深まる想いと
帝歴403年12月22日
午前の授業を終え、昼休みに入る。
今日こそはと思い切って、隣の彼に話し掛けようとするが何も話せず、気付けばいつものように例の後輩が彼の腕を組んで連れ去ってしまう。
私と同じ顔をした謎の少女。
現在は、ルーシャの世話係として彼女と一緒に暮らしている様子である。
ルーシャの方から何度か、あの子について色々と聞いて見たが、明るくて少しあざとい仕草が特徴で後はやる事の全てが完璧という風変わりな存在だという。
話の波長も合ったらしく、今度一緒に遊びに行く予定だそうだが……。
しかし、その少女は私と一瞬視線が合ってもすぐに反らして彼と共に教室を出て行ってしまう。
最初に病院で出会った時から、彼女は私の事を明らかに嫌悪していたのは確かだが……。
今もそれは変わらないのだろうか……。
「全く、彼には困ったものね。
その様子だと今日も駄目だったんでしょう?」
俯く私に声を掛けたのは、交換留学でこのクラスに居るヤマト王国の第三王女であるシグレさんだった。
先程、例の彼女に連れ攫われた彼の護衛対象であり、彼女の口ぶりから察するに、シグレさんも彼とお昼を共にしようとしていた様子なのだろう。
「シグレさん……。
えっと、その……はい。
私、駄目ですね本当に……。
本当は早くなんとかしたいのに……」
「告白の返事も未だ無しときて……。
一発くらい殴ってもいいんじゃない?
貴方達の件に関してはこのクラス内で知らない人は居ないもの。
誰も文句は言わないわ」
彼女からの物騒な提案に対して、私は首を振る。
「殴るなんて、そんな……。
だってあの日、シラフは私達を守る為に必死で……。
ソレに、彼はこの前の任務で色々大変だったらしいですから……。
唯一の家族を救いたくて、必死になって自分のお姉さんや他の十剣達も敵に回してまで無理をしたのに、結局救えなかった。
だから、その私個人の想いで今の彼を問い詰める真似はあまり強く言い出せなくて……」
「彼もそうだけど貴方も大概ね。
まぁ、お互い例の彼には逃げられた者同士で一緒にお昼でも食べに行きましょう?」
「はい」
●
食堂に訪れた私達はトレーに乗せた昼食の会計を終えると、向かい合う二人用の席に座り昼食を取り始める。
初めこそは無言だったが、シグレさんが私に対して唐突に話題を振ってきた。
「幼馴染だったんでしょう?
貴方とシラフは……」
「はい、十年程前に短い期間ですけど両親の仕事の関係でサリアの屋敷で彼の家族の元で一緒に暮らしていたんです」
「彼の家族、それは本物のご両親?」
「はい、彼の本当の名前はハイド・カルフ。
カルフ家の長男で、彼の両親と私の両親はお互いにこの学院での学友だったんです。
特に私の父と彼の父が親友とも言える関係だったそうで」
「なるほど。
サリアのお姫様より早くに出会っていた訳ですか」
「順番的にはそうですね、でも彼と関わった期間はルーシャの方がずっと長いんです。
シファさんの元で暮らし始めて以降は、私の事も前の家族の事もほとんど忘れていたらしいんですけど……」
「それから学院で再開して、それで今ようやく告白までに至ったと……。
随分と縁が深いのですね、あなた方3人は……。
というよりは、彼を中心にしての女性関係と言った方が適切でしょうか」
「あはは……。
確かに彼はいつの間にか色んな人と繋がりを得ていると思います。
不思議なんですよね、最初こそ無愛想で接し方も困ったんですけどいつの間にか惹かれる何かが彼の中にあるって言うか……。
剣の稽古をしている時も、とても真っすぐで武術に疎い私でも彼の振るう姿が綺麗に感じたり……」
「教えた師が良かったのでしょう。
彼の姉である、シファ・ラーニル。
彼女の存在がとても大きい、ですが彼は彼女に色々と依存気味である点があるというのが大きな悩みですね。
何かとあれば、姉さんが、姉さんが等と……」
「確かに彼はいつもそうですね。
お姉さんの方も彼に最初はべったりしてて、彼はそれを煙たがっていたんですけど本当はとても大切に思っている。
家族として、憧れの存在としも、シラフは彼を大切に思ってるんだって……」
「彼には随分と寛容的なんですね。
嫌なところの一つは無いんですか?」
「それは……、むしろ私自身が嫌なところばかりで……。」
「………。」
「本当はその、彼に出会う以前からルーシャが彼の事を好きだって事を先に聞いていたんです。
でもその順番が色々と行き違って、彼の事を好きだって知らずに私も彼に惹かれ始めてしまって……」
「彼らしいといえば、彼らしいですね」
「そうかもしれません。
彼と出会ってから、十年前に別れた幼馴染の事について探っている内に、彼である事に辿り着いた。
それから、シファさんから彼の過去や今の彼がどういう状態なのか知る事になって……。
最初はそんな苦難に立ち向かう彼を応援したい気持ちと、私の事を思い出して欲しい。
それだけ、だったんです……。
でも、いつの間にか彼に惹かれていて……。
ルーシャの、大切な親友の想い人だって私自身ちゃんとわかってるのに、私なんかが勝手に彼に惹かれてしまって……。
ルーシャに迷惑も掛けて、私一人が勝手に舞踏会で彼に告白したら今度は彼を余計に苦しめてしまって……」
「………」
「たまに思うんです。
もしかしたら、私が彼とこうして出会ってしまったから彼もルーシャも苦しめているんじゃないかって……。
私が関わるせいで、もしかしたらもっと彼を苦しめるんじゃないかって……。
最近出会った、アクリって女の子を見て私余計に訳が分からなくなったんです……。
どうしてだろうって、どうして私の目の前で悪い事ばかり起こるんだろうって……。
だから、その……、私がこれ以上彼と関わってはいけないんだって、最近そう思い始めている自分があるんです」
「そんな事しても、多分逆効果だと思いますよ。
あの朴念仁なら、あなたを無理矢理にでも助けようとする。
彼はそういう人よ。
まぁ、それは置いておいて、今後のあなたについて少し言いたい事がありますが」
「言いたい事ですか?」
「ええ。
厳しい事を言うようで悪いけどね。
クレシアさん、貴方のしている事は傍から見ればただの馴れ合いよ。
親友も大切にしたい、彼も大切にしたい、そして自分の想いも報われたい。
いくら何でも流石に都合が良過ぎるのよ。
今後、貴方が本気で報われたいと願うのなら、何かしらを犠牲にする覚悟が必要。
親友との仲を取り持つのか、彼と結ばれたいのか?
友情か愛情の内、あなたが選べるのはただ一つだと思った方がいいわ」
「っ……。」
「サリアの王女に限った話じゃないわ、彼を狙って他の競争相手が現れてもおかしくないのよら
彼は単に王家に仕える騎士の一人ではないの、十剣であり開放者と呼ばれる存在の一人。
世界中が彼の力を巡ってありとあらゆる手を使ってくる、それくらいの覚悟はした方がいいと思うわ。
あなたの恋敵は、世界中に居るのだと頭の隅に置いておくべきよ」
「……、それくらいは分かっています。
彼は出会った頃から、ずっと遠い世界に居る事くらい理解は出来ます。
でも、覚悟はしています。
ルーシャかシラフ、仮にどちらかを選ばなければならない時は私はシラフの側を選びます。
親友であり、そして恋敵でもある彼女の本気に応える為に、私はその選択をする覚悟ですから」
「なら、悩むまでもないじゃない?
今すぐにでも、彼の元に向かうべきよ」
「それは、その……」
「全く、煮え切らない反応ね。
さっきの覚悟は何処へやら……。
もしくは、あのアクリって子が怖いの?」
「っ、それも確かにありますけど……」
「私もね、正直あのアクリって子は怖いわ。
でも、最近の彼女を見ていると怖いとは少し違う物を感じるの……」
「違うモノ?」
「彼女むしろ、怖れている。
見捨てられる事が、一人になる事が怖いだけ。
故に、彼に懐く素振りをしているのよ。
そして、あの強さもそれが一因を買っている。
自分は強い、だから私は有能なの、だから私を見捨てないで欲しい、私をちゃんと見て欲しい、多分そういう本心が彼女に強く表れている。
彼の前であそこまであざとい態度をしているのも、彼に見てほしいから、好意ある無しに関わらず彼女は彼に見捨てないで欲しい。
ただそれだけなんだろうってね……」
「私には、そんな風には見えませんけど?」
「それは、彼女のあの外面が完璧である証拠よ。
彼女は自分の本心を絶対に見せたくない。
私達の思う以上にあの子は非常に脆い存在だと思う。
彼も多分それを多少は見抜いている上で関わっているとは思うけど……。
だから私も、彼女の動きには強く言えないのよ。
アクリって子を見ていると、愛情を強く求める幼い子供を見ているような気分になるから」
「私は、やっぱりあの子が怖いです。
自分と全く同じ顔で、何処か不気味で……」
「確かに、ただの他人とは思えない程だとは私も思う。
彼女と出会った時期からしても、シラフが参加した例の任務と何らかの関係があると推測は出来るけど確証はない。
彼の参加した任務について、あなたやサリアの王女様方は何も聞かされていないのかしら?」
「えっと確か、帝国が滅んでも尚今現在まで数多くの危険な研究を続けている存在がこの学院に存在していた。
その存在を突き止める為に、シファさんがこの学院に編入を装って調査していたと……。
ルーシャの方からはそう言っていました。
私もその、何もかもが分からない訳でもなくて、一応関係はありそうな方を知ってはいるんです。
私のお父さんの恩師であるアルクノヴァ・シグラスといいう方なんですけど、あの方がかつて帝国でもかなり名のしれた存在であった事から多分、その人に関係ある人あるいはその張本人なのかもしれないって……」
「なるほど、ある程度の検討は既についていたのですか……。
そのアルクノヴァという人物と、あなたの両親の間で近年何かしらの交流はありましたか?」
「最近は恐らくほとんど交流は無かったと思います。
でもその、私が生まれた時に名前を付けてくれたのがあの人の教え子であり、数年前まで闘武祭で活躍していたノーディアから名前を付けてもらったくらいで……。
以降はその、ノーディアがたまに屋敷にきて小さい私と一緒に遊んでくれた程度だと思います。
私や両親本人が、直接アルクノヴァさんと深い交流があった訳ではない、はずなんです。
でもあの人がそんな悪い事をするとは、私も思えなくて……」
「限りなく白に近い黒みたいなモノですか。
まぁ怪しいのは確かですが、まぁそれでもその人と彼女が直接関わっている可能性があるというだけで、本当にただのあなたに似ている女の子という可能性の方がずっと高いんですけどね。
でも、私はそれが到底信じられないんですよ……。
彼女と相見えたと時、勝ち目がないと悟ってしまった程のナニカ。
これまで無名でサリア王国内に住んでいた等とは信じられない。
彼女の前任であるシン・レクサスという人物も、ろくに主への別れも無しに去ったという話も出来過ぎている。
最悪の可能性として、あのアクリという少女がシン・レクサスを殺し、彼女の死により空いてしまった役割をシファ・ラーニルは彼女に命じた。
先の任務で彼女は彼の敵であった、そういう事であれば色々と様々な不鮮明な点の説明はつくんですが……」
「やっぱり腑に落ちないと?」
「最初に出会った時、彼の病室で彼女は寝ている彼をずっと眺めていたでしょう?
敵であったのなら、あれから間もない期間であったはずなのにアレほど気に掛ける理由が分からない。
それが彼女の彼に対する依存心と何らかの因果関係があるのかもしれませんがね。
あくまで、アクリという少女が先の任務でシラフ達の敵であったという仮定の上での話ですが……」
「そう、ですか………」
シグレさんの話に聞き入り、昼休みの時間はあっという間に過ぎていく。
確かに彼女が先の任務でシラフ達の敵であったという話が本当なら不可解な点の幾つかが解決するのだ。
しかし、それが私と瓜二つの容姿を持つ理由に繋がるとは思えない。
単に、私と似ているだけの他人。
それだけで済む話でもあるが、シグレさんをあそこまで言わせるだけの実力も持ち合わせている事に加えて、シラフに対してのあの固執とも言える懐きようには何も関係がないとは思えないのである。
でも、コレは私達の単なる憶測に過ぎない。
それでも、私とアクリとの間には必ず何かがある。
それだけは確かだろう……。
「あのシグレさん、一つ訊ねても良いですか?」
「何か、他にアクリに関して気になる事でも?」
「いえ、その、あの子の事は関係ないんです。
その、どうして私の恋愛相談に乗ってくれるのかなって……?
ちょっとだけ、気になったんです。
本来であれば、私なんかより先に彼を好きになったルーシャの方を味方するのが相応しいはずなのに……」
「簡単な事よ。
あなたは自分の気持ちを直接伝えたでしょう?
私があなたを支持しているのはね、立場に囚われず自分の意思を示した事を評価してるから。
それに、あなたは自分を卑下としている事がよくあるけど、あなたもルーシャ王女にも引けを取らない程の魅力的な一人の女性よ。
だから、あなたはもっと自分に自信を持ちなさい。
あなたも充分に彼に相応しい存在の一人なのだから」
「っ、はい。
私、その言葉に応えられるようもっと頑張ります」
「いい結果を私も心から期待してるわ、クレシアさん」