白
帝歴403年12月7日
この日、俺ことハイドはとある人物の見舞いの為に病院へ訪れていた。
明日、退院を予定しているラウである。
奴には専用の病室が用意されており中へ踏み入ると、シルビア様と会話しているラウの姿が目に入った。
「シルビア様、ラウの見舞いに来ていたのですね」
俺が彼女に声を掛けると、俺の存在に気付いたのか一礼し俺の方へと歩み寄って来た。
「シラフさんはもう大丈夫なんですね。
本当に良かったです。
あなたの事がすごく心配でしたから」
「それは、ご心配をお掛けしましたね。
大丈夫ですよ、この通り元気ですから」
俺がシルビア様にそう伝え、彼女は微笑み安堵の表情を浮かべるがそれを見ていたラウは俺に尋ねてくる。
「呑気に笑っていられる余裕があるのか、ハイド。
お前は明日、シファとの決闘があるのだろう?
勝てなければ死、それを重々承知でここに来ているのか?」
「そこまでお前に心配されずとも大丈夫だよ。
俺は必ず勝つさ、それが俺のやるべき事だ。
今日、お前の元に訪れたのは姉さんとの決闘後に控えるセプテントへの作戦決行についてだ」
「ほう、面白い用件だな。
既にシファへの勝算があるとは、無謀もいいところだ」
「時間はあまりないから簡潔に言うよ。
例の研究施設への襲撃に関して、人選は俺とラウ、シン、テナ、リノエラ、そして未来からのシルビア様。
後方支援及び強制執行に姉さんや十剣等及び連合軍を後続へ待機させる。
作戦決行に用いる時間は最大で3時間、それ以上が経過した場合強制執行として姉さん達が突撃。
以上が大まかな内容になる、お前に頼らなければならないのは避けたかったが俺はアイツを必ず救いたい、その為にお前の協力を頼みたい。
この通りだ、頼む……」
俺はラウにそう告げ、頭を下げた。
自分の細やかなプライドは関係ない、彼女を救う為に取れる手段は全て使うと決めたのだ。
俺の様子に現在のシルビア様は言葉を失う。
そしてラウは幾ばくかの時間を置くと返答した。
「了解した。
私やシンも帝国関係でかの研究施設には少なからず因縁がある。
お前が頼まずとも、私は同行する予定だ。
そして自尊心の強過ぎるお前が私に頭を下げる程だ、お前の求める彼女の救済に力を貸そう。
シンには私から直接お前の意思伝えよう、一つ気になったのはテナという者は一体何者だ?
戦力になり得るのか?」
「テナはサリアでの俺のライバルだよ。
俺と同じくルーシャに仕えていて、ヴァルキュリアの遊撃部隊の隊長。
実力は神器無し俺と同程度、近い内に直接顔合わせはするつもりだ」
「了解した、念頭に入れておく」
「俺は失礼する。
ラウ、シルビア様への失礼は無いように」
「言われずとも問題ない。
戦いの健闘を祈る、私からは以上だ」
「では、シルビア様またお会いしましょう」
俺は彼女に一礼をすると部屋を後にした。
●
病院から出ると、入口前には見慣れた人影があった。
俺より僅かに背の高い、中性的な容姿の人物。
俺へ向かって手を振りこちらへ向かってきた。
「少し遅かったね、シラフ。
約束より五分は遅刻だよ」
「ラウには軽く例の作戦への打ち合わせをしてきた。
近い内に顔合わせもする、お前にも手を貸して貰わないといけないからな」
「任せて、私結構強いから。
この作戦を完璧にこなして私の活躍振りをサリアに示すよ。
で、これからどうするの?
私を呼び出した理由は何なのかな?」
「例の如く、稽古の相手だよ。
テナくらいしかまともにやり合える奴が俺には居ないからな」
「了解、じゃあ行こっか。
この借りは今日のお昼奢りだからね」
「はいはい、幾らでも食えばいいさ」
傍から見れば同性の友人、しかし実際コイツは女である。俺よりも背の高い上に、容姿もいい。
サリアでは俺とは正反対の人気者といえるだろう。
彼女と共に例の公園に向かう。
辿り着いた頃、そこには既に先客がいた。
「シラフ君かい、先日の試合は実に見事だったよ。
そして、隣の彼は君のご友人か何かな?」
青い髪の青年こと、身の丈程の大剣を振るっていた彼の名はラノワ・ブルーム。
今年は惜しくも八席の座を逃したが、彼の強さは誰もが一目を置くほどだ。
「お久しぶりです、ラノワさん。
この前の試合、見ていてくれたんですね」
「勿論だよ、まさか君がとうとう十剣の先輩方に勝つとは来年は君が優勝候補かな。
私も負けていられないよ。
それで横の彼は?」
ラノワさんはやはり彼女を男だと思ったようだ。
テナが驚かしてやりなよと視線を送っており俺は彼女の紹介をする。
「彼女はテナ・アークス。
俺の幼馴染で現サリア王国騎士団のヴァルキュリアの遊撃部隊隊長。
剣の実力は自分と互角、かなり強いですよ」
「待て、さっき君は彼女と言ったのか?」
「ええ、確かに初見は男に見えますけどね。
コイツは正真正銘の女性ですよ、自分も割と最近までは男だと思っていましたし」
俺がそう言うと、テナは悪戯ぽく微笑みラノワさんへ話掛ける。
「始めまして、ラノワさん。
彼の紹介の通りサリア王国ヴァルキュリア騎士団遊撃部隊隊長のテナ・アークスです。
女だって信じられないなら、胸でも触ってみますか?」
「いやいや、そんなことをわざわざする必要はないよ。
なるほど、シラフ君の幼馴染で既に騎士団の隊長格か。
全く、君たちサリア王国は風変わりな者が多いな」
ラノワさんは動揺しながらも、テナの言葉を受け流し言葉を続ける。
「それで、今日は何を目的に二人でここへ?」
「剣の稽古ですよ、体を動かしておきたいと思ったので」
俺はラノワさんにそう伝える。
明日に控える姉さんとの決闘の為とは言えなかったからだ。
ラノワさんはそれを聞くと、頷き話を続けた。
「なるほどね、君らしく常に向上心があって何よりだよ。
私はそろそろ別の用件でここを離れる、場所は好きに使うといい。
二人は分かってると思うがこの辺り一帯を壊さないように頼むよ。
色々と事務処理が面倒だからね」
そう言ってラノワさんは片付けを終えるとこの場を後にした。
すると、テナは俺に話し掛ける。
「シラフ、お姉さんに勝てそうなの?」
僅かな不安気を感じさせる彼女の言動に俺は迷わず答える
「勝てるよ、絶対に。
根拠は無いけどさ」
「そっか……、じゃあさっさと始めよう!!
ほら、早く準備準備!!」
俺の言葉を聞き、すぐに気持ちを切り替えいつものテナの様子に戻る。
「ああ、今日一日頼むよ」
彼女へ感謝しながら、日が暮れるまで稽古を続けた。
●
稽古終え、俺とテナはベンチに腰掛け休憩していた。
「満足出来た、シラフ?」
「ああ、充分過ぎるくらいには」
「それは良かった……」
既に日が落ち街頭の明かりが俺達を照らす。
会話が一度途切れた中、テナは俺に問い掛けた。
「ねえ、これが最後って事にはならないよね?」
「なるわけないだろ、俺は必ず勝つさ」
「絶対にそうだって言える?
ちゃんと僕の目と顔を見て答えて」
テナはそう言い、俺の頭を両手で掴み無理矢理向かい合わせる。
テナに言われた通りに答えようとするが、何も言葉が出なかった。
「やっぱり嘘付いた。
本当、シラフはそういうところが駄目なんだよ」
「いつからわかってたんだよ?」
「はじめからお見通し、何年君と関わってると思ってるの?小さい頃は毎日一緒に同じベッドで過ごした仲だし」
「色々含みのある言い方はやめろよ」
俺はそう言い、テナを引き剥がす。
軽くテナはため息を付くと、突然俺の頭に一発殴りかかってきた。
「痛え!!急に何するんだよ!!」
「僕にウソ付いた罰、考えたく無いけどさ今日が最後かもしれないんだよ!
分かってるの?
君が死んだら、主であるルーシャはどれくらい苦しむのかくらいさ」
「分かってる、たから負けられない」
「勝算は何処にあるっていうの?
あの人は、十剣全員でも太刀打ちできない程の化け物だよ。
これまで一度も誰も勝てた試しがない、そんな相手に若年の君が勝てる要素が何処にあるっていうんだ?」
「でも、勝たないといけない。
俺が目的を果たす為には乗り越えないといけない」
「今からでも遅くはない、辞めた方がいい。
例の彼女、君の家族を救いたいって事なら僕からもお姉さんに訴えるからさ」
「姉さんは今更言葉を曲げたりはしないよ。
あの人は本気だ、そして俺も覚悟は決めてる」
俺がそう言うと、テナは自分の頬を両手で叩き、何かの決意を固めた様子だった。
「そう、やっぱり相変わらず馬鹿だなぁ君は。
ここは幼馴染の僕がしっかりと送り出さないといけないみたい」
そう言って、テナは俺にいきなり抱きついた。
体格差の影響なのかテナの胸に頭が埋められ、妙な感触を覚えた。
「おい、テナ!!
急になんだよ、いいから離せって!!」
俺が足掻くも、テナは力を強く込めているのか決して離そうとはしない。
「何だよ急に?
いつものお前らしくないだろ……」
彼女に問う、するとゆっくりと彼女は口を開いた。
「約束して、絶対にまた戻るって。
サリアの為に、ルーシャの為に、僕の為に」
「当たり前だろ……」
「なら大丈夫」
そう言って彼女は俺をようやく解放した。
「シラフ、必ず約束を果たしてよ」
彼女の伸ばした手を俺は手に取る。
「当然だ」
昔ながらの関係、お互いに高めあった仲だから分かる。
負けられない理由が増えていく。
自分にとってかけがえない物がいつの間にか沢山増えていたと実感した。
●
帝歴403年12月8日
約束の日を迎えた。
いつもより早く起き、静かになった部屋の中で心を落ち着かせる。
そして、これまでの事を俺は思い返していた。
10年前のあの日に全ては始まった。
俺が神器に選ばれた事。
その時、引き起こされた火災によって俺は家族を失った。
剣の裁判に掛けられ、俺は姉さんの元に引き取られる。
それから、神器からもう一人のリンが生まれた。
時は流れ、サリア王国の第二王女であるルーシャと出会う。
彼女の誇れる騎士になると俺はそれを願った。
テナとの出会いで、俺は姉さんの指導の元ヴァルキュリアの訓練に参加。
テナとお互いに高め合い、俺は騎士への道を進む。
学院への編入が決まり、その門出の日にはラウとシンに出会った。
素性の分からない二人組、そして道中の船で俺達は海賊等と交戦する。
しかしラウにより全て処理され、そしてその後ラウから告げられた二人の目的によって対立する。
学院へ編入した初日には主であるルーシャと再開、そして後にかつて交友関係のあったクレシアと出会う。
彼女等に振り回され、それからシルビア様の神器による一件により闘武祭に出場する。
多くの人達と出会い戦い、俺は成長していた。
それから様々な事があった。
闘武祭を勝ち進み、俺はとうとう神器の力を扱えるようになった。
己の覚悟、そして弱さと向き合ってようやく得た力。
準決勝での戦いはラウとの因縁深い一戦、そこで俺は神器の最奥たる深層解放を習得。
激しい戦いの中、俺は敗れたが大きな成長を感じられた一戦でもあった。
しかし戦いの後にクレシアは何者かに連れ去られた事を俺はルーシャに聞く。それを仕組んだのは未来の自分、そして残りの命が僅かだと言うこと。
未来の己と対峙し、そして激しい戦いを得て俺は勝利を果たしクレシアとの本当の意味での再開を果たした。
その間、未来から訪れたというシルビア様の一件と同時にこの時様々な事が同時に裏で引き起こっていた。
ルヴィラさんとの出会いと別れ。
新たな剣技の師、そして護衛を務める事になったシグレの存在。
そして、10年振りの再開を果たしたリンの存在。
彼女と戦い、そして救うと決めた俺は先日姉さんに課された条件であるクラウス等との戦いに何とか勝利。
そして、今日最後の条件である姉さん自身との戦い。
「必ず約束を果たすよ」
本来そこには居ない存在へ俺は声を掛け、俺は部屋を後にし約束の場所へと向かった。
●
寒々しく蒼く澄んだ空。
雲一つ無い晴天の元、荒れた荒野に立つ一人の存在があった。
美しい銀髪を揺らし、来たるべきその時を待つ孤高の存在があった。
「逃げなかったんだね、ハイド」
「覚悟は既に出来ていますから」
冷たい冬の風が突き抜ける。
そして、孤高の存在は言葉を続けた。
「ハイド、まず始めに言っておくわ。
私をまともに相手しようものなら確実にあなたは死ぬんだよ。
分かっているよね?」
「俺は死にませんよ絶対に。
守ると決めたモノが俺にはありますから」
「そう」
彼女はそう告げると、右腕を天にかざす。
すると、巨大魔法陣が地面に出現し俺は警戒する。
「場所を変えるだけよ」
そう言われた刹那、お互いが光に包まれ視界が光に染まる。
再び目を開けると、辺りの光景は一変していた。
暗雲が立ち込め、黒く禍々しい枯れ木と荒れ地に覆われた異形の世界が広がっていたのだ。
雷が鳴り響き、災厄を告げるかのような場所。
すると彼女は言葉を続ける。
「ここは、ずっと昔に楽園って呼ばれた場所だよ。
4000年くらい昔に、大きな戦争でその楽園は滅び今は世界の地図からもその存在は抹消されてる。
その大きな戦争の名前は異種族間戦争。
数百年に及んで行われた種族神という存在下によって旧世界の神話や歴史を再現したモノ」
「どういう意味です、ソレは?」
「ここじゃないと私のあの姿は見せられないからね。
その説明の為だよ」
「………。」
「天人族の現四大天使のリノエラ・シュヴルは私の親戚に当たるの。
彼女の曽祖父であるミカエル・シュヴルの双子の兄のルシファー・シュヴル。
彼は戦争当時天人族の英雄だった、でも当時対立関係にあった魔族等と手を組み天人族に反乱を引き起こした。
英雄ルシファーをたぶらかした魔族の王女リリス・ラーニル両者の間で生まれた存在。
ソレがこの私、シファ・ラーニルという存在なんだよ」
そう言い、彼女は今度は左手を天にかざす。
眩い閃光を放つとその手には禍々しくも神々しい一振りの剣がそこにあった。
「ラノワの宿す悪魔、ヴェルフェゴールはリリスの支配下にある。だから最初のあの時ラノワは私に勝てなかったの、魔族は血筋によるカースト制度が絶対という制約があるからね。
天人族は生まれが古ければ古い程、血統は純血であり力が強くなる。4000年も前の血筋は今の彼等に残っていない。
だから事実上、天人族の彼等は私に対して絶対逆らえないの。
この意味が分かる?」
彼女の告げる言葉の意味、あまりにも途方もない次元の言葉に俺は唖然としていた。
何故これまで誰も彼女に勝てず頭が上がらないのかという理由がようやくわかった。
「私は高位の悪魔であると同時に高位の天使でもある。
生まれの影響なのか私の魔力の総量は通常の数千倍くらいだったかなぁ。
だから、そういう事なの」
目の前の存在、途方もない彼女の威圧に俺は押されていく。
勝てない。
勝てる訳がない。
彼女に勝てる存在がこの世に存在するはずがない。
「ハイド、あなたは私に絶対勝てない。
私がそもそも神と同列なの。
あなたが結果を決める?
誰かが結果を決める?
それとも悪魔が?
それとも天使が?
まして本物の神ですら私に一切勝てなかったんだから」
彼女に向かって莫大な魔力が収束する。
禍々しい光を放つそれに悪寒が全身を突き抜ける。
目の前のソレはあまりにも美しい恐怖のソレであった
「さあ始めましょう、ハイド。
あなたの最後を私が全て見届けてあげるから」
俺は改めて目の前の存在に押され痛感していた。
それは、あまりにも大き過ぎる力の差だった……。
それでも俺は勝たなければならない。
折れそうな心を奮い立たせ、武器を震えながらも構える。
無謀だろうと無駄だろうと構わない。
俺は勝つんだ、絶対に交わした約束を果たす為に!!




