全てを知る者
暗い世界、光の無い世界が目の前に広がっていた。
何も感じない、暑い訳でも寒い訳でも無い…。
いや、外部から感覚を感じる事が出来なかった。
目を開けているつもりでも、目の前は暗黒に染まり一寸先も見えずにいた。
「…………。」
どれだけの時間が過ぎたのだろう、何も感じない世界で意識だけが取り残されていた。
そして、一筋の光が視界に差し掛かる……。
「っ………。」
視界が最初に捉えた物は、白い天井……。
消毒液のような匂いが漂う、清潔感に満ちた部屋に私はいた……。
起き上がろうと、腕に力を込める。しかし上手く力が入らないのか右腕は上がらない。
「無理はするな、ラウ……。」
声の方向を見やると、長い黒髪の女性。
寝不足気味で不健康なのか肌の色が悪い人物がそこにいた。
それが誰なのか私にはすぐに理解出来た。
「………シトラか?」
「記憶は問題無いようだな、今の状況が分かるかい?」
「………さあな、私は現在どうなっている?」
「相変わらずだね。まあ、簡潔に伝えるとだな……。君は24日、何者かによって重傷を負った。四肢を失い、生死の境を彷徨ったくらいだ。正直、今こうして君が生きているのが不思議なくらいだよ。」
「………。」
「君は運がいい、後2ミリ傷が上なら確実に死んでいたからね。でも、運が良かったとは言えない状況だよ。君の左腕を見てみれば分かる。」
シトラに言われ、私は左腕をあげる。しかしそこに本来あるはずの左腕の姿は無かった。
「こちらも手を尽くしたよ。しかしだ、君の体は特別らしくてね、他の人間とは構造がまるで違かった、私も手術の現場に立ち会い魔術方面からの手は尽くした。医療設備や人員も学院内でも指折りだったのだが、それでも完全な治療とはいえなかった。本当に済まない、ラウ……。」
「魔力が戻れば、自力で治せる。命を繫いでいられただけ最善と言える。それより……」
「シラフ君の事が気になるかい?」
「護衛対象だったからな……。」
「……シラフ君は現在オキデンスの病院にて治療中だ。そして事件の取り調べを行っている。」
「…………。」
「来月から、サリア王国及び十剣が捜査に加わる。十剣の脅威となる事から、サリアを含む四国の上層部も今回の事件を受けて警戒しているみたいだからね。」
「そうか……。」
「重傷は君を含めて二人。もう一人は君程では無いから一週間もすれば退院出来る。」
「……。」
「何か、聞きたい事はあるかい?」
「今日は何日だ?そして、シファはどうしている?」
「今日は11月28日だ。そして、現在シファ・ラーニルは事件の捜査を最善線で仕切っている。彼女は一体何者なんだい?学院にあれこれ指示出来る生徒など聞いた事が無いからな。」
「そうか……。」
「今回の事件は十剣のシラフ君を狙った犯行だ。君が、太刀打ち出来ないという事は相手は余程の実力者だ名のしれた存在だったのかい?」
「いや、だが……事前の調査で目度は立っていた。」
「つまり、犯人の素性を既に知っていると?」
「一応だ。ただ、完全な証拠が無いと犯人を逮捕するには足りない。」
「なるほど……それなりに身分があるのか…。」
「実行犯の名前は、リーン。十年前、一時期カルフ家の養子として生活していた妖精族だ。そして、奴と酷似した存在が現在シファあるいはシラフと共に行動している。犯人の目的に関する何かを、その人物が握っている可能性が高い。」
「まさか、あの子が?」
「間違い無いだろう、ただその情報は何らかの機密情報に触れている。今回の事件にサリア王国や十剣、そしてシファが介入しているのはその為だ。」
「君は何を知っているんだい?」
「今回の事件を起こした首謀者を捕らえる為、シファ・ラーニルに最大限協力するようにと……。 十剣の最高責任者であるアスト卿からその条件を受けて学院に編入した。これで理由としては十分だろう。」
「つまり、今回のような事件が起こるのは必然的だったと?」
「そう言えるが、ここまでの大事は想定外だ。まして、開放者を狙うとは事件前日まで全く想定には入れていなかった……。狙いは王女姉妹のどちらかだと思っていた。」
「そんな重要な事を私に話して良かったのかいラウ?国から受けた密命なのだろう?」
「いずれは話そうとしていた事だ、今話しても差して問題は無い。それに、これはシトラにも関係ある事だ。」
「どういう事かい?」
「君の父、アルス・ローランは我々の協力者だ。こちらの二重スパイとして彼には敵の本部への偵察を定期的に行わせている。」
「なっ………。」
「敵の組織はお前の思っている以上に大きい。今回シラフ・ラーニルを襲撃した者はその中でも特に優れた存在。妖精族であり、神器プロメテウスの契約者。そして、我々との交戦により、開放者として覚醒させてしまった……。今回、その点が一番の失態だ……。」
「これからどうするつもりでいるんだ?これ以上敵を刺激すれば、今度は死人が出かねないだろう?」
「これからに関して、一番の指揮権はシファに移るだろう。実際、奴が一人戦えば今回のような事にはならなかったんだからな……。」
「なら、何故君が今回敵とわざわざ交戦している?」
「この問題は人間で始末する問題だからだとシファは以前私に言っていた。しかし、人間等では力不足と判断した、だから私やシンに協力を十剣が要請したのだろう。しかし、今回の事件を受けは彼女の指揮権に変わった。」
「君がそこまで言うシファ・ラーニルは一体何者何だ?それに、人間で始末する問題というなら彼女は人間では無いというのか?」
「帝国時代……奴は別の名前で知れ渡っていた。白騎士という存在を聞いた事があるだろう?」
「白騎士……まさか、400年も前の人物が生きているはずが無い。」
「やはり、お前もそう思うか? 」
「当たり前だ。第一に400年も生きられる者がこの世に存在するはずが無い。あの天人族でさえ200年余り400年を生きた者など存在するはずが……。」
「神器がそこに関わっていれば話は別だ。」
「シファ・ラーニルは神器使いだというのかい君は?」
「間違い無い、私は自分の観測した神器の力を使える。そして、彼女の力も使えるのだから間違い無いだろう。」
「神器の能力は?」
「時間……、シファはクロノスという名の神器だと言っていたが……。」
「クロノス……、そして能力は時間か……。つまり、時間の能力を使える以上自分の寿命すら操作が可能だと?」
「それは違う、そう奴自身は言っていた。シファは神器との契約の代償に老いを奪われたと、自身がそう言っていた。神器が現存する以上、奴は老いによって死ぬ事は無い。」
「なるほど、それで400年以上生き長らえているのか……。しかし、時間を操れるだけでは君以上の力は無いだろう?」
「………言っただろう、彼女は人間では無い。血縁で言えば、天人族と今は亡き魔族の間に生まれた存在だ。それも、その両者はかなり高位の存在だそうだ。血縁的には、英雄と英雄の間に生まれた存在と言えば分かりやすいだろう。」
「生まれから、恵まれていたか……。なるほど、天人族の魔力を併せ持つのならばあの化物じみた魔力の理由になる訳か。」
「時間の能力を使えるから強いのでは無く、シファ・ラーニルが時間の能力に選ばれたから強いという事だ。彼女自身の力でも、十剣全員が返り討ちに遭う程の実力はある。」
「君が随分と大人しい理由が分かったよ。本当の格上だと自覚しているのだろうな……。それも君だけでは無い、十剣やその周りの四国も彼女の力を警戒しているという事か……。かつて八英傑と十剣を撤退に追いやった白騎士があの女性とは……。」
「………。」
「誰よりも美しく、誰よりも強く、そして誰よりも絶対的な力を持つ……。彼女がいたから、サリア王国は存続していたといっても過言では無いか……。」
「それ以前に、歴代の十剣を見れば分かる、名を残した者の多くには、ラーニル家の名があるはずだ。現在のサリアの十剣、アスト卿とクラウス卿。彼等の名前もまたラーニルだからな。あの二人もかつて幼い頃に、シファに引き取られ育てられた者だ。」
「現在の十剣を率いるアスト卿、そして次代候補のクラウス卿、そして新世代としてのシラフ君か……。」
「偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。だが、奴等の実力は本物だ。アスト卿の実力はまだ分からないが、クラウス卿の実力は他の十剣よりかなり秀でている。そして、現在入院中の奴も開放者として力を覚醒させた。」
「一国には、あまりにも大き過ぎる力。だが、それ等があっても他国がサリアに手出し出来ない。その理由の一つが彼女の存在という訳か……。」
「……今回の事件を期にシファが前線に出たという事は余程の事態だろう。これまで指導者に回る事はあっても前線に出る事は無かったらしいからな……。」
●
帝歴403年11月28日 正午
現在、俺の目の前では複雑な組み合わせの人物達が揃っていた。
今回、俺の入院している病院にて事件の取り調べの為、被害者の自分を含め事件の目撃者であるシン、ルーシャ、クレシア、そして敵の使用していた神器の元の所持者達である天人族の代表リノエラ・シュヴル。そして事件の取り調べに訪れた男は、この状況故に、俺に対して苦笑いを向ける。
まあ、無理は無い。
この部屋は個室だが、他の患者が居たらまず最初に何らかの修羅場を想像するだろう。
それに、ここにいる関係者女性群。容姿のレベルがとにかく高い…。王女、令嬢、秘書、そして一人に至ってはもはや天使である……。
事件の取り調べ以上に、こちら4人の方に注目してしまう……。
取り調べに来た男も俺と同じように感じているのか、取り調べを適当に済ませると早々と立ち去ってしまった……。「後日また伺います……お大事に……。」そう告げて男は去って行く。
「………。」
俺は何も言葉が出なかった……。確かに、この場に居るのはかなり気まずいだろう。が、仕事を投げ出してまでの事なのだろうか……。
修羅場、まあ一人だけ心辺りがあるのは確かだが……他の人達に至っては噂も甚だしい事である。
俺と同じく、状況を察したルーシャに至ってはこちらに目を背けクスクスと笑って面白がっている。
「さて、取り調べも済んだ事ですし私も本題に参りたいと……。」
リノエラが話を自分の方へ持って行こうと切り替えに至った矢先、病室のドアが開く……。
現れたのは、長い銀髪の美女とその方に座る小さな妖精。
俺の想定したいた中で最も最悪の組み合わせであった。
「シラフ、お見舞いに……。」
銀髪の美女こと、俺の義理の姉であるシファは見舞いのお菓子を手に扉から現れるとこちらの状況を見て察したのか「ああ……シラフも大変だね……。」 少し冷めた声でそう言言うとゆっくりと部屋に入り込んで来た。
ある意味、身内に絶対に見られたく無い状況だろう……。修羅場を作った覚えは無いが、怪我以上に精神的な傷の方が酷くなりそうだと俺は思っていた。
「シファ様!!まさか、ここでお会いするとは!!」
「いいから、あまり畏まらないで。それにここは病院よ個室でも静かにするように。」
「はい……。」
姉さんに諭されたリノエラは彼女に言われると妙に大人しくなった。話を切り替え、何を言おうとしていたのかが気になるが……。
俺がそんな事を考えていると、姉さんは俺の方を一度見ると他の者達に対してこう告げた。
「取り込み中悪いんだけど、しばらく私とリンちゃんそして彼の三人だけにして貰えないかな。」
姉さんの提案に対して、この場にいた者達全員が逆らえる訳も無く部屋を去って行く。
去り際、俺の方に一瞬視線を向けたルーシャとクレシアの様子が妙に気になった。
広い個室に二人と一匹が残され沈黙がこの場を支配していた。
「ごめんね……、今まで黙っていて……。」
沈黙を破ったのは、小さな妖精であるリンだった……。俯きながら、その小さな体で俺に向けてそう告げた…。
「………。」
「本人に会ったんだよね……ハイド……。」
「そうだな……、あいつは俺にこう言ったよ。両親を殺したのは自分だとさ……。」
「っ………。」
「リン……、お前は始めからそれを知っていたのか?」
「ごめん……、今までどう伝えられればいいのか分からなかったから……。」
「………。」
「前に言ったよね、私はあなたの強い思念から生まれた存在だって。強い思念、それは家族としての強い愛情、それと同時に裏切られた強い憎しみ……。私が生まれた要因は、あなたのその感情だった……。」
「……。」
「私本人が、ハイドの両親を殺したのは間違い無い事実。あの火災は、彼女の神器によって起こされた物。でも、ハイドはその時腕輪の契約者だったから、神器の加護によって死なずに済んだの……。」
「俺一人が生きられた理由は、そういう理由だったんだな……。」
「あなたがあの事件を起こしたというのは、この事件の真相を隠蔽する為の口実だった。当時のあなたを助けたクラウスはその事を知っているはず。でも、事態があまりに大きい為その隠蔽の為に炎の契約者であるあなたを利用した。シファ姉と、クラウスが裏で事前に打ち合わせをしていたからあなたはシファ姉に助けられ半ば強引に保護される事になったの……。」
「………。今、十剣とサリア王国はどうするつもりでいるんです?」
俺の質問に、姉さんが答えた。
「今、この事件を最前線で指揮を取っているのは私だよ。今後の動きとしては、堕ちた存在と化した妖精族の彼女を確実に殺す為に動く。そして、敵の証拠は充分に掴んだから来月には事件解決の為に十剣、及びサリア王国の騎士団ヴァルキュリアと共に敵の本部の制圧に向かう。今後の主な流れとしてはそういう事になるのかな……。」
「本気で言っているんですか、姉さん?」
「本気だよ。彼女を野放しにはもう出来ないからね。開放者のあなた、そしてラウが勝てない以上、私が出るしか無いから。」
「ラウが勝てない……?どういう事です、それに何でそこで奴の名前が……。いや、あの時どうしてシンさんが言って……。」
「計画の裏で、ラウは既に彼女と戦闘をしていた。でも、結果はラウは酷い重傷を追い彼女を堕ちた存在として、開放者として覚醒させてしまった。」
「ラウが負けたのか?あのラウが本当に?」
「今、中央都市の大病院で治療を受けている。私の確認している範囲だと、今も意識不明の重体だそうよ。」
「っ……。」
「ハイド、私があなたの元に今回来たのは選ばさせる為だよ。」
「何を選ばせるつもりです?」
「私達の任務に参加するか、しないかの選択だよ。家族を殺める任務、あなたにはあの事件の当事者だからどちらか好きな方を選びなさい。」
「っ何を言って……。」
「考え期間は、12月の3日まで。どちらを選ぶかはあなたの自由。彼女をこの手で止めるのも良し、この事件に関わらないのもあなたの自由。」
「本気なのか……、リンを……家族を本気で姉さん達は殺すつもりなのか。」
「私からはそれだけだよ……。行こう、リンちゃん……。」
そう言うと、姉さん達は部屋を出て行く。
「待て、まだ聞きたい事が!!」
俺の声を無視し、姉さん達は扉の向こうに消えていった……。




