第二十話 時を同じくして
ルーシャからの冗談にしては悪いやり方の悪戯に遊ばれた俺は、落ち着いた頃を見計らって、実際のところ同居することになった点をどう思っているのか尋ねた。
「それで、実際に部屋の件はどうなんだよ?」
「私は構わないよ。
多少の家柄程度では変更は難しいからね。
というか、今更発言撤回するの?」
彼女はどうやら本気らしい。
今更拒否しようにも、俺に拒否権は恐らくない。
先程のやり取りで言質も取られてることだし……。
「はいはい。
もう、ルーシャの好きなようにすればいいよ。
俺はあなたに逆らえないのでね」
「ふーん……。
ねぇ、シラフ、それでその……どうかな……?
私、前よりも少しは成長してるでしょ?」
ルーシャは目の前で一回右にくるりと回って、ポーズを決める。
学院での流行りなのか、何かに影響されたのかわからないがいかにも年頃の少女という感じの振る舞いだろう。
いくら幼馴染で見慣れていた彼女であっても、他の子達と比べても恵まれた容姿を持ってる彼女が魅力的に見えない訳がない。
しかし、彼女が何の答えを俺に求めているかが正直分からない。
単に褒めるだけでは飽き足らず、前に会った頃より背が伸びたとか、いや髪型が変わったとかそっちの方向の可能性もあるのだ。
彼女をよく知る俺の予想だと多分何を言っても、俺の想像以上の発言を求めるのが彼女のやり方なのだと思う。
とりあえず、無難な答えを出してみることにする。
「うーん、背が伸びたとか?」
「はぁ……。」
返ってきたのは落胆のため息だ。
まぁ、当然の返しだろう。
「シラフに聞いたのが馬鹿だった。
綺麗なったねとか、相変わらずお美しいですねとか主に対してそういう世辞とか上手い社交辞令の一つも言えないの?」
「わざわざ俺がルーシャに言う事か?
俺なんかが今更それを言ったところでルーシャは信じないだろう?」
「うーん、ソレはまぁそうだけどさ……。
んー、じゃあもういい。
ねえ、シラフ?
それで、リンちゃんとシファ様はどうしてるの?
二人も学院に来てたりする?」
「まぁな。
リンと姉さんは今は一緒に行動してる。
たまにはこっちに遊びに来るって」
「そっか、私も久々にシファさんに会いたいなぁ。
リンちゃんにもお菓子あげたいし」
「それと、明日。
姉さんがラノワさんと試合をするらしい」
「えっ?
今、ラノワって言った?」
「ああ」
「あの人、八席の一人で魔王って異名が付けられてる凄い人だよ。
このオキデンスの中でも最強って言われるくらいで、顔も良いから他の女子達からも人気が熱狂的だし。
昨年の試合も激しくて、会場の一部が半壊した程。
まぁ相手が相手で去年は惜しかったんだけどね……、今年こそは優勝するだろうて噂になってるもの」
「オキデンス最強か、でもなぁ……」
「何その、微妙な反応?」
「いや別に……。
相手が姉さんだから結果はもう見えてる」
「そうなんだ……。
相変わらずシラフは、シファ様推しよね」
そんな俺に対してルーシャは俺が身に付けている腕輪に気づく。
「あれ、その腕輪。
そんなの、まだ身に着けてるんだ。
コレのせいで苦しんでるだけなのに」
「ああ、まぁな。
そういえばまだ伝えて無かったよなルーシャには。
俺、去年から正式に十剣になったんだよ」
「えっ!!
シラフが十剣に!!」
そして俺はルーシャにその経緯を話す。
俺が国でどんな事があって今に至っているのかを……。
とりあえず、あの二人については話さなかったが。
「そんな事が……。
でも大丈夫なの、だってシラフはさ……」
「剣術と、魔力操作があるからそれなりに戦えるよ。
これでも前より、強くはなってるつもりだからさ」
「そうなんだ……。
なら心配ない、よね?」
ルーシャは少し暗い表情を見せていた。
それを見かねて、俺は言葉を続ける
「そんな心配しなくていいよ。
俺だってもう昔みたいに弱々しくないんだからさ。
とりあえず久しぶりに再会たんだ、何か料理の一つや2つくらい作ってやるよ」
「シラフが料理するの?」
「そうだが……。
まさか俺が出来ないとでも思っていたのか?」
「いや、だってシラフは火を扱うものとか全然駄目だったからさ……」
「日常生活には支障は無いよ。
だからそんなに心配するなって。
それより、何か食べたい物とかあるか?」
「それじゃあ、鳥肉系とか……。
ああ……でも材料買わないと……。」
「了解、それじゃあ買い出しついでに街の案内頼むよ。
それでいいか、ルーシャ」
「うん、じゃあすぐに支度するね…」
目の前の彼女に自然な笑顔が戻る。
そして彼女が支度を終えるのを待ち共に街へと買い出しへと向かった。
●
シラフと別れた私とリンが案内された寮は、まさかのラウの従者である、シンとの相部屋だった。
「ええと、これからよろしくねシン」
「はい、よろしくお願い致しますシファ様」
ひとまず挨拶を交わすも以降の会話があまり浮かばない。
何度か王都で見かけて交流は多少あったはずなんだが、元々彼女はあの人が居ないと私と関わるのは最低限にしたいのが本音なんだろうが……。
「まだ何か?」
「いえ、特には何も……」
「そうですか、では何かありましたらお呼び下さい。
私は荷物の確認がありますので」
そしてシンは特に何か会話を交わす事はなく部屋の奥へと去って行った。
「シファ姉、どうするの?」
私の様子を心配してリンは彼女に話しかける。
知り合いとは言っても特別仲が良い訳じゃないし、特にノエルが亡くなった後は音沙汰が無かったくらいである。
「どうするも何も、仕方ないよ。
慣れてくればきっと親しくなれると思うよ……。
多分ね、今はちょっとだけ難しいかもだけど」
「そうだといいけどなぁ……。
ねぇ、夕飯どうしようか?」
「外で食べようか、私料理できないし……。
長旅で疲れてるシンに作って貰うのは流石に悪いからさ」
「はーい。
そうだ、シラフも呼ぶ?」
「あっ……連絡先聞くの忘れた……」
「じゃあ、シラフ抜きだね。
いつもの小言も言われないから、思いっきり好きなの食べに行こうよ!」
「確かに、それもいいかもね。
シラフにはちょっと悪いけど、それじゃ早速行こっか?」
「うん!」
ひとまず私達は外で食事を取ることにした。
これから先、色々あるだろうが何とかなるだろう。
明日の試合、正直私としては色々と面倒。
あの人、悪魔憑きみたいだし……。
変に勘付かれて騒がれても嫌だけど、ここで釘を差しておいた方が賢明だろうか?
とにかく、今は腹ごしらえが優先。
何食べようかなぁ……。
●
「君が新しい編入生か?」
私の目の前には茶髪の女性が居た。
身だしなみは気にしない性格なのか寝癖なのか癖毛がかなりひどく、伸ばした髪がかなり荒れていた。
目の下にはクマのようなモノが見受けられ、部屋もかなり散らかっており、彼女の私生活の乱れが顕著に現れていた。
「私の事を指しているのなら、恐らくそうだろう。
私以外にも誰か居るか?」
「いや、別に君ならそれでいいよ。
私は、シトラ。
シトラ・ローランだ
君は?」
「ラウ・クローリア。
サリア王国から本日より編入した」
「ふーん、クローリアか」
「何か気に触ることでも?」
「いや、私の気のせいだ。
それで君は何年から編入だい?」
「四年だ」
「そうか……なら私の一つ下か。
私は五年だからな」
「学年が上だからお前を敬えとでも?」
「いや別にそんな事は必要無いよ。
正直、自然体でいてもらった方がこちらとしては楽だからね」
「そうか、なら好きにさせて貰う」
「でも君……かなり面白いね?
もしかして闘武祭には出るのかい?」
「一応申請はしている」
「なるほど、いい判断だよ。
実力があれば単位の免除もあるからね。
授業をサボるにはうってつけだからな。
私も闘武祭には結構上の部類でその恩恵を受けている身だからね」
「そうか」
「これでも学位序列7位の身でね。
その甲斐あって単位の6割程は免除されている。
お蔭様でこうして外界から避けて暮らせるのが、色々と気楽でいいよ」
「なるほど。
つまりお前は世間的でいう引き込もりか?」
「そうだな。
私は世間一般的に言われる引き込もりだよ。
今朝も、また両親からちゃんと登校しろなどと催促されたばかりでね。
煩わしいだけだよ、全く」
「そうか」
「君は人との話があまり得意では無いようだね?」
「興味が無い、それだけだ」
それを聞いたシトラは突然笑い出す。
何がおかしいのか私には分からない。
だが笑いが収まると、彼女は私へゆっくりと右手を差し出してきた。
「まあとにかくだ。
これからよろしく頼むよ、ラウ君」
引き込もりの女性シトラ。
何処か掴みどころない彼女、しかし只者ではない異様な気配に私は警戒していた。
何となく、彼女とは長い付き合いになるのかもしれないと思った。