在りし日々
ずっと昔の記憶。
焦げた肉の匂いが常に付きまとい。
毎日が誰かの死であった。
残された僅かな者達と共に安寧の地を求めてずっと歩き彷徨っていた。
「リーン様、お気を確かに。
あともう少しのご辛抱ですから」
私に向かって声を掛け続ける従者の女性。
私よりも既に飢えで骨が浮き出ている。
いつ死んでもおかしくない体で、彼女は自身よりも私の身を案じていた。
「これ以上歩いて何があるの……」
「かつての先代が滅びを迎えるであろう我々の救済為に残したモノがあります」
「そんなもの、今更残っても使える訳がない」
「しかし、それに頼らなければ我々は滅びます。
あなた様だけでも生きなければ、妖精族は人間等の支配下によって滅びゆくのみ。
我々の同胞のほとんどが既に人間に淘汰されました。
市場に晒され、有りもしない噂にそそのかされた者達は薬になる等と我々の血肉を貪り食らい続けます。
若い女衆も、奴等に攫われ道具のように扱われ続いた。
もう既に、生き残りは私達も含めてほんの数千です。
王の後継者であるあなた様だけでもこの先生き延び我々の未来の安寧の為に存在し続けなければならないんです」
従者の女はそう訴える。
精神も極限状態が続いた影響で不安定なのか、私に込める力が異様に強い。
爪がめり込み、痛みを感じた。
しかし、生きる事への執着は強い。
全ては私の為に、私が王として同胞を導き続ける為なのだと。
「分かったわ、先を急ぎましょう」
「はい」
彼女に諭され、足を進める。
僅かな水と食料を手に、各地を巡った。
先代から言い伝えられる、我々に残した希望を求めて。
かつて、我々が各種族等と戦争をしていた時代。
住処の森ほとんど失いながらも今の時代に子孫を残せたのは、その伝承に伝わる物だったという。
光漏れる宝石の箱庭。
古き森の守護者の加護にて、未来への方舟として我々を守り続けるだろう。
滅びを迎える時が来るとき、ソレは我々の前に姿を表す。
箱庭の鍵は、王の血を引き継ぐ者。
王の血が続く限り、我々は長きに渡り存在し続けるだろう
古くからいい伝えられるその場所が何処なのか未だ分からない。
関係しているであろう場所をひたすら探し続ける。
最初は生まれたばかりの私を含め6人程の仲間がいた。
しかし、一人や病に倒れ、一人は人間に攫われ、一人は我々を裏切り、一人は自決を図った。
確実に仲間を減らしていき、残されたのはかつて両親に仕えていたという従者の彼女と王の血を引くという私のみだった。
数少ない手掛かりを頼りに旅を続けていた。
●
それから、長い月日が過ぎた頃。
私達はようやく例の場所を見つけた。
古びた遺跡の奥底、そこに例の物は存在した。
しかしソレは私達が想像していたものとはかけ離れたものであった。
「コレが、先代が私達に残したモノ?」
目の前に存在したモノに対して私はそう呟いた。
多くの機械に囲まれた一室に、揺らめくような光を放つ生き物のような物。
生き物と言っても、内臓のようなもので醜悪を感じる醜いソレである。
本能的に触れてはいけないモノ。
だが、コレが我々に残された物だという事を否定出来ずにいる自分がいた。
「コレが、我々に残した先代の至宝。
でも、一体コレは何でしょう?」
従者の彼女も分からないらしい。
しかし、コレが一体何なのか私達は調べる事にした。
しばらく時間が経ち、残された資料のような物を確認し私達はコレが一体何なのかを突き止めた。
クロノスの遺産。
それがこの生き物の名前らしい。
とある者の肉片を媒介にし、それを様々な魔術を用いて現在の形に仕上げたらしい。
そして、この生き物には特殊な能力が備わっている。
生き物から分泌される体液を浴びる事で全身が魔水晶になり、以後数千年も経とうと体は朽ちず生きたまま保存することが出来るそうだ。
水晶と化した者を戻す為には、王家の血を浴びる事。
王家自らが保存された場合は同胞の血を水晶に浴びせれば解除されるそうだ。
つまりこれを私が使ったとしても、同胞自体は救えない。下手をすれば私自身が未来永劫、水晶に閉じ込められる。
「ねえ、これからどうするつもりなの?」
私は仲間の彼女にそう尋ねる。
何か意を決したのか、彼女はゆっくりと生き物めいたクロノスの遺産に触れてこう呟いた。
「あなた様をこれから、これを用いて保存します。
未来の我々が必ず種族を繁栄させ、あなた様の封印を解きます。
その時までとても長く長い眠りになりますが……。
あなた様はどうなさいますか?」
「私は今の同胞が今後も残り続けられるとは思えない。
封印しても、恐らく永遠の眠りを迎える。
死ぬ事と同じよ」
「ですが、あなた様の存在は水晶の中で朽ちずに永遠に残せる。
我々が生きた証になります」
「でも、それじゃあ……」
すると彼女は生き物に向かって短刀を振りかざし、そして切り刻んだ。
生き物から体液が漏れる。
息を荒らげながらも彼女は、その体液を採取し私へその手を向ける。
「リーン様、お願いです。
我々の為に、ここで死んでください」
涙を流し、私へそう告げる彼女。
あまりの状況に私は動けない。
そして、彼女は採取した体液を私へ向けて振りまいた。
液体が肌に付着した瞬間、焼けるような痛みが全身を襲う。
あまりの痛みで意識が遠ざかる、液体が付着した腕を見やれば透明なガラス片のようなモノが私の体を覆っていくのが見えてくる。
「っ、私はこんな事の為に今まで……!!」
怒りにも似た何かの感情が私を支配していた。
同胞を、仲間を救えると信じていたのに……。
仲間はもうほとんど居ない。
同胞は救えない。
私達は滅ぶだけ……。
都合の良いように利用され続けて、私達に残された救いがこんなモノなのか……。
全身が水晶に覆われる。
動けない、感じない、冷たい、暗い。
こんな事の為に………私は、私達は……。
「必ずあなた様を取り戻しに参りますから」
彼女のその声を聞いたのを最後に意識が闇に消えた。
●
光が差し掛かった。
体が重く、上手く動かせない。
音も聞こえない、掠れたようなゴワゴワする感覚が耳鳴りのように響いてくる。
目が覚めた。
つまり、同胞達が私を水晶から解き放ったのだろう。
私達は生き残っている。
人間達からの淘汰からようやく解放されたのだ。
●
帝歴391年6月
「相変わらず言葉を発しませんね、彼女は」
「音は聞こえているのは確かだ。
しかしだ、妖精族は数百年も昔に滅んだのだ。
それも我々人間の手によってな。
恐らくそれが原因だろう。
アルクノヴァ様が2ヶ月余りを費やして彼女の封印を解いたのはいいがそれから彼女をどうするのかは未定らしい」
「現状、彼女の監視及び経過観察ですか。
全く、いつも趣味の悪い事をしてますよね我々は……」
監視室から我々研究員はとある妖精族を観察している。
昨年の春、アルクノヴァ様が旧帝国領のとある遺跡で魔水晶を回収したらしい。
帝都に存在する魔水晶との関連性を確かめるべく、我々はその魔水晶の研究を開始。
回収から2ヶ月余りが過ぎたころ、我々は魔水晶から彼女の解放する事に成功した。
驚いたのは、彼女が数百年も昔に滅んだ妖精族であること。
しかし、残念なことが一つ。
我々との交流に一切応じない事である。
その見た目から推定して、彼女の年齢は10代前半。
体のあちこちに生傷が多数あり、腹部には亡国の焼印が一つ。
焼印を調べた結果、1600年前の西諸国の物。
当時は妖精族の奴隷売買が盛んであり、更にはその血肉をも薬として利用していたらしい。
幼い頃から性奴隷等の扱い受けて来たのは間違いないだろう
妖精族最大の特徴である羽の模様については、彼女が王家の血筋である事は確実だろう。
羽の模様の色彩が多くあればある程、妖精族の地位は高い、そして彼女は極色彩の輝きを放つ羽だ。
これ程美しい羽を持つのであれば王家だと、研究者達の間では一躍話題となった。
彼女の過去について、我々も気になる事は多いが対象が我々を非常に警戒している為交渉は難しい。
食事も取らない日々は続くが、妖精族は元々僅かな水でも数カ月は生きれる種族らしいから問題ない。
観察を続けても変化はなく、ただ無駄な時間を彼女に使われている事に飽き初めていた。
すると、監視室から連絡の伝票が訪れる。
アルクノヴァ様が直々に彼女と話をするそうだ。
何かの変化がある事を期待しながら、画面に我々は注目した。
●
「こうして直接話すのははじめてだな。
妖精族のお姫様」
「………」
目の前にいる人間の男、恐らく奴が私を目覚めさせたのだろうか。
何の為に、何の目的で?
あの日からどれくらいの月日が経ったのかは分からないが、人間が我々の敵である事に間違いない。
「警戒心が強い、しかしその割には力の扱いには疎い。
君ほどの実力なら、私をすぐに殺せるだろう?
でも、ここで殺せば君が今がどのような状況なのかを知る機会が失われる訳だ。
賢明な君なら、分かっているんだろう?」
「何が目的?
ここはいつで何処なの?」
男の言葉は最もだ。
この場で殺す事は容易い。
しかし殺す方のリスクが高いのは事実だ。
今は情報が欲しい。
「我々に興味を持ってくれて嬉しいよ。
私の名前はアルクノヴァ、この施設を管理する最高責任者だ。
この施設では様々な研究を世界の秘密裏の下で行っている。本来であれば世界条約で研究が禁止されている分野等をね」
「リーン、あなたの言うとおり私は王家の者よ。
我々の仲間は今どうなっているの?」
「残念な事に既に滅んだよ。
数百年も昔のことだがね」
「数百年……」
途方もない過去の出来事として告げられ落胆する。
男は更に言葉を続けた。
「君については我々も色々と調べていてね。
君の腹部にあった印からいつの時代かを推定したところ、今から約1500年以上前に存在していた国の物だという事が分かったよ。
更には君の先代が残したという、クロノスの遺産。
それを、我々独自に解析し、君をこうして蘇らせた。
魔水晶の解析は我々も今は必死でね、何かわかると思ったんだが君はどうやら我々とは違う経緯で魔水晶と化していたようだ」
「あの水晶からの解放には同胞の血が必要のはずです。
同胞が既に滅んだ今、言った何処から入手出来たの?」
「現物は存在しないからね、我々の手で君たちの血を再現しただけだよ。
人間の血を元に、妖精族の残した物をかき集めそれ等から君たち特有の魔力の波長を織り交ぜる事で擬似的ながらも君の解放をするに十分な物になり得ただけだ。
種族によって流れる魔力波にはある程度の規則性があってね。
王家が封印されているとなれば同胞の妖精族のいずれかの血を再現出来れば良かったから実に容易い話だった。
もし逆なら我々は更に苦労しただろうがね」
「そんな事出来る訳が……」
「時代と共に、我々人間は進化していったんだよ。
君たちが滅びに向かう間、君が眠っている間も我々人間は貪欲に進み続けた。
今や我々は神の一端にも触れているだろう。
こんな事を神を信仰する君たちのような存在には心底気が狂うような話だろうがな」
男の話が嘘ではない事は私が今目覚めている時点で分かっている。
嘘を付いたところで利点はない。
彼等は常に自分達が優位であるとわかりきっているのだから。
だが、こんな事が許されていいのだろうか?
何もかもを弄ばれている気分。
怒りの感情が湧き上がっていく最中、男は私に右手を差し出した。
「さて、これからは私の番だ。
我々も君の力を借りなければ成し得ない事なのでね。
君には悪いが我々の目的の為に利用させてもらう。
今は亡き帝国の、我々の悲願の為にね」




