想いを継いで
帝歴403年12月20日
あの戦いが終わって、普段の日常生活へと俺達は戻りつつあった。
戦いで失った物が遥かに大きく、あの戦いで救おうとした大切な家族をも俺は目前にして失ってしまう。
10年前の炎に始まり、俺は今ここに居る。
あの日、子供で無力であった自分。
あれから俺は強くなれたのだろうか?
強くなれたとしても、俺は結局何も変われていない。
そんな想いが拭えずにいた。
戦いが終わって不可解な事が幾つかあった。
まず一つ目が、リンの存在は消えなかった事。
幻影は消えると同時に、その存在も消え幻影を生み出した本人以外からは原則忘れられてしまう。
その証拠として、小さな妖精の方のリンとルヴィラは忘れられてしまった。
しかし今回、リンは消える事が無かった。
遺体は残ったものの、新しい傷も幾つか見られたが十年前に受けた傷はそのまま残っていたという。
俺と神器の魔力が彼女の体に命を吹き込みあの戦いの日まで動いていた、恐らくそういう理屈だろう。
つまり、完全な幻影というよりかは魔力を使って動く人形のような存在であり、幻影では無かったという事。
リン本人はどこまでそれを知っていたのか。
彼女亡き今、そんな彼女の記憶が幾らか俺の頭の中に断片的に残っている。
それは、小さな妖精であるリンが亡くなった時と同じように。
印象的な光景は、あの施設内でたった一人孤独に戦い続けた光景。
自分との再会が来ることを信じ、戦いに身を投じた彼女の姿……。
そして、あの戦いの日。
彼女と思い出のあの家を歩いた記憶。
それを垣間見えた瞬間、なんとも言えない何かの感情が滞り続けた。
そして問題であるのは彼女、アクリの存在だった。
先日、目覚めた時に俺の側にいた謎の少女。
彼女は本来、あの戦いで敵の側に居た存在である。
どのような経緯でこちらに来たのかは、追々姉さんの方から説明はあった。
そんな彼女であったが、俺に対して突然このような申し出をしてきたのだ。
「私と共に戦ってくれませんか?」
「戦うだと?」
「はい、私は先輩の仇を取りたいんです。
じゃないと私の気が済みません。
だから、私が貴方に出来る事ならなんでもします。
だからお願いです、私の復讐に力を貸して下さい!」
彼女は、リンの仇を取りたいらしい。
彼女から聞く限り、ラグナロクと呼ばれる組織にリンは殺されたというのだ。
リンが長らく追っていた敵の組織であり、リンの記憶も相重なり10年前のあの日とも何か深い関係がありそうだった。
そんなお互いの敵を倒す為に、協力を彼女は申し出たのだが……。
意識が戻り、普段の日常生活へと戻っていく俺であったがこの日俺はアクリに呼び出しを受けていた。
理由や要件については、その時話すという事らしいが彼女の強引さにはかなり疲れる。
戦いが終わってからと言うもの、俺の身を案じての事なのかルーシャ達は俺から少し距離を置いてそっとしている事をありがたく感じていた。
あの戦いで、実際のところ肉体よりも精神的な面でかなり疲労しているのが事実だからだ
今回、交換留学として来ているヤマト王国の王女であるシグレの護衛任務を引き受けている俺であるが、アクリの呼び出しを受けた事を彼女が知ると、何故か彼女はそれを快諾した。
何かの裏があるかに思えたが、まぁ下手に口出しを受けて怒られるよりは遥かにマシだろう。
放課後、校門前で彼女は待っているとのことだが実際に向かってみると確かにそこに居る。
しかし、多少は見慣れてきたと思うと言っても彼女の容姿はクレシアに非常に似ている。
髪型以外、声や顔はまるで本人そのもの。
背丈も大体同じなので、本人がその気になれば成りすましも可能だとすら思えた。
「やっと来ましたか、待ちくたびれましたよ☆」
「護衛の役目はどうしたんだよ?」
「テナさんに今日は押し付けましたよ。
あなたこそどうなんてす?」
「お前に構う用事が出来た事を伝えたら、面白がって快諾したよ。
全く、いつの間にかあらぬ誤解が広まったらどうするつもりだ?」
「別にいいじゃないですか?
こんな美少女と放課後一緒に過ごせるんですから、もっと光栄に思って下さい」
「自分で美少女とか普通は言わないだろ?」
「私、これでも自分の容姿には自信があるんです。
それとも、私が可愛い美少女だとあなたには見えないんですか?」
「いや、まぁ確かに魅力的だとは思うよ……」
彼女の言葉に対しては、俺は同意せざるを得ない。
実際のところ、目の前の彼女は男の俺から見ればかなり魅力的ではあるのが事実。
クレシアに似ているとは言いつつ、彼女自身も目立ちこそは薄いが十分に魅力的な女性だと思う。
対象的な性格である目の前の彼女ではあるが、実際美少女だと自負されても否定は出来ない。
「そうでしょう!
だって私は最強美少女のアクリちゃんですから☆」
「………」
ただなんだろう、こうして接してみると言動で全て台無しにしてる感が否めない。
本人は魅力的ではあるんだが……、それを言葉や行動で全て帳消しにされてる気が……。
「何です、その残念な人を見ているような目は?
目の前の美少女に対してそんな態度取るつもりですか?」
「そんなつもりは、あんまり無いんだが。
それで何の用事があるんだよ?」
「あんまりって、少しは思ってるって事ですよね?!
酷くないですか?!」
「頼むから話を進めてくれ。
用事が無いなら他の事に時間を使いたい」
「私の扱い雑過ぎません?
はぁ、まぁ確かにそうですね。
じゃあ、例の喫茶店に行きましょうか?
話はそこでしたほうが良さそうですし。
ゴチになります」
「本心そのまま漏れてぞ。
まぁ別にそのくらいは多少構わないが……。
わざわざ呼び出したんだから、それなりに大事な用なんだろうな?」
「ええ、だから行きましょう?」
そう言って、俺の前を歩き目的の場所へと向かう。
行動一つ一つに振り回されるている気がするが、とにかく彼女との用事をさっさと済ませよう。
長引けば、それはそれで厄介かもしれないと思いつつ僅かに重い足取りで俺は動き始めた。
ある程度時間が過ぎ、無言の時間が続く中、俺はアクリに一つ尋ねた。
「ルーシャと上手く馴染めているのか?」
「まぁそれなりには。
今度の休みに、一緒にお出かけする予定なので」
「そうか、馴染めてるなら何よりだよ」
「私からも一ついいですか?
あなたの呼び方、どうすればいいですかね?」
「随分と今更だな、好きに呼べばいいだろ。
ハイドでも、シラフでもな……」
「じゃあ、お兄ちゃんで」
「それはやめろ、誤解される」
素でそのような提案した彼女の意思を真っ先に俺は否定した。
何かが気に入らないのか頬を膨らまし、拗ねる彼女。
「好きに呼べって言ったのはあなたですよね?」
「だからって、ソレは流石に無いだろ。
周りに聞かれたら誤解される」
「えー、シルビア様は昔そう呼んでたらしいですから同じく後輩の私もそれに乗じただけなのに」
「それ、いつの話だよ。
まぁルーシャに聞いたんだろうが……。
いや、待て。
アクリ、ルーシャの前で俺をどう呼んでいた?」
「え?
だからさっき言ったじゃないですか、お兄ちゃんって」
「お前なぁ……」
なるほど、戦いが終わって目覚めた俺に彼女達が距離を置いていたのは俺の気遣ってと言う訳ではなかったのか。
既に時が遅かった、それだけの事である。
後で色々と弁明しなければ、今後の日常生活にも様々な支障が起こりそうだ。
色々と気が重くなり、ため息が溢れる。
「どうしました、何処か体調悪かったりします?」
「その張本人が何を言うんだよ」
「私に対しての遠慮がなくなってきましたよね、お兄ちゃん?」
「だからその呼び方やめてくれ。
普通に名前呼びでもいいだろ?」
「名前呼びだと、あの子と被りますからね。
いくら口調が多少違えど、声もほとんど同じですからかぶるのは避けたいんですよ。
だから、私はお兄……」
「いや、だから……」
再びその呼び方をしようとするので静止を呼びかける。
まぁ確かに、名前呼びだとクレシアと被るので色々と面倒なのは確かなのだが……。
「文句が多い人ですね。
それじゃあ、シラフ先輩で……。
これで文句ありませんよね?」
「ああ……、まぁそれで良いよ」
「了解しました。
ほら、そろそろお店見えてきましたし。
さっさと入りましょうか、シラフ先輩?」
あくまで自分のペースで動く彼女に対して、困惑させられながらも、今日の目的がようやく果たせる事に僅かに安堵していた。
心の何処かに、他にも問題を起こされているのではと危惧している自分があったが……。
●
例の喫茶店で席に着くなり、アクリは店のメニューを手に取ると何処か楽しそうにそれ等を眺める。
本来の目的を忘れているのではないのか?
いや、と言うよりかはこれが彼女の目的なのだろう。
そう思っている、アクリから声を掛けられた。
「シラフ先輩は、注文はどうします?」
「お前と同じ奴でいい。
何かの拘りがある訳じゃないからな」
「了解でーす。
すみませーん、注文お願いします」
自分のペースで物事をすすめる彼女。
注文の品が届くまでの間、時間が多少あるので俺から話題を振る事にした。
「それで、今日俺を呼び出した理由はなんだ?」
「私の慕っていた先輩、リーン・サイリスについて少し聞きたい事があって呼んだんです。
これを見て貰えますか?」
向こうが告げたのは至って真面目な話だった。
リンの名前を聞き、俺の方にも緊張感が高まるが見てほしい物とは何だろう?
おもむろに衣服の下に隠していたそれを取り出したソレ。
何となく、隠し方が以前首飾りを隠していたクレシアに似ている気がしたが……。
そして、彼女が取り出したモノはというと。
剣の刻印が入ったペンダント……いや、確かあれは十剣が在席していた家系に贈られる懐中時計のソレである。
俺も同じモノ、いや正確には俺の両親がリンとの家族の証として俺とリンに渡した精巧な偽物であるが……。
そうなるとつまり今、俺の目の前にあるのは………。
「ソレを何処で?」
「あの戦いの日に、先輩が私にくれたんです。
もう帰って来れないかもしれないからって、最後にこれを私が戻ってくるまで預かってて欲しい。
そう、あの日に言われたんです」
「っ、そうか……」
「シラフ先輩も、同じ物を持っている。
先輩が最初にこれを見せてくれた時、私に教えてくれたんです」
「ああ、確かに持ってるよ。
今は部屋に置いてるんだけどな……。
もう壊れて時計としての役割すら果たせられないんだけど、俺の持っている物としては唯一の家族との繋がりなんだ……」
「そうですか……。
だったらこれはやっぱり、あなたに返しておくべきですよね。
先輩、いつもあなたの事については楽しそうに話していたんです。
先輩亡き今となっては、先輩が一番大事に想っていた貴方がこれを本来は持っているべきです」
そう言って、俺にソレを手渡す。
そんな彼女は何処か悲しげな表情を浮かべているが……。
既に細かい傷が幾つかあり、塗装が剥げている面も幾つか見られるが、経年劣化として見るにもとても大事に扱ってるように思えた。
リンが、俺との繋がりをずっと大事に想っていたその証として……。
でも俺自身がこれを持つべきでは無いと思えた。
目の前に居る彼女が、これを持っているに相応しいのだと……。
「いや、これは既に俺も持っているから大丈夫なんだよ。
これは本来、リンが片方を持っているべきモノだ。
だから、その……、上手くは言えないんだがアクリがリンの方から預かって欲しいって言われたんだろ。
だから、お前がこれを持っていて問題ないと思うよ。
君にとって、これはリンとの繋がりを示す物でもあるんだからさ」
俺はそう言い、手渡されたソレを彼女に向ける。
「いいんですか?
私は、その……本心でこれはあなたが持つべきだって……。
だから、私に遠慮なんかしなくても……。
全然その、寂しいとか辛いとかそんな事は……」
「コレは両方が片方ずつ持って初めて意味があるからさ……。
だから、今はアクリが持つべきだよ。
リンが君に渡した、最後の贈り物だからさ……」
「っ……、そうですか。
それじゃあ、コレは私が持っています。
後で返してって言っても返しませんからね」
そう言って、俺の手からソレを奪うと大事そうに両手で手に取り優しく握っていた。
内心、とても嬉しいのだろう。
そんな会話を交わしている内に、店員が注文の品を届けテーブルの上に並べていく。
菓子類の皿が4つ程並んでおり、会計のレシートを軽く見るとそれなり額面が記されていた。
「ほら、シラフ先輩。
早速頂きましょう?」
「そうだな……」
「それとシラフ先輩、話は他にもありますからね。
サリア王国での細かい作法やらマナーとか、ちょっと色々分からない事が多くて困っていたので……」
「マナーや作法って……、そんなの堅苦しくせずとも相手に失礼の無いようにすれば……」
「は?、何を言ってるんですか?
宗教関連とかで、万が一気づかすタブーに触れてサリア王家に恥をかかせたらどう責任取るつもりですか?
大体、シラフ先輩ちょっとそこら辺たるんでません?
王女様の身の回りの世話をしていたとはいえ、料理のメニューがいかにも男臭いものばかり……。
王女様の栄養や好みの偏りを気にして、シンさんが毎日、一生懸命栄養バランスを考えた食事を随時提供してたんですよ。
全く、王女直属の騎士が聞いて呆れます」
そう言って、シンさんが遺した物と思われる手帳を彼女は俺に見せた。
ところどころ付箋が飛び出ており、生前の彼女の勤勉さが伝わってくる。
「いや、そんな事は………。
それよりも、本当にまだ数日くらいなんだよな?
ルーシャの元で暮らし始めてさ。
その程度の期間でどうしてそんな話に?」
「少し話したら思いの外、お互いの波長が合っていたので。
それで色々聞いてみたら、あなたに対しての不満や惚気が色々と聞けたので」
「不満って……」
「全く、毎日のように色々と聞かされるこっちの身にもなって下さいよ。
シラフ先輩、本当に色々たるみ過ぎです。
もう少し、ご自分の立場をちゃんと理解してくださいよ。
特に、交友関係とか本当に問題あり過ぎですよ?」
「交友関係って、最近はシグレの護衛やテナも交えての稽古くらいしかしていないよ。
それの何が問題だって言うんだよ?」
「はぁ……、コレは思った以上に重症ですね」
「重症って、怪我のほとんどは既に治療済みだ。
傷の跡とかは鍛錬の過程で多少はあるが、それでも至って俺は健康のつもりだよ」
「だから、そういう話ではないんですよ……。
本当、シラフ先輩は何も分かってない……。
ルーシャ王女が本当に可愛そうです……。
心底お辛そうにあなたの話をしているというのに、家臣がここまで無自覚というか、馬鹿とは……」
「ルーシャが毎日辛そうって、まさか彼女の身に何かあったのか?
そんな話、シルビア様の方からも何も聞かされていないんだが……」
「だからですね、シラフ先輩。
あなたのそういうところなんですよ……」
彼女の言葉に様々な衝撃を受け続ける俺であった。
心底、目の前のアクリは呆れた素振りを繰り返すばかりで結局話は進まず一日が過ぎていく。
ひとまず、リンの持ってた懐中時計の一件が解決したことが唯一の成果だろう。