乗り越える過去
帝歴403年 12月1日
「彼女は……あなたの生み出したもう一つの幻影……。あなたは私と彼女、二人の幻影を生み出していたの、共に居られる存在と共に居られぬ存在を……あなたは生み出していたの……。」
小さな妖精の告げた、残酷な真実……。
可能性だけは、想定していたがそれが現実として突きつけられ俺自身に戦慄が突き刺さった……。
「……そうか、それじゃあやっぱり………。」
「本物のリンは、あなたが既に殺している……。そして、子供故にある矛盾に囚われた影響で私達が生まれた。家族として愛情と、家族を奪った敵としての感情の2つが私達を生み出した……。」
「………敵として、最初から生まれていたのか。それも、俺自身の手によって………。」
「………。」
「そして、お前達は幻影なんだろう?つまり、あいつが死ねばその存在は世界から抹消される。俺以外の人間には記録に一切残らない……。」
「…………。」
「記憶が確かでは無いからなんとも言えないがな……。少なくとも、これから起こる戦いに意味が、無くなる訳か………。」
「うん………。」
「この事は、姉さんも知っているのか?」
「伝えてないよ。少なくとも、私達だけの問題だから………。」
「………なあ、リン………あいつを救えないのか?」
「……彼女は絶対に救えない。だから…せめてあなたの手で彼女を殺して欲しい。それが、今の私の気持ちだよ……彼女はあなたに殺される為に生まれた存在なのだから……。」
「…………。」
「やりたくない事くらい分かるよ……。でも………。」
「………。」
「だから、約束して……。私が居なくなったとしても、あなたの手で彼女を止めて。それが私からの願いだから。」
●
リンと別れ、すっかりと日が沈んだ街を俺は1人歩いていた。
(あいつは救えない、ラウとリンはそう言った。リン、ましてラウまでも俺に対してそう告げた。)
ため息をつきながら、俺は空を見上げる。
どうにもならない無気力感と、そして想定していた状況の中で最悪の状況だった事が更に自分にのしかかる。
「あいつは、俺の生み出した幻影……。既に本物は亡くなっている、そして幻影が新たな契約者となり今に至っている。神器に関しては恐らく、生前の彼女本人が使っていた代物……。入手経路は不明……。」
自分に置かれた状況を一つずつ整理していく。
彼女が俺の生み出した幻影である以上、この事件を引き起こした元凶はこの俺自身なのだ。
その理由がどうであれ……
「………幻影。そうなると、仮に死んだとすればルヴィラさんと同じようになるのか?世界からその存在が消える、認識出来ていたのは幻影を生み出した事があった現状俺1人……。そして、恐らく彼女を生み出したもう一人の契約者……」
かつて、2週間程共に暮らしていたルヴィラの状況を整理する。何らかの繋がりがあるのではと、俺自身はそう思ったからだ……。
「彼女の残した手紙、近い内に彼女を生み出した存在が俺達へ害を与える。そう残されていた……結果としてあいつが俺達の元に現れた……。そうなるとほぼ確実に、ルヴィラさんを生み出したのは恐らくあいつ自身だ。何らかの要因で生み出したのは間違い無い。」
ルヴィラを生み出したのは、先の襲撃を行ったリンであるのは間違い無い。
少なくとも、そうとしか現状の情報ではそう考えざるを得ない。幻影が幻影を生み出した、というよりは契約者が幻影を生み出したという認識が正しいのだろう。
「幻影……謎が多い……。だが、彼女の存在が無くなる事で世界は何らかの修正が施されていたのは確かだ………。いや、あるいは世界がそうなっていたと本来の姿に戻っただけかもしれない………。」
思考を巡らせる、自分の置かれた状況を一つ一つしらみ潰し整理していく。
これから自分がやろうとしている事、それが具体的に何なのか………
「無意味なのかもな……。あいつは確実に長くは生きられない。そして、あいつが死んでも俺以外には全く記録には残らない。でも……あいつは俺に会いたかったのはある意味本物だった………。」
彼女との再開を果たした日を思い出す。
突然抱きつかれ戸惑ったが、彼女は泣いていた。
どれだけその日を待ち焦がれていたのかは計り知れないが、彼女の涙は確かに本物だったのは確かなのだ。
「………。」
記憶に浮かぶ、彼女の姿……。
道を違えてしまった、そして殺し合った………。
だが………
「無意味だとしても俺はあいつを救いたい。自分が自らの手で殺す為に作った存在だとしても……それがどれだけ身勝手な思いだとしても……。」
自分の答えは変わらない……。
救えないと分かっても、身勝手な思いだとしても……無意味な戦いだとしても俺自身は彼女を救いたい。
「大義名分……ラウの出した条件か………。」
ラウの協力を得る為の条件。
彼女を救う事での、十剣、サリア王国にとっての利益が何なのか。
彼女を救う事での大義名分をラウに示す事が出来れば奴の協力を得られる。
奴の実力は、認めたくは無いがこの学院内の生徒の中では姉さんに次ぐ実力がある。
「十剣や、サリア王国の利益………。」
これまでの情報と状況から推測を建てる、そして一つだけ答えがあった。
「神器の契約者を回収出来る。あの神器の本来の所持者は天人族だったはずだ、任務後には神器の返還をしなければならない……。」
賭けに等しい条件……だがこれ以上の策は無い。
「任務への協力を条件に、彼女の死後神器プロメテウスの返還を約束する。俺自身は開放者……姉さん達に次いで十剣等の戦力になれる。」
俺自身の任務協力……。
その条件として、彼女の救出を約束させる。
開放者の協力、恐らく今回の任務において戦力ならば十二分のはずだからだ……。
実力の証明……それなら直接十剣と交戦し証明させる。
だがこれは賭け……確実とは言えない。
彼女の生存無くとも返還は確定しているのだから……。リノエラからはまだ直接聞いていなくとも確実そうなのだろうと分かる。
リノエラの一声あれば、天人族も動く……。
彼等がどれほどなのかは知らないが、数が多ければ俺の協力無くとも可能……。
しかし、彼女と渡り合えるのは現状姉さんや可能性として自分の二人……。あるいは、事件に突然介入した謎の男を含めての3人のみ……。
奴の素性も気になるが、今は現状一人か二人だ……多いに越した事は無い……。
「………救うにしても向こうの戦力がどれほどなのかだ……。」
あいつは恐らく、何らかの組織に属している。
じゃなければ、俺の居場所を知る事など出来ない。あいつ自身も任務で俺を狙ったのだ、少なくとも何者かの依頼、いや何らかの大きな組織が裏にあるのは確かだ……、
姉さんや十剣が動く程、余程巨大な組織なのは間違い無い……。
「………。」
「ここで何をしているんですか、シラフさん。」
声の方向を振り向くと、短くまとまった金髪の女性がそこにいた。
暗く辺りが良く見えないため誰だか一瞬分からなかったが声ですぐにわかった。
「シルビア様ですか?未来の方の…?」
「……はい、あの日以来ですね……。」
●
一人街を歩いている内に、俺は未来から来たというシルビアさんと再開した。
立ち話も失礼に思い、俺は近くの公園に向かいそこで会話を交わす。
「どうして、こんな時間に出歩いて?」
「……警備の依頼を受けたんです、シファ様から……。最近不審な動きがあると仰っていたので。」
「なるほど……。先の事件についてですか?」
「関係は無い訳ではありませんが、そういう感じに近いですね。」
「そうですか。」
「シラフさんは、どうしてこんなところに?退院したのは、クレシアさんからお聞きしましたが。」
「リン……あいつ関連で少し考え事を……。て言っても覚えてはいませんよね……。」
「はい……大きな戦いがあった事くらいしか。あとは未来のあなた本人から少し聞いた程度です。」
「………。」
「悩んでいるんですか?」
「はい。姉さん達を相手にどうすれば勝てるのか……あいつをどうすれば救えるのかひたすら考えて……」
「……そうですか……。」
「ただ救えたとしてもあいつはそう長くはない…。どうすればいいのか分からないんですよ……。」
「私は……たくさんの人の死を見てきました……。どうにもならない世界で、たった一人になるまで戦いましたから……。」
「…………、」
「私からは、自分が後悔しないだろうという選択をするしか言えません。でも結局、私は後悔しているんですけどね………。」
「シルビア様………。」
「……。私は姉様達程行動できませんでしたから……。国の為に、民の為に動いているのに自分の事ばかりで後ろに立っていましたから……。」
「それじゃあ何故、今のあなた神器を使えるんですか?」
「……私が戦うと決めたのは、あなたの為です。シラフさん。」
「俺の為……?」
俺がそう尋ねると、自分の首に掛けていた首飾りを取り出す。首飾りには、2つの指輪がそこにあった。
「私の未来では、私は王女では無いんです。シルビア・ラーニル。それが今の私の名前ですから……。」
「それって………まさか……。」
「そういう事ですよ。私が戦う理由はあなたを死なせない為だけだったんですから……。」
「………っ!?」
そう告げた彼女の言葉に驚きが隠せない。
目の前にいる人物が王女では無く、自分の婚約者であると言ったのだ……。
「やっぱり驚きますよね……シファ様に言った時も驚いておりましたから。」
「姉さんも知っていたのか……。」
「はい……。それに、舞踏会の時にシラフさんが告白されてたのを当時の私も見ていましたよ。」
「見られてたのか……。」
「ええ、それもはっきりと……。当時の私もかなり驚きました……。」
「なんか複雑ですね……。」
「まあ、確かに……。」
「それじゃあ、その……今のシルビア様も……。その…、俺に好意を既に抱いていたと?」
「そうですね……。シラフさんと会える日が私の楽しみでしたから……。」
「……そうでしたか……。」
「でも、私なんかに気を遣わなくていいですよ。今のあなたが誰を好きであろうと構いませんので。」
「いや、それは流石に………」
「そんな義務や責任感で私を選ぶのなら許しませんよ。」
「………いや、そういう意味では無く……。」
「分かりますよ、今のあなたが何を考えているくらいは……。騎士生活が長すぎて、いつも騎士として……十剣として……そんな失礼な事はしたくないなら自分が責任を………とかそういう理由ですよね!」
「うっ……。」
何故だろう、俺を一番知られているからなのか自分の心にグサグサと刺さる。
俺の知る彼女と目の前にいる人物は同一人物なのは分かるが、婚約者というだけあり何もかもがお見通しのようだ……。
「この際だから言いますけど、シラフさんのそういうところ嫌いです。堅苦しくていつもそういう事しか頭に無いので。」
「………なんか、すみません。」
奥手な印象の彼女に、はっきりと言われたので流石に何も言い返せない。
姉妹だから、こういうはっきりと言えるところは第一王女に似ているとつくづく思った。
「シラフさん何か失礼な事でも考えました?」
「いえ、何も……。」
俺は首を振りそう答える。
やはり全てお見通しの様子だ。
芯は強い方なのは分かっていたが、ここまでは予想外なので少し気を引き締めようと思う。
「とにかく、シラフさんはもう少し柔軟な対応をお願いします。」
「……はい、分かりました……。」
「もし、まだ責任を感じているのなら今回の事件が解決して落ち着いたら今度私とデートして下さい。」
「っ……デートって!いや流石に……。王女なんですから、もう少しご自分の立場を考えて……。」
「ほら言ったそばから……。シラフさん、約束ですよ拒否権はありませんから。」
「……全く困った人です……。」
俺が少し呆れつつもそう答えると、彼女は俺の目を見据えて言葉を続けた。
「私も可能な限りあなたに協力しますよ。約束しましたから、今のあなたと………。」
「無理はしないで下さいよ。」
「分かっています。でも決めたんです、この命はあなたの為にあなた達が守ろうとしている物の為に私は使いたいんです。」
そう告げた彼女は、俺の知るいつもの彼女の笑顔がそこにあった。




