敵地突入
帝歴403年12月14日
北に向かう列車の中、特に会話を交わす事もなく時間が過ぎていく。
俺の向かいに座るのはラウとシン、そしてテナ。
窓際に座る俺の隣に未来から来たというシルビア様(偽名としてここではナドレで通す)、そして天人族であるリノエラが座っていた。
リノエラとラウは以前に一度祭りで戦っており、リノエラはその時の事を引きずっているのか未だにラウを強く警戒している様子だった。
終始彼を睨んでいる模様、俺自身も彼を信用していいものか迷ったが戦力は多いに越した事は無い為自分の方から頼んだ程である。
そして、その隣に座るナドレも特に会話をするなことなくフードを深く被った上に少し怪しげな仮面を付けているという変装をしている程の徹底振りであった。
まあ、素性が素性故に仕方ないだろう。
しかし、そこまですることはないかと思う。
髪も最初に会った頃と比べてかなり短く切っており現在の彼女の面影はほとんど感じず別人そのものなのだ。
目立つような変装をするのがかえって悪手ではないかと自分は感じた。
そして、例のラウとシンは最初に出会った頃と同様、無駄な会話はせず静かに座っている様子。
ラウは、俺の向かいに座りながらも肘を窓際に付け頬杖を付きながら外の景色を眺めていた。
この中で特に目立つ存在が一人いる。
「駅員さん、このお弁当もう一つ頂戴!」
既に4つ程の弁当を平らげ、いよいよ5つ目のソレに手をつける大食漢の彼女。
この中で最も異彩を放っていた存在テナであった。
「みんなは任務前に何も食べなくていいの?
そんなんじゃいざって時に動けないよ、全く……」
場が張り詰めている中でも彼女に至っては変わらず平常運転。あまりの食欲旺盛さに俺自身、僅かに引いてるくらいである。
「お前、言ってる事は正しいが流石に食い過ぎだろ!
もう4つ同じの食ってるよな!
それから更に食うってなんだよ、先日だって買い物に付き添って食い物を溢れる程に買ったのにさ……」
「えっと、我慢出来なくて今日の朝には全部食べちゃった」
「全部って………」
照れながらそう言う彼女に俺は唖然とした。
先日買った食料品、一般人なら一週間分は保つはずの量であったはずなのである。
それを1日と少しで全部食い尽くした挙げ句に、彼女は今の爆食い模様であるのだ。
もはや呆れるしかない。
「もう好きにしろ。
お前、飯食い過ぎて動けないとかは無しにしろよ」
「分かってる分かってる」
そうこうしている内に5つ目も完食。
流石に限界なのか、飲み物に口を付け一息ついていた。
「もう一つくらいならイケるかな?」
「お前なぁ……」
会話をしているのは俺とテナのみ。
しかし、この人員のほとんどの視線がとにかく沢山食べているテナに向かっていた。
彼女の隣に座るシンさんはテナのあまりの食べように若干引き気味の様子。
ラウに少し寄りかかるような態勢をしているが、ラウは特に気にせず窓の外を眺めていた。
「相変わらず騒がしいな、お前達は……」
窓の方に視線を向けながら、ラウはそう呟いた
●
敵の本拠地がある北の学院エリア、セプテント。
年間を通してかなり気温が低く、今の季節は厳しい寒さに加えて真っ白な雪景色に包まれていた。
「とりあえず無事到着か……。
列車内の襲撃を警戒していたが、そこまで警戒せずとも良かったみたいだな」
「私とシンでその辺りは既に調べ尽くしている。
今回移動に使ったの列車の手配はシファに任せた程だからな。
念には念を入れている、万が一襲撃があったにしろ我々を同時に相手取れる程向こうに余力はない。
こちらの戦力を分散させた上で確実に倒せるよう向かうはずだ」
ラウがそう言うと、補足するようにテナが会話に口を挟んだ。
「確かに、わざわざ移動中の列車を狙うなら自分自身にも危険はあるかもしれないけどさ、向こうはこっちとはまるで身体の構造が違うホムンクルスなんでしょう?
身体の作りはこちらよりも結構頑丈だろうし、恐らく素体全体を魔力が潤滑剤として作用してるから大きな出血により死亡する事もないはずだよ。
だから彼等川からしたら列車から私達を襲撃しても別に問題無かったと思う。
彼等が列車からの攻撃をしなかったのは、単に列車を破壊した後の後処理が面倒だからという理由だよ。
アルクノヴァが、この学院の生活インフラ事業にも協力して移動手段に使われる列車や他の公共機関の乗り物事業にもその人が関わっているくらいだからさ。
わざわざ自分が作ったものを私情で壊す事を躊躇ったんだろうと僕は思うよ」
「かなり詳しいみたいだな、テナ?」
「まあね、事前に聞いてた事と自分の憶測で補いつつ言ってるだけだよ。
アルクノヴァって人がこの学院でも結構な権力を持ってるのは確かみたいだし。
確か、今のサリア国王も学生時代にアルクノヴァから講義を受けていた時もあるくらいだよ。
今回の作戦にあたって色々と周りが決行を渋っていたのは彼が色々な権威ある人達に与えた影響が非常に大きかったからというのも理由の一つ。
表向きには未だに帝国時代からの大物って事で名前が広がっているく。
それくらい失うには惜しい人って事なんだろうよ」
「なるほど。
既に色々な事象が絡んでいた訳か。
それでも、俺達の目的は変わらない。
俺達はやるべき事を果たすだけだ。
ラウ、お前は直接アルクノヴァの方へ向かうつもりなんだろ?」
「そうだな。
それまでの間、邪魔する者がいればこちらでお前達を援護し対処する。
お前は例の妖精族をどうにかする事だけを考えていろ」
「分かってる。
言われなくとも必ず助けるさ、絶対に」
決意を改め、俺達は敵の本拠地を目指して向かう事にした
●
気付けば森の中を延々と歩いていた。
厳しい寒さが襲う中、敵の本拠地までの間放たれた場所からの奇襲を警戒する為に徒歩で向かっているのである。
「もう少し近くまで車とか出せなかったの……」
「不用意に近づけば奇襲されるだろう」
ラウはそう言い敵の本拠地がある方向を見据える。
「以前、奴等と交戦した時にはこちらの位置は既に相手に分かっていた。
今回も恐らく同様だろう。
大きな乗り物で一網打尽を受けるよりは、襲撃された際すぐに散開出来るよう個々で動けるようにしたほうが最善だと私は判断した。
それについては、ナドレも同意見だろう?」
「ええ、私も同じ考えです」
彼女はそう言い、テナは少し悪態を付きながらも俺達はゆっくりと確実に敵の本拠地へと近づいていく。
そしてしばらくすると、本拠地らしき白く巨大な外壁に囲まれた建物が目に入った。
「ここが、敵の本拠地か」
俺は目の前にそびえ立つ巨大な建物に対してそう呟いた。
あまりにも大きく、何故これまで周りに知られていなかったのか不思議に感じる程の存在感。
敵兵の巡回は見当たらず、警備はほとんど無いに等しいと感じた。
「警備も既に全員が撤退済み。
アルスからの報告は間違い無かったか」
「そうみたいです。
今回の襲撃を見据えて施設の人員を解散させたと連絡は受けていましたがそれが本当だとはあまりにも信じられません」
「それじゃあ、わざわざこっちが歩いて向かったのは無駄足って事?
奇襲とかもそもそも無かったって話?」
テナがそう言うと、ラウは答えた。
「どうやらそうらしい。
中に、例のホムンクルスは居るだろうが」
「そんなぁ、わざわざこんな寒いところ歩いたのに意味ないっておかしいよ。
それじゃあもう、さっさと中入ろう。
どうせ中は暖房効いて暖かいんだろうしさ」
テナがそう言い、このまま外に居るのもあれなので施設の中に入る。
念の為に裏口の経路から侵入するが、人の居る気配はさっぱりない。
機械室と思われる場所がすぐ側にあるが、誰かが機械を操作しているような影は無かった。
最低限の運用に必要な燃料と思われる物が幾つか置かれているのみであり、この施設の閉鎖が近いという事を感じさせる。
「敵は真っ向から戦うつもりはないのか?」
「十剣との連合軍との正面からの戦闘をするべきでは無いと判断したという事では?
いかに人口的に神器を作れるにしてもその数や使える契約者には限りがあった。
今回、戦闘になり得ると思われる2体のホムンクルス、そして妖精族が敵の全戦力だとした場合。
こちらは神器使い10人余り、更にはシファ・ラーニルというイレギュラーな存在がある。
彼女等と真正面にやりあったところで勝ち目はないとアルクノヴァ側はそう判断したという事でしょう」
リノエラはそう言うが、俺は疑問に感じていた。
仮にリノエラの言う事が全て本当ならこれまでの事象に説明はつく。
しかし、勝ち目が無いとわかっているのなら降伏という手があるはずなのだ。わざわざ残った戦力を全て投じ姉さん達との連合軍を彼等は戦おうとしている。
少なくとも、その意思は敵にはあるのだ。
今回の突入作戦において、向こうの攻撃は事前に予測されていた事が判明していた。
よって今回彼女等より先に自分達が敵施設へと先入りしている。
事前に来ると分からないとしても、敵と戦うのであれば向こうもそこまで馬鹿なはずはない。
十二分に警戒はしているはずなのだ。
しかし現実、俺達は容易くこの施設へと侵入している。
向こうの罠、あるいは別の目的があると推測するのが正しいのではないのだろうか?
「シラフ、これからどうするつもりだ?
このまま最深部まで突入するのか?」
「それしか無いだろ。
敵の罠の可能性も大きいがな」
ラウの質問に、俺はそう答えるしか無かった。
これ以上の迂闊な深入りは避けたかったが、時間はあまり残されていない。
早々に決着を付けなれけば、姉さん達の連合軍がこちらへと向かう手筈だからである。
進むしかない。
周りに視線を向け皆が静かにうなずくのを確認すると、俺達は更に奥へと足を踏み入れた。
●
俺達が現在居るのは敵の本拠地。
オラシオン帝国特殊軍事開発施設ラーク支部というのがここの正式名称らしい
地表に存在している白い外壁の建物は地上6階建ての施設であり主に事務や職員の寮も兼ねた総合施設。
そして地下から5階層に掛けて造られた巨大な空間。
かつて公に公開されていた帝国の地下街と同等の広さを持ち、恐らく実際に使用されていた施設としては世界最大級の広さであろう。
1階層にはそれぞれ巨大な実験室が一つ存在しそれぞれが螺旋状に折り重なるような形で存在。
実験室は小さな街なら軽く入る程の広さがある。
更には各々研究員個人の研究室もあり、どれだけ規模の研究が日々行われていたのか、想像に難くない。
「一人の人間の野望がもはやここまでの規模に至っているとは。
人間の業とは末恐ろしいものですね」
通路に存在する巨大な窓。
そこから開幕見える施設内部の光景にリノエラはそう呟いた。
研究施設内はかなり広い為、移動には通路に敷かれた移動用のレールを使用するらしいが人員のほとんどが居ない為レールは停止している模様。
例の巨大な実験室と思われる白く巨大な立方体状の塊が螺旋状に5つ詰められておりそれを囲む形で通路が存在。
内部の照明は機能しており、機械の稼働音が轟々と響き渡りつつも無人のその様子に違和感を感じさせる。
「あの立方体の何処かに、例の妖精族やホムンクルスが待ち受けているのでしょうか?
そこまでの細かい情報は、アルス様からはお伝えされていませんでしたので」
「誰かは居る可能性は高いだろう。
例のホムンクルスとの交戦を予測しているのなら、あの場所に居る可能性は高い。
問題は何処に誰が居るかは分からないという点だ」
「少なくとも、2つくらいは空でハズレなのは確かだよね。
例のホムンクルスと交戦するなら、2人一組が良さそう、でもラウさんとシラフの方は一人でやらないトいけない事がある感じでしょう?
それに、シラフは例の妖精さんが何処に居るのか既にある程度の予測は付いてるんだよね?」
テナが俺にそう訊ね、皆の視線が俺に向かう。
テナの言うとおり、例の彼女が居るであろう場所を俺は既に検討付けていたのだ。
「まあな、多分アイツは最深部の第5層に居るはず。
何となくなんかじゃないさ。
俺だから分かるんだよ、そこで俺を待ってるって」
窓から見える一番奥の立方体の塊に俺は視線を向ける。
リンはあそこに居る、あの場所に必ず。
俺がそう思い更けていると、ラウがこちらへ話掛けてきた。
「その予測は間違っていない。
1階層入口前にに一人、3階層内部に一人、そして最深部である5階層に一人。
例の立方体の空間をグリモワールから観測した結果それぞれの反応があった」
「そういや、ラウは敵の位置が分かるんだったな。
それなのに、施設内の人間がどれくらい居るのかもわからなかったのか?」
「グリモワールでの観測はある程度、力の強い存在や自身が一度観測した物しか認識できない。
観測を一度に可能となるのはせいぜい10人程が限度。
それも神器使い等が力を使っていればの話だがな。
今回の観測に関しては、以前交戦したローゼンや例の妖精族との戦闘記録を参考にそれと似た魔力の波長を割り出しただけに過ぎないもの。
何でも出来る便利な物だと認識されては面倒だ」
「そういうものか。
まあ位置が分かるに越した事はないよ。
1階層の入口前に誰かは居る、避けて通るべきか敢えて接触を試みるか……。
自分としては一度接触するべきだとは思ってる」
「その理由は?」
ラウがその理由を訊ね、俺は答えた。
「実験室に入る方法だよ。
恐らく外部から入るには鍵が必要だ。
あれだけの規模を扱うとして、例のホムンクルス達は恐らく顔がしれてるだろうから無条件で入れるはずだがそれ以外の研究員、俺達のような部外者が入るとするなら何らかの鍵が必要になる可能性が高い。
わざわざそれを教える為に一番近い1階層の入口前でこちらを待ち構えているんだろうって思ったんだ。
ラウが奴等を観測し、その位置を把握して敵の位置が掴めて得た情報も踏まえての事だが」
「了解した。
敵にみすみす顔をみせるのは引けるが、その方が妥当な判断だろう。
何も無しに入口前で待ち構えているとは考えにくいのは確かだからな」
ラウと自分の間意見が一致し皆も同意見。
全員の意思がまとまったので、俺達は1階層の実験室前を目指して長い通路の更に奥へと進む事にした。




