿に、俺は強い言葉を出せずにいた。


 自分は化け物だから誰も味方は居ない。


 目の前の一人の少女が自らそう言う程の壮絶な過去が今も強く彼女を蝕んでいる。

 

 そんな事は無い、お前の味方は必ず居る。

 

 そう言いたい自分もあったが、ここで手を伸ばす事はある意味彼女の覚悟を無下にするだろうと踏みとどまる自分があった。


 自らの幸福を差し置いてでも、他者の幸福を願っている。

 何故ならそれは、自分では手に入らないものだから。

 根本の形は違えど、それは俺と何処か似ている何かを感じた。


 自分に彼女を説得出来るような筋合いは無いのだ。


 「わかったよ。

 時間のある内に聞きたい事を聞くといい」


 それから俺はアクリに俺とルーシャのこれまでを時間の許す限り話してやった。

 終始小言や文句が絶えなかったが、話を聞いているアクリの方は楽しげな様子だった。


 ルーシャやクレシアの問題が目前に迫っているにも関わらず俺は目の前の彼女を適当にあしらう事が出来なかった。

 

 優柔不断もいいところだろう。


 いや、それ以上にこれはただの現実逃避なのかもしれない。

 

 問題を先延ばしにし、二人の想いから逃げているだけなのだろうと……。


 そんな自分に嫌気が差していた。


 

 「ええと、装飾の予算についてなんだけど北側エリアの街の装飾に掛かってる費用の算出が遅れてるから早急に提出をお願いしますね。

 南側の方は既にまとまっているから良いとして、ちょっと予算超過気味かな。

 来年度はもう少し抑えてもらいたいところ。

 東と西に関してなんだけど、装飾そのものが若干遅れてるのが心配かな。

 予算の提出は既に終えてるから、現場の作業を急いで欲しいところだね。

 ええと、それから中央に関してなんだけど……」


 聖誕祭の話し合いは日が沈んだ今も続いていた。

 教師や生徒も交えての話し合い、ここ最近ずっとそればかりの毎日だが、今日を含めて聖誕祭当日まで残り3日を迎えていた。


 祭事全体が若干遅れ気味なので、周りがかなりピリついており空気が重い。

 祭事を取り仕切る役目を私ことルーシャ・ラグド・サリアが聖誕祭のオキデンス代表として先頭に立ち執り行っている。


 王女として、この大役は果たして当然。

 私の姉様もこの程度の祭事をまとめて来たのだ、私がそれを出来なくてどうする。


 「聖堂で行われる聖歌隊の中継に関してなんですけど、機材の搬入は既に完了済みの報告が来ているみたいだから機材の動作を確認次第リハーサルを開始してもらって構いません。

 聖歌隊の合唱はこの聖誕祭の花形でもある、当日は世界各国からこの学院の支援者や要人が多数訪れますので、その点もよろしくお願いします。

 当日の警備担当の方も当日は抜かりなくお願いします、特に今年は前回の舞踏会において大きな事故が起こっています。

 前回とは違い非常時の危険がこれまで通り低いとは到底思えませんので確認避難経路の確認や民間人の誘導の段取りを念入りに確認をお願いします」


 私がしっかりしないといけない……。

 サリアの王女として、彼の主として相応しい存在になる為に……。


 「続いて……」


 時間が過ぎるのがあっという間だった……。

 会議を終えると皆が早々に出ていく。

 僅かに他所との動きを確認する為の話し合いや、単に雑談を交わしている輩も居る。

 

 そして少なからず、私に対しての不満の声も何処からか聞こえた。


 「あの王女、今日も機嫌悪過ぎだろ。

 こっちの状況も実際に見ている訳でもないのに、あれやこれやと上から目線で……」


 「少し出来るからって調子に乗り過ぎなのよ、アイツ。

 サリアの王族ってだけで生まれた時からちやほやされただけでしょうに……」


 「あー、今日もうるさいっての。

 こんなモノ、お偉いさん方の為だけに上だけでやればいいってのにどうして毎回こう俺達ばかりに……」


 否定的な声が上がるのはしょうがない。

 全ての人に理解を求める事は難しい、それに私の実力不足でもある……。


 もっと私がしっかりしていないと……。


 一度深呼吸をし、手元の資料を再び確認していく。

 明日も行われる会議に向けて、私がやるべき事はまだ多く残されている。


 人が徐々に居なくなっていく中、私は一人部屋に残り自分の仕事を継続していると、誰からか声を掛けられた。


 「真面目過ぎるのも大概にしておいた方がいい。

 率いる立場であるのなら、自身の身体をより労る事に勤める事だ。

 大きな組織を率いる長が正念場で倒れるのは最も避けたい事だろう?」


 声の元へ視線を向けると、黒のロングコートを羽織りフードを深く被った謎の存在がそこにいた。

 でも、その声には何処か聞き覚えがあって……


 「貴方、誰?」


 私がそう謎の人物に尋ねると、フードを外し素顔を露わにした。

 黒髪の男、一瞬誰か分からなかったが顔に残された面影からなんとなく誰かが分かっていく。


 「もしかして、ラウさんですか?

 でも何処か雰囲気が………」


 「……、例のシルビア王女と同じ経緯だ。

 正確に言えば、異時間同位体と呼ばれる存在だが」



 「例のシルビア……、もしかして未来の方の?」


 「そうだな、お前達からすればそういう認識で構わん。

 少し所要があってここに少し立ち寄ったんだが、その帰りに明かりが見えたので声を掛けた。

 まさか、護衛も付けずに一人残って仕事をこなしているとはな」


 「この時期は、聖誕祭に向けて忙しい時期なので。

 この大切な祭事を必ず成功に導く為に、私はより一層頑張らないといけないんです」


 「そうか……。

 余ってる資料と白紙の紙数枚と何か書く物はあるか?」


 「それくらいでしたら予備で用意した物が幾つかありますけど、一体どうするんですか?」


 「ただの手助けだ。

 君の迎えが来るまでの間に一通り終わらせてやる」


 「えっ……でも、そんな……」 


 「明日も同じように抱えるんだろう。

 なら、今日くらいは早く帰れるようにさせる。

 君が、自ら望んで居残りがしたいというなら別だがな」

 

 ラウさんはそう言う。

 私自身も早く帰れるのならその方が良かったので、彼からの提案を否定する理由が無かったのでその提案を受け入れる事にした。

 

 「ええと、それじゃあこの資料をまとめて貰えますか?

 それとですね……」


 それから、突如として現れたラウさんのお陰で本来の倍近くは掛かるであろう作業がものの半刻程度で終わってしまう。

 というより、ほとんど彼がこなしてくれたという方が正しいが……。


 「これで一通り全部か。

 とりあえずこれに一通りまとめている、現状の改善策に繋がるかは分からないが好きに扱うといい。」


 彼がそう言うと資料全体をまとめ、書き綴ったメモを私に手渡した。

 とても綺麗な字で、見やすい配置。

 簡単な図を用いての、それぞれの現場の進行状況の現状と改善策等、私一人では到底出来ないような出来の代物だった。

 資料の内容がすぐに頭に入る、この短時間でここまでの事が出来るのかと驚きが隠せない。


 「ありがとうございます……。

 その、色々お忙しいところすみません……」


 「この程度の事なら対して問題ない。

 では、私は失礼させて貰うとする」


 「あの……一つ聞いていいですか?」


 そう言って席から立ち上がる彼だったが私が呼び止めに応じ返答を返す。


 「別に構わない。

 それで、私に何を聞きたいんだ?」


 「わざわざ学院に足を運んだ理由です。

 その、言えないならそれでもいいんですけど……」


 「シファに用があってここに赴いた。

 個人的な要件、我々の現状報告といったところだ」


 「現状報告……」


 「彼女の方からは少しくらい聞いているだろう?

 最悪の未来を変える為に、我々が世界各地で動いている事。

 その過程で生まれた成果と、犠牲。

 あの弟も死んだ事は、既に我々の仲間から情報は得ている。

 ある意味では奴が望んだ騎士らしい最後のようだが……」

 

 「最悪の未来、私もあまり詳しくは知らないんですけど。

 一体何が?」


 「サリア王国側に関係する事を言えば、あの世界で十剣はクラウスとあの弟のみが唯一の生き残りだった。

 こちら側と未来、その両方のシルビアは敵との交戦により死亡した。

 そして、その世界ではルーシャ王女も亡くなっている。

 死の最後を看取ったのが、あの弟だ……」


 「っ……」


 「君は我々の世界である意味、希望でもあった存在だ。

 戦火に飲まれたサリア王国の為に最前線で国民の為に尽力を尽くし続けていた……。

 しかし、最後は敵兵からの狙撃に勘付きあの弟を庇った結果亡くなった。

 私が君について知るのはその程度の情報だよ」


 「死んじゃうですね、私……」


 「我々の未来ではな。

 こちらの世界では同じ結末を迎えない為に、今の我々が動いている。

 しかし、今すぐ殺されるような状況にはならない。

 下手に怯える必要もないだろう」


 「そうですね……。

 あの、他の仲間は一体誰が居るんですか?」


 「私を含め、現在は6名で動いている。

 シトラ、ルークス、リノエラ、ラノワ、テナ、そして私の計6名。

 最初期は12名存在していたが既に半数が亡くなった。

 敵にとって我々の存在は異物だ。

 故にいつ我々が殺されてもおかしくはない」


 「覚悟の上なんですね」


 「今更引き返す訳にもいかないからな……。

 そろそろ君の迎えが来る頃合いか、迎えの者と鉢合わせるのは流石に面倒になる。

 私の事は彼等には黙っておいて欲しい」


 「わかりました。

 その、今日は本当にありがとうございます」


 「礼は必要ない。

 私が勝手に手を加えただけだ。

 また機会があれば、手伝ってやる」


 彼はそう言うと、私の前から煙を撒くように音も無く消え去った。

 淡い青の光が残滓として僅かに残る中、部屋には私一人が残される。

 

 彼が手伝ってくれた資料に視線を向ける。

 夢では無いことを再確認、先程の彼は確かに私の目の前にいた本物なのだと実感する。


 すると、この部屋に誰かが入ってきた。


 「やっぱりまだ残っていたのか、ルーシャ?

 会議はもう終わったんだろう?」


 「ああ、うん……。

 終わってたんだけど、まだちょっとだけやる事があったから」


 「そうか。

 でも、あまり無理はするなよ」


 部屋に入って来たのはシラフだった。

 朝の事から推測するに本当にアクリが彼を仕向けたのだろうか……。


 「うん、大丈夫。

 今日はシラフが私の迎えなの?

 アクリから何か言われたの?」

 

 「アイツに言われて、今日は俺が迎えに来たんだ。

 そのさ、何か俺に話があるんだろ?」


 「ああ、うん……。

 ほら、明日ってシラフの誕生日でしょう?

 だからその、お祝いしてあげたいなって思って。

 この間の任務で色々疲れただろうから……、その駄目かな?」


 「いや、別に構わないよ。

 ここで話してもしょうがないから、

 歩きながらでも話そう。

 帰り道まで距離があるし、遅くなりすぎたら明日の予定にも支障が出るだろ?」

  

 「そうだね。

 それじゃあ今日はよろしくね、シラフ」


 それから、いつもの帰り道を二人で歩いた。

 人気もほとんど無く、私と彼だけの空間。

 いつの間にか、彼は私にとってとても遠い存在になっていた。

 物理的な距離以上に、精神的な面、立場や身分的な面において……。


 今の彼の主に相応しい存在にならないといけない。


 でも、今だけは……


 今は王女である事を忘れて、一人の幼馴染として、一番近い存在として、この時間を噛み締めていたい。


 このひとときがいつか壊れるかもしれない。


 そうなる前に、今だけは……


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