君の為に、私の為に
帝歴403年12月16日
戦いが終わり、2日が過ぎていたた。
いつも以上に外は冷え込み、僅かに雪が降る程。
僅かに降り積もった雪景色を見ながら、私は護衛対象である彼女等を連れて歩いていた。
シンの護衛対象であったルーシャ。
ラウの護衛対象であるシルビア。
そして、臨時の護衛としてシラフの護衛対象であるはずのシグレ・ヤマトの3人である。
「大丈夫、テナ?
任務が終わったばかりなんだからあんまり無理しない方がいいよ?」
「大丈夫、少しでも動かないとどうも落ち着かないからさ。
少しでも動いた方が私の気も紛れるからね」
「そっか……」
「それは貴方も同じでしょう、ルーシャ王女?
やっぱり自分の騎士が居ないと落ち着きがありませんし」
「シグレさん、姉様をからかうのはやめて下さい」
「別にからかってる訳ではありませんよ、シルビア王女。
全く、揃いも揃って護衛役が大怪我を負うとは……。
サリアの殿方は何を考えてるのでしょうね……。
同じ任務に参加している貴方は、その尻拭いをされているというのに」
「あはは……。
まぁ、僕の担当したところは最前線じゃないからね。
あの二人の方が、最前線に立ってたからさ」
「それなら仕方ありませんね」
「でも、やっぱり残念だなぁ。
シンさん、主が大怪我をしたにも関わらず実家の方から呼び出しを受けて私達には特に連絡せずに帰ってしまったそうだし。
あの人、サリアが祖国だと思っていたけどラウって人に仕える仕事の関係で遠い国から来ていたらしいし」
「そうですね、私も残念です。
姉様と共に、せめて最後の見送りくらいはしたかったですよ」
彼女達とそんな会話を交わしながら通学路を歩く。
戦いの影響でシン・レクサスは死亡した。
彼女達にはその件を伏せる為に帰省したという旨を伝えているのである。
私も先の戦いで多少の怪我を負ったが、より重症を負ったラウと彼に至っては現在も意識不明で寝込んでいる状態。
故に、動けない二人と亡くなった彼女に代わって私が彼女達の護衛役を引き受けているのだ。
先の戦いで、私はリーン・サイリスを殺している。
それが私の目的だったから。
だが、今回の任務で大きな収穫は2つある。
まず初めに、異時間同位体の未来のシルビア王女、その正体があのクレシア・ノワールであった事。
どのような経緯で例の彼女が神器を得たのか?
グリモワールを所持している理由。
彼女の本当の目的は何なのか?
そして、私に対しての協力的な対応の理由。
気になる点が多いが、危険な存在となり得るのなら早々と手を下すべきだろう。
神器を所持しているだけでなく、グリモワールを扱えるともなれば非常に厄介であるからだ。
対人戦においては、私との相性は最悪だろう。
今の私が本気になったところで、恐らく今の彼女には勝てない。
今後も警戒が必要な存在である事に変わりはない。
しかし、彼女に対して私が一番気になるのは、私への対応である。
関わった限り、彼女は私の正体やその本性に対しても熟知していた。
故に本来であれば、利害の一致で協力こそあれ理解を示す事はまずあり得ない。
何を根拠に私を信用しているのだろう?
いずれその真意を確かめなければならない。
そして、第4世代型ホムンクルスであるアクリを回収出来た事だろう。
アルクノヴァとノエルが秘密裏に研究していた生体兵器の完成系。
単純な基本性能であれば、ラウを軽く上回る程だったにも関わらず先の戦いでは両者が共に生存しておりその身柄は連国軍側により保護。
最終的には恐らく、シファが彼女の身柄を最終的に預かる予定であろうか?
シンが亡くなった事での埋め合わせの役割を彼女にさせる為に……。
彼女との交流は、戦いのあの日な顔を会わせた程度。
よく見れば、髪型が違うだけであのクレシア・ノワールとほぼ同じ顔をしている事に驚いた。
髪型を合わせれば、恐らく実の父母でも分からない程に……。
アルクノヴァがノワール家との関係があった事はある程度熟知していたが、彼女の両親のどちらかが研究に加担をしていたのはほぼ確実だろう。
そんなアルクノヴァも亡くなった今となっては知る術はほとんど無いに等しい……。
「ねえ、ちょっとテナ聞いてる?」
「……ああ、ごめん。
聞き逃したよ、何の話だったかな?」
ルーシャに声を掛けられた事に気付き、私は彼女に慌てて聞き返した。
「学校終わったら、シラフとラウのお見舞いに行くって話だよ。
今日は授業、午前中で終わるし。
私の友人も連れて行こうって話なんだけど、いいよね?」
「そんな事なら別に構わないよ。
一緒に行動して貰える分、こちらとしては楽だからさ」
「じゃあ決まりだね。
放課後、校門前に一度集合で」
彼女達の会話を見送りながら私は歩き続ける。
様々な問題が今後ともありそうだが、とにかくやれる限りは最善を尽くそう。
いつか必ず、この平穏が失われるとしても……。
私は今この瞬間の平穏を噛み締めたい……。
●
「とりあえず、これで諸々の手続きは終わりかなぁ。
編入と、身元手続き、この間の一件の奴もまとめて終わった
一応お金とかは私の方からまとめて入れとくから、在学中は心配無いと思うよ」
「はい。
ありがとうございます、シファさん」
オキデンスの街中で、一通りの手続きを終えた私達はお互いに体を伸ばし街を歩いていた。
午前中ずっと役所での書き込み等の色々と小難しい手続きで疲れたが目の前の障害の一つを解決出来たので僅かに安堵する。
私こと、アクリ・ノワールは先日の戦いにおいてマスター側、アルクノヴァ陣営においての唯一の生き残りだった。
戦い終えたその日にサリア王国のアスト・ラーニルを主導とする学院との連合軍に一時的ながら身柄を拘束されていた。
どうせ処刑される、そう思っていたが現在隣で露天で買った食べ物を口にしている彼女、シファ・ラーニルの監視の元で学院で一般の生徒と同じく生活する事になっているのである。
ただ単に、学院の生徒として通わせることが彼女の目的でない事はすぐに解った。
連合軍の誰もが、彼女の横暴な意見に反対の意を示したらしいが彼女の一声で一同に黙り反論を許さなかったらしい。
マスターからも一度は聞いていた、この世界で最も危険な存在と言われる所以の一端であろう。
しかし、横で子供のように無邪気に振る舞う彼女を見ていると本当にそうなのか疑わしいが。
私の動き一つ一つに対して、ある程度の意識が常に向けられているのは容易く見て取れる。
只者ではない事は確かであり、何が狙いなのか一向に何も掴めない。
距離感が分からない、初めての感覚だった。
「あの、シファさん?
何で私を引き取ったんですか?」
「うーん、あのまま放っておいたらアクリちゃん殺されてたでしょう?」
「あのくらいの人達なら、私一人で返り討ちくらいには出来ますけど」
「うーん、それでも私には勝てないでしょう?
貴方を殺すとして、その手を直接下すのは多分私になるだろうから私はそれを避けたの。
強さは申し分ないし、それに少し色々と頼みたい事があるからね」
「頼みたい事ですか?」
「うん、そう。
例の彼等が目を覚ましたら、私は一度サリアの方にに戻らないといけないんだよね。
私が今回学院に編入した理由が、アルクノヴァの一件の解決が目的だったからさ。
サリアに戻ったらまた別の一件とか、他にも色々と仕事を向こうで溜め込んでてそっちに集中しないといけないんだよね。
少なくとも、ハイドの在学中の期間は離れないといけないかも」
「つまり、その間学院に抜けている期間に貴方の学院での役割を私が代わりに努めて欲しいと?」
「そういうこと。
貴方も知っているはずでしょう?
ラグナロクが既に本格的に動いてること。
今回の戦いでも、確実にラグナロクが動いていたみたいだからね。
堕ちてしまった妖精族、それ以前にもラグナロクのとある人物が既に動いていた程。
その狙いは、開放者となった彼に向かっている。
そして、あの戦いで妖精族の彼女はラグナロクの何者かによって殺されている。
遺体は意識不明の彼と同じ場所で発見された。
あの遺体に残された傷からして、あの子の炎と武器では無いのは確実かな。
彼女の体には神器の過度な使用による魔力痕が全体に及んでいたのと、強力な電気を浴びたかのような損傷。
更には古い傷も合わさっているのだけど胴体を槍か何かで一度貫かれた痕が残されていた。
私の予想は敵は恐らく二人組、アテナとゼウスの契約者だと踏んでいる」
ラグナロクという組織については、先輩から聞いたことがある。
そして、マスター達からも噂程度でその存在を聞いた事が何度かあった。
シファの言葉が事実ならば、先輩は二人を相手に戦っている。
いや、遺体が発見された同じ場所で見つかった彼と共に戦った末に敗れ殺されてしまった……。
「先輩がそんな輩に負けるなんて、あり得ませんよ」
「……そうだね。
でも、ラグナロクは私でも多少苦戦する程だよ。
あれ等と真っ向に戦える前提条件として、深層開放の習得は必須だから。
つまり、私の知る限りでは、私を含めて彼とクラウス、そして貴方とラウの5人くらいしかまともに相手にならないんじゃないかな?」
「敵の神器の能力は、遺体の傷から分かっているんですよね?
何かの対抗策はあるんでしょう?」
「現状を言えば、少し難しいのが本音かな。
まず初めにアテナの神器に関してだけど、あれは観測型と記憶型、そして能力型の全て要素が組み合わさってありとあらゆる攻撃を無効化出来る守りを極めた最強の神器。
私が本気で攻撃をしても、簡単には通せない。
そして、一番の問題はゼウス。
アテナが守りの極みであるなら、ゼウスは攻撃の極み。
能力型の神器の中で最も強い能力を持っている。
ゼウスの契約者を相手にしようのなら、開放者は3人以上は必要になる。
たかが契約者に開放者が3人必要、もし仮に深層開放を習得しているのなら私も本気で戦わないといけないくらい。
ラグナロク内でも5本の指には入る実力者である事はほぼ確実かな」
「私では勝てませんか?」
「貴方が慕っていた妖精族の彼女、その末路を見ても尚自分が勝てる勝算が十に一つでもあり得たとでも思う?」
隣を歩く彼女の言葉に何も返せない。
先輩が辿った末路、あまりにも酷いその死に様が脳裏に過ぎり自分の力の無さを痛感する。
私は強い、いや強いはずなのである。
でも、先輩は常に私よりも強かった。
そんな先輩を軽々と殺せる相手だということ……
「本当、いい性格してますね、あなたは……」
「私が聖人にでも見えたかな?
私、そこらの悪魔よりもタチが悪い自覚はあるからね」
「確かに、あなたは悪魔の方がお似合いですよね」
会話が途切れると、隣を歩く彼女の方からから着信音が鳴ると端末を手に取り誰かと話始めた。
相手が誰なのか、彼女の表情に笑顔が浮かんでいる様子を眺めながら通話を終えると彼女は私に話し掛けた。
「一応今日はこれで解散なんだけど、今日も一緒に彼等のお見舞いに行く?
ラウ、さっき意識が戻ったみたいだし」
「あの人が?
なら私も行きます、あの人とは色々と話をしなければいけないので……」
「じゃあ決まり、彼に何かお土産持っていこうか?
確か少し前に、気になる本があったとか言っていたし」
「そういえばシファさんはあの人と交際関係にあるんですよね。
よく付き合えますよね、あんな人と。
彼女の記憶から知る限りでは、マジムリです」
「うーん、まぁ付き合った理由はお互いの利害が一致したからだし。
それに、ラウはあなたの思う以上に良いところもあるよ」
「惚気はいいです。
さっさと買い物済まして向かいましょう。
書店ならすぐそこですし」
あの人の話を彼女からあまり聞きたく無いので私は近くの書店に向けて足を急ぐ。
「私を置いてかないでよ、アクリ!」
私を追って急ぎ足になる彼女。
子供ぽいのか、大人なのかよく分からない人だとつくづく思う。
これから私がどうするべきか、どうあるべきか……、
先輩がよく話していた、ハイドという少年。
そして、私の記憶に残り続けるラウの存在。
二人と関わり続ければ何かが掴める、そんな気がした。
そして、私は絶対に許さない。
先輩を殺したラグナロクの奴等全員、私がこの手で必ず殺してやる。
先輩の仇を必ず取るって、私は決めたんだから……