想いと戦いの果てに龍はナク
私は何の為に戦っている?
異型と化した肉体を見やりながら、私はそう疑問を抱いた。
私に歯向かう二人の人間を見下しながら、その疑問の答えを探る。
幾ら思考を巡らせようと何も分からない。
過去の記憶がほとんど無いに等しい。
しかし、そんな私にも唯一覚えている記憶が一つだけあった。
幼き少女と共に街を出歩いた記憶。
薄焦げ茶色の髪を揺らしながら、私の手を引き楽しそうに笑っている光景。
周りの人間とは明らかに異質な姿をしている私に対して周りの人間達は奇異の視線を向ける。
しかし手を引く少女は私を一人の人間として認めてくれた私の希望でもあり唯一の存在だった。
絶えぬ争いを強いる中、私を突き動かし続けるかつての記憶。
あの少女の名前だけが思い出せなかった。
●
帝歴403年12月14日
青い閃光を放ちながら、異型の龍と化した存在に私達は苦戦していた。
「テナっ!!」
攻撃が彼女に向かう中、私は彼女に向かい叫ぶ。
しかし、寸前のところで敵のアギトを己の持つ細剣でいなすように凌ぎ距離を取り直す。
「叫ばなくてもどうにかなりますよ。
ですが、これ以上は流石に防戦一方ですかね……」
「そうですか……」
「貴方は、事前に何か知らないんですか?
この状態の彼をどう止めるのかについて?」
「龍化をしてしまえば、力は数倍にも増幅します。
魔力の増幅も桁違いに高い、でもそう長くは保たないはずです。
一日も経過すれば自滅します」
「そんなに耐えられる余裕はありませんよ。
そうなると早々に決着をつけるならば、さっさとこちらが神器を使った方が早いかもしれませんね」
「貴方の場合、今この場で使うのはまずいでしょう?
貴方の主からも不必要な使用は控えられているはずですから?」
「それならどうしろと?
貴方一人で勝てるつもりですか?」
「倒しきれる寸前まではこちらで上手く運べます。
最期のトドメを貴方の一撃で仕留めて下さい」
「……、ソレは確実に倒せる方法?」
「問題はありません。
全力で私が挑めば確実に成功出来るかと。
最期の一撃で貴方が仕留め損なわなければですが」
「そう、じゃあお願い。
こっちとしても、無駄な魔力を使うのは疲れるから」
そう言って私の元から彼女は距離を置く。
そして、こちらを睨み警戒を続ける異型の龍の存在へ視線を送り、私は武器を構えた。
龍化したノーディアの外皮は青い光の鱗に覆われており生半可な攻撃は通用しない。
あの鱗を突破し、内部へ攻撃を通す糸口を掴めればテナの方で仕留められるはず。
問題はあの鱗を突破する程の攻撃力。
ソレが今の私の力で足りるのかという点である。
私の持つ神器はハイドの能力型と違って、観測型。
対人戦にはめっぽう非常に強いが、その攻撃力は圧倒的に能力型には見劣りしてしまう。
彼等の技を一応は模倣出来るが、それでも本物の威力には非常に劣ってしまうのだ……。
仮に深層解放を使うとしても恐らく攻撃力はあの鱗を突破するのには足りないだろう。
現在の彼のような深層解放の一歩先を使えれば話は別だろうが、そんな真似は今の私には出来ない。
深層解放の習得に私は契約から一年を要した。
急いでソレを習得したことにより弊害も幾つか起きてしまったが……。
その先を仮に使えたとして、ものの数分足らずであの力を使おうものなら確実に私自身が命を落としかねない。
今はこの場で死ぬ訳にはいかない。
だが、今の私が神器一つで勝てる相手ではないのだ。
だから、神器以外も含めて使う必要がある。
右腕の義手を見やり、僅かに目を閉じる。
覚悟は出来た。
目の前の存在を倒す事を考えよう。
相手が何者だろうと、今の私にはやらなければならない事がある。
果たす為の力、その為に今の私はここに居る。
「深層解放……」
全身の魔力が一気に引き上がり、光が全身を包み込み弾ける。
白銀の長い髪、全身を包む空と翼を模したかのような羽衣に私は身を包まれていた。
まるで天人族を思わせるように頭の上には虹の円環が現れ背中には純白の翼が魔法陣の模様を浮かばせながら存在していた。
「グリモワール起動。
対象の観測を開始、及び対象を危険と判断。
権限レベル10を許可及び、グリモアの使用を許可」
全身の外皮に蒼い光が右腕の義手を中心とし張り巡らせされていく。
張り巡らせれた瞬間、義手から魔法陣が展開され半透明な本達が現れた。
そして私の右側には3冊の本達が展開され左手には身の丈程の白い狙撃銃が存在している。
仮面の下から見える龍の姿。
今の彼は倒すべき存在。
あらゆる手段を使ってでも倒さないといけない。
「理の書庫、展開完了。
これより、対象の殲滅を開始します」
私の動きと同時に、異型の敵が動き出した。
●
「なるほど、確かに今の私よりは強いかもしれません」
目の前で繰り広げられる戦いを観察しながら、私は思わず目の前の女の方を称賛していた。
私が驚いた点は主に3つ。
・彼女が深層解放を習得していた点
・グリモワールを所持していた点
・深層解放と同時にグリモワールからグリモアを展開させた点である。
特に後半の2つに関しては私自身も予想していなかった事なのだ。
グリモワール、それもデコイではなくオリジナルを彼女は義手に埋め込み使用している。
どのような経緯があって所持しているのかは気になるところだがそれに続いて深層解放をしながらという特異な芸当を可能にしている。
深層解放の習得にどれくらいの期間を要したのかは不明だが、少なくとも彼よりも圧倒的に短い期間である事は間違いない。
現在のサリア王国第3王女が契約者である事を踏まえるなら見た目の年齢から推測するに契約してから恐らく3年足らずと言うところか?
仮にもっと短いというのなら、ある意味で現在の彼よりも特異点的存在だと言えるだろう。
そして、彼女がグリモワールから出現された半透明な本達。
恐らく、グリモアと呼ばれる理の権限を持つ代物だろう。マスター、そしてかつて他の種族神が奪い合った程のグリモワールが持つ本来の力。
魔術による破壊不可能に加えて、世界への干渉能力を持つ。
マスターと同等の力とも言えるソレは、マスター自身も強く警戒していたはずである。
異時間同位体の排除に関して、最も最重要かつ最優先で排除すべき存在がグリモワールの及びグリモアを使用出来る者としてある程だ。
つまり彼女を長く野放しにする場合、我々とって大きく不都合になり得る。
だが恐らく、ソレを彼女は分かっていた。
この力をはじめから使えるのなら、最初のリーン・サイリスの襲撃時に使用していただろう。
それで今回の事件はここまで肥大化することは無かった。
つまり彼女は今回の事件が起こる事、私がこの施設で何をしようとするかを予め分かっていたのだ。
前回の話でも、彼女は私の邪魔はしないと告げていたのだから恐らく今後どうなるのかも理解している。
しかし今回の状況において、彼女はグリモアを使用した。
目の前の敵がそれ程に強いのだろうか?
恐らく、敵を覆う魔力の鱗に彼女の攻撃が通らない為だろう。
攻撃を確実に通す為にグリモアを使用した。
彼女が私に最期のトドメを要求したのは、鱗を砕いた瞬間に私の一撃で彼の肉体内部に攻撃を当てろという意図なのだろう。
恐らく、チャンスはそう多くない。
グリモアを展開した瞬間、彼女の表情が僅かに変わった。
グリモアを制御するだけでも至難の技なのだろうが、それに加えて深層解放を使用している。
恐らく彼女の使える最大の力であって諸刃の剣そのもの。
目の前の敵以上に使った瞬間から命に関わるはずだ。
そこまでしておいて彼女は奴を倒さなければならないのか?
あるいは、彼だからこそ彼女は己の手で処理するべきだとした可能性がある。
二人の間に何かがあった可能性も拭えない。
しかし、今はさほど問題ではない。
敵が倒せればそれでいい。
そして、私がリーン・サイリスを葬る事が完了さえすれば後の事はマスター達で処理してくれる。
一番の問題はリーン・サイリスとの戦闘において、彼の存在をどうするかだ。
戦いが一段落し、恐らく勝つのは彼の方。
彼を気絶、あるいは戦闘不可能な状態にして彼女を処理する他はない。
戦いの余波で施設が崩壊した場合、私と彼がどうやって脱出をするべきなのかも問題になる。
色々と山積みの課題は多い。
目の前の敵もさることながら、その後の方がかなり厄介だろう。
全く、先がかなり思いやられる……。
●
龍と化したノーディアの攻撃は、動きは単調で攻撃の軌道は読みやすいがその速度と威力は人間形態よりも数倍の威力はある程。
グリモワールからの観測で事前に攻撃を予測、左手に携えた狙撃銃で攻撃を仕掛けるも彼の全身を覆う魔力の鱗に阻まれ攻撃が通らない。
グリモアを使用し、魔術を用いての敵の弱体化を試みるも有効とは思えないまま時間が過ぎていた。
「グルァァっ!!」
敵の咆哮と同時に、攻撃が目前に迫る。
グリモアを用いて防壁を張り寸前で受け止めるも衝撃の凄まじさから吹き飛ばされる。
「一撃が重い……」
体制を整え地に降り立つ、すぐさま移動を開始し敵への攻撃を再開。
まるで災害の如く、敵の攻撃は激しい。
広く、白い立方体の空間を龍と私の翼が目まぐるしく飛び回り続ける。
「工程完了、武装展開……」
右に存在している本達から魔法陣が現れ、赤い光の立方体が無数に出現。
龍の体に纏わるように、光は包み込む。
「ジャッジメント・レイ」
刹那、赤い光が激しい閃光げ弾ける。
しかし、衝撃をものともせず私に向かって攻撃を仕掛けてくる。
生半可な攻撃では効かない。
やはり私には彼等のような必殺の一撃を持っていない為に瞬間での攻撃力には非常に劣っている。
深層解放、グリモワールの観測、グリモアの展開。
この3つを用いても、私は未だに弱いままだ……。
あの時から何も変わっていない。
あの世界で、私だけが生かされ何度も何度も生かされ生き延びてしまった。
私なんかよりも、生きるべき人が沢山居たはずなのに……。
「それでも、私はここに居るんだ!」
銃を構える。グリモアを銃口の周りに展開し魔法陣を形成していく。
ここで目の前の敵を食い止める。
みんなへ未来を繋ぐ為に。
私はここに居るんだから。
「イーサ・アリシアス」
込められた膨大な魔力の光が武器から放たれる。
龍の肉体に光が衝突し貫く。
辺りは光の輝きに視界が染まり、爆発の衝撃が響き渡る。
しかし、その刹那だった。
敵の気配がすぐ目前にまで迫っていた事をようやく知覚する。
気付いた時には既に目の前に敵の攻撃が当たる直前、とても回避出来る余裕はない。
先程の攻撃は全く効いていない訳でもなく、敵の全身を覆う鱗のほとんどが剥ぎ取られるかヒビ割れていたのだ。
瞬間、全身が凄まじい衝撃に貫かれた。
龍の攻撃を直接受けて、体が大きく歪むような感覚が全身を貫く。
「っ!!」
紙くず同然に体が吹き飛び壁に叩きつけられる。
そして今の攻撃の瞬間、私は魔力の扱いを誤ってしまっていたのかグリモアに向けて急激に魔力が流れ込んでいく。
体内の魔力のバランスが急激に乱れていき、最終的には深層解放は愚かグリモワールの稼働が止まってしまった。
「っ……こんな時にどうして……!!」
龍が近づく、敵の攻撃がすぐ近くに迫ろうとする中私はテナの方に視線を向ける。
彼女は現在、攻撃の溜めを行っている途中だ。
今の溜めの力で、アレを倒しきるのは不可能。
つまり、私が今すぐに動かなければここで私は殺される。
今の彼が正気でない事。
そして今の私の事など知らないのは分かりきっている。
交渉による時間稼ぎも出来ない……。
深層解放、グリモワールを扱うにも時間が足りない……。
このままじゃ……
「オマエハ……イッタイ?」
諦めかけた刹那に聞こえた龍の言葉。
呆然と声の主に視線を向ける、死を覚悟した瞬間に龍は私に再び問いかけた。
「ソレをドコで手に入れた?」
彼が爪で指差した先には、私の首にかけられた一つの首飾りがそこにあった。
服の下に普段は隠れているはずのソレが戦いによって破れた衣服から誤って出てしまったのだろうか。
例の首飾りを見て龍と化した彼は私に尋ねてきた。
「何故、オマエがソレを持っている」
「……、これは私の大切な人から貰ったものです。
貰った時から、私は常に肌身離さず持ち歩いています」
「オマエの名は、なんだ?」
私がそう答えた途端、目の前の龍の表情が変わる。
明らかに険しい表情を浮かべ、私に対して凄まじい怒りの感情を向け始めた。
「答えろ!
何故お前がソレを持っている!!
ソレは本来、貴様が持つべきものでは無いはずだ!!」
目の前の龍は怒りを露わにこちらを問い詰める。
答えるべきか、答えぬべきか……
「私の名前……」
龍が徐々に近づき、私の首元を容赦なく掴み掛かる。 怒りの感情がより強くこちらに向けられる。
仮面の下からでも、分かる。
憎しみ、怒り、焦り、恐怖、様々な感情が伝わってくる。
でも、私自身も同じだ……
「そうだよね、分かりませんよね、やっぱり……。
こんな姿じゃ、こんな変わり果てた私の姿を見ても今の貴方が絶対に私をわかってくれる訳がない……。
本当に、いつもいつも私の思い通りにはならないんだからっ!!」
顔に着けた仮面を捨てるように投げ、私は龍に顔を晒した。
「クレシア、ソレが私の名前……」
全身の魔力が急激に引き上がり、私の体が光に包まれる。
おかしくなりそうだ。
光の弾けた時に魔力で龍の手元が私から離れる。
気付けば、私の右手には華奢な一振りの真紅の剣が握られていた。
こんな事、本当は望んでいなかった
私はもう目の前の誰も失いたくない。
それでも、私は今の私がやるべき事は……
剣を構える。
あの日、あの時、彼が私を助けてくれたように。
私は目の前の彼を倒す為に、この剣を振るう。
私が生きる為に
未来を彼に、ハイドに繋ぐ為に
彼が幸せに生きられる世界の為に
私は……
溢れる悲しみを押し殺しても、涙が止まらない。
殺したくない、失いたくない……。
でも、今の彼は、ノーディアは私達の敵だ。
だからもう決めたんだ。
剣に光が集まり、熱が溢れる。
身を焦がすような熱い光が、私の握る一振りの剣に収束していく。
まるでそれは太陽のように、この空間を照らしていた。
「私の邪魔をするなら例え貴方であっても……、
私の進む道を阻むなら全てが敵だ!!」
私の放つ魔力に気圧され、龍の動きが止まる。
「まさか、君は……」
覚悟は出来た。
だから何も恐れない、感情を殺して目の前の敵へと視線を向ける。
「アインズ・クリュティーエ……」
光と熱の塊と化した剣を振るった刹那、剣から激しい光と熱が放出される。
けたたましい爆発と衝撃の嵐が龍へと向かい、光と熱に包まれる。
光と熱の嵐に包まれ、私の意識が途切れた。
●
「へえ、アレを食らってまだ生きてたんだ。
流石、ホムンクルスと言われるくらいは頑丈みたいか」
女声に気付き意識が戻る。
満身創痍の体を動かそうと抗うが手足の先の感覚がない。
辛うじて動いた首で声の主を見やると、テナと思われる人物がそこにいた。
「何があった……、確か私は龍化してそれから」
混濁する記憶を辿り何があったのかを必死に思い出そうとする。
龍化した際、私の意識はほとんど無かった。
覚えているのは昔のクレシアと街を歩いていた記憶。
そして、私はナドレとかいう女の仲間に追い詰めてそれから……。
彼女は赤い首飾りを持っていた。
それから彼女を問い詰め、私にこう言い放った。
(クレシア、ソレが私の名前……)
それから私は彼女の攻撃を受け、その成れの果てが現在の様なのだから……。
「そうか、そういう事か……。
はははっ……」
妙な笑いが込み上げ、気付けば私は笑っていた。
愚かな自分の行動、形は違えど私は本気で彼女とお互いに殺し合いをしていたのだ。
守ると誓った彼女を、この私自らが……
「君は、どうせ放っておいても死ぬだろうね。
それでも一応聞くけどさ、殺されたい?
そして何か言い残す事はある?
事が終わったら、一応彼女には私の方から伝えておくけどさ」
「……構わん、さっさと私を殺せ。
言い残す言葉も、合わせる顔も今の私にはない」
「そう。
一応、貴方一人殺せるだけの魔力はもう準備してあるから」
そう言って、彼女は禍々しい魔力を帯びた剣を私に突きつける。
「……どうした、さっさとやれ」
「私から最期に質問、あの子と貴方との関係は?」
「私は彼女の名付け親だ……。
姿形は今の彼女と違えど、私は……」
「なるほど、僕を頼った理由が納得したよ」
剣を構え、そして最期に彼女は私に告げる。
「さようなら、ノーディア」
意識の途切れる間際、私は何かの違和感を感じた。
とても決定的な何かを忘れている。
何か大切な記憶の一つが欠けている。
龍化した影響で消えたのだろうか、それすらも分からない。
だが私は何処かで安堵していた。
私はこれ以上誰かを傷付けずに済むのだから。
最期の瞬間、倒れ伏す彼女に視線が向かう。
私との戦いで酷く傷付いた彼女、こんな形であったが私はある意味で満足していた。
最期にもう一度、君に会えて本当に良かった……
瞬間、私の意識がゆっくりと闇の中へと消えていった。