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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
最終節 この先も幻想は君と共に
191/325

復讐を、決別を

帝歴393年4月3日


 燃え盛る炎の中、意識が徐々に薄れていく。

 灼熱ような暑さの中、冷えていく体。

 それでも、私を必死に呼びかける彼の声、

 既に瀕死である私の体を、その温かい手で揺すり起こそうとする。


 「リン!!」


 必死に呼びかける彼の存在。

 私に触れるその手に向かってゆくっりと私もそれに触れた。

 

 「良かった、これで君だけでも助かるよ」

 

 「リンはどうなるんだよ!!

 それに他のみんなも、こんな炎の中じゃ……」


 「あなただけでも助かる。

 それだけでも十分だよ。

 少しだけお別れが早くなっただけだから」


 「お別れって、何言ってるんだよ……」


 「大丈夫、少しだけ別れが早くなっただけ」


 意識が遠退く、自分の体温が下がっていくのを感じ残された僅かな力で彼のその手を強く握る。


 「君を絶対に忘れない。

 君が私を忘れても、君の未来を私は応援してるから」


 「リン……、駄目だよ……。

 君が居なくなったら僕は、僕は……!!」


 「きっと大丈夫、また…会える、よ……」


 震える彼の頬に向かい手を伸ばす。

 燃え盛る炎の熱、その熱は何処か彼の温かさを感じた。



 冷たい闇の中に居た。

 何処までも沈む冷たい水の中のように。

 死の感覚、そういうものだろうか。


 光は無い。

 音は無い。

 何も無い。


 永遠に続くような、冷たい感覚。


 ふと、何かが垣間見えた。

 小さな光が私に向かって伸びていく。

 

 瞬間、針のような物が全身に突き刺さる感覚に陥る。

 激しい痛みが襲いかかるが、体は以前として動かない。


 そして、何かの光景が私の頭の中に流れてきた。


 「僕はシラフ、君の名前は?」


 「私はテナ・アークス。

 君が例の弟さんか……、

 まあ……、これからよろしく頼むよ」


 「よろしく、テナ」


 名前は違うが今よりも数年程成長した彼の姿と、こちらの元から消えた例の彼女と思われる存在が映り込んだ。

 豪華な建物、何処かのお城を思わせるそこに居る二人。

 

 素っ気なく手を伸ばす彼に対して、何処かよそよそしい態度でその手を取る彼女。

 何の光景かは分からない。

 ただ、何かの違和感を覚えた。


 再び光景が移り変わる。


 場面は燃え盛り瓦礫の積もっている謎の場所。

 そこには一人の少年が私の目の前に立っている。

 長いオレンジ色の髪、白く燃え盛る炎の剣を携えて。

 私の持つ極彩色の羽がその背に生えていた。


 私と妖精族なのか?

 同胞はやはり生き残っていたのか?

 でも、何かが違う気がした。


 何処かで見たような雰囲気を放つ長髪の男。

 その右腕に嵌めている赤みを帯びた腕輪。


 私に向かって手を差し伸べる姿がそこにあった。


 やはりあの子なのか、どのような経緯なのかは分からないがあの子は再び私と再開する。

 そういう定めなのだ。


 そして私達を裏切ったテナは彼にとって大切な存在。

 彼女の過去を知っているのか?

 あるいは彼女に利用されているのか。

 

 私は彼が伸ばしているその手を取るべきなのか?

 いや、それは駄目なのだろう。

 

 私のやるべき事。

 同胞達との再開以上に今の私がやるべき事。

 

 色濃く、先程の彼女の面影が脳裏によぎった。

 母親を殺し、私を殺し、そして彼を裏切った。

 私の目の前から家族を全て奪った元凶。


 テナ・ラグド・サリア、彼女を私は絶対に許さない。

 

 だから答えは決まっていた。

 

 差し伸べたその手を振り払う、と。


 あの子に、どれだけ恨まれようと憎まれようと私は構わない。

 彼女を殺す為ならどんな罪でも背負う。


 身体が徐々に熱を帯びる。

 灼熱に身を焼かれるように、これから私の背負う罪の重さを知らしめるかのように。

 

 炎の熱が私の視界を覆った



 意識が現実に引き戻される。

 体は燃えるように熱い。

 気付けば貫かれていたはずの身体は既に何事も無かったかのように癒えていた。

 私に身を寄せ、気絶している様子のハイド。

 彼の身に付けている赤みを帯びた腕輪は光を放ち続けいた。

 

 私は彼に救われたのだと、この時ようやく理解した。

 そして、腕輪があの光景を私に見せたのだ。

 

 彼女を討てと、私にそう告げたのだ。


 あの子はこれからも生きる。

 例の彼女もまた、生きている。


 再びあの子と私は出会う、そしていずれ例の彼女とも


 そしてこの時、私の体には異変が起こっていた。

 私の頭の中に、私の知らない記憶が幾つも流れていく感覚。


 あの子から見ていた私の記憶。

 あの子から見ていた裏切り者であるテナとの記憶。

 そして、これから起こるであろう出来事の断片的な記憶が幾つも入って来ていた。


 膨大なその記憶達に私の体は思わずふらついた。

 そして燃えるように熱い全身に激しい痛みが引き起こされる。


 例の研究所に居た頃とは比べものにならない。

 立っていられない程の痛みが全身に襲いかかる。


 意識が途切れそうになる。

 そんな時、不意にあの子の姿が視界に入った。


 辺りは炎に囲まれている。

 このまま放っておいても、あの子自身の放った炎となっているので死ぬ事はない。


 しかし、その後は?


 このまま放って、あの子のこれからはどうなる?


 私が側に居続けるのか?


 いや、それはもう出来ない。


 私はあの子の味方であってはならないのだ。


 テナを殺すと、彼の敵になると決めたのだから……。


 全身の力を痛みに耐えながら彼の方に這いつくばってでも進む。


 このまま放ってあの子に助けが必ず来るとは限らない、せめて安全な場所まで連れていく……


 その思考に至ったころ、再び閉じていた扉が開いた。

 燃え盛る炎の中、人間の男の影がそこにある。


 不思議と微笑がこぼれる。


 助けが来た、ならもう大丈夫だろう。

 

 抱き寄せた彼の体をゆっくりと離し、私は部屋に訪れた人間の男に私は最後の望みを賭けて呟いた。


 「あの子をお願い……」



 それ以降の出来事を私はよく覚えていない。

 次に目覚めた時には、とある街の路地裏に立っていた。

 全身が燃えるように熱い事は変わらず、いつしか酷い目眩に襲われていた。


 苦痛に耐えかね、呻き声を上げる。

 光、熱。

 刹那、唐突に脱力感に襲われた。


 意識が飛びかけるが、辛うじて保つ。

 ふと何かの異変に気づいた。


 誰かがいる。

 先程まで私以外の存在の気配は無かったはず。

 なのに、私のすぐ横に誰かがいた。


 ふと、何かに触れられた感覚に陥り咄嗟に振り払う。

 例の謎の存在感の正体はすぐに理解した。


 「大丈夫?」


 赤毛の少女。

 私よりも幼い一人の少女がそこにいた。


 「っ……あなた誰よ?」

 

 「あなたが私を生んだんじゃないの?」


 「どういう意味?」


 「私はあなたによって生まれた存在。

 今の私にはそれしか分からない。

 名前も分からない」


 「あなたは名前が欲しいの?

 なら、ルヴィラ。

 ルヴィラ・フリク、それがあなたの名前。

 私はもう行くわ」


 「待って、私はこれからどうすればいいの?

 あなたはこれから何処に行くの?」


 「何処に……?」


 行く宛は無かった。

 私は何処に行けばいい?


 行く宛も無く、何処に居るのかも分からない敵。

 どうすれば出会えるのか。

 

 思考巡らせているうちに、一つの心当たりがあった。


 死を感じた間際、あの子の神器が見せた光景。

 意識が現実に戻り私に入り込んだ記憶達。


 壊れた瓦礫、オレンジ色の長髪へと変わった彼。

 成長した彼が、例の彼女と出会う場面。

 

 彼から見た私の記憶。

 彼から見ていてたテナとの記憶。


 それ以外の断片的な未来の光景。


 目覚すべき場所、それは例の研究所以外無かった。


 「覚悟はもう出来てる」


 私を呼び止めるルヴィラの存在を無視し私は一人、例の研究所を目指した。



 凍てつく空気が張り詰め、雲に覆われた空からは雪が降っていた。

 ただ一人、薄暗い森の中を私は彷徨う。

 静寂は永遠を感じる程続き、人や獣の気配もまるで無い。

 自分の熱だけが、己の存在を再認識させていた。


 ただ、生の実感はまるでない。


 奪われた時から、あの子の元を去ってから……


 私には生きる理由のほとんどを失っていた。


 それでも、今の私には果たすべき事がある。


 テナを殺す。


 あの少女だけは絶対に許さない、と……。


 「既に元通りか」


 目的の場所に辿り着き、言葉が盛れる。

 白く巨大な外壁に覆われた巨大な建物。

 半年以上前に、私が半壊させたかの場所は何事も無かったかのように元通りになっていた。


 「おめおめとここに戻って来たか、リーン」


 声の方向を見ると、私に剣を向ける存在がいた。。

 蒼眼の男、研究所に居た頃アルクノヴァの近くによく居た人物。

 名前は確か、ノーディア。


 「久しぶりね、ノーディア。

 アレからも、貴方は生きていたのね?」


 「お前が以前引き起こした事故で、あまり無事では済まなかったがな。

 全身に酷い火傷、今も傷は残ってる。

 だが、お前は何故ここに戻った?

 ここを抜け出して得たようやく自由を、どうして今更手放そうとする?

 今からでも遅くはない。

 他の者に見つかる前にここを去れ」


 「何もかも失ったわ。

 外の世界でようやく得た自由、家族のような存在。

 私はそれを全部失ったの、そしてここに戻ってきた」


 「一体何があった?」


 「マスターが追い求めるカオスの存在。

 その配下と呼ばれるラグナロクの者に私は出会ったの」


 「ラグナロクだと、一体どうやって……」


 「初めはわからなかった。

 ただの子供だと油断して、奴が私を敵だと認識した。

 そして彼女に、私は奪われた。

 ようやく得た家族も、居場所も全部奪われた!!」


 「復讐か、ここに戻ってきた理由は」


 「ええ、ここに居ればいずれ私は再び奴と出会えるもの。

 私には分かるの彼女は……、テナはいずれここに来るって……」


 「分かった、マスターの説得に私も協力しよう。

 理由はどうあれ、お前が我々に協力する意思が本当にあるのなら私も協力は惜しまない」


 ノーディアはそう告げると、私を外壁の向こう側へと案内した。


 それから長い時が過ぎていく。

 気付けば10年近くの月日が流れていた。


 

 帝歴403年12月10日


 この日、私を含む実験対象者はマスターの元に呼び出された。

 私を含め四人の対象者。

 私とノーディア、そして近年新たに加わったニルとアクリの四人である。


 「急な呼び出しで済まない。

 自体は一刻を争っているものでね」


 マスターはそう言うと、ノーディアは聞き返した。

 

 「やはり、十剣の連合軍に動きが?」


 彼の質問にマスターは頷くと、アクリは私の方を見て呟いた。


 「元はと言えば、先輩が依頼ミスしたのが原因ですよね〜?

 一応、私達の中ではノーディアさんと並ぶくらいの実力者なのにぃ……。

 神器の契約者が聞いて呆れますよぉ」


 悪態を付きこちらを睨む彼女に対して、ニルがマスターに話し掛けた。


 「連合軍に何か勝算はあるんですか?

 我々もマスターの命令なら力は惜しみませんが、数が多いと難しいと思われます。

 神器使い数人を同時に相手取るのは流石のノーディアやリーンにも厳しいと思いますし」


 「それをこれから伝えるところだよ、ニル。

 簡潔に言おう、今後の判断はお前達の自由だ。

 我々が正面からやり合って勝てる相手ではない。

 今後どうするかはお前達自身で決めるといい、ここに残り奴等と戦うでも外の世界で学生生活を送るでも一向に構わない。

 今まで君たちにはとても世話になったな」


 アルクノヴァのその言葉に対して、アクリは聞き返した。


 「ちょっと待って下さい。

 いきなり自由て言われても私には分かりません。

 それに勝てる相手じゃないて、私達に勝てる人間がこの世にいる訳無いじゃないですか。

 だって、その為の私達でしょう?」


 「そうだな、アクリ君の言うとおりだ。

 しかしこれは決定事項、既にここの研究者達には通達している。

 各職員の次の配属もほぼ決定済みだ」


 すると、ノーディアはアルクノヴァに一つ尋ねる。


 「マスターはどうするおつもりで?」


 「私はここで、とある人物を待たねばならない。

 ここの管理者としての最後の仕事をするよ。

 私からは以上、後は君たちに委ねる」


 部屋を追い出された私達は別室にいて一度集まり、今後の判断を話し合っていた。


 「リーン先輩のせいですよ!

 先輩がこの前の依頼をミスしたせいで、私達これから一体どうすればいいんです?

 責任取って下さいよぉ!」


 私に引っ付くアクリをノーディアは引き剥がし、私達に話し掛けた。


 「いいから少し落着け、アクリ。

 リーンも今回の任務は分が悪かったんだ。

 イレギュラーな事が多すぎる、今回の依頼を彼女一人に承諾したマスターにも非があったんだ。

 私もあの場に居れば必ず成功したはずだろうよ」


 「そう言われてもぉ……。

 ニル君はどうするつもりですかぁ?」


 アクリが横で聞いてるニルに尋ねる。

 掛けていた眼鏡のレンズを拭きながらニルは淡々と答えた。


 「僕はここを出るよ。

 無駄死にはしたくないからね。

 マスターが我々の力量を見てそう判断したんだ。

 わざわざこちらに生き延びる機会を与えてくれたのならそれに応える。

 僕はマスターの意思を尊重したい。

 アクリやノーディアさん、そしてリーンはどうするおつもりで?」


 ノーディアはニルの言葉に対して簡潔に答える。


 「私は、マスターと共にここで戦う。

 最後の使命をここで果たすつもりだ。

 それはある意味お前も同じなのだろう、リーン?」

 

 「ええ、私もマスターと同じく待つべき人が居るから」


 「先輩、それって例の逃した標的の人ですか?」


 「そうとも言える。

 アクリはどうするつもり?」


 「私は、えっと……。

 ここ以外には居場所はありませんから……。

 外の人間も私は嫌ですし、消去法でここでマスター達と共に戦います。

 私、先輩達ほどじゃあないですけど強いですから☆」


 いつもの彼女の調子が戻ると、ニルとノーディアは僅かに微笑んだ。

 そしてノーディアはニルに声を掛ける。


 「ニル、お前は生きろよ」


 「もう死ぬって決めつけてるんですかノーディアさん」


 「勝ち目が無いらしいからな」


 「そうですか、でも僕はここを離れますよ。

 それが我々に望んだマスターの想いでしょうから。

 皆さんもせいぜい後悔の無いような選択を」


 ニルは私達にそう別れの言葉を告げこの場を去って行った。


 残り僅かな時間。

 更に、残されたのは私とマスターを含めたった四人。

 

 ニルの残した言葉を胸に、私達は最後の戦いに備えた。

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