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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
最終節 この先も幻想は君と共に
189/326

逃避の果てに出会い

 身体が常に痛みに襲われていた。

 多くの人間が、私の手足に細い管を差し込み何かをしている。

 

 終わらない痛みの日々が続いた。

 死んだ方がマシな程の扱い。

 それでも私は生き続けるしかなかった。


 妖精族の最後の生き残りとして。

 この場所から逃げる機会を、この世界で一日でも長く生き延びる為に。

 

 392年6月

 

 目覚めてから2年余りが経過した。

 身体は徐々に苦痛に慣れ始め、そして日々何かの薬を飲まされる日々が続いていた。


 そんなある日、私はアルクノヴァからの命令により実戦を迎えた。

 近隣に天人族の目撃情報があり、見つけ次第排除しろとのことである。

 こちらの計画が向こうに対して秘匿しなければならないとのことらしい。

 細かい理由は教えては貰えなかったが、命令をこなすだけなら私には何ら関係はない。


 障害は排除するのみ。

 ソレが私の成すべき事だ。


 わずかに冷え込む、朝の木漏れ日。

 神経を研ぎ澄ませ、辺りの森の木々達から生き物の気配を探る。

 例の対象はすぐに見つかった。

 私の気配を向こうも察したのか、すぐに上空に飛び上がる。

 私もそれを追う為に、逃げる対象を追った。


 「逃げられないわ」


 相手はすぐに追い付いた。

 私の姿を見るなり、驚きの様子を見せる。


 「何故、滅びたはずの妖精族がここにいる?」


 「そんな事はどうでもいいの」


 敵の姿目掛け、攻撃を仕掛ける。

 敵は余りにも遅い、捉えるには非常に容易い。

 

 施設から支給された小型の短剣を構える。

 訓練と全く同じ状況、寸分も狂わず確実に敵の急所を狙う。

 

 金属音が響いた。

 肉を裂いた感覚はなく、攻撃は阻まれる。


 「貴様、我々天人族を討とうとは正気ではないな」


 「我々?、あなたたった一人でしょう?

 次は仕留めるわ」


 敵は意外としぶとい、攻撃は当たっているはずだが一向に敗北を認める気配はなかった。


 隙を見計らい、敵の首を掴み地面へ叩きつける。

 骨こそ折れなかったが、ヒビ程度は入っているだろう。 

 呼気が苦しいのか、目を大きく開き途切れるような動悸を繰り返していた。

 

 「任務完了」


 ためらわず、首目掛け短刀を振り抜く。

 容易く落とされた首の主は一瞬の痙攣の後に動きが止まった。

 亡骸をしばらく見ていると、敵が何かを隠し持っている事に気付いた。

 服を探ると一つの麻袋が見つかる。

 広げて中身を手に持とうとした瞬間、それは光を放ち気付けば炎が私を囲んでいた。


 「っ……!?」


 状況を把握出来ず一瞬焦るが、炎はすぐに落ち着き手に持っていたソレに収束していく。

 赤いひし形の宝石の首飾り。

 ソレが私が手に取っていた物であった。

 簡素な造り、しかし何か不思議な何かを感じ取る。

 

 「あの人に報告した方が良さそうね」


 亡骸の元を去り、私は研究所の方へと帰還した。


 

 首飾りを調べた結果、アレは神器と呼ばれる物らしい。神如き力を行使する事が出来るそうだが、神器に選ばれた僅かな一握りのみに許される代物。

 神器に選ばれた契約者が死ぬまで、神器と持ち主の契約は続くそうだ。

 

 「こんな物があっても、私には……」


 ここの者達は力を望んでいる。

 戦争でもするつもりなのだろうか?

 大きな力を望んだ結果、その中に私も居る。

 私には居場所がない、だからここでの過酷な生活を受け入れるしかないのだ。

 外に出たところで、私の同胞はもう居ない。

 既に滅んだ、外部の世界が現在どのようなものか気になるが力も無しに動けば私は再び愚かな人間等によって弄ばれる。

 

 この場所の方がまだマシだろう。

 研究の対象の為か、私への扱いは基本的に待遇が良かった。

 この施設の長であるアルクノヴァという男。

 彼は恐らく、私の知る限り一番知識を有している。

 

 神器という大きな力を手にした今ならこの施設から脱出するという手もある。

 その問題としてアルクノヴァという存在がある。

 

 彼の言葉が真実なのかをこの目で確かめる。

 同胞達が既に滅んだ事。

 今の世界が既にあの頃から千年以上も先である事。

 そして、彼等が討とうという神の存在。


 自分の目で確かめる。

 しかしそれは今の居場所を失う事だ。

 慎重に考えるべきだろう。

 今の私にはもう失敗は許されないのだから。


 392年7月


 私はこの日、計画を実行した。

 神器の力を扱う訓練の中、神器の力を発動と同時に研究施設を破壊した。

 混乱に陥る施設の様子を見計らい、私はあの施設から脱出する事に成功する。

 全て計画通り、私の思惑通りに動いていた。


 施設からの逃亡から3日が過ぎた頃、施設から遠く離れた辺りにあったとある街を散策していた。

 多くの人間達が行き交う巨大な街。

 彼等の手には、自らの手程の黒い板がある。

 私より少し大人びた程度の人間達が同じような衣服を纏い宮殿のような巨大な施設へと向かっていく。


 楽しく友人等と語らいながらそこへ向かう人間達。

 その光景を見ていると、何処か胸が苦しくなった。


 「何処を見ても人間なのね……」


 施設からの追手から更に逃げる為に、私は施設からさらに南方の方を目指していた。

 空を飛べば目立つので、ここの住人の衣服を調達し紛れながら移動を始めた。

 目立つであろう背中の羽は、時間が経てば一ヶ月程ので治るので迷わず破り捨てた。

 

 一族としての証を捨ててでも生き延びる為に私は手段を問わなくなっていた。


 辺りを散策し分かった事は、ここは巨大な島国であるということ。

 そして学院と呼ばれる教育施設でもあるという事が分かった。

 帝国と呼ばれる人間の国が、300年以上も昔にこの巨大な施設を作り上げたそうだ。

 

 人間は途方もなく貪欲である。

 自分達が楽をする為に、豊かになる為にありとあらゆる手段を平気で行うのだから。



 月が変わる頃、私はこの巨大な島国から出るべく貨物船に乗り込んだ。

 荷物の中に紛れ込み、決して快適とは思えない船の旅。

 何処に向かうのかは見当が付かないが、ひとまずこの島国から出る事が先であった。

 同胞の生き残りが居ると信じて、私の無謀な旅が始まった。


 一週間近くが経った頃、船は最初の港に到着した。

 サウノーリと呼ばれる、人間の港街。

 稀に獣人も見られたが、姿は昔の見知った者達より人間に似通っていた。

 獣人の血も、人間に近づいていたのだ。

 私が長い時を超えてしまったという事をここではじめて実感する。

 

 「本当に、1500年も過ぎていたんだ……」


 行く宛もなく、私は人間の港街を出た。

 今居る国の名前はサリア王国という国らしい。

 帝国が関わる以前から存在しているという国だそうだが歴史はそれでも1000年程度、私の知る頃には存在すら無かった国だ。

 

 手始めにこの国のありとあらゆる地を巡ったが一向に同胞の手掛かりは掴めない。

 月日が巡り、背中の羽も気付けば生え戻っていた。


 王家の血を表す、極彩色の羽。

 ある意味、自身の呪いとも思えるソレに苛立ちを覚えた。

 

 「この血のせいで私は、私達は……」

 

 時間だけが、日付だけが過ぎていく。

 生き残った同胞の手掛かりはなく、人間達によって支配された街を見て回る日々。

 生き地獄に等しい日々。

 

 これから私はどうすればいい?

 何の為に生きればいい?

 

 人間達しか居ない世界で居場所を失った私はどうすればいい?


 足取りが重くなる。

 心が既に折れそうだ……。

 それでも、私は生き延びなければならない。

 私が妖精族最後の生き残りであるのなら……。


 意識が薄れていく。

 いつしか水を飲むことすら私は忘れていたからだ。

 行く宛もないのに歩き彷徨い、会えるかも分からない同胞を探し続けた。


 大きな人間の屋敷が見えた頃、私はとうとう地面に倒れた。

 意識が徐々に薄れていく。

 これが私の終わりなのか……。

 これが私達の定めなのか……。

 どうして私達だけがこのような罰を受けなければならないのだろう。

 

 全ては人間のせい。

 人間が私達をめちゃくちゃにした。

 仲間を弄び、殺し尽くした。

 

 「こんなの、全部おかしいよ……」


 意識が途切れる間際、私はそう呟きそのまま意識が無くなった。


 声が聞こえた。

 子供の声が僅かに響いてくる。


 「……、大丈夫?」


 声に気付き体を僅かに動かそうとするが突然羽を触り強く引っ張ってくる。


 「……痛い……」


 突然の事に思わず声が出る。

 痛みで意識が鮮明となり、私はゆっくりと目を開ける。

 何処か小綺麗な服を着た人間の子供がそこにいた。


 「あなたは誰?」


 「ハイド……この屋敷に住んでいる人の一人だよ。

 君はどうしてこんな所に倒れているの?」


 目の前の子供はそう答えた。

 あの屋敷は彼の家らしい、なら私がここに居てはまずい。

 人間と深く関わるのは避けたい。

 だから早々と私は立ち去るべきだ。


 「……そう……邪魔をしていたようね……。

 ここには用が無いから……もう行くよ……。」


 私はふらつきながらも立ち上がり、子供の前から去ろうとすると子供は私に向かって声を掛け呼び止めた。


 「待って……そんな体で何処に行くの?」


 「……何処に行くのかは私の勝手……だから……、」


 「君にだって家族はいるだろう……。

 その人達の事が君を心配しているかもしれない……」


 男の子の言葉に対し、少女は怒りの感情を露わにして答えた。

 家族の存在、そんなもの物心付いた時から存在しなかった。

 常に私は王家の者か、実験の道具。

 だから、私には家族なんて……、


 「私の家族は……私を実の娘とは一切思っていない!」


 私は思わず子供に向かってそう叫んでしまった。

 子供は私の剣幕に若干怯む。

 私はすぐに感情を抑えてから少し間を開け子供に話かけた。


 「私は、あの人達の手の届かないところに行かないと行けないの。

 あの人達に見つかれば……私は処分されるから……」


 そう、私はあの場所から逃げた。

 捕まれば必ず今度は殺される。

 拳を握りしめ、子供にそう私は弱気につぶやいていた。


 すると子供は私に声を掛ける。 


 「……それなら、僕の屋敷で一緒に暮らせないかな?」

 

 子供の思わぬ言葉に私は驚く。


 「あなたの屋敷に?

 どうして……?」


 「その体でこれ以上出歩かせるのはとても危険だよ。

 だから……だからせめて君の体が治るまでこの屋敷で体を休めるべきだと思う」


 「あなたの家族は、私を受け入れてくれるの?」


 「事情を話せば、許可は貰えると思う。

 それに、僕の両親は困っている人を絶対に見捨てたりはしないから」


 「そう……」


 「だからさ……、今は無理をしない方がいいよ……」

 

 私の手を震えていた手に触れて私を落ち着かせようとしていた。

 子供の方が私よりも震えていたにも関わらず、見知らぬ私にそう必死に訴えかけていた。


 「……そうね……」


 所詮は子供の言葉。

 それでも私は何処か彼に対して安堵していた。

 常に緊張に晒されていた体の力が抜けていく。

 

 気付けば再び意識がそこで途切れていた。



 「っ…!?」


 再び意識が覚める頃、毛布掛けられ見知らぬ建物の中に居ることに気付き私はすぐに起き上がった。

 すると、先程の子供が私のすぐ横にいた。


 「気が付いた?」


 「そうみたいね……」


 私は再び辺りを見渡し状況を確認する。

 自分は部屋のベッドに寝かされており、その右側にある椅子に男の子は腰を掛けていた。

 

 「ここは、あなたの屋敷の中なの?」

 

 私が子供にそう尋ねると頷き答える。


 「うん……部屋に運ぶのは僕一人では難しかったから母さんと父さんに頼んだんだけど……。」


 「……、この部屋はあなたの部屋なの?」


 「この部屋は、客室だよ。

 一ヶ月くらい前までは父さんの友人の家族が泊まっていたんだけど……今は使っていないんだ」


 「そう、あなたの家族には礼を言わないといけないようね。

 ハイド……だったよね、あなたの両親を呼んで来て貰える?」


 「分かった」 


 子供はそう答え、両親を呼ぶ為に部屋を出ていった。

 それから、しばらくして子供は自身の父親を連れて部屋に戻ってくる。 

 

 「気が付いたようだね……。

 息子が羽の生えた女の子が倒れていると聞いた時は焦ったものだよ。

 多少の事情は息子から聞いている、何やら複雑な事情をお持ちのようだね?」


 子供の父親がそう訪ねて、私は静かに答えた。

 でも、この男が信用に足るのかは分からない為、言葉を曖昧にしながら答える。


 「……はい。

 私は物心付く時には、例の人達が私の周りにいました。

 しかし、その人達は私と同じくらいの子を何らかの実験に使っています。

 私はその人達から上手く隙を付いてここまで逃げて来たんです。

 でも、私には何処にも行く宛てはありません。

 そして、気付いた時にはあなたの息子さんが倒れている私を見つけたんです……」

 

 「そうか……。

 では、君が良ければこの屋敷で私達と共に暮らさないかい?

 今の君には行く宛てが無いのだろう?」 


 男の提案に対して、私は少し悩んだ。

 しかし、例の組織と無関係であっても巻き込まれる可能性がある。

 私を救ったことで、かくまったことで咎められては駄目なのだ。

 

 「もしかしたら、私のせいであなた達の家族を巻き込むかもしれませんよ」


 「その心配はいらない。

 この国では、君のような子供を見捨てるような真似は決してしない。

 君が、たとえ人間では無いとしてもね……」


 「そんな言葉、信じられません。

 まして人間の言葉なんて」


 「今すぐに決めろとは言わないよ。

 その判断は君自身に任せる。

 君が嫌だと判断したら何も言わずに出て行っても構わないさ」


 男は私の目を見てそう告げた。

 男の言葉が嘘だろうとそうでなかろうと、私は全て信じられなかった。

 しかし、男の服を掴み後ろから私を見ている子供の姿を見ていると一度はその言葉を信じてみようと。

 

 何故か私はそう思えた。

 

 

 「……ありがとう御座います。

 あなたの提案についてはもう少し考えてから答えます、それまで待っていて貰えますか?」


 「そうか、君の答えを待っているよ……。

 そう言えば、聞き忘れていたが君の名前は?」


 「リーン・サイリス・ノドルシア・ルヴィ・フリク・エイリシフ・エイラ・モーゼ・ノイス・オベイロン」


 「…………、やはり君は本当にあの妖精族なのかい?」


 「それ以外の何に私は見えているんですか?」


 「いや……君の言う通りだよ。

 まあ、私達は君が妖精族であろうとも一人の家族として迎えるつもりだ。

 君も私達の事を本当の家族だと思って接してくれて構わないよ」


 「……本当の家族ですか……。

 でも私にはその意味が分かりません……」


 「ここで共に過ごしていれば、必ず分かる時が来ると私は思うよ……。

 試しに私をお父様とか呼んだらどうだい?」


 冗談混じりでそう告げた男に従い、私は彼をそう呼んでみる。


 「……お…とう……様……?」


 慣れない言い方をした少女の様子に男の子の父親は笑いながらも言葉を返した。


 「まさか、早速言ってくれるとは嬉しい限りだよ。

 これからよろしく頼むよ」


 そう言うと子供の父親は立ち上がり、部屋を出て行った。 

 そして、部屋には私と先程の会話に入れずに黙り込んでいた男の子が残された。

 子供は何かを言いたげな様子だった。


 「何か言いたい事でもあるの?」


 「……君の事、これからどう呼べばいいかな?

 名前が長過ぎて言えそうに無いから……」


 「好きに呼んで構わないよ。

 君が呼びやすい名前なら何でもいいから」


 私の言葉に男の子は考え込む。

 しばらくしてようやく浮かんだのか口を開いた。


 「それじゃあ、リン。

 リーン・サイリス何とかだから、それを取ってこれからはリンとそう呼ぶよ」


 「リン……」


 その名前を呟くと何処か嬉しくなった。

 愛称を付けれたのは初めての経験だからだろうか、頬が僅かに緩み心の中でその名前を何度も口ずさむ。


 「……分かった。

 私はリン……あなたはハイド」


 「うん……」


 「これからよろしくね……ハイド」

  

 微笑む子供の頭を撫でる。

 この子が私に与えてくれた新たな居場所。 

 例え一時の夢であろうと、この瞬間がこれまでで一番幸せだった。

  

 この子の為にならもう少し生きてみようと。

 そう私は心から思えた。

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