凍てつく空の下で
帝歴403年12月22日
その日の早朝、俺は近くの公園に訪れ日課の鍛錬をこなしていた。
ここ最近色々と慌ただしく日々の鍛錬サボりがちだった為、俺はこの日から身を引き締める為に再開する事に決めた。
「っ!!」
俺はあの日から変われたのだろうか?
「はぁっ!!」
剣を振るいながら、自分に問い掛け続ける。
先の闘いで、俺は目の前の存在を救えたかもしれないというあと一歩を目前に倒れてしまった。
脳裏に過ぎる、今は亡き家族の姿の面影。
そして、あの戦いの為に犠牲となった者達。
俺の身勝手が影響し、無関係であるはずのシンさんをも失ってしまった。
本来は敵対関係ではあったが、あの場では協力関係であり仲間の一人だった。
いや、それ以上に俺は……。
あの戦いで誰一人として救えなかった俺自身に苛立ちを覚える。
「はぁっ!!!」
空を切った剣を通じて辺りに衝撃が響き渡っり、その余韻が全身の長く残り続けていた。
「………。」
「朝から精が出ますね、シラフ」
余韻に飲まれていると、ふと声が聞こえた気がした。
声の聞こえた方向を振り向くと視線の先には制服姿のシグレがそこにいた。
本来朝の迎えの時間まで、まだかなりの余裕があるはずだが……。
「シグレ、こんな朝早くから来ていたのか?
時間にはまだ余裕があるはずだが?」
「ちょっとした朝の散歩といったところよ。
そしたら貴方の姿が見えたから声を掛けただけ」
「そうか」
「最近の貴方は忙しかったですからね。
腕は鈍っていないようで何よりですけど」
「そうでもない、色々と勘が鈍りかけているくらいだ。
こうして期間が開くと、体にすぐ出るよ」
「そうですか。
手を止めて悪かったわね、続けて構わないわよ」
そう言うと、シグレは近くのベンチに腰掛ける。
どうやらこちらの鍛錬の様子を見物するつもりらしい。
まぁ、見るのは本人の勝手だが……。
シグレの視線を気にせず、俺は自分の鍛錬を再開。
それから俺は淡々と剣を振るい続ける。
「っ!はっ!」
ただひたすら剣をふるい続けていると、不意に横からシグレから声を掛けれた。
「剣筋が悪いわね。
単に身体が鈍ってる以上に貴方の内面に問題があるように見えるけど?」
「っ……」
彼女にそう言われ、ふと俺は剣を振るう手を止める。
そして先程の発言に対して言葉を返す。
「平常心のつもりだが、そう見えていたんだな」
「結構分かりやすいわよ。
すごく険しい表情を浮かべていた。
一度、鏡でも見た方が良いんじゃないの?」
「……そうかもな」
「この前の任務で何かあったんでしょう?
聞いたところによれば、成功したはずにも関わらずあなたにとっては失敗も同然だった。
家族だったその人を、あなたは今回の任務で失ってしまったと……」
「どこから聞いたんだよ?」
「それは秘密にするわ。
まぁ他言したところで私やヤマト王国に大きな利益があるとは思えないけど。
あなたの弱みでも握って、こちらで懐柔するつもりも私には無い。
単に、私は弟子の腕が鈍っている原因として己の推測を挙げたに過ぎないもの」
「はぁ……。
いや、推測は当たりだよ。
ただ、家族を失って辛いとかそう言う感情とかじゃない。
俺の感情が欠けていなくとも、それ以上に自身の無力さに苛立っている。
最早、子ども染みた八つ当たりのソレだよ」
「己の無力さ、ね……。
今の貴方はこの世界でも指折りの実力にも関わらずまだ無力だと思っているの?」
「結果的に救えなかったのが事実だ。
それに、俺より強い奴くらいまだまだ居るよ。
己が慢心もいいところだ」
「折れないだけマシね。
でも無理は禁物よ、今は問題ないにしてもヒトって案外折れる時はアッサリと折れてしまうものだから。
今までが例え大丈夫だとしても、ある日突然壊れてしまうものよ……」
「そうだとしても、強くなるしかない。
もう俺は誰も失いたくない、その為にはもっと強さが必要なんだ。
それに、こうして動いて居ないと自分がおかしくなりそうで仕方がないんだ」
「強さね……。
でも、ソレは貴方が求める本当の強さなのかしら」
「どうなんだろうな」
シグレの言葉に対しての答えが見当たらない。
今以上の強さを求めたとしても再び誰かを失うかもしれない。
己の強さの在り方、自分の守りたいモノを守れるだけの力が欲しい。
そのはず、なのに……。
今の自分のままで本当に強くなれるのか?
ただがむしゃらに抗うだけで、俺の求める強さは手に入るのか?
目の前の守りたい誰かを守る事が出来るのか?
「身体を冷やし過ぎないように、一度身体を洗って来なさい。
その顔のままで私の隣を歩かれてはこちらまで気分が悪くなるわ」
シグレはそう言うと、俺の肩を軽く叩き俺の元を去って行った。
これからの俺がどうあるべきか、答えは分からない。
すぐに見つけられるはずもない。
寒空はただ俺に、冷たい風を浴びせ続けた。
●
「ルーシャ様ったら、全くもう制服が少し乱れてますよ☆
この前なんて寝ぼけて裏っ返しのままでしたし、最近ちょっとたるんでませんか?」
「あー、ごめんね。
いつも助かるよ」
朝早くから私がそう言っている間に僅かに乱れた制服を正していく目の前の彼女。
私の親友によく似た容姿をしているが、性格は真逆で活発的な印象を受ける。
アクリ・ノワール。
シラフのお見舞いに訪れた際に偶然鉢合わせた彼女であるが最初の印象はかなり威圧的で拒絶に近い反応だった。
しかし、一緒に暮らすようになってからいつの間にかお互いの波長も近いが故にそれなりには仲良く慣れている気がする。
シンの代わりとしてよ護衛役や身の回りの世話の為に彼女と共に暮らしているが、その仕事ぶりは完璧そのもの。
家事の一切に妥協はなく、料理も前任であるシンさんと同等かそれ以上。
護衛役としての実力がどの程度のものなのかは分からないが、最初の出会いから察するに八席の者達と同等以上の実力がある。
しかし気になる事があるとすれば、彼女はやたらとシラフに関して距離が近いと感じた事。
病院での事を一度尋ねたが、初対面だが一方的に知っているだけという事らしい。
彼が退院して以降も、彼女は大体いつも彼にべったりと懐いている模様。
彼の腕にまとわりついたり、放課後一緒に出歩いたり等、やっている行動が年の離れた兄妹あるいは恋人のソレに近しいものであった。
帰りが少し遅くなる際には、テナに自分の護衛の任務を押し付けたりと真面目な仕事ぶりとは言い難いとは気がする。
最初に彼について訊ねた際も、彼の事を名前ではなくお兄ちゃんと呼んでいたり、かなり驚きを隠せないでいたが今はシラフ先輩と呼んでいる模様。
未だにその素性に謎が多い彼女であるが、自分の仕事は今の目の前の彼女の様子を見て分かるようにしっかりとこなせてるので特に大きな不満は無かった。
「これで完璧です☆
これならシラフ先輩にいつ見られても問題ないですよ」
「あはは……、いつもありがとうねアクリ」
「これくらいお安い御用ですよ☆
最近はシラフ先輩に取り入ってくる輩が多いですし。
ルーシャ様も、気を抜いてはいけないですよ」
「むしろアクリの方が、シラフに取り入ってるように見えるんだけどなぁ?」
「そうですか?
まぁクラスの人達より、あの人と一緒に居る方が私としては色々と気楽なんですよねぇ……。
別に、ルーシャ様からシラフ先輩を奪おうって気は毛頭無いんでそんなに心配する必要はありませんよ☆
それに私がシラフ先輩の近くに居れば、彼に取り入ってくる女共が近づけませんから☆
私はルーシャ様の恋を応援していますから」
「アクリが違うなら、それはそれで構わないんだけどね……」
「そろそろ時間ですし、学校行きましょうか?」
「ええ、今日もよろしくね」
部屋を出てから私の隣をアクリが歩く。
ここ最近は特に寒さが厳しく、いくら厚着しても足りないくらいに思える程。
対して、隣の彼女はコート等を身に着けず、学院の制服のままで涼しげな顔をしていた。
やはり護衛役を務めるだけあって、身体の鍛え方も違うのだろうか?
テナでも流石にコートの一枚は羽織っているくらいだ、アクリが特別寒さになれているだけなのかもしれない。
「ルーシャ様の今日のご予定は?」
「えっと、25日に控えている聖誕祭の準備に伴ってが今日も会議がある感じだよ。
最近街のあちこちで見かけるような飾り付けの進行具合よ確認や当日の予算の見直しや最終調整とかを教師達も交えて色々とね……。
やっぱり、年内最後の大きなイベントだから色々と大掛かりで忙しくてね……」
「そうなると今日も遅くなる感じですか、了解です☆
そうだ、聖誕祭に伴ってシラフ先輩は誘わないんですか?
こんな絶好の機会を逃す訳にもいかないでしょう?」
「それは私も可能なら誘いたいんだけど、機会が中々無くて……。
それにこの前の任務でシラフ、色々あったみたいだからさ……」
先日参加した任務以降、たまに彼の姿は見掛ける事はあった常に思い詰めたような表情を浮かべている姿が私の記憶の中での強く印象に残っている。
「なるほど……。
まぁでも、その調子だと例の親友さんに取られてしまいますよ?
一番親しく距離も近かった貴方がそんな調子で、どうするんですか?」
「それはまぁ、わかってるんだけどさ……」
「全く……。
まぁルーシャ様はいつも委員会での仕事で忙しいですからしょうがないですけど。
それでも何かしらの機会があればいいんでしょう?」
彼女はそう言うと僅かに考え込む。
そんなすぐに、妙案が浮かぶとは思えないが私の予想を裏切るように彼女は一つの案を私に提示する。
「それじゃあ、私が今日の放課後の貴方を迎えに行く時間に、シラフ先輩も一緒に迎えに行かせますからその時に上手くルーシャ様の方から誘えばいいんですよ!」
「えっ、今日?!
そんな急に言われても心の準備が……その…」
「いいからいいから。
あとはそうですね……。
シラフ先輩の誕生日とかは知らないんですか?
家臣としての日頃の感謝の贈り物をあげるとかで理由を付けて贈る事でお互いの距離を上手く距離を詰める事も出来るかもしれませんし……。
その日に向けて色々とシラフ先輩の欲しい物とか好みとかもリサーチ出来ますからね。
ルーシャ様なら勿論、先輩の誕生日とかわかりますよね?」
「えっと、確かシラフの誕生日は12月の23日だよ……」
「なるほど……って、それもう明日ですよ!!
もしかしてその調子だと、ルーシャ様はまだ何もシラフ先輩への贈り物の準備出来てないんじゃないですか?」
「ああ……うん、そうなるね」
私も既に彼の誕生日が目前だった事は迂闊だった。
最近色々あり過ぎて、彼の誕生日すら見落としてしまっていた。
いや、もしかしたらここ最近の彼自身もそんな余裕は無かったのではなかろうか?
「マジですか……、なんかシラフ先輩とルーシャ様そういうところ似てますよね。
そういう大事な事に限って、色々抜けているというか……。
そういうところは、片方だけで充分足りてますよ!」
隣の彼女に色々と呆れられているが、頭を抱えている。
すると、何かの意を決したのか私の手を両手で握ってきた。
「急にどうしたの?!」
「私、決めました☆
シラフ先輩の誕生日と聖誕祭に向けて、私が徹底的にルーシャ様のサポートします!!
明日は何が何でも、シラフ先輩の誕生日にこちらへ招待し誕生日のお祝いをする、それに乗じて日々の感謝を込めて贈り物をし二人の距離を近づけます。
そして、更にその2日後に控える聖誕祭当日はその日は一日中シラフ先輩に貴方の護衛を私の方から上手く担当して貰うよう誘導しますので、この絶好の機会を逃さないようにして下さい。
この二段構えで一気にシラフ先輩の心を鷲掴みします、他の女の入る余地もありませんよ☆」
「そんな事、急に言われても……」
「今更怖じ気づいても駄目ですよ!
いいですか?
今のルーシャ様には後がないんです。
この機会を逃したら、きっともう二人の距離が狭まる事は無いと思った方がいいくらいです。
例え相手があの親友さんでなくとも、ヤマトの王女や他の女性に今のシラフ先輩に取られかねないんですよ?
だから今の内に出せる手は全て打つべきなんです。
それに、想いを直接伝えなくともシラフ先輩が困っているのなら主としての助言の一つはしてあげるのも大切です。
だからとにかく、今のルーシャ様は行動を起こす選択肢以外は無いに等しいんです」
「それは確かに、そうかもしれないよね……。
今のシラフに向かって、既に縁談の話が舞い込んでいくのは確実みたいだし……。
この機会を逃したら、多分一生後悔すると思う……」
「きっとそうです。
だからこそ、ルーシャ様は絶対にこの機会を逃してはいけないんですから。
私も全面的に協力します☆
だから、やりましょう!」
アクリの熱意ある言葉に対して私の中で様々な思考が過ぎった。
今の関係のままでいたくない。
でも、これまでの関係が壊れるかもしれない。
でも、私自身が一番に望むモノは……。
サリアの王女としてではなく、ルーシャという一人の人間として最も望むモノは……。
シラフに、ハイドに私の隣に居て欲しい。
今だけじゃない。
これからも、この先も私の隣にいて欲しいんだから。
その為に、私はこれまで自分を磨いてきたんだ……。
彼に相応しい主である為に、努力し続ける彼の隣に相応しい存在である為に……。
だからこそ、今ここで動かないでどうする……。
私の親友が、既に己の勇気を賭して想いを伝えているにも関わらず。
私は何もしていない、今の関係に甘えているだけだ。
なのに、私が今の関係に甘えたままではいけない。
私自身も変わらなければ、動かなければこれまでの意味がないのだ。
だから、私は……
「私さ、やってみるよ。
シラフにこれまでの私の覚悟と想いを必ず伝える。
彼の主としての日々の感謝と、私自身の想いの全てを……。
だから、私の方からもアクリに協力をお願いしたい。
頼めるかな?」
「勿論です。
必ず成功させましょう、ルーシャ様☆」
そう言って私に飛びつき抱きつく彼女。
戸惑いこそ少しあるが、不思議と心が落ち着く。
そしてすぐに高鳴り始める。
この想いを伝える時が、目前に迫っているのだから。