幻想を超えて
帝歴403年12月8日
嵐のような暴風が吹き荒れる中、私はあの子を見ていた。
既に体のほとんどを動かせない様子。
限界を迎え、ようやく諦めたのだろうか……。
「どうしてなの……」
私は後悔していた。
自分の力をただの人間相手に使ってしまった事、ましてその相手は私の大切な家族なのだから。
それでも私はやらなければならない。
彼女は絶対に殺さなければならない。
堕ちた契約者は世界に仇を成す危険な存在。
まして解放者としても既に覚醒を果たしている。
今の彼では勝てない、今のこの世界で彼女に勝てる存在は私しか居ないのだ。
それなのに、彼は彼女を救おうとする。
理由はどうあれ、彼女は既に手遅れなのだ。
だから必ずこの手で殺すと決めていた、過去にも何度か道を踏み間違えたかつての仲間もこの手で殺めた。
今も同じだ。
例えどれだけその道な阻まれても私の意思は変わらない。
その結果、多くの大切なものを失う事になったとしても。
でも、やはり胸が痛む。
一緒に時間を共有してきた大切な存在。
今はもう動かない、私が殺してしまったのだから。
しかしその時、異変が起こった。
何かの揺らぎ、僅かな魔力の揺らぎを私は感じた。
まるで、心臓の鼓動のような揺らぎ。
何かが起こっている。
揺らぎの元はすぐにわかった。
既に死んでしまっていると思われた彼である。
「嘘……、まだ戦うつもりなの……」
私は驚愕していた。
彼は既に全身の骨が砕けているようなもの。
戦うどころか指の一本すら動かせる訳がないのだ。
「……一緒に、たた……かう、だろ?」
確かな彼の声。
一緒に?この場には彼と私しか居ないはずだ。
幻覚が見えている?
でも、何かがおかしかった。
彼が声を告げた刹那、小さい光の粒が彼の周りを取り囲んでいた。
一つ一つは小さく、僅かな光。
それでも、彼の元に徐々に集まり包んでいく。
アレが魔力の一種なのは確かだ。
だが、あんな現象を私は見たことがない。
鼓動が聞こえる。
彼の身に何かが起こっている。
私の経験した事がない未知の何かが……
光の塊は更に集まる。
そして、光はその輝きを強く放った。
太陽のような圧倒的な光の輝き。
しかし、それは何処か温かい。
それは世界を優しく常に照らしだす太陽のように。
瞬間光が弾けた。
優しく光る煌めきの中から彼はその姿を現した。
しかし明らかにそれは人間の姿ではなかった
オレンジ色の長い髪。
折れていたはず、まして既に限界を迎えていた彼の体は完全に治癒しており。
これまでの彼とは思えない莫大な魔力を有していたのだ。
その手に持つのは白く燃え盛る炎の剣。
そして一番の変化は、彼の背に存在する異質な羽の存在である。
極色彩のように美しく光輝く羽。
まるで蝶のような美しい羽であった。
これまでの深層解放とは明らかに違うその姿に私は驚愕していた。
その姿は妖精そのもの。
異質な何かが彼の身に引き起こったのだ。
「一体何をしたの、ハイド?」
「さあ、一体なんでしょうね。
でも大丈夫です、俺はここに立っています。
俺は一人で戦う訳じゃありませんから」
「………。」
「決着を付けましょう、姉さん」
「そうね」
言葉と同時に、お互いの体が動いた。
●
嵐が吹き荒れる中、高速の剣戟が交錯する。
天と地を構わず飛び交い、俺は姉さんと互角以上に渡り合っていた。
最初とは感覚があまりにも違いすぎる。
これまで全く敵わなかった彼女の攻撃が予測出来る、そして次の攻撃を何処に向かわせればいいのか容易く見えるのだ。
ズタボロの体は既に完治、それどころか力が更に湧き上がる。
魔力も溢れ、体の感覚が徐々に鮮明と化していくのだ。
「まだ行ける!!」
俺が攻撃を加速させると同時に、彼女も同じく加速する。
更に高速の攻撃が交錯し、辺りに引き起こされる嵐が更に激しくなった。
「たかが人間のあなたに何処にそんな力が残っていたの!!」
「俺だけの力じゃない!
俺をこれまで支えてくれた存在が俺に力をくれた!!
だから俺は戦える!!
自分だけじゃない、同じ想いを、幻想を、夢を描いた人が居てくれたから!!」
「そんな一時の気の迷いが、あなたの自身を滅ぼすんだよ!!
ハイドはいつもそうだった!!
私の言葉も聞き入れず、毎日毎日無理をして壊れるんじゃないかってくらいに進み続けた!!
あなたは昔からの大馬鹿者よ!!」
彼女の渾身の一振りを剣で受け止め、力が均衡する。
互いに譲れないモノの為に、言葉も力も限りあるまでぶつけ続ける。
「俺は認めてほしかったんだよ!!
周りから、いつもいつも疎まれ蔑まれる毎日が嫌だった!!
そのせいで、ルーシャ達や姉さんが裏で悪口を言われていたのが嫌だった!!」
「っ!!」
「俺は!!、自分が未熟でも認めてくれたあなた達が周りから否定されるのが嫌なんだよ!!
俺は何を言われてもいい!!
傷ついても、壊れてしまってもいいんだよ!!
だが、俺の大切な存在が傷付くのは見たくない!!
あなたやルーシャ達が傷付くところを見たく無かった!!」
何度も攻撃は衝突する。
幾度も交わされる剣と言葉。
お互いの信念に従ってただぶつけ合うのみ。
「私はソレが嫌なのよ!!
私の目の前で、みんなが壊れていくのを見るのはもう嫌なの!!
傷付くのは見たくないの!!
だから、何をしてでも私は進む!!
あなたに嫌われてもいい、憎まれてもいい!!
あなたが誰かの手によって傷つかなれけば、失わければいいの!!
そんなに死のうものなら、いっそ私があなたを殺しててでも止めてみせる!!」
「俺は死なない!!
絶対にこの手で救うと決めた人が居るから!!」
激しい攻撃が幾度もぶつかる。
衝撃に飲まれお互いの体が吹き飛ぶが、すぐに態勢を取り直し次の攻撃へ移る。
「俺は諦めない!!
絶対に!!」
「もう諦めてよ!!
これ以上私を迷わせないで!!」
互いは常に並行線、決して交わらない意思。
だから決着を付けなければならない。
お互いが傷ついたとしても。
最悪、片方を失う事になろうとも。
全身に溢れる膨大な魔力を剣に込める。
光が強く光輝き、嵐の中に一つの太陽を生み出した。
「………アインズ・クリュティーエ!!」
光が頂点に達した瞬間、俺はかの英雄技を振るった。
そして同時に彼女も剣を構えていたのだ。
「……アインズ・アポカリプス!!」
光と闇が混在するかのような、膨大な光。
色味を失い、純粋な破壊の為に生み出されたそれは彼女の言葉と共に放たれる。
この時俺は理解した。
英雄にこの技を伝授したのは彼女自身なのだと。
同一の構えから放たれる、特性の違う2つの技が衝突し天が震えた。
暴風が、爆風が吹き荒れる。
衝撃に飲まれようと、相手の姿を見逃す訳には行かない。
地に落ちていくお互いの体。
それでも、視線は同じモノを見ていた。
倒すべき存在を、超えるべき存在を見ていた。
「「……はぁぁっ!!」」
攻撃は再び交錯する。
終わりの見えない攻撃のぶつかり合いがただ続いていた。
●
辺りは夜を迎えていた。
闇の中でも、倒すべき存在は捉えている。
「まだ、戦うつもりなの?」
「姉さんこそ、まだやるつもりなのか?」
「あなたが諦めるまで続ける」
「俺も同じだよ、自分の意思を通してみせる」
幾度も剣は交錯する。
永遠と続くような長い戦い、思えば初めて姉さんと本気で喧嘩をしたのかもしれない。
それでも、俺には負けられない理由があった。
どれだけ交えようと終わらない。
力の底がチラついて見えてくる。
己の限界は確実に近付いていた。
ただでさえ慣れない力を行使し続けている上に、最初の戦いでの疲労が確実に体を蝕んでいた。
「っ……!!」
突然の吐き気に襲われ、俺は膝を付く。
目眩と凄まじい吐き気が襲いかかり立っているのが苦しかった。
思わず抑えた口から手を離すと、その手は鮮血に染まっていた。
「限界なのか……」
己の身の丈に合わない不相応な力。
代償はあまりにも大きく、確実に体を壊していた。
「それ以上続ければ、死ぬよ」
彼女から告げられた宣告、否定する事も出来ず鮮血に濡れた手を握り締めながら再び武器を構える。
「諦めなさい」
「……嫌だ」
「諦めなさい、もういい加減諦めてよ!!」
自分程ではないがかなりの傷を負っている彼女は俺にそう訴えた。
涙を流し、こちらに言葉を必死に投げ掛ける。
「どうして、諦めてくれないの!!
それ以上、力を使えば死ぬんだよ!!
深層解放の時点で、使い過ぎれば確実に体を蝕む諸刃のソレなのに。
今のあなたが使っているその力は、そんなモノの次元じゃない。
これ以上続けたら、本当に死ぬんだよ!!
もういい加減にしてよ!!」
「俺が諦めたところで、姉さんは諦めない。
だから、はじめから俺の答えは決まっています」
俺は自分の意思を彼女に伝える。
武器を再び構え、剣を彼女に向けた。
「俺は諦めない、自分の意思を最後まで貫く為に!!
あなたに勝つ、絶対に勝つんだ!!」
力は確実に自分を蝕む。
死の宣告、確実に残りのタイムリミットを刻一刻と削っていた。
「まだ、俺は戦い続けられる。
剣も心も折れない、幻想は俺を動かしてくれた。
感情的なものだろうよ、姉さんの理由に比べれば俺の行動理由なんて取るに足りないものだ。
でも、俺は諦めない……」
視界が赤に染まる。
目が血に染まっていたのか、血が涙のように流れ出る。
悲しみは無いが、体は悲鳴を上げていた。
それでも、
「俺は、俺を動かしてくれた幻想を超えてみせる!!
俺には何も出来ない、それでも信じて夢を理想を俺に託してくれた人が居てくれた。
だから折れない、折れる訳にはいかないんだ。
その人達の描いたモノを、託したモノを俺が絶対に実現してみせる!!」
全力で俺は踏み込んだ。
地を蹴り、目の前の存在へと向かう。
勝利はどうしようもない程に遠い、それでも負ける訳にはいかない。
俺は家族を救うと、リンを救うと約束したのだから。
剣に込められた炎が激しく燃え盛る。
激しい光、再び輝いた光は俺に力を与える。
目の前存在を超えろ、神器も、いや今や一部と化した二人が俺に力をくれる。
だから勝てる、絶対に。
誰もが不可能だと決めつけた、神如き存在に勝てると
「俺は今ここであなたを超えないといけないんだ!!」
己の全てを賭けて、ここで彼女を超える。
残りの全てを剣に込めて。
「………。」
彼女は何も答えない、ただこちらを見つめて武器を構えた。
いや、相手が何をしようと関係ない。
今は倒すことだけを、剣を振るう事を考えろ。
ありったけを込めよう。
後悔の無いように、だから俺にもっと力を貸して欲しい。
今ここで彼女を超える為の力を、
光は形を揺らいでいく、炎を纏いそして形を変えていった。
それはやがて花の形に変化した。
白く輝きそれぞれは小さくとも美しいソレであった。
その花の名前は
「アインズ・ヘリオトロープ」
花の名前を冠した渾身の一振り。
己の全てが込められた一撃が彼女へと向かっていく。
莫大な熱量を放出しながら、光の塊が向かっていく。
攻撃を前に、姉さんは笑っていた。
そして、攻撃に抗うことなく飲み込まれる
爆発の衝撃で意識は途絶えた。




