表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第三節 救済への抵抗者
183/327

乗り越えた先で、残された時間で


帝歴403年12月4日


 全身が焼けるように熱い。

 先程の攻撃による影響なのか、体の節々が悲鳴を上げていた。

 まともに動けそうにない。


 クラウスさんとの全力で攻撃を交えた衝撃は凄まじいものであった。

 俺が最後に放った技、アインズ・クリュティーエ。

 リンとの交戦した際、突然乱入してきた謎の男が放った技である。

 限界まで剣に神器の魔力を込め、莫大な熱量と光で相手を滅するというモノ。

 この場で咄嗟に出来た事だが、何故か俺はあの技が出来る確信があったのだ。

 同じ炎であるからなのか、どんな理由かは定かではない。

 ただ出来ると確信した、それだけなのだ。

 

 そして、戦いは既に終わりを迎えようとしていた。


 「流石、シファさんが認めただけはあるよ」


 声が聞こえた。

 満身創痍の体を奮い立たせ、クラウスさんは俺に語り掛ける。


 「あの技を何処で覚えた?」


 「出来ると確信した、それだけですよ」

  

 俺がそう答えると、クラウスさんは僅かに微笑む。


 「確信したか、全く君にはいつも驚かされるよ。

 まさか、かの英雄の技を再現してみせるとはな」


 「英雄の技?」


 「アインズ・クリュティーエ。

 サリア王国の偉大なる英雄、ハイド・アルクスの編み出した技だ。

 それも知らずに使うとはな。

 全く、恐れ入るよ」

 

 その言葉を聞いて俺は驚いた。

 あの技が、かの英雄の使用していた技だという事実に衝撃を隠せない。

 つまり、あの場に現れた男はそれを知っていた上で使っていたという事になるからだ。

 謎が深まるばかりだが、クラウスさんはそのまま言葉を続けた。

 

 「本当に強いな、君は……。

 今の君になら、私には出来なかった事が果たせるだろう」


 「………。」


 「君の勝ちだよハイド君、全てを君に託そう……」


 目の前の男はそう告げると、ゆっくりと倒れた。

 

 

 帝歴403年12月5日


 「勝利おめでとう、シラフ。

 とうとう、国の英雄二人に勝つなんてね」


 そう言って、自室のベッドで寝かされている俺に小さな妖精であるリンは楽しそうに喋っていた。


 「お前は相変わらずだよ。

 こっちは色々と大変な目に遭ってるのにな」


 「元はあなたの問題でしょう?」


 「そうだな……」


 作戦決行が近付こうとしている中、俺は次の戦いに備えなければならない。

 今から3日後、俺はとある人物との戦いに勝たなければならなかった。


 「今度は正直無理だと思うよ、あの人本気だよ?」


 「そうだな、でも俺は戦うよ。

 可能性があるのならな」


 「そっか、なら言うことは無さそうだね。

 覚悟は出来てるんだよね?」


 「ああ、必ず勝つよ姉さんに。

 白騎士に」


 403年12月4日


 クラウスさんとの長き戦いを終え、俺は姉さんの元に向かっていた。

 彼女は例の公園で待つといい、俺もそこに向かう。


 向かった先では既に姉さんが椅子に腰掛け、こちらを待っている様子だった。


 「約束、守って貰うよ姉さん」


 俺が彼女にそう声を掛けると、姉さんは立ち上がり手をパチパチと叩いた。


 「勝利おめでとう、ハイド。

 まずは第一段階の通過だね」


 「何を言って……、

 あの二人に勝てばいいんじゃ無かったのかよ!」

 

 俺はそう訴えるが、彼女は首を振り言葉を続ける。


 「あの戦いに勝つことだけが条件になるとは、私は一言も言っていないよ。

 そもそも、あの程度に勝てないんじゃあ作戦の参加権程度にもならないもの」


 「どういう意味だよ?」


 「簡単な事だよ、単純な戦力的問題。

 セプテントで決行する作戦において、例の彼女の討伐を行うのはこの私自らの手で行う段取りなんだから。

 作戦を行うにあたって、どうやら私以外誰も彼女に敵いそうに無いのは明白みたいだからね。

 クラウスもいい線まで行けたんだけど、あの程度じゃまだまだってところだからね」


 俺は姉さんの言葉に唖然とし、同時に怒りの感情が芽生えた。

 あのクラウスさんをあの程度を評したその言動に俺は憤りを隠せない。

 彼は強かった、全力で相手と向き合い己の全てをぶつけて俺に正々堂々と正面から向かったのだ。

 俺との戦いに向けて、深層解放を習得し更にその力と練度を高めていた。

 あの戦いで俺が勝てたのは、偶然にも力を貸してくれたルヴィラさんの存在あってだ。


 彼女が最後の最後に力や覚悟を決めるきっかけをくれたお陰である。

 

 あの人が弱いはずがない、あの人は俺の目指す騎士としての理想像にも近い存在なのだから。


 「あの人は弱くないですよ、姉さん。

 剣技も実力も本来であればあの人の方が上でしたから」

 

 姉さんに俺はそう告げるも彼女は言葉を続ける。


 「そうだね。

 確かに深層解放を習得しあなたと全力で戦った。

 彼は勿論強かったよ、己の力を全て出し切り全力であなたと戦ったんだからね。

 でも、ハイド?

 そんな、あなたには余力があったんじゃない?

 最後の最後で魔力が急増し、今もその影響が残ってる」


 「気付いていたんですか?」


 「勿論、当たり前じゃない。

 今のハイドから見れる、魔力の総量がこれまでの倍程にも膨れ上がっているからね。

 何があったのかは私もよく分からないけど。

 でも、例の彼女に勝ちうるにはまだまだ弱すぎる」


 「なっ……」


 俺が愕然とするも気にせず、姉さんは俺の方に近寄り目の前に立つ。


 「8日の正午、かつてあなたが未来の己と対峙したあの場所で私と一対一の決闘をしなさい。

 私は神器を一切使用しないけど、私自身の出せる全力で戦うからね。

 戦いから逃げる、あるいはあなたが戦いで死亡した時点で作戦への参加権は失効とみなすよ。

 以上、何か質問はある?」


 「分かりました」


 俺がそう答えると、彼女は何も言わず俺の横を過ぎ去った。

 一度も振り返る事もない。

 家族としてこれまで見せたその優しさの影は無かった。

 

 彼女は敵、家族ではなく自分の道を阻む障害なのだと俺に深く痛感させた。


 

 昨日の事を振り返り、俺はため息をつく。


 流石に今回ばかりは無理だ。

 相手が悪過ぎると、何度も考えたからだ。


 「なあ、リン?

 今の俺は姉さんに勝てると思うか?」

 

 思わず俺はそんな事を彼女に訪ねた。

 部屋の周りをパタパタと飛び回るリンは一度飛ぶの止め答える。


 「勝てないと思う。

 でも、私が消えれば可能性が僅かにあるかもしれない」


 「………。」


 静寂が続く。

 彼女が告げた言葉の意味を俺は知っていたからだ。


 彼女は幻影、この世に本来存在するはずがないのだ。

 その存在が消えれば、これまで関わった者達からその存在は抹消される。

 その代わり、幻影を生み出した持ち主に対しては力が還元されるそうだ。


 私が消えれば可能性がある、そう告げた彼女の言葉に俺は返答する事ができずにいた。

 俺は何があっても、今のリンを失いたくないのだ。


 幻影であろうとも、偽物と言われようとも彼女は俺にとって長い時間を共有した家族そのものなのだから。

 ソレは敵と化した、彼女も同じ。

 失わない為に俺は戦うと決めたのだから。


 「甘いなぁ、相変わらず。

 私なんかの為にそこまでしなくても良かったのにさぁ」

 

 「それは、違うだろリン。

 何者であろうとも、お前は家族だ」


 「うん、でも……」


 「分かってる、今の俺では姉さんに勝てない。

 勝つ為には力が要る、その方法がお前を犠牲にしなければ得られない事くらい頭では理解しているんだ」


 「だったら」


 「でも、俺はそれが嫌なんだ。

 偽物も本物も関係ない!!

 俺はお前を失う結果だけにはさせたくないんだ」


 「うん、分かってる。

 あなたならそう言ってくれるって」


 「俺は、どうすればいいんだ?

 誰も失わずに済むには俺は一体どうしたらいい?」


 「多分、今のあなたでは無理だと思うよ。

 全部を救いたいなんてわがままが通るのは、それこそ莫大な力が必要になる。

 でも、今のあなたにはそんな力なんて無い。

 それでも果たしたいと願うのなら、目的を定めて捨てる選択、あるいは代償も伴う選択も必要だと思う。

 あの子を救うのか、私を残したいのか。

 自分を犠牲にするのか、誰かを犠牲にするのか」


 「姉さんに、あの人に勝ちうる方法が俺には全く見えない」


 俺の言葉にリンは口を閉ざす。

 姉さんに、シファ・ラーニルという存在がどれほど強大なのか俺がこの目で見て直接この身で知っているのだ。

 絶対的、それはもはや己の本能に刻まれているような教訓そのものなのである。

 あの人は俺達とは次元が違う存在であり、絶対的な力の象徴なのであるという事を。


 「なあ、あいつを救いたいと願う事がこんなにもいけない事なのか?

 家族を救いたい、そうする事が間違いなのか?

 姉さんはどうして、そこまであのリンを……」


 「あの子は既に理から外れてしまった。

 手を打つにも、もう彼女を止められる存在がこの世界にはシファ姉しかいないの。

 深層解放を可能にしたシラフも充分に強い、でも彼女は既に神器の担い手の理から外れてしまった。

 もう、殺すしかないんだよあの子は」


 「それでも、あいつは俺を待っていたんだ。

 あいつの本心は、救いを今も求めている。

 だから……!」


 「じゃあどうするっていうの!!

 どちらにしたってあなたは、シファ姉に勝てない!!

 ただ殺されるだけなのよ!

 救う以前にあなたが死んだら、私はどうしたらいいのよ!!」


 「っ!!」


 言葉を荒げ、叫んだ小さな妖精。

 彼女はそのまま言葉をぶつける。


 「分かりなさいよ!!

 あなたが一体何者なのか!!

 サリア王国の十剣!!

 サリア王国第二王女専属騎士!!

 カルフ家の現当主であるハイド・カルフ!!

 学位序列第4位、炎の騎士!!

 今のあなたを必要としてくれる人も沢山居る……、これまでが報われなくても今この学院にはあなたを認めてくれる存在が多く居る。

 今のあなたはもう、無能の存在なんかじゃない!!

 私の誇れる、誰よりも立派で生意気で誰よりも大切な存在なんだから!!

 だからあなたは絶対に失わせない!!

 私があなたから生まれた幻影だからじゃない、私の意思であなたの家族だから私はあなたに生きて欲しいの!

 未来のサリア王国の為に、世界の為に、私の為に、誰よりも大切なあなたの為に!!

 だからあなたが死ぬなんて認めない!

 敵がシファ姉だろうと、あの子だろうと、世界だろうと神だろうと関係ない!!

 私が消えても、あなたは私を忘れないのならこの命も存在も要らないの!!

 私はリン、あなたがくれたこの名前は私の一番大切な生きた証だから!!」


 リンの声に俺は突き動かされる。

 彼女の覚悟、そして自分への期待。

 一番側にいてくれた彼女がそう言ってくれるのだ、だからきっと大丈夫だと。

 俺は何故かそう心から感じた。


 「リン、お前……」


 「だから悔いの無いように全力でシファ姉と戦おう。

 私達なら絶対に勝てるから、そして彼女もきっと救えるはず。

 シラフ、約束してくれるよね。

 必ずあの子を助けるってさ」


 「ああ、必ず助けるよ。

 絶対に、絶対にな……」


 俺は今、決断を迫られている。

 己の目的の為に、誰かの犠牲が必要なのだと。


 それも絶対という保証は何もない。

 何も得られずに、何も守れずに失う可能性もある。


 大切な存在を守る事が悪なのか?

 家族を救いたいという願いそのものが悪なのか?

 

 世界は自分達の存在を毛嫌いしている。

 自分が母国で過ごした時、多くの者から侮蔑の目を受けた。

 でも、認めてくれる存在が居たから俺は今もここに生きている。


 彼女はどうなのだろう?

 自分とは経緯も何もかもが違う、ましてその存在すら本来であればこの世界には存在しないのである。

 でも、自分との再開を願っていた。

 それだけが彼女をこれまで支えていた。


 だから、今度は俺が向かうと決めたんだ。

 今度は彼女が本当の幸せを得られるように……。


 目の前の存在を失う。

 それに変えても彼女を救いたいのか?

 家族を殺した、彼女の為に……。


 いや、目の前のリンは彼女の救いを望んでいる。

 俺が後悔をしない為に、前に進む為に……。


 俺は、その彼女の想いに応えよう。


 だから、答えは決めた。


 「リン、俺の願いの為に一緒に戦おう。

 お前の覚悟、想い、願い、全部俺に預けてくれ。

 絶対にお前との約束を果たすからさ」


 「信じてるよ、世界一誇れる私の大切な英雄さん」


 その時流した彼女の涙。

 無駄にはさせないと、俺は心に刻んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ