2人の騎士のその覚悟
帝歴403年12月3日
「まるで見せ物のようだな………。」
ラウがそんな事を呟きながら、闘技場を眺める。
この日、ラウ達はとある戦いを見物する為に闘武祭の決勝が行われた中央特区の第一闘技場に訪れていた。
今日行われる戦いは、十剣同士の試合。
シラフ・ラーニル対アスト・ラーニル対クラウス・ラーニル。
現在の十剣において、最大の実力者であり尚かつ同じ人物によって育てられた者同士の戦いである。
しかし、この戦いの本当の理由を知るのはごく一握りの者達でしかない。
「仕方ありません……。この戦いは大きくなるのは必須なのでいっそこうした方がいいとシファ様が提案したのですから。」
ラウの隣に座る、シンはそんな事を呟きながらも周りを見る。既に満員と化した会場の様子に、彼女自身は少しため息をついた。
●
試合開始の5分前になっていた……。
俺の目の前に存在している、2人の騎士。
俺自身が幼い頃から彼等の背を追って来た彼等……。
祖国の誰もが英雄と称える彼等に、新人の俺が1対2で勝たなければないのだから……。
「雰囲気が変わったようだね、シラフ君……。いやハイド・カルフ君。」
俺の本当の名前を、現在の十剣を治めるアスト卿が呟いた。
「俺の名前をご存知でしたか。」
「まあね。生前、君の御父上とも何回か話した事があるよ。とても素晴らしい方だった……だから可能であればこの場を抑えたい。しかし、君にも譲れない物があるのだろう?」
「………はい。」
「そうか………。ならこれ以上の言葉は無用だね。」
そして、アスト卿の次にクラウスさんが口を開く。
「シラフ君、君は本当に彼女を救いたいのかね?」
「必ず救い出します。それが俺の決めた事です」
「これから多くを敵に回すとしてもかい?」
「姉さんを敵に回した時点で、世界全てを敵に回したようなものです。でも、世界を敵に回しても家族一人を見捨てるのは騎士として、俺はしたくありませんから。」
「………相変わらずの偽善ぶりだよ。」
「構いませんよ、俺はそう決めたんです。」
「そうか……。」
そして試合開始の鐘が鳴り響く。
その瞬間、会場の空気は一変する。
世界が凍りついたかのように、会場全体から声が消えた。
「…………なるほど、噂は本当のようだね……。」
自分の体は燃えるように熱いが、精神は安定している。今の自分に課せられた使命……果たすべき、守るべき者の為に戦う……。
「……深層解放。」
自分の手に握られた真紅の剣、ソレを手に持ち目の前に立つ敵に対して構える。
「アスト卿、クラウスさん。俺があなた方を越えてみせます!」
●
会場の空気は和やかに思えたソレが彼の変貌に対して一変する。
それを遠目から観戦しているラウは彼のその姿に多少なりに驚いていた。
「……以前とはまるで別人……。いや、奴はとうとうアレの力を頼ったか………。」
「アレの力?」
ラウの言葉が気になったのかシンがラウに問いかけるとそれに彼は答える。
「例の異時間同位体。未来の奴自身の力だ。あれ程の力を奴自身が今現在において自発的に使えるような代物ではない。」
「では、彼自身に対しての悪い影響は?」
「今の様子からは何も分からない、だがそれを奴自身が最も自覚しているはずだ。」
●
「………なるほど、噂以上だよハイド君。私達を超えるか………君も言うようになったものだ。」
「……。」
アスト卿は俺に向かってそう言うと、左手に嵌められた翡翠の指輪をこちらに見せた。
それに応じるかのように隣のクラウスさんも右手に嵌められた漆黒の指輪をかざした。
指輪はそれに呼応するかのように、2人の目の前に剣が現れる。
翡翠の嵌められた、白銀の剣。
そして、光を飲み込むかのような漆黒の剣。
あれが国を守る英雄の姿……。
国の為に、平和の為に戦う英雄だ……。
対してこちらは、それらに歯向かう罪人……。
たった一人を救う為に、全てを敵に回すと決めた罪人だ……。
負けられない……。
相手が英雄だろうと、運命だろうと、神であろうと俺はあの人達に勝つ。
両者が剣を構えると同時に、3人の体は同時に動き出した。
●
凄まじい威力で炎の剣がこちらに放たれた。
私の知る者と同一人物とは思えなかった……。
「っ………!」
私達の目の前に立ち、見据える一人の青年。
真紅の燃え盛る髪を持ち、身の丈程の炎の剣を振りかざす姿はまるで炎の化身を思わせる。
いや、その剣の堂々たる姿は騎士そのもの……。
学院での彼の2つ名が、炎の騎士と呼ばれる理由がそこにあった……。
彼の剣を受け止めるのに、こちらは二人掛かりで手一杯………。
その理由は単純。
彼の放つ、一撃一撃が余りにも重すぎる為だ……。
剣の質量だけでは無く、込められた力も魔力で非常に強化され非常に重い……。
アスト卿と二人掛かりで受け止める事でやっと力の均衡が保てる……それ程の威力が今の彼の剣にある。
「っ……流石だよ……、やはり君は強い。」
「……強くなければ、誰も救えない……。かつて何度か俺に剣を教えてくれたあなたは、いつもそう言っていました。」
「……。」
「俺は強さが欲しい……。誰かを守る力を、誰も失わずに済む力を……自分の大切な存在を守る力を!!」
真っ直ぐ過ぎる彼の言葉が私自身に突き刺さる。
かつての自分が思い描いた理想の姿を目の前のかつてのあの子供が体現していく……。
戦いが続く事に次第にこちらは徐々に疲弊していく。
開始から十分程が過ぎた時、とうとうアスト卿が膝を付いたのだ。
無理も無い、彼は現役と言えど既に高齢これまで凌げたのが不思議なくらいだ。
「アスト卿、あとは私が……。」
「そうか……。しかし、今の君では……。」
「後は、私に任せて下さい。」
「分かった………。君に任せよう、クラウス。」
アスト卿は戦いの場から少しふらつきながらも離れると、救護班によって運ばれた。
そして、残る私と彼の二人が対峙した。
「君の剣術……あの人とは少し違うようだな……。ヤマトの剣術が幾らか混ざっている、学院で誰かから教わっているのかい?」
「………。」
「君にはよく驚かされるよ。サリアの時も、若年の君が常に一線引いていた………。しかし、その実力を認められる事はここ最近まで無かったようだがね……。」
「…。」
「私は君の事を、よく見ていたよ。幼い頃からの君を彼女からよく聞いたりしていたからな……。」
「誰なんです、その彼女は?」
「彼女は、十年前に亡くなった私の婚約者だ。彼女はかつて君の家、カルフ家に仕えていた侍女であった。彼女は赤ん坊の時以前から君の両親、そして幼い君の育て役として屋敷内で働いていたが、彼女は死んだよ。例の火災が原因でね………。君の事を私は赤子の時から見ていた、そして彼女が生涯をとして守ろうとしたのは幼い君だった……。自分の命を天秤に掛けてまで彼女は君を守ろうとしていたんだ……。」
「………。」
「例の火災が君の引き起こした物でない事くらい始めからわかっていた。例の妖精、君の救おうとしてるアレは私にとっての仇敵なんだ……。」
私の言葉、それを目の前の青年に告げる。
私から彼女を奪った、アレをこの手で殺す為に……。
アレを狂わした、学院でうごめく組織を壊滅させる。
この日を、どれだけ待ちわびた……。
しかし、それを阻むのは彼女が命を賭して救おうとした存在。
いや、目の前に居るのは私の道を阻む障害だ……。
私は、世界を……国を、サリアを、民を守る……。
民を害する存在は許されない……。
民を害した、存在は必ず排除する……。
全ては、弱き民の平穏の為に、平和の為に……。
「…………シラフ君…。いや、ハイド・カルフ………」
覚悟は、もう出来ている。
「私の全力をもって、君を倒す。」
●
その言葉を告げた刹那、目の前の世界が一瞬揺れていた。
目の前に立つ、一人の剣士……。
手に持った黒き剣から、黒い霧が溢れその全身を包み込んでいく………。
今の自分なら、その意味が言わずとも理解できていた……。
そして、その包んだ霧が突如として弾ける。
霧の内部に秘められた膨大な魔力の塊に、俺は一歩後ずさった。
「これで、ようやく対等に戦えるだろう。」
剣士だった存在、ソレが告げた言葉に俺の全身へ戦慄がはしった……。
「っ……。いや、俺に出来てあなたに出来ないはずは無いか……。」
現れたのは黒き鎧に身を包んだ騎士……。
漆黒……光すら飲み込み、鎧は金属特有の光沢を示す事なくその存在だけをこちらに伝えていた。
「………君と同じ、深層解放だよ。神器使いの奥の手に当たるこの秘技をこの日の為に私は習得した。使うのが少し早まったが、君と相手をする分には丁度いいだろう。」
「…………。」
正直分が悪い……。
深層解放があって、俺はどうにかあの人達を上回っていた……。
2人を相手に抑えられたのは、この力あってだ……。
向こうも、この力を使うならその条件は対等。
いや、本来の実力は彼の方が遥かに上だ……。
それでも、俺は………負ける訳にはいかない……。
この人に勝たなければ、俺はあの人にすら勝てない
「さて………。」
そう言って、黒い騎士は手に持った漆黒の剣を構えた。
先程のモノとは格が明らかに別の次元へと昇格を果たしたそれをいとも容易く振るう姿に圧力すら感じた。
すると、剣先をこちらに向けて、剣に凄まじい程の魔力が込められる……
「全力で来るがいい。」
黒い騎士のその言葉を合図に俺は一気に数メートル程あったその間合いを詰めた。
先手を取る、この戦いの主導権を握る為に……。
手に持った炎を纏った真紅の剣を構え、騎士の剣目掛けソレを振るう。
しかし、返って来るはずの金属同士がぶつかり合う音は返って来る事なく、剣は空を切り裂いた。
「っ?!!」
目の前にいたのは騎士の幻……。
先程の黒い霧によって生まれた、騎士の姿を模した幻であった……。
視界の隅に、騎士の姿が入る。
一瞬の出来事、自分の体が本能的に危険を察知したのか、騎士の振るう剣に反射的に反応を示しその剣を受け止めた。
「流石だな、あの一瞬で判断するとは……。」
「………。」
「まあ、彼女に歯向かうと覚悟したんだ。これを防げない程度では困るよ。」
騎士の剣が僅かに離れた事を合図に、高速の剣戟が始まる。一撃の威力はこちらが優勢……しかし、黒の騎士の剣は凄まじい速度だった……。
こちらの剣が一撃を与えるのに対して、向こうはニ手三手と手数でその威力を打ち消している。
かつての自分、いや自分のこれまでしていた戦い方の練度をそのまま上げ、その剣技を完成ようなモノ……。
自分がかつて、見ていた彼の剣………、深層解放を果たした事によりその剣技は新たな領域に達していた。
75………自分が30の剣を振るうに対して彼の放つ剣はそれだけの数を振るっていたのだ……。
体に違和感がはしる………、剣が重すぎるのだ……向こうの剣の速度は変わらない……なのに自分が徐々に力を失っていくのが知覚をした。
「っ……!!」
力が奪われる………。
自分の持つ魔力、炎………それらの能力があの剣とぶつかり合うごとに奪われていく………。
この状態が続くのは流石にまずいと判断し、俺は後ろに飛び退き間合いを取り直す……。
「っ………はぁ……はぁ………。」
体力の消耗があまりにも激し過ぎる……。
深層解放の維持でさえ、かなりの体力と精神力を要する。それをあの剣と交える毎に奪われるのだ……。
「あと、70…。」
「……?」
「私の剣をあと、70回受ければ君は確実に死ぬだろう。」
「っ………。」
「全力で来い、さもなくば彼女と戦うまでも無く……。君のその命は絶たれるのだからな。」
死の宣告だった。
力の略奪は、気のせいなどではない。
俺の命を奪おうとする、死神の鎌のソレだ……。
そして、わかっていたのだろう………、俺が余力を残している事に……。
だが、それは……。
あの人……姉さんとの戦いに取っておくべき力……。
ソレを、今居る目の前の彼を倒す為に使うべきではない……。
この戦いの後には、姉さんとの戦いがある……、余力が欲しいこの時……。
しかし、実際考えれば余力があるかどうか分からない……。
どうする……。
どうする……。
頭が混乱する、剣を交える度に奪われる力……。
目の前に立つ騎士を倒す……その後に控える最強の存在を超えなければ……俺は……。
「覚悟を決めろ、ソレが君の下した選択だろう?」
黒い騎士の告げたその言葉に、思考が晴れた……。
敵として目の前に立つ、その人からの言葉……。
彼の言葉に、ようやく俺は1つの答えを得た……。
目の前に立つ、敵としての彼に俺はある意味救われた……。
「………やっぱり、あなたには敵わないですね……。」
「負けを認めるつもりか……?」
その言葉に、俺は答えた。
「いいえ…………負けませんよ……。」
剣を再び構える……剣先は目の前に立つ騎士へ向けて。
今の自分に残された全ての力を解放した……。
凄まじい熱量が、俺の周りを包む……。
灼熱の炎、全てを焼き尽くす紅蓮のソレだ……。
ソレは、かつて俺の全てを焼き払った業火を超えていた……。
だが、この炎は違う………俺に力を与えるモノ。
大切なモノを、守る為に振るうモノ……。
手に持ったその剣を軽く振り払うと、包んだ炎が俺の目の前から弾けた。
「………なるほど、これが君の全力か。」
先程までそこに存在していた真紅に染まる炎の大剣は再びその姿を変えて俺の手にあった。
俺のこれまで使っていた剣の丈と全く同じ……。
真紅のその剣には、幾何学的な模様が浮かびそこから炎の熱量が凄まじい量で溢れていた。
剣が小さくなりその質量は大分減ってしまっように感じるが、それから放たれる魔力は先程の大剣とは別の次元そのもの……。
目の前の騎士の持つ剣と同等以上のソレである。
そして、背には燃え盛る真紅の羽がそこにある……。
かつて共に過ごしたリンとの縁なのか、妖精を思わせる真紅のソレがそこに存在している。
この力は、かつての自分があの時使えなかったモノ……。
過去に戻る代償として、使えなかった最奥の力だ。
姉さんとの戦いに取っておくべき力……。
だが、目の前の彼に勝てなければ意味はない………。
「全力で来い、ハイド。」
黒き騎士はそう言うと剣を構える。
ソレに呼応するかのように、俺自身も臨戦態勢へ移る。
観客の声など、この場にいる二人の騎士には届かない。
この戦いに、見栄えなど関係ない。
己の覚悟のぶつかり合いだけだ……。
ならばそれに応えよう、あなたの剣を俺はこの時を以って超える為に……。
大切な存在を守ると決めた俺自身の覚悟を貫く為に。
「っ………!!!」
言葉など要らない、残る己の力の全てで目の前の騎士を超えてみせる。
それが今の俺に出来る全てだから……。




