幻想の先を君に託して 後編
帝歴403年12月14日
爆風に呑まれた中、私はこの目で見ていた。
私の攻撃を阻んだ、盾の存在を……。
「イージス・ウォーリア。
私の持ちうる最強の盾です。
私にこれを使わせたのは、姉さんが初めてですよ」
私にそう告げた彼女は、砂煙が晴れていくと同時にその姿を私の前に表した。
山羊の紋様が刻まれた大盾を構え、白き甲冑に身を包んだ彼女がそこにいた。
「3つ目の神器っ………」
「深層解放、アテナ。
先程のゼウスとは対照的に、守りに特化した神器です。
この盾の前では、例えあのシファ・ラーニルだろうと破壊は困難を極めるでしょうね」
「っ………」
ここに来て、私が負けたのか……。
あの瞬間で他の神器を扱えるなど余りに想定外。
そして既に、私の身体は限界だ。
もう一歩も動く事が困難な程に……。
残された魔力も既に空に等しい……。
ここにきて、何もかもが水の泡だ……。
瞬間、私の身体が大きく弧を描くように吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられ、転がるように地に伏した。
僅かに動く指先で、私ら大地を握りしめる。
(ごめん……、ハイド……。
私一人で、あなたの両親の仇を取れなかった……)
ゆっくりと迫る足音。
敵はいつでも私を殺せる。
私の元に来た彼女は、私の胸ぐらを掴みあげ問い詰めた。
「一度は堕ちた存在です。
光をもう一度望んだ事がそもそもの間違いなんですよ?
あなたの半分はあの日の彼の魔力から生まれた。
だからあなたはこれまで生きていられたんです。
そのせいで、彼は弱くなってしまいましたがね……」
「その彼をあなたはどうするつもり?」
「あの方次第でしょう。
でも私個人として彼には死んで欲しくない。
その為に、色々と準備はしてきましたから。
英雄計画もいよいよ折り返し、そして私の目的もあと少しというところまで来た。
まあ、強いてあなたに言い残すのであれば、あなたが死んでも周りからその記憶は無くなりませんよ。
どうやらあなたは、特殊な存在らしいので。
しかし、私を覚えていられては面倒です。
あなたの死後に、彼に記憶が行き渡ってしまうので」
「ふざけるな……。
彼を道具のように扱うお前達を私は絶対に許さない」
「勝手に言って下さい」
そう言うと、私の身体を軽く投げ飛ばし地面に叩きつける。
ほとんど動かない身体、視線だけを彼女に向け睨みつける。
「そう言えば、あの時と同じですね?
ここに居たという、ローゼンとかいうホムンクルス。
あなたが殺したんでしょう?
私がこれからあなたにするように?」
「っ……」
「ある意味、因果応報という訳ですね。
でも、あなたを殺す前にその記憶を貰います。
あなたの中にある私の記憶は、今の状態で彼に知れ渡る事は面倒ですので」
「何が目的なの?
ラグナロクとしてのあなたの目的、その主の目的以外にあなた個人で別の目的のあるような言い分じゃない?
今の彼に、貴方がどう映っているのかはもうどうでもいい。
貴方は、彼をどうするつもりなの?
ラグナロクやあなたの主が彼に何を望んでいるの?」
「質問が多いですね。
まあ、どうせ最後ですからね構いませんよ。
はじめに英雄計画ついて、それが私達の主が行おうとしているモノ。
これは、先程説明しましたよね?
今の世界が成り立っている、根本的なシステムの一つです。
そして、我々ラグナロクが行うのも英雄計画。
彼等はあの方と思想は違えど、己の意思であの方に力を貸しているんです。
ラグナロクである私達に与えられている命令は幾つか有りますが、主に異時間同位体の殲滅や英雄計画遂行の為の英雄達への助力です。
表立って動いているのは私のようなごく少数ですが。
そして私個人に与えられた役目、英雄が英雄となる為に必要な工程の一つとして悪役が必要なんです。
英雄が民衆の正義である為に、英雄と対立する必要悪という存在がね。
英雄が民衆の正義として成り立つ為に、英雄がさらなる成長をする為に悪役が必要なんです。
絶対的な悪、それも強い英雄には強い悪がより必要になるんです。
その為に生まれたのが私ですよ。
彼が正義の側であり続ける為に、私という悪の存在が生まれた」
「やはり彼を裏切る事が前提条件という訳?」
「ええ、ですが私個人としてはどうだっていいんです。
英雄計画遂行の為にとかは、建前でね。
私は私の意思で彼の側に居たいんですよ。
でも、それがどうやらラグナロクやあの方にとっては不都合みたいでこれまで色々と邪魔をされたんですよ。
一時期は恋人同士にもなれたのに、離れざるを得なかった程。
ある意味、あなたとは似た者同士かもしれませんね。
私も世界が憎いんです、そして彼の周りにいる他の女共も同時にとても憎いんです。
でも悪役としては丁度良さそうですよ、私。
彼が自分の大切な全てを守ろうとするならば、私は彼以外の全ては必要無い。
私が彼の守りたい大切なモノ全てを奪おうとすれば、きっと彼は私を見てくれます、私がこれ以上道を踏み間違えないようにと。
先程彼が、あなたにしようとしたようにね?」
彼に対する依存心が尋常ではない……。
ラグナロクやあの方に従うのも、全ては己の為であり彼の為なのだ。
私と彼女はある意味似通っている。
でも、彼女の思想は極めて危険だ……。
彼女は彼の為ならどんな事でもすると言っている。
人殺しも問わない。
いや、それ以上に彼女は彼さえ居ればそれだけで良いと言っているのだ。
つまり人殺しも過程の一つで、手段の一つだ。
どんなモノであれ、彼女は彼の為なら何でもする。
例えそれが友にも、恋人でも、家族でも、敵であろうとも彼が自分を見てくれるなら、彼女はそれで良いのだ。
家族を殺した事も、これから彼をどんな不幸に陥れようとも構わない。
こんな奴を野放しにすれば、彼の身が危ない……。
でも……。
「話が過ぎましたね。
では、あなたの記憶を貰います。
さようなら、姉さん。
これでようやく、あなたの長い物語が終えられますよ。
次に会うとき、もしかしたらラグナロクの1人として会えるかもしれませんね?
私を覚えてるかは知りませんが、まあどちらでも構いませんよ。
あなたが私の邪魔さえしなければね……」
そう言うと、再び彼女の姿が変わった。
異質なナニカ。
影のような、幻とも思えるようなナニカ。
最後の瞬間、彼女が何らかの力を使う瞬間を垣間見る。
僅かに紫に光る彼女の瞳。
そこに向かって意識が吸い込まれる中、闇へと意識が消えゆく最中で彼に向かって祈った。
どうか、あなただけでも生きて……。
この世界がどれほど醜い世界でも……
あなたならきっと出来るから、
あなたの幻想は、いつか必ず叶う……。
死にゆく私に、光をくれた……。
あなたは、■■のような存在だから。
「では、さようなら……」
その声が私の聞いた最後の瞬間だった。
●
「ーーーーー!!」
「ーーっ!ーーを!!」
「ーーー名、応急手当をーー!!」
声が聞こえる。
周りがとにかく騒がしい、多くの人間の声が飛び交う中で俺を呼ぶ声もあった。
酷く寒い場所、冷たい冷気が全身を貫く。
「っ……、一体俺は……」
記憶が不鮮明、先程まで確か違う場所に居た。
広い空間で、温かい場所……。
何処か懐かしい場所……
炎に包まれて……、そして……
一人の妖精が……
「待っていたよ、ハイド」
燃え盛る屋敷の中で幾度も剣を交えた光景が頭を過る。
これまでの記憶が一気にフラッシュバックし体が飛び上がるように起きあがった。
そうだ、俺はリンと戦ってそれから……。
戦いが終わって安堵したのも束の間、俺は最後の最後で彼女に裏切られたのだ。
「ありがとう。
そして、さようなら」
それが俺の聞いた彼女の最後の声である。
あれからどれくらい経った、何があったんだ……
「ようやく、目を覚ましたようですね」
思うように動かない体、視界すらままならない中で俺は聞き慣れた声を耳にした。
ここに居るはずの無い存在の声……。
「クレシアなのか?」
「何を言ってるんですか?
初対面の美少女に対して、いきなり変な名前を付けないで貰えますか?」
「っ?」
視界が徐々に鮮明に移り、ようやく人の顔が認識出来る程に回復すると先程の声の主はクレシアと多少似ているも髪型や顔付きが違っている。
いや、あの顔は何処かで……。
「あー、まぁ言いたい事は分かりますけど、改めて自己紹介しますね。
この可愛い美少女こと私の名前はアクリ・ノワールです★
少し前からあなたのお姉さんの下で、お世話になっていますのでよろしくお願いしますね★
私の主な役割はサリア王国第二王女であるルーシャ・ラグド・サリアの世話担当になります★
あなたは彼女の専属騎士みたいですからこれから色々とお世話になりまーす★」
明るく、元気に自己紹介をする彼女。
何処か、煩わしいとすら感じるがまぁ気にしてもしょうがないと思った。
ん、いや待て。
さっき言った彼女の名前に何処かで聞き覚えがあったな……。
確か、施設突入以前に目を通した敵の資料に、目の前の彼女と同性同名で似ているどころか本物そのもののような奴が居た気が……。
そこまでの思考に至り、俺は彼女と距離を取る。
全身が痛み、動きもままならない中俺は後退るように動く。
しかしすぐに、手元が無くなり床に体が落とされる。
どうやら何処かベッドで寝かされており、俺は治療を受けている最中のようである。
「ああーもう、言わんこっちゃない!
揃いも揃って馬鹿なんですかね?
それにいくらなんでもこんなに可愛い美少女を前に、怯えてドン引きとかあり得ませんよね?
こういう時は普通、少しは照れたりしますよね?」
何処か不機嫌な声を出すも、彼女は俺の体を抱きかかえベッドへ再び寝かしつけた。
「まぁ、とりあえず動けるくらいは元気なようですね。
まさか3日も意識不明とは思いませんでしたが」
「3日って、今日は一体いつなんだよ!
あの日からどれくらい経ったんだ?!」
「そう興奮しないで下さい。
順に色々説明しますから。
まず今日は、403年の12月17日です。
あなた達が私達の施設に突入した日からもう3日は経過したんですよ。
その間、生存者は6名。
意識不明の重体があなたを含めて2名と怪我人が私を含めて4名。
そして死者が先輩含めて4名出ました。
後ろに控えていたあなたのお姉さん達に身柄は回収されてその間あなたや他の仲間の治療に追われていました。
遺体は全て回収済み、それぞれ死因は様々みたいですがね」
「生存者が6名だと?」
その言葉を聞いて俺は絶句した。
あの日、施設に入ったのは俺とラウ、シン、リノエラ、シルビア様ことナドレ、そしてテナの計6名。
彼女が先程言った生存者は私を含めて6名という事は俺達の仲間の内の一人が死んだという事である。
そして更には、俺が必死になって救おうとしたリンもまた死んだという事を意味している。
敵の生き残りが彼女のみだとするなら、つまりそういう事になるのだから……。
「俺達の仲間の誰が死んだんだよ?」
「シン・レクサス。
私が彼女を殺したんですよ。
グリモワールの継承の為に元々計画されていた事ですからね」
「お前が……、殺した?」
「ええ、事実です。
お互いが合意の上で、行いました。
だから別に気にしなくてもいいんですよ、特に貴方は苦手だったんでしょう?
あなたの身内に危害を与えようとした者の手下でもあったんですから★」
「そうかもしれないが……、でもそれじゃあなんでお前が生きてるんだよ?
ラウはお前を絶対に許さないはずだろ?」
「ええ、だと思ったんですけどね。
でも私は、その人に救われたんですよ。
本当、人間ってよく分からないですよ……」
何処か寂しげな表情を浮かべる彼女。
ラウが彼女を助けたという話の真相はよく分からないが彼女が言う分には事実だろう。
いや、まだ彼女を信用していいのかすら分からない。
まして、他にも色々と気になることがあった。
本題中の本題、あの戦いの後のリンの行方だ……
「リンはどうなったんだよ?
多分、死んだだろうけどさあの日、あの戦いの後に何があった?」
俺がそう尋ねると、彼女の表情が変わる。
曇ったような表情から、怒りを覚えたかのように震えていた。
拳を握り締め、確かな声で話始める。
「殺され、ました……。
先輩は、リーン・サイリスは殺されたんです。
あんなに強くて、負け知らずな先輩が負けるなんてそもそもあり得ないのに……。
単身で、奴等に挑んで殺されてしまったんですよ……」
「奴等だと?」
「ラグナロク。
この世界を裏で牛耳っているとある組織の名前です。
彼等の内の一人に先輩は、リーン・サイリスは殺されたんですよ。
だから、私決めたんです。
その為に私、貴方が起きるのを待っていましたから」
「一体お前は、何をするつもりなんだよ?」
俺がそう彼女に尋ねると、俺を真っ直ぐと見つめ言葉を告げる。
「私と共に戦ってくれませんか?」
「戦うだと?」
「はい、私は先輩の仇を取りたいんです。
じゃないと私の気が済みません。
だから、私が貴方に出来る事ならなんでもします。
だからお願いです、私の復讐に力を貸して下さい!」
彼女が告げた謎の組織、ラグナロク。
敵であったはずの彼女から出た協力の申し出。
全てが終わってしまったかに思えた。
でも、違った。
これは、単なる終わりではない事を告げている……。
これから全てが始まるのだと。
大きな予感が過ぎった瞬間だった……