密事
帝歴403年12月12日
作戦決行を2日前に控えた今日。
北のセプテントへ向かう列車へ向かう準備をしていた。
「向こうは雪も降る上に気温もかなり低い。
防寒具も用意したが、戦いで防寒具が使い物になるかどうか……。
最悪神器の炎で暖を取るべきか……」
早朝から準備をこなしていく頃、自分の端末から着信音が鳴り響く。
手に取り相手を確認すると、珍しくラウであった。
「あいつからは、珍しいよな?」
特に躊躇う必要もなく俺はそいつからの着信に応じた。
「こちらハイド。
お前から連絡とは珍しいな、何か連絡で不十分なところがあったのか?」
「いや、作戦内容には何ら問題はない。
しかし、シンの行動範囲を制限したいと考えている。
我々の中で、戦闘能力が一番劣っているのは彼女だ。
深入りし過ぎて、最悪死ぬことは免れないだろう。
施設の5階層、そのうちの3階層までを彼女を行動範囲にしてもらいたい。
以降の人選に対しては、私とお前の2人の方が安全だろう」
「お前がそう判断をしたなら別に構わない。
こちらも手伝ってもらう側だからな。
本人には既にその件については伝えているのか?」
「いや、これから伝えるところだ。
今回の作戦において、お前が一番の決定権を持つ。
故にお前を第一優先として先に伝えただけの話だ。
急な変更を受け入れて貰い感謝する」
そう言って、ラウは通話を切った。
すると再び端末が鳴り響く。
相手を確認すると、テナ。
鍛錬の練習相手、もしくは足りない物があるから買出しの手伝い辺りだろうか?
「どうしたんだよ、テナ。
明日の任務について、何か問題でもあったのか?」
「うーん、ちょっとね。
列車での長旅だろうから、色々と買出しに行きたくてさ。
私、仕事前は色々と食べないと調子出なくてさ」
「買出しって食い物だけかよ……。
治療薬や防寒具とかもっとこう大事なやつがあるだろうに」
彼女の言葉に落胆する。
あまりにもくだらない内容故に思わずため息が出る。
「それはそうだけどさぁ」
「分かった分かった、とりあえず買出しには付き合うよ。
色々と買わなきゃいけない物が多そうだからな。
その様子だと食い物買うしか考えてないんだろ」
「失礼だなぁ、ちゃんと着換えとかも最低限用意してる。防寒具とかは無いけど」
「向こうは気温も低いし、雪も多い。
潜入にあたってしばらく歩きだろうし、姉さん達の部隊と俺達の部隊は別行動なんだ。
準備は多いに越した事はない」
「了解でーす。
集合場所は校舎前で、一応公欠扱いなんだけどなんか書かないといけない書類あるっぽくてそれ終わったら行こう。
そういえば、前に君に告白してきた子とは結局どうなったの?
例の襲撃事件とかで色々あってバタバタしてたから聞けなくてさ」
「告白の件は、あれっきりで学校とかで会っても避けられててさ。
ルーシャにも一応相談はしていたんだが、事件とかもあって色々混乱してるから放っておいてあげた方がいいって言われたよ。
俺としては、どうにか誤解というか彼女にうまく説明というか弁明を聞いて欲しくてさ」
「優柔不断だねぇ、相変わらず。
そもそも今回の任務だって女絡みなんでしょう?
例の襲撃した来た子だっけ、あの子と昔色々あったの?
シファ様はあの子の事よく知らないみたいだし」
「あいつとは、火災の時以前に一時期一緒に暮らしていた元家族みたいなもんだよ。
例の火災についても、俺達の知らない何か知ってる可能性がある。
どうも、俺がかつて巻き込まれたあの火災はただの火災という訳ではないらしくてさ。
彼女の救出、そして過去の真相について分かればいい。
最優先としては彼女、リンを助けたい。
それがこれまでクラウスさんやアスト卿、そして姉さんをも敵に回してしまった理由でもあるんだからな」
「相変わらず面倒事にはよく関わるよね。
今度サリアに戻る時にも、色々面倒毎が舞い込みそうだ。
学院での活躍がぁ、とかで今サリアや近隣諸国から君宛てに縁談の話が盛り上がってるそうだよ。
モテモテで羨ましいですね、ほんとに」
「都合の良い道具なんだろうよ、俺は。
とにかく、サリアに戻れたらの話だな。
とにかく書類が終わったら呼んでくれ、すぐにいくからさ」
「了解!
それじゃあまたね、ハイド」
元気な返事を彼女は返しそのまま通話を切る。
ふと気になった。
俺の本名、どうして知っているんだろう。
ルーシャや姉さん辺りからでも聞いたのだろう。
些細な事だと特に気にせず、俺は準備の手を進めた。
しかし、彼女に名前を呼ばれた時。
俺は何故か僅かな懐かしさを感じていた。
●
既に辺りが寝静まった頃、私を呼び出した一人の存在。
私も彼女に対しては多少の興味が前々からあった。
彼女からのこちらへの呼び出しがあるなら、私も応じるしかないだろう。
場所はオキデンスの例の校舎。
半壊した建物が目立つその影に、例の人影が目に入る。
「呼び出しに応じて貰い感謝します、テナさん」
「こちらこそ。
わざわざ貴方から呼び出ししてくれて感謝していますよ。
前々から貴方の事は聞いた情報でのみでしか知っていませんでしたし直接こうしてお話出来るのは良い機会です」
私の目の前に立つ、少し小柄な体躯の存在。
ショートヘアーの金髪を揺らす、一人の女性。
こちらに向ける視線からは警戒はしているものの、敵意はそこまで強く感じなかった。
例の異時間同位体、時間を跳躍したという者。
「早速ですが、私の方から一つ質問を。
貴方は私が誰なのか知っていますか?」
私の方から初めに彼女へと尋ねる。
そして淡々と彼女は答えた。
「知っていますよ。
テナさんが何者なのか、今回の作戦において何を成そうとしているのか私は知っています。
これから貴方が辿ろうとする道も……」
「そうですか、なら話が早いです」
瞬間、お互いの武器が交錯。
かん高い金属音が鳴り響き、視線が交錯する。
「なるほど、そういう事ですか。
シルビア様。
貴方、やっぱり偽物ですよね?」
「分かっていて、わざとの事でしょう?
剣をわざわざ当てなくても、貴方なら出会った瞬間に分かっていたはずですから」
「まあ、そうなんですけどねぇ。
さしずめ、能力の一つであるインビジブルの応用で容姿を変えている。
それに、今のシルビア様と貴方の実力が同程度な事。
それが一番貴方が偽物だと判断した根拠なんだけどさ」
「全く、本当に貴方は昔から変わらない。
性格の悪いところはそのままです。
そろそろ剣を下ろしてはどうですか?」
彼女に言われ、お互いに武器を下ろす。
「お互い、今は一時休戦です。
今回の貴方の目的を、私は邪魔するつもりはありませんから。
私や彼に取ってもその方が好ましいです」
「君が賛同するとは思わなかったけど、まあお互い邪魔されちゃあたまったものじゃないからね。
隠したい素性もあることだし、お互いの力に関してもさ。
君が生きているということはつまり、彼はこちら側に来てしまったという事なんだろう?
私の目的が成功か失敗は関係なくね」
「ええ、私が防ぎたいのはその点ですから。
貴方がどうしたいかは別でしょうけど、私に貴方の目的を阻む理由はありませんから」
「なるほど、まあこちら側としては助かるなぁ……。
君に手出しされると、私も少し面倒だとは思っていたからね。
それじゃあ、今回私を呼び出した理由は敵対する意思が無いことを伝える為かい?」
「いいえ、もう一つだけ。
研究所内での戦闘時、私と組んで戦って欲しいんです。ノーディアという人物、私では少し手に余りそうですから。
力を使うのは避けたいですし、今の貴方でも十二分に彼に実力は通じそうですから」
「彼を例の彼女に会わせ、そしてラウはアルクノヴァの元へ向かわせる。
残るはアクリっていうホムンクルスの少女なんだけど、アレどうやって処理するつもりなの?
彼女、事前に色々と情報は仕入れてるんだけど相当厄介だし力使わないとかなり面倒みたいなんだよなぁ」
「それは問題ありません。
細かい理由はお伝え出来ませんが」
理由は言えないが、問題は無いらしい。
それなら別に問題ないだろう。
「そうですか。
まあ、面倒な事にならなければいいんですよ。
こちらにしてもね。
じゃあ、今回は共闘という事でお互い一致という事で良いんですよね?
僕の邪魔はしないんでしょう?」
「ええ、勿論。
私個人として、貴方には借りがありますから」
借りがある。
なるほど、例のアレの事だろうか?
それ以外に今の私には検討が付かなかった。
「なるほど、あの時の借りですか。
まあいいでしょう、私は私のやりたいようにしますので」
「一つ訂正しておきたい事があります」
「私の発言の何処かに不備でも?」
「私が今のシルビア様と同程度の実力という点です。
私は今の貴方よりも強いですよ。
お互い、死ぬ気で戦えばの話ですが」
「言ってくれるね、本気で僕に勝てると思ってるんだ。
随分と甘くみくびられたものだなぁ。
これでも僕、結構自信あるのにさ」
「そうですね、貴方は強いです。
でも今は、私の方が上です。
いつか、本気で刃を交える時にはお互いどうなるかは分かりませんが」
「なるほど、まあその時はお互い頑張ろう。
今は共通の敵が存在している訳だしさ」
「そうですね。
私からも一つ、質問があります」
「何かな?
答えられない事かもしれないけどさ、聞くだけ聞くよ」
「彼の事、貴方は何故その選択をしたんです?
貴方なら、何がなんでも手に入れようとするはずなのに」
「そういう事、わざわざ聞くんだね君は……。
ほんとに無神経で、気に障るよ」
「……、」
彼女の言葉に僅かながらに苛ついたが、別に答えられない質問ではない。
もうわかりきってる。
既に自身が覚悟して決めた事だ。
「はぁ……、僕は自分の選択を間違いだとは思わないよ。後悔なんて何度もした、定めだって受け入れ諦めたりもした。
僕が彼に対して抱く想いは、変わらないよ。
今も、この先も、死んでも変わらない。
例え忘れられても、裏切られても、殺されても構わない。
僕はなんだってするさ、彼の為なら。
そしてこの時代の君の為にもね。
僕さ、知ってたんだ……。
君が死ぬ事、初めて出会った頃から。
だからさ僕は、諦める理由が欲しかったんだ。
その為に僕は君とルーシャを利用し、君達が彼に想いを寄せるように仕向けた。
そして、案の定思い通りに動いてくれて本当に助かったよ。
でもさぁ、やっぱり僕は諦められなかったんだ。
彼に対して諦めたはずの想いは、今も強くなる一方でね。
今の君達を見てるとさぁ、無性に苛立つんだよ!」
気付けば目の前に立つ彼女に、何も知らないであろう彼女に私は自分の感情を吐露していた。
「本来ならその居場所は僕のモノなんだよ!
僕が彼の隣に居るべき場所なんだよ!
なのに、君達がそこにいて挙げ句の果てには互いに譲りか?
ふざけるなよ!
そんなにも僕を苦しめたいか!!
僕がそんなにも邪魔なのかよ!!
君達が彼に選ばれるべき存在で!お姫様でさぁ!
なんで僕はそこに入っていないんだよ!
なんで僕だけが、私だけが彼の隣に居る事が許されないんだよ!!君達だけが選ばれて、私には日々見るに耐えない苦痛ばかりか!
私が何をした、生まれた事が存在が罪なのか?
君達さえ居なければ、もしかしたら私は彼の側に居られたかもしれないと思うと、反吐が出るよ。
君達のそういう偽善と存在が、出会った頃から心底嫌いだった。
私から奪った居場所を散々荒らした癖に、今度は私にそれをわざわざ聞く無神経さと来たんだからさ……」
「私はただ……」
偽善者の反論なんて聞きたくない。
私から奪った事に変わりはないのだから。
「お前、さっさと目の前から消えろよ?
これ以上は気に障って、本気で殺したくなるからさ」
軽蔑、苛立ち。
無性に目の前の人間に対してそういう感情を抱いた。
そして何も言わず、目の前の女は去る。
自分のそういうところが心底嫌いだった。
可能性は可能性でしかない。
今更それをぶちまけて何になると言うのだろう。
ただどうしても、僕は受け入れたく無かった。
自分の定めに、運命に……




