存在理由
帝歴403年12月16日
意識が未だ不鮮明な感覚を感じる中、部屋の扉が開くと同時に聞き慣れた声が聞こえた。
「ラウ〜、お見舞い来たよ!」
一応、病院でありこちらは病人である事を考えてるのかとすら思える彼女の言動に対して私は僅かに呆れた。
「体に障るだろう。
少しら声を抑えたらどうだ、シファ?」
「その様子なら、ほとんど大丈夫そうみたいだね」
彼女がそんな事を言うと、こちらに構わず押し掛ける。
彼女の後に続いてもう一人、例の彼女がそこにいた。
「シファのお陰で命拾いしたそうだな、アクリ・ノワール」
「ええ、お陰さまで。
あなたも生きていて何よりです、ラウ」
あの日、武器を交えた時と比べかなり意気消沈としている様子に違和感を覚えたが、それ以上に気になる点が幾つかあったので私はシファに尋ねる事にした。
「シファ、今回の任務の結果はどうなった?」
「失敗も同然ね。
アルクノヴァ・シグラスは拳銃自殺を図り死亡。
彼の部下と思われるホムンクルスの一人、ノーディアはあなた達との戦いにより死亡。
そしてあなたも知るように、シン・レクサスはアクリ・ノワールによって殺害。
それをあなたが命を賭してまで助けた訳だけど……、
その影響か、それ以前なのか天人族のリノエラ・シュヴルは片翼を失う程の重傷を負った」
「片翼を奪ったのは、そこに居るアクリだ。
で、それよりも例の妖精族は?」
「あなたの思っている通りの結果よ。
例の妖精族、通称リーンは死亡した。
ハイドではない謎の第三者の介入により殺害されたのが確実ね。
彼女の遺体の傷から推測するに、神器使いの二人組。
神器の銘は恐らくアテナとゼウス、言うまでもなくラグナロクの何者かで間違いない。
でも、不可解な点が一つあったの」
「例のお前の弟か?」
私がそう言い返すと、シファは頷き言葉を続ける。
「そう、あの子は例の妖精と共に発見された。
さっきまでのあなたと同様、意識不明の状態でね。
でも、あの子は殺されなかった。
妖精族の彼女は酷い傷が生まれていたにも関わらず、あの子だけは無事に生存していたの。
ラグナロクが彼を生かしたとなれば、彼はやはり奴等に目を付けられているのは確実、何かの目的に利用しているのは見て取れるもの」
「……、しかしお前の弟は結局妖精を救えなかったな。
どうするつもりだ?
これ以上、更なる揉め事に巻き込もうとしているのはお前の方だろう?」
「それは否定し切れないね。
ラグナロクが動いてる以上、戦力は少しでも多いに越した事はないし、開放者も更に必要になるから……」
「それが奴等の狙いだと、私は思うが?」
「どういう意味?」
「ラグナロクの一人が、お前との旧知の仲であるサリアの英雄だということ。
そして、今回の妖精族の件以外にもお前の弟の一件が既に奴等の目的を果たす上の過程に過ぎないと私は予想している。
お前の弟が、より力を付けていく一方それに煽られるように他の者達が力を付け始めている。
十剣のクラウスに至っては既に彼と同じ深層開放を習得している。
ラグナロクの目的、いやその裏に存在しているカオスはお前の弟を軸として新たなラグナロクの戦力を築こうとしている。
それが今回の戦いにて私が得た憶測の一つだ」
「カオスがあの子をその為に……、確かにあり得る話かもしれない。
つまり妖精族の彼女を殺しあの子だけを生かしたのは、彼をあの場で失わせない為」
「生かされたのは他にも居るだろう?
そこに居るアクリ・ノワールや私を含めて、生かされた者全てがラグナロクやカオスの駒として有用だからわざわざ生かした訳だろう。
それにシファ、恐らくお前も同じだ。
お前がサリア王国や十剣を指揮する事で、今後のラグナロクの駒となる存在の育成にお前自身も無自覚なまま利用されている訳だ」
「それじゃあ、これから私はどうしろって言うの?」
珍しく、シファが同様し怒りの感情を持ちながら私にそう尋ねる。
ただ、その答えは単純なモノだ。
「現状のままで問題ない。
敵が己の戦力の一端を見せ始めたという事はその分こちらが向こうの実力に追いつき始めているという事だ。
下手に今までの動きを変えてしまえば、かえって怪しまれるだろう」
「それは、そうだけど解決にはならないでしょう?」
「百年程度で何も進展が無かったこれまでに比べて、もの数ヶ月で今や敵の尖兵を呼び寄せた。
つまり、すぐに解決出来る問題ではないが、それは向こうも同じだ。
やろうと思えば、お前の弟を回収すれば良かったものをわざわざそれを放置した。
つまり向こうも今が、動くべき時ではないと判断しているという事だ。
下手にこちらが焦るよりは、敵の動きを警戒し向こうが動いた時に備え、こちらが万全の状態で動ける体制を整える事が最善手だろう?
これまでお前がそうして来たようにな」
「つまり、敵の意にわざと乗せられていろという事?」
「そういう事だ。
サリア王国、及び十剣内部に不審な動きがあるのはお前もよく知っているだろう?」
「ええ、クラウスに一度その事は相談してこれまでは彼にその辺りの事は任せていた。
結果、特に動きが分からないまま今に至っているけど……」
「………、アルクノヴァはその黒幕の存在を掴んでいた。
アスト・ラーニル、現十剣の長である奴が危険な存在だと死ぬ前に私に告げていた。
今回の連合軍及び、最終的な作戦決行をお前に代わって指示をしていたのは奴だったはずだ。
元は身内だから、その警戒が薄れていたのだろうがそこをおめおめと突かれたか……」
「まさかそんな……、アストがそんな事をする訳……。
でも待って、何であなたがそんな事をアルクノヴァから聞いていたの?
それに、彼が生きていたなら何で自殺を止めないで……」
「敵に利用される事を奴は恐れた可能性がある。
身柄を拘束し、裏切り者の第一容疑者であるアスト・ラーニルが指揮する連合軍に捕まったとなれば奴の知識をおめおめと利用され尽くされる可能性が非常に高い。
わざわざこちらの状況を悟られぬ為に、アルクノヴァは表上、ノエルとは不仲であったと周りに強く印象付けを行っていた。
そしては秘密裏にノエルとは数がどれほどかは分からないにしろ互いに情報交換をした上で様々な研究をしていたようだ。
その結果とした誕生したのが第4世代型ホムンクルス、二人の研究が生んだ存在がそこにいるアクリという存在に繋がる訳だ。
ノエルの生み出したシンの持っていたグリモワール・デコイ、それも今となってはそいつの中に存在している。
これ等の事象が、敵にとってどこまでが計画の内なのかを知る術は無いが……。
少なくとも、こちらの戦力としては申し分ない。
彼女のあまりの強さ故に、こうして病院送りにされた私だからな」
皮肉混じりにそう言うと、アクリの表情が僅かに動く。
苦笑、そういう表情をしているように見える。
そんな私の言葉を受け止めると、シファは僅かに思考を巡らせ返答した。
「なるほど、奇しくも彼の方が敵について一番警戒していた訳か……。
神器の大量生産の目論見、それを私達は警戒していたけど目的はどうもこちら側と同じだった……。
サリアや他の国をあまり信用出来ないのは、元帝国としての誇り云々かと私は思ってはいたんだけど実際は各組織内部での裏切りを既に掌握していた訳か……。
色々とこちらが足踏みしている間に、ずっと先を越されていたのね……」
「後悔してもどうにもならない。
それで、今後の方針はどうするつもりだ?
今回の戦いに参加し、私は編入する条件としてお前達に課された条件を一応は満たした。
これから、私はどうすればいい?
そしてお前はどうするつもりだ?
何か特別な指図が無いのであれば、私は私のやりたいようにするだけだが?」
私の質問に対し、彼女はゆっくりと言葉を返した。
「確かに、編入の為にこちらが出した条件は満たしたから後はラウの自由でも構わないよ。
私は今後、一度サリアに戻って色々とやらないといけない事があるからね。
でも、強いて協力を求めるならハイドの事を頼みたい。
あの子に対して、今後さらなる脅威が来るであろう事は確実、もしかしたら既にその手は及び始めてるかもしれないからね」
「了解した。」
「あの、少しいいですか?」
こちらの会話に対して、唐突にアクリが割り込んだ。
「何だ?」
「私は何をすればいいんですか?
あなたに仕えていた、あの人の代わりを務めればいいんですよね?
そう、ですよね……?」
「……、シンに解読を任せていた幾つかの資料がある。
解読を終えた物、その途中の物全てを私の元へ手配しろ。
お前の役目はそれで終わりだ、後はあの弟がヤマト王国の第三王女の護衛を終える期間までの間、シンが任命されたサリア王国第二王女の護衛役としての役目を果たせ。
全てを終え次第、後はシファから受けた命令に従うように、以上だ」
「何を言って……、そんなのって私はもう用済みって事じゃないですか……。
あの人を殺したのは確かに私です、だからこそあの人の役割はその分私が埋めないと……」
「お前は邪魔だ、余計な手間をする必要はない」
「っ、何でそんな事を言うんです……。
私、何だって出来ますよ、暗号の解読だって、勉強だって家事でも何でも出来ますよ……。
私、私は……優秀なんです、だから、だから……」
「必要ない。
書類を送れないであれば私の方から回収に向かう」
「っ、そうですか……、私用済みなんですよね……」
了解しました、早急に手配します。
シファさん、私、先に行ってますね……」
僅かに涙ぐむ彼女、早足でこの場を去った。
私の対応に対して、不満を抱いたのかシファが口を開く。
「流石にあんな言い方はないでしょう、ラウ?」
「私の従者はシン一人で十分だ……。
彼女以外、誰も必要ではない。
アクリが彼女の意思を引き継ぐ意思は問わず、私は今後誰一人従者は置かないつもりだ」
「なるほど、そういう事ね。
彼女の事、あなたなりには結構気にしてるんだ。
意外というか、なんというかそれなら少し納得……」
「シンは今回の任務に参加する時、既にその命は残り僅かだった。
私にはその件を一切を言わず、淡々とこれまで私の為に全てを尽くしてくれた。
故に彼女の死の全ては、アクリではなく私の責任だ」
「シンちゃんは、そんな事微塵も思ってはいないと思うけど。
むしろそう思わせない為の、あなたへの配慮だったんじゃないかな?
多分、彼女の事なら尚のことそうだと思う」
「いや、私の責任だ。
彼女に対して、何もしていなかった私自身への当然の報いだ……」
僅かに空白の時間が流れる。
すると、僅かに驚いた顔でシファは口を開いた。
「ラウ、泣いてるの?」
「何……?」
シファに指摘され、頬を伝う水のような物が流れる感覚を今更ながら自覚した。
私が泣いているのか?
右の手で触れ、その水分の存在を再認識した。
「ラウ、あなたはすごく強い。
でもね、今くらいは弱くてもいいと思う。
その涙は、あなたの強さと優しさの証だから」
そう言って、シファは私の体をゆっくりと抱き寄せ己の胸に私の顔を埋めた。
逆らう事は容易、シファは対して強い力は込めておらず子供の力にも及ばない。
だから離れる事も容易いはず。
なのに抗う力が自然と入らなかった……。
こんな感覚は初めてだった。
「こうすればお互いの顔、見えないでしょう?
だからね、今は弱くていいよ……。
あなたが強くなるまで、今は私が支えてあげるから」
以降、お互い会話は無くなり時間だけが過ぎていく。
彼女は時間の己の許す限り側に続ける。
何も言わず、彼女は私を受け止め続ける。
そんな彼女の優しさに、何かが救われた気がした……