表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
最終節 この先も幻想は君と共に
192/325

変化、時既に

帝歴403年12月10日


 退院してから数日が過ぎた。

 前回、例の妖精族との戦闘で深手を負ったが私の体内にあるグリモワールのコアが現存していた為、無事で済んだ。

 最後の間際、シルビアの援護射撃が無ければこの場に生きてさえ居ないだろう。


 先日、シファの弟に自分が負けてしまったとシファ自身から連絡が来た。

 彼女が神器を一切使わない条件を有としても、彼女自身が決して手を抜いた訳でも無いらしい。

 あの弟は、自分の実力でシファに勝って見せたのだと、その知らせを聞いて私は驚いていた。


 自分が一切勝ち目が無いと感じた唯一の相手を打ち負かした事実。

 何処か落ち着かないざわめきを感じていた。


 以前までは私よりも弱かったはずのあの弟が、気付けば容易く私を超える実力を見せている。

 戦いを経て成長し続ける、いや奴は誰かを守る為という目的があって成長しているのだろう。


 それは私に無かった物。

 私が強くあるのは、自分の目的の為。

 カオスを倒すという己に課された存在価値の為だ。


 元より、私の力と彼の力は別物なのだ。

 神器とグリモワール、その性質は全く以て違うもの。

 神器は契約者を選び神如き力を行使できるソレであるが、グリモワールは使用者を選ばない。

 全ての神器の能力を一定許容範囲内で全て扱える代わりに神器の力を使用者が観測しその能力を理解しなければならない。

 神器の観測は容易い、しかし能力の理解は私であっても時間は相応に掛かってしまう。

 それがグリモワールの欠点であろう。


 グリモワールの能力は魔術の一種、使用する魔術の基本属性を把握さえできれば後は応用が効く。

 しかし、コレには基本属性が無い。

 炎や水といった基礎となる属性は無く、むしろこれが魔術の根本とも言える代物。

 世界中の数多の賢者達がこれを欲する理由はそこにある、かつて異種族間戦争で種族神が奪い合おうとした程の代物。

 

 それが現在は滅びた帝国の科学者であるノエルによって私のコアとして生まれ変わらせた。

 私の生命活動にはグリモワールさえあれば、食事も基本取らなくても水さえ取れれば問題ない。

 大気中の魔力を呼吸から取り入れることで、グリモワールのコアが自動的に基本栄養素等に変換されるからだ。

 

 グリモワールやその他諸々、分からない点は今も多いのが現状である。

 この学院に来てから、数多の研究資料を調べ尽くしグリモワール、神器、、魔術、世界の歴史について見聞を深めた。

 歴史についてはシファに直接聞いた方が早いだろうが気まぐれの彼女は当てにならない。


 「まだまだ私も未熟だな……」


 変わらぬ事実を実感しながら、私は待ち合わせ場所である例の喫茶店に向かっていた。

 シンからの呼び出しを受け、私は待ち合わせに例の場所を指定。

 食べ物に拘り等は無かった。

 しかし、シトラとの共同生活にて料理に触れる機会が増えた影響で料理への興味を深めつつあった。

 最近は例の喫茶店で出される軽食に僅かながら惹かれ、たまに通いながら日頃の料理の参考にもしていた。

 自然と赴く機会も増え、シンとの待ち合わせ場所にもあの場所を躊躇いも無く選んでいる。

 

 これも自分に起きた大きな変化の一つでもあろうか。


 

 待ち合わせの喫茶店に入ると、既に店内にはシンが先に着いている。

 店は静かで、客は私とシンのみであった。


 「ラウ君、君の連れはもう先に来ているよ」


 この喫茶店のオーナーにそう諭され、私は彼女の居る席の方へ向かう。


 「どうやら、少しばかり待たせたようだな」


 「とんでもございません。

 主より先に着くのは当たり前の事ですから。

 ラウ様もどうか席にお掛け下さい」


 「では、そうさせて貰う」


 彼女に言われその向かいの席に座る。

 手早く飲み物と菓子を注文し、来るまでの間私は一つ彼女に尋ねた。


 「サリアの王女とは上手くいっているのか?

 王女の世話をしながら、私の命令をこなすのはかなり苦であっただろう」


 「そうでもありません。

 ルーシャ王女はしっかり者でございますから、自分の事は基本自分でこなす程です。

 こなす仕事量もそこまで多くはありませんでしたし」


 「そうか、お前がそれならそれでいい」


 「ラウ様の方は御身体の調子は大丈夫でしょうか?

 私から確認している限りは異常はないかと思いますが念の為に確認を」


 「これと言って特には何も無い。

 グリモワールの稼働にも何ら異常も無く、近日の戦闘にも対処出来る。

 問題は敵の戦力次第なところだが。

 シンの方で、何か敵に関する情報はあるのか?」


 「はい、必要かと思いましたのでお調べ致しました。

 現在、研究所にて潜入捜査行っているアルス・ローランによると研究所の研究員のほとんど居らずアルクノヴァ本人と彼の研究対象者数人が居る程度だそうです。

 対象者数人に対してアルクノヴァは滞在は自由だと彼等には伝えているそうですが3人が最終的に残っている模様。

 名前はノーディア、アクリそして例の妖精族であるリーンの以上3名。

 3人の実力は均衡している様子で、一人は言わずともラウ様ご自身が実感していると思いますが残り2名も相応な実力者。

 戦闘能力はあのローゼンをも上回るそうです」


 「奴と同等かそれ以上か。

 ローゼンの方は研究所を抜ける道を選んだのか?」


 私がそう尋ねると、シンは首を振り答えた。


 「ローゼンは既に死んでいます。

 闘武祭終了から間もなく、例の妖精によって処分された模様です。

 彼の持つ人工神器はその後、アクリによって引き継がれている模様ですが……」


 「奴もアレに負けたか……」


 ローゼンとはそれ程親しい間柄ではない。

 しかし、私も本来ならば同じ彼女に殺されていた側である。

 何かに障るような感覚が、過ぎった。


 「それと、こちらが敵の基本資料のコピーと研究所内の地図になります。

 今日中には他の皆様にもお配りする物ですが、ラウ様にはこの機会にお渡ししますね」


 そう言って彼女は、自分の鞄から資料の束を取り出しこちらへ手渡す。

 渡された資料を軽く眺めている内に頼んだ品がテーブルへ並べられていく。


 それ等に口を付けつつも、資料を眺めている内に時間は過ぎていく。

 ある程度区切りが付いたところで、向かいの彼女へと視線を向けると珍しく彼女はウトウトと眠そうにしていた。


 「疲れているなら無理はするな。

 荷物は見ておく、少し休むといい」


 私の声に彼女が気付く。

 一瞬驚きで体が硬直するもシンは首を振った。


 「いえ、私は大丈夫です。

 醜態を晒し申し訳……」


 「いいから休め、命令だ」


 彼女の謝罪を聞き入る間もなく私は彼女にそう告げ、資料の方へ視線を戻す。


 「……では、そうさせて頂きます」

 

 彼女から遅れてそう返事が返ると、間もなく彼女から眠りの吐息が聞こえるようになった。



 

 店を出てシンと別れ帰路を歩いていると、声を掛けられた。

 何処か聞き覚えのある女性の声、振り返りその姿を確認するとサリアの第2王女であるルーシャ・ラグド・サリアがそこに居た。


 「はぁはぁ……。

 すみません姿が見えたので思わず。

 えっと、ラウさんですよね。

 シンさんが本来仕えている主さんの……」


 何かに急いでいたのか息を切らしている彼女。

 私何か用がある様子なので私は彼女に尋ねた。


 「私に何か用か?」


 「はい、えっとその……。

 シンさんについて少しお伝えしたい事があって」


 「シンについてか、彼女が君の身の回りの世話をしているのは既に私も知っている。

 何か彼女の行動に気の障る事でもあったのか?」

 

 「いえ、とんでもない!

 シンさんにはいつもお世話になってばかりで。

 でも、その……最近何処か調子が悪いんです」


 「調子が悪い?」


 「はい。

 えっと、ここ数日何かと彼女はウトウトしている事が多くて。いつもの家事をしている最中もその…、眠そうにしているんです。

 普段はそんな素振りなく、完璧主義みたいに優秀何ですけどここ数日は急に調子が悪くなっているんです。

 昨日も何枚かお皿を割ってしまったり、食事中も眠そうにしていて心配で……」


 「確かに、彼女は私の見た限りでも疲れている様子だった。

 先程待ち合わせした時にも眠そうにしていたから、彼女へ小一時間程の仮眠は取らせた。

 だが慢性的なものとして既に症状に出ていたか……」


 「既に今日会ってたんですね。

 やっぱり調子が悪いんでしょうか。

 色々仕事を抱え過ぎた疲れなのかもしれませんし……」


 「シンは私にそんな事を一切言わなかったな……。

 彼女が私への報告を怠ったのは今回の件が初めてだろう」


 「それでその私、少し気になって彼女の部屋に入ってみたんです。

 私は貴方から受けている仕事が原因なのかも知れないと思って。

 先日彼女が貴方の見舞いに向かっている間に色々と見たんです。

 帝国関連の難しい資料って事くらいしか分からなかったんですけど、これを見て貰っていいですか?」


 そう言い、彼女は何かの資料のコピーと思われる物を取り出し私に見せた。

 表紙には「人造素体及びホムンクルスの永久的活動実現の為の備忘録」と称されたもの。

 その資料の作者は、ノエル・クリフト、そしてアルクノヴァ・シグラスと記されいた。


 「やけにその他の資料に比べて付箋が多く貼られていて、気になってコピーして持って来たんです。

 貴方ならこれが何なのか分かるも思ったんですけど」


 「初めて見かけるものだな。

 少し見せて貰っていいか?」


 「はい、勿論です」 


 渡されたそれを眺める。

 彼女のメモがところどころにあり、仕事ぶりも伺えたが何か違和感を感じた。


 【ホムンクルス『以後素体と記す』は科学的、魔術的要素から見ても非常に不安定な存在であり我々人間と比べ非常に寿命は短い。

 代わりに人間よりも優れた身体能力及び学習能力を有し生物兵器としての多大な影響及び軍事バランスを大きく乱す為にその研究及び使用は禁止されている。

 しかし近年の労働者不足はより深刻化されその改善案の一つとして素体を労働者として扱う法案が近年可決されようとしていた。

 しかし現状の素体ではその製造から5年余りで死亡する為、使い捨ての存在となる可能性が非常に高く我々人類の倫理間へ大きく損なうと危惧されている。

 この課題を解決する為、素体の長期活動の実現に向けて研究を我々は開始する事とした】


 資料を眺め、ホムンクルスのその歴史やその構造がこと細かく記されており実験での様々な試行錯誤の結果がそこにあった。

 軽くそれを飛ばしまとめの欄を確認する。


 【上記までに記した内容を踏まえた上で、我々は2年に渡る研究の末、素体の寿命を魔術解析の結果従来の4倍である20年余りへと引き延ばす事に成功。

 素体を形成する体内組織の循環魔力機構の浄化及び、上記に記した薬剤を定期的に投与する事で更にある程度引き延ばす事は可能と思われる。


 これ等の処置を怠るもしくは20年以上の歳月が経過した場合、素体には深刻な自立神経の乱れが引き起こり重度の眠気等の症状に見舞われ症状発生から最低でも約2週間後には死に至る事が確認。


 研究は成功に思われたが、素体の人権問題及び彼等の雇用形態がどのようになるかは現状不明。

 ホムンクルスが労働者問題解決への糸口になる可能性は高いが、彼等の安全が我々人類によって確実に保証される訳ではない。

 結論として、実験は成功。

 しかし、我々がどのように彼等を扱うのかそれがこれから大きく問われるであろう】


 自分の手が震えていた。

 初めて感じた悪寒がはしるという感覚。


 シンはノエルが帝国に滞在していた時代にノエルから造られた存在である。

 私とは違い、人間ではなくホムンクルスとして彼女は造られたのだ。

 帝国が崩壊した現在、既に20年という歳月は確実に経過している。

 

 【これ等の処置を怠るもしくは20年以上の歳月が経過した場合、素体には深刻な自立神経の乱れが引き起こり重度の眠気等の症状に見舞われ症状発生から最低でも約2週間後には死に至る事が確認】

 

 「王女、彼女の眠気の症状はいつからだ?」


 「えっと先週辺りから目立つようになった感じですね。

 あの、資料を見て何か分かったんですか?」


 「……いや、何も。

 彼女には後で私から伝えよう。

 この資料、私が預かっていて構わないか?」


 「それは勿論です、私が持ち出したのがバレたら彼女に何を言われるか……」


 「そうか、では貰っておこう」


 「私はこれで失礼します。

 あと最後に、余計な事かも知れませんけどシラフもといハイドとの仲をもう少し改善した方がいいですよ。

 仮にも、シファ様の恋人でもあるんですからね」

 

 「そうだったな、善処はしよう」


 私がそう答えると、彼女は軽くお辞儀をし私の元から去って行く。

 

 残された私は暗くなった寒空を見上げた。

 初めて感じた感覚。

 虚無感、そう言う名前の感覚だろうか。

 先程までの自分の行動に呆れのような物さえ感じた。


 「いや、もう既に手遅れなのか」


 彼女から貰った資料を私は力強く握り締めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ