その騎士、喪失の果てに
古い記憶だ。
いつかの記憶……私にとってかけがえない人との記憶。
あの人がいた………あの人に会えた事で今の私は存在している。
十剣となり、地位も変わってもございますあの人変わらず私と共にいてくれたのだから……。
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クラウス・ラーニル。
それが私の名前だ、生まれて間もなく流行り病で両親を亡くした。
親戚の家を転々とし続けたが、何処だろうと私には居場所が無かった。
十歳を過ぎた頃、私はとうとう生死の境を彷徨った。3ヶ月程あまり物を食べずに居た事により、体が限界をきたしたのだ。
死を覚悟した、誰も救う人など居ない。
世界は残酷だと、世界を国を人間を恨んだ……。
ある日、意識が覚めた時に私は驚いた。
温かい毛布、温かい食事……私のこれまでの日常では久しい物がそこにあった。
当時の私の人生の中で最も光指した瞬間がそれだ。
「君、お腹空いているでしょう?私の執事が作ってくれたんだ。良かったらどうぞ。」
白銀の髪を持つ女性、これまで見て来た者の中てをも類を見ない程の美貌を持つ彼女がそこにいた。
よほど飢えていたのか、すぐに食事を食べ終え私は彼女に聞いた。
「あなたは一体誰です?」
「シファ。シファ・ラーニル、これから君は私の家族だからよろしくね。」
「意味がわからない、何故僕が急に見ず知らずのあなたと家族に?」
「まあ……その、上と色々あって。細かい理由は追々……、とにかく君に拒否権は無いから。」
「ええ………?」
「君の名前はクラウス君でいいんだよね?」
「はい……実の両親がくれた唯一の名前ですから。」
「そっか、それじゃあよろしくねクラウス。私の事はお姉さんで良いから。」
「さり気なく願望を押し付けていますよね?」
「いいから、とりあえずよろしく。」
「はい……、これからよろしくお願いしますシファさん。」
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それから、私は彼女とそれに使える執事との生活が始まった。
彼女はこの国でも有数の剣の腕を持つと執事に言われ彼女の背を追うように私も剣を磨き続けた。
それから8年余りが過ぎた頃、私は王国騎士団の仲間入りを果たしていた。
「本日より、ヴァルキュリア騎士団に入団したクラウス・ラーニルです。以後よろしくお願いします。」
入団時の成績は主席。彼女と共に暮らし迷惑はかけまいと必死に積み重ねた努力は結ばれた。
生まれつきなのか魔力の扱いに優れた私は、魔術の類いに秀でており、魔術と剣術を合わせた戦闘技術は騎士団入団当初から期待目が向けられていた。
自分の実力が認められ、順風満帆とも言える時を過ごしていた中、騎士団の同期仲間との食事を終えた帰りにある人物と出会った。
「すみません、騎士団の方ですよね?」
「はい、どうかなさいましたか?」
若い女性、見た感じ王都の街に不慣れな人物なのは察しがついた。
その彼女に聞かれたのは、王都でも有名な菓子の店の道案内、彼女の兄であるという同じ騎士団の上司に手紙を届けて欲しいというものだった。
「分かりました、手紙は必ずお届けします。」
女性と別れ、その後手紙の届け先である人物に届け終えた。この日ばかりの関係かに思えたが、彼女とは再び会う機会が訪れた。
それは2ヶ月後の定期視察の事だ。
手紙を届けた騎士団の上官と共に、私はとある屋敷に向かう事になった。そこで上官の妹もとい先程の彼女と私は再開をした。
彼女は去年程からこのお屋敷に仕えている侍女であるという事だった。
彼女の名前は、メリア。
私と同じく幼い頃に流行り病で両親を失ったという境遇の元で育ったという話だった。
上官は彼女の義理の兄に当り、彼女は兄の活躍振りを自分の事のように誇りに感じているそうだ。
それから幾度か彼女と会う機会が自然と増えていた。お屋敷の主も私の噂を聞いているのか、私が訪れる時にはいつも歓迎してくれた。
彼女と初めて会ってから一年が過ぎた頃、お屋敷の主に子供が生まれた。
子供は男らしく、名前はこの国の英雄からハイドと名付けられた。
その翌年、育て親でもあるシファさんに呼び出され十剣の資格を見極めるという選定の儀を受ける事になる。
儀式の結果、私は影落の指輪という神器に選ばれると晴れて十剣の仲間入りを果たす事になった……。
若き十剣、クラウスという名をこの国で知らぬ物は居ない程に……。
十剣の仕事が忙しくなり、彼女と会う頻度は減っていたが手紙でのやり取りは続いていた。
気付けば4年の月日が過ぎていた。彼女の兄でもある以前の上官から、妹との婚約はまだか等と度々迫られるようになっていた。
そして、仕事が落ち着いたある日、王都で買い物を済ませると私は彼女に会いに向かった。
お屋敷では当然のように、私は歓迎された。
その時、お屋敷には主人のかつての親友と思われる方の姿もありその妻や娘の姿があった。
なんでも主人の子供と同い年らしく、許嫁しようか等とそんな話で盛り上がっていた。
その日の歓迎の宴を終えた後、私はお屋敷の外にある巨木の下に彼女を呼び出しプロポーズをした。
それに彼女が応じ、屋敷に戻る頃には主人とその親友に再び大歓迎をされた後無理強いで祝だ等と二人の晩酌へ私は付き合わされた。
その中、隣で微笑み笑ってくれる彼女の存在はとても嬉しいと心から感じた。
だが、全てが上手くいくなどあり得ない話だった。
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帝歴393年4月3日
その日、知らせを聞いて私は一目散で彼女の居る屋敷の元へ向かった。
例の屋敷が巨大な火柱に包まれたと……、そんな知らせを聞いた私の脳裏に浮かんだのは彼女の姿だった。
数人の兵士を率いり、私は例の屋敷へと向かった。
着いた時に私絶望した、巨大な炎に包まれたかつての屋敷の姿がそこにあった。
炎に向かう私を、部下の兵士が必死に止める、行かなければ彼女は死ぬ……わかっているのに、私はそれを認められない……。
「離せ!あそこには彼女がっ!!」
部下の兵士の静止を振り払い私は屋敷の中に飛び込んだ……、生き残っているという僅かな可能性に掛けていた……。
燃え盛る屋敷の中、私の視界に飛び込んだのは既に息絶えた屋敷に使える者達…。
手当たり次第に部屋を開け続ける、屋敷の主人の死体、そして国から使わせれた使者達の死体もそこにあった……。
しかし、彼女だけは見つからない……。
更には、この屋敷の婦人や1人息子である彼の姿も無い……。
手当たり次第に探し続けた、そしてようやく見つけたのは片腕に酷い火傷を負って、座り混んでいる彼女の姿だった……。
「メリア!!」
「………クラウスさん……。」
「早くここから出るんだ、さあ!!」
私は彼女に手を伸ばすが、しかし彼女がその手を取らない。
「メリア、どうしたんだよ!早くっ!」
「私は行けません……。」
「どうしてだ……時は一刻を争う!」
「ハイド様、そしてリン様がこの先におります………そのお二人を助けて欲しいのです。」
「分かった……、だから早く来い!」
「それは………出来ません……。」
「どうして……。」
そういうと彼女は自分の足を見せた。
両足には既に酷い火傷を負っており1人での移動はままならない事がすぐに理解出来た……。
「私は荷物になるだけです………。でも、あの二人をクラウスなら助けられます………。」
「っ……。」
「行って下さい………あなたはこの国の騎士なのでしょう……。」
「………分かった。」
彼女の言葉に従い私は急いで、二人の救出に向かった。
そして目的の部屋の扉を開ける。
その時視界に入った光景に、私は目を疑った…。
1人立ち尽くす男の子………そして、二人の少女の姿……。
1人は倒れ既に息絶えている、そしてもう1人の存在に戦慄がはしる…。
「数が合わない………それにあの子は……?」
1人の少女の背には蝶のような羽が生えていた。
煌めく緋色の髪、炎の光に照らされており、男の子を優しく抱きしめ何かを伝えている……
彼女のそれはまるで炎の妖精を思わせる……。
「あの子をお願い……。」
少女はそう呟くと、私の前からその姿をそこに存在が無かったかのように消え去った。
部屋を再び確認すると、部屋の奥で横たわる婦人の姿も目に入る、そして彼女も既に息絶えていた……。
「っ!!ハイド君!」
私は急いで男の子を担いで部屋を出る。
男の子の右腕にある赤みを帯びた腕輪、それが神器である事に私は多少驚いたが今は構わずそのまま背負う……。
時間が惜しい、早く戻り彼女の救出に向かう……。
今ならまだ間に合う可能性に私は掛けた……。
「メリア……!」
「…………クラウスさん。」
既に衰弱しているが、まだ助かる可能性があった……、私は急いで彼女の体を背負いそのまま屋敷を出る。
生存2名………死者は20余りにも及んでいた。
帰りの馬車の中、衰弱していた彼女の側に寄り添い必死に私は看病を続けた……。
「クラウスさん………リン様は……?」
「部屋の中には、婦人と少女の死体。そして、羽の生えた少女とハイド君だけだ。」
「………そうですか……。」
「数が合わないのは気になるが、今は二人の無事が優先だ。」
「ハイド様だけでも、ご無事で何よりです……。」
「君も大丈夫だ、必ず助かる……。」
「そうだと……良いですね……。少し疲れたので、私は少し休みます。クラウスさんはお仕事にお戻り下さい。」
「分かった……。すぐに戻るよ……。」
「はい……お待ちしてます。」
それが彼女からの最後の言葉だった。
翌日の早朝、王都を目前にして彼女は息を引き取った……。
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393年4月4日
その日、王都に部下達を連れて帰還するとシファの姿がそこにあった。
「止まって……。」
彼女が馬車を呼び止めると、すぐに私は部下達へ指示を出し止めた。
彼女が急ぎ足で馬車の荷台へと向かい、中を見ると毛布を掛けられ寝かされているハイドの方を見る。
彼女にとってあの子が既に見知れた者らしいのか僅かに驚いていた。
「クラウス、少しいい?」
「シファ様ですか……私に何か御用で?」
私は一睡もしていない為少し疲れつつも彼女へ声を掛ける。
「昨日の事……聞かせてくれる?」
「……分かりました。ですが今はこの子を送り届けてからでいいですか?」
「この子って……生存者がいたの?」
「……はい。契約者の一人を確認しこちらに連れて来た次第です。」
「契約者……少し顔を見ていい?」
「……寝ていますので、そっとお願いします……。」
私に言われて、彼女はゆっくりとその子の顔を見た。薄暗い馬車の荷台で寝かされていたのは茶髪の子供の姿に何か確信を抱いた様子だった。
「この子……もしかして。」
「はい、炎刻の腕輪に選ばれたのはこの子供です。しかし、原因不明の火災でこの子供の両親や使用人は全員骨も残らず屋敷ごと消失を確認しました。生存者はこの子供一人だけです。」
「っ……。」
「私は手続きがありますので失礼します……。」
「待って……。」
「……。」
「この子をどうするつもり?」
「近い内に、剣の裁判に掛けます。」
「こんな子供一人に、大人が寄ってたかって何をするつもりなの……。」
「子供一人ではありません、この子はもう我々と同じ神器使いの一人です。故に子供だからと言って情を掛ける事は出来ない。」
「クラウス……あなた本気で言っているの?」
「この子共は人を殺しています、何の罪も無い多くの人々をこの神器の力で殺しているんです。」
「神器の適性を調べるように命令したのは、あなた達十剣でしょう。私は止めたはずよ……なのに自分達が失敗したその責任をこの子に全て押しつけるつもりなの?」
「必要な犠牲だってある……それをあなたが一番理解しているはずだ。」
「っ……。」
「私は忙しい……。シファ様、その話はまた後にしてもらいます……。」
彼女は馬車を呼び止める事をせず、ただこちらをずっと眺めていた。
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393年4月5日
事件の2日後、私はシファから呼び出しを受けた。
事件で何を見たのか、彼女の仕えていたカルフ家についての情報を伝える。
シファも既にかの家系について調べていたのか、既に粗方の見当が付いていたのか対して驚きはしなかった。
「剣の裁判の際、彼の身柄は最終的に私が預かるわ。この事件には何かの裏があるのは確かだもの……。」
「裏ですか?彼の契約した神器の暴走では無く?」
「近年、学院国家ラークで不審な動きがある。その中で確認されているのは、人工的な神器の製造。それが試みられているのは確実だから。」
「ラークが?あり得ない、かの国は帝国時代からそれこそ世界一の治安維持能力がある。そんな輩を放っておくなど……。」
「容疑者の見当は既に付いている、今は証拠探しに追われているけどね……。」
「まさか、そんな事が本当に………。」
「クラウスが見た少女、彼女の正体もある程度付いているけど問題は………数が合わないってこと……。」
「はい。」
「当時、あの家には両夫妻とその下に一人息子と養子に一人少女がいた。そして、家に仕えている従者達15名弱。それが調べて分かった事だから。でも少女が二人いるなんてあり得ない、カルフ家のあの人が報告を偽装するのも考えにくいし……。」
「…………、」
「不可解な事が多いのは確か。そして、事件の当事者でありそして貴重な契約者であるあの子を殺す事に私は容認できないの………。だからクラウスに頼みたい事がある。」
「なんです?」
「中立の立場であって欲しい。裁判当日、私が間に合わない可能性が高いから可能な限りの時間をあなたに稼いで欲しい。」
「つまり、裁判を操作するつもりで?」
「分かってる、駄目な事は百も承知。」
「いえ、彼の生存を確保する事に私は賛成です。しかし、尚更事件の全容は十剣等に伝えるべきでは?」
「それは出来ないの。」
「何故です?」
「十剣の中に裏切り者がいる、少なくとも組織との内通者が一人いるのは確かだから。だからあなたを頼ったのクラウス。」
「…………分かりました。あなたの提案に乗りましょう。」
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それから今に至るまで、私の長い戦いは十年程が経った今も続いている。
ハイドの生存、それを一番に望んでいたのはメリアだった。
彼女の残した最後の遺志。
あの子を守ること、そしてこの事件を引き起こした組織の壊滅。
私から、あの家族から、命を奪う元凶を作り出した存在を私は決して許せない。
組織への復讐、その考えが間違いだとしても私の生涯を掛けてそれを果たして見せる。




