白騎士
この日、サリア王国から王国騎士団ヴァルキュリアと世界最強と呼ばれる騎士団が一つの場所に集まった。
彼等の名前は十剣……。
サリア王国、フリクア共和国、ヴァリス王国、そしてアンブロシア連合国。
これら4つの国から選ばれた僅か十人の神器契約者のみによって構成される騎士団である。
現十剣の騎士団長、彼の名はアスト・ラーニル。
サリア王国内でもその名を知らない者はいない程、生きる英雄と呼ばれるその人である。
だが実際、十剣を支配しているのは彼では無い……。
白騎士、そう呼ばれる存在がこの騎士団を統括しているのである。
かつて帝国軍と連合軍による衝突をたった一人で沈静化させた伝説の存在、それが白騎士と呼ばれる存在である。
その素性は一切不明、いや国家の最重要機密として扱われている。
しかし、彼いや彼女の正体を十剣全員は知っている……。
彼女の名前は、シファ・ラーニル。
世界最強と呼ばれる、白騎士の正体はこの世で最も美しい美貌を持ち、そして誰よりも長く生きる宿命を背負って生まれた存在である事を……。
●
帝歴403年 12月2日
現在、本来であれば他生徒達と同様に授業を受ける身である俺は急遽呼び出しを受け中央特区のある一室に呼ばれていた。
そこには既に現在の十剣が勢揃いで会議まで適当な雑談を交わしていた。
理由は解っている。今日この日、サリア王国から王国騎士団ヴァルキュリアと、そして十剣が総出で訪れたからだ。
今日の朝早く、その知らせが端末のお知らせに大きく出ていたのを覚えている。
その名目上は、ここ学院国家ラークの視察。世界一の学院都市として知れ渡っているここの現地視察を行いたいとサリア王国側からの申請があった事から今回の企画が成立したという。
だが、その実状は全く違う。
今回の招集理由は、学院の裏で暗躍している巨大な組織の壊滅。
その中で、敵組織の主力と思われる俺の幻影であるリンの討伐も含まれているのだから。
「久しぶりだね、シラフ君。君の噂は既に聞いている、大活躍だそうだね。」
「お褒めいただき光栄です、アスト卿。」
俺の目の前にいる、初老の男性。
見た感じ温厚な印象を受ける彼こそ、十剣を統括するアスト・ラーニルその人だ。
「シファ様からの知らせだと、既に解放者に至ったと聞いているが本当なのかね?」
「はい。姉さんが言うのなら間違いありませんよ。」
「そうか、実に数百年振りだよ我々十剣から解放者が現れるのはね。」
「そうですか……。」
「それで、シファ様は今どちらに?シラフ君と一緒ではないのかね?」
「姉さんとは今、別行動をしています。恐らくラウ、あいつを連れて来るからだと……。」
「ラウ君の事も聞いている、君やクラウスを倒した存在だとね。素性に関しては陛下やシファ様が把握しているだろうから詮索はしていないが……。」
「陛下はラウの素性に関しご存知だと?」
「恐らく。シファ様が一番知っているのは確かだが……。何分、我々にも秘匿する事が多いのでね……。」
「そうですか……。」
「シラフ君は何か聞いているのかね?」
「いえ、特に深くは。」
姉さんが言わないのであれば、自分が言う必要は無い。何故か俺はそれが最善だと感じた……。
アスト卿との会話を交わしていると、後ろから見慣れた人物の声が聞こえた。
「シラフもここに呼ばれたんだ、まあ当たり前だろうけど。」
「テナ、お前も今回の招集に呼ばれたのか……。」
「そうだね。私はヴァルキュリア騎士団の遊撃部隊隊長だから。」
「遊撃部隊って………そんな事一言も聞かなかったんだが…。」
「聞かれなかったからね。本当は騎士団長くらいになったら答えたかったんだけどさ……。」
「テナ君は実に優秀な人材だと聞いている、将来国を引っ張る逸材だと我々の間でも噂されるくらいだからね。」
「光栄です、アスト卿。」
そして、やり取りをしていると部屋の扉が開いた。
周りの空気が変わった……。
今まで、和やかにも感じた部屋の空気が一瞬にして戦場のそれを思わせるソレと化したのだから。
原因は簡単である、部屋に訪れたのは俺と同じ編入生であるラウと長い金髪が特徴的なサリア王国第三王女であるシルビア様。そして、
純白の甲冑に包まれた一人の人物であったからだ。
顔を兜で隠しつつも、その存在感は凄まじくこの場の誰もが動けずにいた。
「っ………。」
体が動けない……言葉すらも発せないのだ……。
目の前の存在があまりにも次元が違い過ぎる、俺と同じく他の十剣、ましてや先程まで話していたテナやアスト卿に至るまで何も話せずにいたのだ。
「全員集まりましたね。それでは、会議を始めたいところですが、始めに問うべき事があります。」
白い甲冑を纏った人物が言葉を発する。
声は見覚えがあった、いや分からないはずが無い彼女の正体は………。
「シラフ。今回の作成に関して、あなたはどういう立場なの?」
「俺としては、彼女の救出を望みます。例え不可能に近くても。あなた達の計画に参加はしますが、自身の判断で俺は彼女の救出をするつもりです。」
「そう、それがあなたの決断なのね。ラウから話は聞いている。示してもらいましょうか、我々が彼女を救う事での大義名分を………。」
目の前にいる白き甲冑を纏った存在。
彼女は白騎士、サリア…いや現状の世界最強の騎士である。
そして、彼女は俺を引き取り育て上げた唯一無二の家族の一人、シファ・ラーニルなのだから……。
●
俺の出した答え、ラウに出された条件を満たす大義名分の答えを俺は姉さん達、十剣へ告げる。
「大義名分………。そもそもこの戦いに意味とか、そんなものは存在しません。それが、俺の得た結論です。」
俺の言葉に周りが騒然とするが、姉さんはただその理由を訪ねた。
「………理由を聞かせてもらえる、シラフ。」
「前回を俺を襲撃したのは、妖精族のリーンサイリス本人ではありません。俺が十年前の火災で生み出した幻影の一人、それが彼女です。」
「………。」
「十年前の火災を引き起こしたのは、当時の彼女本人、それを俺はこの手で殺めた。それを認められない過去の俺自身が生み出した幻影。そして幻影は2つ存在していました。共に生きる存在と共に生きられない敵としての存在。今回、襲撃を仕掛けたのは敵としての存在の方です。」
「………。」
「彼女は絶対に救えない、そんな事は百も承知です。でも、それでも俺は一瞬でもいい彼女と、あいつと向かい合わなければならないんです。身勝手な行為だって分かっています。でも、それでも俺は彼女を救う為に……家族を救う為に戦うつもりです。」
俺の告げた言葉に、姉さんは何も答えない。
そして、周りの人達も姉さんの圧力故に誰も口を挟めずにいた。
そして、俺に対して条件を告げたラウはこちらの出方を伺っている……。
姉さんの返答と、俺自身の動きをただ見ていた……。
俺はとにかく、自分の答えを……言葉を続ける。
「この戦いが終われば、恐らくこの場にいる全員の記憶から彼女の存在が消え去ります。彼女は俺の生み出した幻影、その存在は消滅と共に消えます。俺は既に一度、それに立ち会っているから分かる事です。」
「存在が消えるのだから、彼女を見逃して欲しいの?」
「違います……。俺が彼女を止めるんです。一度は負けた………でも、俺が彼女と向き合わなければ誰も彼女を理解される事なく消え去る……。それは、認められない………俺があなたや十剣の人達、サリア王国の多くに俺は救われ、今がある……だから今度は、俺が彼女を救う番なんです。」
「つまり、あなたが頼みたい事は何なの?私達の作戦には協力するのは分かったわ……。それで、条件としてシラフが提示しているのは何?」
「………彼女、リーン・サイリスは俺自身の手で決着を付けます。自分の持てる全てで……彼女を救い出す為に……俺自身の過去に決着を付ける為に戦います。」
俺の出した答え……。
誰かの為に戦うなんて偽善は無理だ。
自分がどうして戦いたいのか、自分がどうしたいかの結論に他者は関係ない。
俺がどうしたいのか、自分が後悔しない最善の選択……。
「………そう。そこまで言うのなら私から一つ条件を出すわ。明日、アスト卿とクラウス卿との二対一での試合を行う、それに勝利した後後日私との決闘を受けてもらうわ。もし、それ等にあなたが勝利出来たのならあなたの好きなように動いて構わないわ。それでどう?」
馬鹿げている………、現十剣最強の二人に対して俺一人で勝ってみろと言ったのだ……。
姉さんの発したその言葉に、多くが唖然の様子。
普通に考えれば不可能………、あの二人は境遇こそ違うにあれ姉さんの指導を受けて育った存在だ。
純粋な戦闘能力は俺より格上なのだ……。
俺がそんな思考に陥ると、話を聞いていたクラウスさんが口を挟んだ。
「シファ様、それは流石に酷です。私とアスト卿の二人掛かりで、こんな子供一人と戦えと?流石に戦力的にも不利過ぎるでしょう。それに、あなた相手に勝てる相手など存在するはずが……。」
「私は本気よ……。それにクラウス、アスト。あなた方が彼に対し少しでも手を抜いたら二人から十剣の資格を剥奪します。」
「っ………横暴だ。」
「もし、納得いかないのであれば私がいつでも受けて立ちます。それで、私からのその条件をあなたは受け入れられるの?」
白騎士、もとい姉さんの言葉に対してクラウスさんは愚か、アスト卿すら何も返せない。
姉さんの存在は十剣において絶対的……彼女の意思に逆らう事は彼女を敵に回す事と同じなのだから……。
「その条件を、呑みますよ。俺にも譲れない物がありますから。」
●
「さてと、それで目の前のお馬鹿さんはどうするつもり?何の策も無いんでしょう?」
中央特区からオキデンスへの帰りを、俺はテナと共に帰路に着いていた。
結局あの会議では、簡単な作戦の段取りしか進まなかった。姉さんが白騎士として現れ、更には俺と十剣との実質的に対立をしている訳でもある……。
まあ、一触即発の状況の中姉さん達相手に交渉が渡っただけでも良い方なのだ……。
「仕方ないんだよ、あの人はそもそも俺をこの作戦に参加させるつもりが無いんだから……。」
姉さんは俺を今回の作戦で戦わせる事に抵抗感を持っている。理由は様々だろうが、第一に俺は例の彼女に一度敗北しているのが大きいのだろうが……。
「それは見てれば分かるよ。まあ他にも思うところは色々あったけど……シルビア様の件といい、あのラウって人も少し訳ありなんでしょう。」
「実際そのとおりだよ。詳しい事に関しては俺にも分からない事が多いしな……。」
「そうなんだ……。それで、どうするつもりなのシラフ。第一にクラウスさんとアストさん相手に勝てる勝算があるの?」
「全く無い訳では無い……。でも、それなりに苦労するよ。」
「苦労以前に、サリア王国の英雄二人相手に戦いを挑もうとしているのに、シラフは呑気だね……。どこからそんな余裕が出るんだい?」
「余裕は無いよ、でも焦っても仕方ないだろ?」
「まあ、それは確かに…。」
「テナ、少し時間あるか?」
「あるけど、どうしたの?」
「少し試したいんだ、剣の相手を頼みたい。」
「いいけど、何を試すの?」
「あの二人相手に勝ちうる奥の手……。まだ可能性の段階だから試しておきたいんだよ。」
「それ、私なんかが相手でいいの?」
「適任がお前くらいなんだよ、ヤマトの王女様に頼めば受けてくれそうだけどそんな事する訳にもいかないからな。」
「それで、私はいいんだね……。まあ、別に私は構わないよ。シラフが強くないと、私が強くなる意味が無いからさ。」
俺とテナはその後最寄りの公園に寄っていた。
辺りは暗く風は冷たい。
街頭の光が目立ち始める中、互いに剣を引き抜き構えていた。
「それで、私はどの辺りまでやればいいの?」
「本気で構わないよ、そうじゃないと練習にならない。」
「了解。でも、怪我した後では遅いからね。」
テナが剣を構える、互いに動きの読み合い。
どちらが先に出るか、その機会を伺う。
だが、今回の目的において俺には関係ない、一度試しておくべき力を試す為なのだから。
俺は自分の剣を構えて、精神を整える。
一回の深呼吸を終え、俺は自身の記憶を引き出す。
妙な感覚に陥る、体が熱く重い……。
しかし、自然と冷静なのが不思議だった。
自分の望む何か……ソレはすぐに現れていた……。
「シラフ………その剣……。」
自分の握っていた剣が淡く発光する。剣に刻まれた無数の刻印に魔力が流れそして、その形状が変化した。
自身から溢れる魔力により、剣が肥大化……。
自分の身の丈程はいかないが、剣の長さはもとの半分程は肥大化していた……。
「………。」
妙な記憶が流れ込む、身に覚えのない戦いの記憶……。しかし、それが一つ一つ体に染み込んでいくのが知覚出来た。
自分の体が、自分のモノでは無くなりかける……しかし、不思議と精神は落ち着いていた。
自分でも充分なところで精神の集中を途切らせる。
全身に込められた異能の力が抜け、自分の置かれた今の状況を確認する。
身体的変化は何もない、しかし魔力の扱い方が以前より格段に楽になっている。
武器の扱い方、状況への判断も以前よりも容易く可能だとも……。
「準備は出来た、いつでも問題ない。」
俺の告げたその言葉に対して、テナは不思議そうにこちらへ尋ねる。
「………シラフだよね?」
「どうしたんだ?何かおかしいところでもあったのか?」
テナは少し首を振り剣を再び構え直す。
「ううん……なんでもない。行くよっ!」
彼女の合図を受けて互いの体が動いた。
その瞬間から、甲高い金属の音がしばらくの間鳴り響き続けていた……。




