第十九話 想いのすれ違い
目の前の彼が部屋のあちこちに視線を向けている中、
私はそんな彼を何となく見つめていた。
《シラフが私と同じ部屋にか……》
私は目の前の茶髪の青年に目線を向ける。
目の前の彼は、何かを考えている様子。
焦りや、緊張、そんな感情があるのが容易に見て取れた。
《何考えているんだろ、私の事かな?》
彼がぶつぶつと何かをつぶやいている。
それが何かは分からないがそんな彼をゆっくりと観察していた。
《やっぱり、成長しているなぁ……。
前は少し幼げで可愛いところがあったけど、今はあの時より頼りになる感じがする》
私と彼は幼い頃から親交がある。
私と彼が7歳の時、彼が両親を失ってすぐの頃にシファ様に連れられた際に私はサリアの王宮で出会ったのだ。
私は次第にそんな彼に惹かれていき、気付けば彼に対し好意を抱いてしまっていた。
しかし、王女という身分、更には主従関係を半ば無理矢理私の方から敷いたが故に、彼への想いに一歩を踏み切れず現在に至ってしまった。
《3年経っただけなのに、もう結構大人みたい。
何を考えているんだろう?
私の事なのは確かだと思うんだけど?》
私が彼を見ていると私と視線が合う毎に少し反らしている。
《さっきから異様に他人行儀だし、私に対して何か後ろめたい隠し事でもあるのだろうか?》
そうとなれば、少しからかってみよう。
シラフのくせに、一応主である私無下に扱うのは少しだけ気に食わない。
●
さて、どうする?
とりあえず、ラノワさんに相談だ……。
いや待て、余程の問題が無い場合部屋は変更出来ないんだったはずだ。
これは余程の事だよな……。
うん……、そうに違いない。
いやでも断られたら、在学中ずっと彼女と住む事になるんだよな……。
えっ……俺……死ぬの?
学院卒業後に死刑執行……。
十剣になってまだ1年なのに?
俺の思考は限りなく、負の連鎖に陥っている。
抜けられない思考の最中、彼女の声が聞こえた。
「シラフ?
どうかしたの?」
姫様は、俺に話し掛けて来る。
いっそ当の本人に確認して聞けばいいはず……。
お互い同意なら、この状況をどうにか出来る。
俺は迷うことなく、思考をすぐさま実行に移すことにした。
「姫様、その……。
俺と同室で住む事に対してどう思います?」
「別にシラフなら構わないよ。
小さい頃からよく城に泊まっていたからね。
今更過ぎない?」
嘘だろ……。
俺の思惑が思わぬ方向に歪み始めると、目の前の姫様は更に追い打ちを仕掛けた。
「……、シラフは私と同じ部屋が嫌なの?」
「いや……だからですね……?
姫様は一国王族ですし。
未婚の女性が私のような一介の男と一つ屋根の下で共に暮らすなどは流石に」
俺がそう彼女に告げると、ルーシャの顔が僅かに不機嫌になる。
「シラフはでもシファ様と暮らしているよね」
「いや、それは家族だからで。
それとこれとは別の話だと思うんだが……」
「ラーニル家とサリア王家も昔から家族ぐるみ付き合いだから今はもう家族同然でしょ。
それに、シラフは私の従者なんだしさ?
むしろ、私と一緒に住んだ方が護衛の面も兼ねて良さそうだと思うの、コレ名案だと思わない?」
「いや、確かにそうだとしてもそれとこれとは……」
「シラフの言いたい事は分かるよ。
身分云々とか私が一番よく分かってるから」
「だったら……」
「でも同じ部屋になった限り余程の理由が無ければ変更は出来ない事はシラフも分かっているよね?
それを分かった上でさ、シラフは私との相部屋を否定する程に嫌なの?」
やばい……。
この人の目がかなり本気で涙ぐみ始めた……。
余計にまずい……。
「いやその嫌というか……何というか……。
その、あのですね」
どうする……これ以上はまずい。
何かいい理由は……。
俺が思考を様々な巡らしあたふたとしていると、気付けば目の前の彼女が自分の服の裾を掴み俺の胸に頭を埋めて泣き始めていた……。
「シラフ……答えて。
家柄以外にも、私を拒む理由があるの……。
私……何かシラフに嫌われるような事したかな……。
あるなら教えてよ!!
お願い、だから……!!」
彼女が泣きながら俺に話し掛けた。
流石の俺もまさかこうなるとは思っていなかった。
どうするんだよ、この状況……。
なんか新婚にして突然離婚話を突き付けられた妻みたいな反応は……。
予想以上に面倒過ぎる……まだ相部屋の方がましに感じるな。
家柄以外だと……何も浮かば無い……。
まあそうだよなぁ……昔からの関わりだから大抵の不満は妥協で許せる範囲だからなぁ
そんな思考を巡らして俺は覚悟を決めて答えを渋々出した。
「分かったよ、一緒の部屋で構いません。
だからそんなに泣かないでくれ、俺に出来ることなら何でもするからさ」
俺のその言葉を聞くと、泣いていたのが何事も無かったかのように突然笑い始め、彼女はあっさりと泣き止んだのだ。
「アハハ!!
やっぱりシラフは泣き落としには弱いじゃん!!」
俺から離れると、彼女は微笑み。
「やっぱりシラフは可愛いね。
そういうところは相変わらずだよね、ほんと!」
「まさか、俺を謀ったのか」
「そうだよ。
でもシラフだって悪い、私に会って無言でずっと考えてばかりでさ。
私に何か隠してるよね?」
「だから謀ったのか?」
「そうだよ」
満面の笑みを浮かべて答える彼女。
背後から何処か悪魔じみた物を俺は感じた。
彼女はやっぱり面倒だ。
学院で少しは大人しくなったと思えば、彼女の本質は何ら変わってなどいなかったのだ。
「姫様は相変わらずかよ……。
全く、俺を焦らせやがって……」
「そ、れ、と!!
姫様って呼ば無いで!!
敬称も変な気遣いもいらないから!
昔みたいに名前でルーシャって呼んで!
ここはサリアの王宮じゃなくて、学院で私達は対等な生徒同士なんだからさ?」
「いや……しかし、それは流石に」
「さっきの言葉嘘だったの?」
そう言って彼女は自分の端末を服のポケットから取り出し、画面に触れると。
「分かったよ、一緒の部屋で構いません
だからそんなに泣かないでくれ、俺に出来ることなら何でもするからさ」
俺の声で端末から音が流れ俺は唖然とした。
「言質は取ってるから。
主に嘘を付くわけないよね、シラフ君?」
怖い程に綺麗な笑顔を浮かべる彼女の威圧に俺は抗えるわけもなく腹を括った。
流石に負けを認めるしか無い俺は、彼女の希望通りかつての呼び名で呼ぶことにした
「分かったよ、ルーシャ」
昔ながらの名前呼びをすると、彼女は何も答えない。
「…………」
「ルーシャ?」
聞こえなかったのかもう一度呼び掛けると
「……うん、それで良し!
じゃあ、改めてよろしくね!シラフ!」
昔から見慣れたいつもの主の姿に、やはり俺は一生敵わないんだろうと思いつつ、乾いた笑いをこぼし彼女との新しい生活を受け入れていた。