第十八話 災難な再会
帝歴398年8月某日
「はぁはぁ……」
どれくらい動いたのか分からない。
呼吸するだけで辛く、両手で辛うじて持っているのは練習用の木剣を杖のように扱いながら立っているだけで精一杯な状況だ。
そんな俺に対して、目の前にいる途方もない程の美貌を持つ銀髪の女性はこちらを余裕な表情で見てくる。
姉さん、改めシファさんは俺と同じ練習用の木剣を容易く扱っていた。
自分よりも元々経験豊富である彼女は当然体力に余裕があるのか、こちらから見れば目にも止まらぬ速度で剣を振るい、空を切る音が綺麗に途切れると最初の構えの形で静止した。
大人げない彼女の仕草に僅かに苛立つ。
木剣の重さは本物ではないにしろかなりの重量があるはずだ。
しかし、本物に比べれば遥かに軽いのは明白……。
まぁ、軽いにしても扱うようになるには相当の力と技量が必要なのだ。
しかしソレを、一般の女性と比べても比較的華奢な体格の部類に入る彼女は軽々と扱っていたのだ。
「シラフはもう降参?」
「あなたの体力がおかしいんですよ!」
酸欠気味で僅かに苛立ちながらも彼女に訴える。
すると、少し残念そうな表情を浮かべて姉さんは呟いた。
「そう……つれないね……。
君ならいい線いけるかなって思っていたんだけど」
「………そのうち、あなたを越えて見せますよ」
その言葉が意外だったのか、少し驚き唖然とした表情を見せる。
俺のその言葉に対し、文句があるのかとおもわす姉さんを軽く睨むと、
「その時を楽しみにしてるよ、シラフ」
そう言うと姉さんは優しく微笑み、いつもの子供扱いするように優しく撫でた。
●
帝国402年6月某日
金属同士がぶつかり合い、甲高い音が辺りに激しく響き合う。
幾度と絶え間なくぶつかり合い、交錯する二つの剣。
高速の攻防戦が続いていた。
かん高い金属同士のぶつかる音が再び大きく響く。
自らの放った攻撃が目の前で軽くいなされる。
まるで空を切った感覚に体が上手く騙され、身体は剣と共に振り抜いた方向へと揺らいだ。
そして、全身に込めた力が軽枝に触れたかのように彼女の手によって引き離された。
剣に遊ばれている、そんな感覚だ。
延々とその繰り返しであり、目の前の存在に勝てる気配などまるでしないのである。
実力差は明白、気を抜けばこちらがすぐに負ける。
しかし、相手はいつでも自分を倒せるのだ。
「くそっ……。何でっ!」
攻防戦がしばらく続くと思えば、
終わりは唐突である。
不意に訪れたその時を境に両者の動きが静止した。
何かの前兆、自分が大きな過失を犯した訳でもない、こうなる事が予め全て決まっていたかのように自分の首元に剣が突き付けられていた。
そんな呆気ない終わりに、即座に敗北を理解した瞬間ゆっくりと俺は剣から手を離す。
「参りました……」
俺が降参の意を伝えると。
相手の剣が首から離れて鞘へと刃が収まる。
剣の持ち主は相変わらずその美貌が目立ちつつも、勝ち誇った顔で楽しげに微笑んでいた。
「今日も私の勝ちだね、シラフ。
私が勝ったから、またシラフがお菓子作ってよ」
「分かりました。
作ればいいんでしょ、作れば……。」
今日も負けた、この人には勝てる気がしない。
俺の姉であるシファ・ラーニル。
俺はこれまで、ただの一度も勝てた試しが無いのだ。
彼女から剣を習い始めてから5年が過ぎた今もずっと続いている。
それは、俺が十剣に選ばれても尚変わることは無かった。
●
帝歴403年7月18日
学院に編入した初日。
俺は現在、ある意味人生最大の危機に陥っていた。
俺は現在学院の寮にいる。
寮は学院の生徒達が寝泊まりをする場所で、俺の住む場所となった場所の名前は黒ウサギという少々変わった名前の建物だった。
見た目は普通の建物、建物の表札の上にはウサギの像がある。
大理石で出来た白いウサギだ……。
何処が黒いんだと言いたいが、そんな事は正直どうでもいい。
問題は、今は俺の置かれた状況にある。
寮はそれぞれ部屋があり、二人部屋となっている。
大抵は男女別々らしいが、俺は幸運なのか不幸なのか男女の部屋を割り当てられてしまった。
「…………」
そして俺は現在、同室であるその女性に頭を悩ましていた。
目の前の当のご本人はじーっと俺の顔を見ている。
なんかすごい見てくる。
それも無言で……。
まあ、この状況なら無理も無いだろう。
金髪の長い髪が特徴的の女性。
普通の男ならまず二度見はする程の容姿端麗で、一見すると清楚かつ何処かガラスのような透き通った印象を受けるであろう。
彼女の正体はサリア王国第二王女、
ルーシャ・ラグド・サリア。
俺の仕える主その人である。
●
事の経緯は、校長との挨拶の後に遡る。
姉さんがラノワさんとの試合を受け入れた後、俺達は再び車に乗り込み、改めてラノワさんからこの学院での生活面に関しての様々な説明を受けていた。
勿論、先ほど述べた寮についての説明もある。
「以上が寮での確認事項だ。
荷物等は既に部屋に届いているので確認して欲しい。
もし、荷物の配達に不備等があった場合、私や担当の者に連絡をしてくれれば対応しよう」
ラノワさんは寮についての一通りの説明を終えると、
「何か質問はあるかな?」
「あの、部屋は二人部屋がほとんどなんですよね?」
俺はラノワさんにそんな質問をすると、
「ああ、基本的に身分家柄関係無くだが祖国での成績及び一般評価がある程度反映されて選ばれる仕様だ。
君達には、一人部屋として使用していた者達から無作為に選ばれた者になる。
男か女かは会ってから分かる。
最初はこの学院特有の珍しい制度で驚くかもしれんが時期に馴れるだろうよ。
私の相部屋の者は、少々片付けが苦手な者でね、毎日部屋の片付けをしろと叱責の嵐が絶えない生活だが」
「あの、ラノワさんは俺達のルームメイトでしたっけ……。
誰か知っているんですか?」
「いやいや、私は何も知らないよ。
私にはそれを知る権限が無いからね。
まあ、あまりに問題がある相手なら、君の担任や直接学院に異議申し立てをしてもらえば即時対応してくれるだろうから問題あればそちらに言ってくれ」
ラノワさんは何の問題も起こらないと自負しているのか、得意気にそんな事を言っていた。
根拠が何処にあるのかは知らないが渋々納得する
「そうですか……」
少し腑に落ちないが、軽い返事を返す。
ソレが後にとんでもない事態に発展するとは思ってもみなかったが………。
●
そして、このまま現在に至ってる訳だ。
文字通り、問題しかないのである。
これまでの人生の中でも上位に入る窮地かもしれない
「主である私に会って何の言葉も無いの?
シラフ?」
目の前の彼女が俺に話し掛けて来る。
王都や宮殿の方で彼女に一声掛けられたのならば大抵の男は喜ぶところだ。
しかし、今の俺にとってはかなり複雑な心境である。
彼女の言葉の通り、俺は彼女専属の騎士なのだから、今はとにかく会話をしなければ何も変わらないだろう。
「ええと……その、お久しぶりですね姫様……。
学院では忙しいと陛下から聞いており、今日お会いして本当にお元気そうで何よりです」
「そうだね。
久しぶりだね、シラフ。
こうしてちゃんと会うのは2年ぶりくらいかな?
学院じゃ色々と忙しくてさ、一応こっちでは生徒会ってところで役員の一人としてこのオキデンスに在席する生徒をまとめる一役を担ってるの。
凄いでしょ?」
「ええ、そうですね……。
凄いですよ、本当に色々と………
あのどうしてここに?」
「私が学院に在学しているのは知っているでしょ?」
「勿論、知っています」
「それで、ここが私の寮部屋なのよ。
それで、シラフこそどうしてここに?
その様子だと、わざわざ私にこうして挨拶に来てくれた訳じゃないって感じなんだよね?」
「いや、だからですね……その……、」
「何が言いたいの?
用があるなら早く済ませて、これからルームメイトがここに来る予定なの。
だから迎え入れる為の準備とかしなくて、今日は生徒会の仕事も早く終わったところだからさ」
「いや、だから……。
その俺もこの寮のこの部屋に住む事になったようで。
多分、ルーシャの言うルームメイトって多分俺……」
「ふーん……。
って……シラフが私と一緒の部屋に!!?」
「はい……。
あの多分荷物届いてますよね?」
部屋の隅の方には大きな鞄が二つある。
旅行用の大きな鞄だ。
部屋の隅に置かれた白い革製旅行用鞄が目に付く。
「……確かにあるね……。
鞄のデザインがどことなく女性物だけど」
「姉さんと同じ銘柄の鞄なんだよ、ソレ」
「ああ、そういうこと………。
なるほどね……」
目の前の姫様も正直困惑している様子だ。
無理も無いだろう……。
何故なら彼女はサリアの王族だ。
彼女はその第二王女、その上未婚の女性。
そんな方と俺のような一介の馬の骨とも言える男が一緒の部屋に住む事になってしまった場合、俺はサリア王室を敵に回す事になる。
前回にラウに言った事がまず俺自身に降りかかる事になるのを知覚し、自分の血の毛が引いていくのを感じていた。
やばい……ほんとにどうにかしないと………