戦前の遺言を
「今の仕事が終わったら、また屋敷の方に顔を出すよ。
これから大きな仕事があってね、終わるのにもう少し時間が掛かりそうなんだ。
だが、今の仕事が終われば前にみたいにちょくちょく君に会いに行けるかもしれない。
積もる話もお互いあるだろう、君の充実した学院での日々を聞くのがとても楽しみだよ」
「そうですか、またお会い出来るのが楽しみです」
彼女からの返事は何処か元気がないように感じた。
「ん、少し元気がなさそうだな?
学院の方で何か嫌な事でもあったのかい?」
私がそう尋ねると、彼女は少し間を置いて諦めたかのように返答した。
「やっぱりわかっちゃいますよね……。
私、その例の男の子に会えたんです。
ずっと昔に首飾りをくれた、私の大切な人に……」
「ほう、10年ぶりの再開か。
とても嬉しい事じゃないか。
それならどうして元気が無いんだい?」
私が彼女にそう聞くと、またしばらく間を開けて弱々しくもゆっくりと聞こえるように話始めた。
「私、どうすればいいか分からないんです。
その人と色々あって、喧嘩した訳じゃないんですけどすれ違うばかりで……。
本当はお互いなんとかしなきゃって分かってる、でも、その……私が駄目なんです。
それを上手く伝えられなくて、その人を困らせて、迷惑ばかりを掛けて……」
自分を責め続ける彼女。
何か言えるような言葉があっただろうか?
経験、これまでの経験を踏まえて私が彼女に伝えられる事が……。
「私も以前は君と同じく主と少しすれ違うみたいな事があったんだよ」
「そうなんですか?」
「勿論だとも。
毎日がいつもと同じく平穏であればいい。
でも実際はそう上手く行かない事もあるさ。
仲の良かったはずの人と、気付けば険悪になってる事だってある。
そういう時、どうすればいいと思う?」
「ええと、分からないです」
「簡単だよ、日々相手への感謝を忘れない事だ。
相手への敬意を忘れないでいれば、自分から自然に動ける。
相手の立場、自分の立場をも踏まえてね。
自分が迷ってる時も、相手も同じく迷ってる。
相手が自分から動けるのであれば、その人が動くのを待つべきかもしれない。
だが一番は自分から行動する事だよ。
自分が相手と和解したいという本心を裏切る事は何より辛いからね」
「そっか、うん。
私、やってみるよ。
今は難しいかもしれないけど、あなたが言うなら頑張ってみる」
「その意気だ。
今度戻った時、私にもその彼を紹介してくれよ。
君達と会える日が楽しみだよ」
「うん、私も楽しみにしています」
「それじゃあまた後で、クレシア」
「はい、また後で。
ノーディアさん」
●
17年前。
帝歴386年9月20日
「マスター、今日は何処へ?」
「教え子に、子供が生まれたそうでね。
是非来てほしいと言われたのでこれから向かうところだ。
君も良かったらどうだい?
昨年優勝者である君が来れば、彼等も喜ぶだろう」
「それはおめでたい事です。
貴重なご機会でしょうから、ご同行させて貰います。
急いで支度を」
この日、私はマスターの教え子に子供が生まれたという事で同行する事になった。
私はマスターによって造られた存在。
ホムンクルスと呼ばれる特殊な存在であり、人間とは構造が違うそうだ。
生まれたばかり人間の子供を見れる機会は早々ないだろう。
列車揺られながら、珍しい外の景色を眺めているとマスターはメモ帳を手に取り頭を悩ませている様子だった。
「何か考え事でも?」
「赤ん坊の名前だよ、まだ決まって無いそうで私からも何か候補がほしいそうでな。
研究には慣れているが、こういうのには相変わらず慣れていなくてね。
君からも何か候補はあるかい?」
「はぁ、そうですね……。
子供の性別は?」
「元気な女の子だそうだよ」
「女の子ですか、そうですね……」
確かに頭を悩ます問題だ。
マスターが悩むのも無理はない。
そして私自身、その子供が今後私達の考えた名前で呼ばれると思うと安易に決めるのも駄目だろう。
「2つの案があります、アクリ、そしてクレシアというのはどうでしょうか?」
「ほう、してその理由は?」
「以前読んだ小説の登場人物から、南方諸国の逸話からそれぞれを選んだのが次第です」
「ふむ、なるほどな。
私の考えた案よりは良いと思う、君の案で彼等に伝えよう」
「参考になって何よりです、マスター」
列車に揺られながら時間は過ぎていく。
駅に到着したのち、迎えの車に乗り継ぎ子供の居る病院の方へと向かった。
途中、見舞いの品として果物等を買い時間も押していたが無事目的地へと到着した。
「お久しぶりです、先生。
お元気そうで本当に何よりです。
それに連れの方はもしかして昨年の優勝者であるノーディア君ですか。
いやぁ、お会い出来て光栄ですよ」
病院の入口で迎えたのは、マスターの教え子であるノワール家の現当主。
少し強面に感じたが、姿勢は低いと感じた。
「君も相変わらず元気そうで何よりだ。
この度はおめでとう、教え子ももうそういう頃を迎えていくとは年は取りたくないものだな。
数年前まではサボりの常習犯の君が、今やこの学院国家の医療の第一人者だ。
奥方の方は、体はもう大丈夫なのかね?
連絡ではかなりの難産で苦労したそうじゃないか」
「今はもうある程度落ち着いていますよ。
食事もちゃんと取っていますし。
子供も今のところは特に異常はなく、とても元気な様子ですし」
「そうか、それは何より」
「ささ、早く中へ。
客人をずっと立ち話させていたら妻に怒られてしまいますよ」
彼はそう言うと、我々を病院の中へと案内し、子供と妻がいるという部屋へと向かった。
「お久しぶりです、先生。
それと隣のお方は昨年の優勝者であるノーディア君ですよね。
小さい頃に少しお見かけした程度だから、覚えてないかもしれないけど」
子供を抱きながら、こちらへ話かける女性。
彼女は以前、マスターの元で助手として働いていたらしい。
「君も元気そうで何よりだよ。
ほう、この子が例の赤ん坊かい?」
「はい、とっても元気な女の子ですよ。
あと先生、この前お伝えした名前の件。
ちゃんと考えてくれましたか?」
「責任重大だな。
まあ、それなりには考えてきたつもりだよ。
2つ候補があってね、ノーディア君からの案もありアクリとクレシアという名前はどうだろうか?」
「アクリとクレシアですか……」
そう言って子供の顔を見ながら、彼女は返答する。
「クレシア。
クレシア・ノワールを、この子の名前にします」
●
帝歴392年11月
「おお、ノーディア君。
今年も優勝おめでとう。
私達はサリアの方に出掛けていて直接君の活躍を見れなかったのが誠に残念だよ。
にしてもやけに傷が目立つね、戦いの後に治療を受けなかったのかい?」
「少し色々と忙しかったもので、傷の手当をするのに手が回らなかったもので。
まあ、仕方ないですよ。
それと、あの子に手土産を持ってきたんですが、珍しいですね私が来るといつも真っ先に飛びついて来るのに?」
「ああ、向こうの方でお友達と別れてしまってね。
ここ最近ずっと元気がないんだよ。
よっぽどあの子の事が気に入っていたんだろうよ」
「なるほど、こちらの都合で引き剥がしてしまって彼女からしたらとても辛いでしょう」
「君が来てくれたら、少しは元気にしてくれるとは思うんだがね。
ささ、早く中へ」
彼に案内された後、私は彼の娘さんの部屋へと足を運ぶ。
部屋の扉をノックし、扉が開くといつもより少し暗い小さな女の子が目に入った。
「しばらく振りかな、クレシア?」
「うん、しばらく振りだねノーディア」
「お父さんから聞いたよ、友達とお別れしてから元気が無いそうだね?
君からも少し聞かせてくれないかな?
何か手助け出来る事もあると思うからさ」
「うん……」
彼女から聞く限り、サリア王国という国に住んでいる両親の友人の息子さんと仲良くなったらしいがその子と別れた事がとても辛いらしい。
誕生日に貰った赤い石の首飾りを彼女から少し貸して貰い手に取る。
石の細部を確認すると、魔術的な何らかの模様が石内部に組み込まれていた。
何か特殊な効果でもあるのか、私にはよくわからないが特に害があるというものではない。
おまじない程度の仮組みの魔術、しかし素人が出来るものではないだろう。
彼女に首飾りを返し、何の言葉を投げ掛けるか迷っていると彼女の方から質問をされる。
「その傷、どうしたの?
この前のお祭りで怪我したの?」
「ああ、まぁそんなところかな。
来年で私も最後だから、ある意味の勲章だよ」
実際はそんな生易しい理由ではないが。
この前脱走した研究所の妖精族の一件により受けた傷。
こんな事を彼女達一家に伝えてもしょうがない。
「そっか、ノーディアは強いね。
私もノーディアみたいに強くなれるかな?」
「どうだろうね?
私と同じ強さは少し難しいかもしれない。
でも、君は私とは違う強さがある」
「違う強さ?」
「優しさという強さは、私よ君の方が強いよ。
君から私も教わった物があるからな」
「私から?」
「色々とね」
そう言って私は、少女の前に膝を着きその手を手に取る。
「私が道を踏み間違えずにいられるのは君のお陰だ。
君の優しさに、存在に私は救われた」
「ノーディア……」
「君のこれからに幸ある事を心から祈るよ。
君が窮地に陥った時は真っ先に助けるさ」
「本当に?」
「勿論だとも、まぁもしかしたら私よりも相応しい人が君の前に現れるかもね。
君を必ず守ってくれる私なんかよりもずっと強い騎士のような存在がね」
「騎士、ノーディアよりも強い人が本当に居るの?」
「居るかもしれないよ、今は私が一番だとしても今後どうなるかは分からない。
未来は誰にもどうなるか分からないからね」
「そっか、じゃあその人が現れるまではノーディアが私の騎士なんだよね?」
「そうなるのかな。
まぁ君の期待に応えられるよう頑張るさ。
それじゃあ今から街に出て何か食べに行こう、優勝した賞金もそれなりにあるし好きな物を食べるといい」
「うん、じゃあ早く行こうノーディア」
いつもの微笑ましい彼女の笑顔。
それを見ているだけで造り物の私の心は何処か温かみを感じていた。
●
403年12月12日
「ノーディアさん、隣失礼しますね」
そう言って、私の隣に座り食事を取り始めたのはアクリだった。
薄焦げ茶色に染められた髪色は何処か先程通話していた彼女の面影を感じていた。
彼女自体は特にこれといった行動が目立つという訳は無い。
しかし、この施設の人員の中では最も活発的な性格と言えるだろう。
「さっきの電話、ノーディアさんが昔からお世話してるっていう例の娘さんですか?」
「ああ、名付け親として何度か関わる機会があったんだよ。ここ最近は仕事が忙しくて直接会う機会が無かったんだがね」
「その子に、今回の任務について伝えないんですね」
「まあな、言ったところでしょうがないだろう。
それに私はマスターに最後まで仕えるつもりだ」
「居場所が向こうにあるのにわざわざ手放すんですか?」
「居場所か。
アレは私には眩しすぎるくらいだ。
ここが私の生まれた場所であり、本来の居場所なんだよ。
君こそ、ここでいいのかい?」
「私には、それしか選択肢ありませんからねぇ。
別に、マスターに対しての忠誠がどうって事じゃないんです。
私にはここしか居場所がない。
この力だって、その為みたいなものですし」
「そうか……」
「ノーディアさんこそ、それでいいんですか?
もう、その子には二度と会えないんですよ」
「彼女、クレシアはもう一人前の人間だよ。
私よりも強い心が彼女にはある。
それに……、」
「それに?」
間を開けて隣に座る彼女に向けて言葉を漏らした。
「彼女には、もう私よりも素晴らしい存在が近くにたくさん居るんだ。
私なんかよりもずっと相応しい存在がね」
「そうですか、無理していなければいいんですけど」
「アクリ君はあまり無理はしないようにな」
「分かってますよ。
あまり子供扱いしないで下さい。
私だってもう一人前なんですから!」
子供扱いされてる事に対して唸りながら小動物のような威嚇してくる彼女。
私から見ればまだまだ子供の彼女だが、今のこの瞬間もしっかりと心に刻んでおこう。
「確かにそうだな。
頼りにしてるよ、アクリ」
「勿論です、私達は最強なんですから」
彼女の言葉を励みに残された束の間の休息を安らかに過ごしていた。




