介入
帝歴403年11月24日 午後9時45分
学院内から激しい衝撃が響いていた、凄まじい魔力と魔力のぶつかり合いが私達の方にまで伝わっていたのだ。
「ルーシャ、一体何が起こっているの…?」
「分からない、でも中庭の方から聞こえるよ……。」
私は現在、友人のクレシアと学院内を散策していた。私に仕える彼がクレシアを探しているとテナから聞いたからだ。
しかし、彼を探していると突如、凄まじい衝撃が学院内で響き始めていたのだ……。
「………、ルーシャこれからどうするつもり?」
「向かってみよう、何かあるのは間違い無いはずだから……。」
危険なのに変わり無いが、私とクレシアは中庭の方に足を運んでいく。
中庭に近づく程、衝撃の震源が近づいているのが肌で感じられた。
一歩進む事に、体に電気のようなものがはしる……。何かがあるのは間違い無い、何者かがそこにいると私の本能がそう告げていた。
中庭の見える地点に行くと、そこには二つの炎がぶつかり合っている光景が目に入った。
「炎……まさかシラフ……。でも、それじゃあもう一人は……一体?」
「ルーシャ、一人は彼だよね……。でも、もう一人は一体誰なの?」
私は目をこらしてもう一人の存在を確認する。
オレンジ色の長い髪、赤く黒い炎を纏った禍々しい炎の剣を持ち彼と交戦している。
実力は戦いに疎い私にも、相当な実力だと見て分かる。いや、むしろ彼より遥かに格上の存在だろう……。
長い髪、そして人物の体躯から恐らく女性……。背中に生えた美しい色彩の豊かな蝶のような羽がよりその人物の存在を引き立てる……。
蝶のような羽から、私は一人の人物の存在が当てはまったがそれは直ぐに否定した。
「妖精……、でもリンちゃんとは少し違う……。そもそも大きさが人間と同じなんて、あの妖精族くらいで……。」
「そうだよね……リンちゃんは彼よりすごく小さいし。だからさ、その大きさが合わないんだけど……、でも仮にだけどリンちゃんが成長して大人になったらあの人とよく似ると思うんだ………。」
友人の指摘に、私は思考を重ねる。
確かに、あの妖精を小さく子供みたいにすればあの小妖精と全く同じとなるかもしれないとなんとなくそう感じた……。
「じゃあ、あの人は何者なの?少なくとも、彼の敵みたいだし……。」
私がそう呟いた刹那、突然学院の窓ガラスが弾けた。条件反射で私とクレシアは伏せると、その直後誰かの人影が目に入った。
大きな怪我こそ無いが、それでも到底無事とは言い難い状態。
全身に切り傷が目立ち、先程の衝撃で体を打ったのか息が苦しそうであった。
「っ!」
目の前の人物の姿を、確認するまでも無く直感的に先程から戦闘を続けた彼だという事はすぐに理解出来た。
「っ……何でこんなところに……、」
「シラフ!!」
私とクレシアが彼の元に駆け寄よろうとするがが、目の前の彼は私達に対して乱暴に言葉を投げ掛ける。
「来るな!!ここは危険だ、早く避難しろ!!俺が時間を稼いでいる間に、早く!!」
「っ……でもっ!!」
私はそれでもが彼の言葉を否定し、僅かながらに抵抗するが彼は近づく私達に必死に呼び掛け続けていた。
「聞こえないのか!!今の俺に二人を守れる程の余裕なんて無い!!」
彼の言葉を、聞いてすぐにそれを理解出来た。
しかし、ここで彼を見捨てたく無いという思考も脳裏に過ぎる。
彼を救って共に逃げる、彼を置き去りにして私達二人だけでも逃げるか……。
一瞬のその時間で、この二つの選択に私とクレシアは陥っていた。
しかし……。
「早く逃げろ!!ルーシャ、クレシア!!」
彼の必死の呼び掛けに、私達は逃げる選択を選んだ。
私はクレシアの手を引いて、一目散でその場から離れる。クレシアは私よりも思考がまとまっていないのか戸惑いと混乱が目に見えて分かった。
しかし、それは私も同じだ……。
彼を置いて逃げる、なんて事を私はしたくは無い。でも、それは彼が私達を守る為に作った僅かな時間を無駄にする。
それだけは避けたかった、幸いクレシアは私に抵抗する事なく私の手に引かれるがままに走っていた……。
(お願い、必ず戻って来て……。)
その願いだけが私の思考を一番に支配していたのだから。
それだけを願いながら、私とクレシアはただひたすら走り続けた……。
●
炎がぶつかり合っていた。
両者の放つその灼熱に、剣がぶつかり合う事に激しい爆発が起こる。
「ほら、あなたの実力はその程度なのハイド……?」
「っ!!」
ハイドが妖精との近接戦闘、そしてシンが後方からの攻撃及びハイドの補助である。
ハイドと妖精が交戦している中、後方からシンは後方支援に回っていたがそれでも彼等の戦いにほとんど影響を与えていなかった。
しかし、状況が何も変わらずともシンはハイドの後方支援を続けていた。
ラウが意識を途切れるさなか、シンに対してある司令を与えていた。
11月24日午後9時8分。妖精族との交戦に敗北、対象は現在ハイドを求め移動を開始。
ハイド・カルフ護衛任務の破棄を命じ、新たにサリア王国の王族、ルーシャ・ラグド・サリアとシルビア・ラグド・サリアの護衛を最優先とする。
しかし、シンはその命令を破棄しハイドの元へ向かいこうして妖精と交戦していた。
(足手まとい。何故私は、ラウ様の命令に逆らってまで無謀にも妖精と交戦している?)
自分の行動に、シン自身も疑問を抱いていた。
(何の為に、私はラウ様と敵対しているシラフ様の為に……。いや、これはシラフ様の為では無い……結局これはラウ様の為。彼の存在は、ラウ様の今後において重要な存在の一人。)
高速で織りなされる戦闘の最中、シンは思考を巡らせる。
(今の私では、ラウ様は愚かシラフ様の足手まといになっている。ラウ様達にですら勝てない相手、それを私達二人では到底倒せる訳が無い……。それに、シラフ様の様子はいつもとは切迫している様子。冷静さを失い、ただ力任せに戦っている……それでどうにかこの状況を保っているのが不思議なくらいだろう。)
妖精の戦い方を見て、シンは徐々に何かの違和感を感じていく。
(彼女はグリモワールの観測を受け付けない。そして、彼女の戦いには幾つかの無駄が見える。シラフ様との攻撃が衝突する直前、わざわざ少し速度を落としシラフ様が迎撃しやすいようにしている……。余裕があるのか、あるいは何か別の目的があっての……、)
すると、一際強い攻撃を放った妖精の剣によりハイドは地面に叩き付けられる。
徐々に増続ける傷により、ハイドの体力は徐々に奪われていた。
そして、既にハイドは深層開放を十分以上を経過させながらも持続している。回数を重ね、その状態に慣れていない彼には徐々にその底が見え始めていた。
対して、上空で悠々とこちらを見下す妖精からは禍々しく威圧的な魔力を放っており。魔力の圧力からハイドより数段も余裕がある様子だった。
「弱いわね、ハイド……。開放者の実力はその程度なの?」
「っ……はぁ…はぁ……。っ何でだ!、どうして攻撃が……っ届かない!」
「同じ炎を扱うだけあって私達の攻撃はお互いある程度効くようね……。でも、あなたの剣術はどうやら実戦向きのようだけど、一撃が軽いわね。手数だけ増やしても、一撃が軽いから受けるのも容易い上、その速度も中途半端だもの。」
「っ…。」
「それに、これまで一体何をしていたのハイド?あなたは以前よりも、大幅に魔力の量が落ちているわ……それもあの頃の2割程しかない。中途半端な剣術を磨いて魔力の質を落とすなんて、一体何をしていたのかしら?」
「落ちているだと…?」
「期待はずれね……あなたならもしかしたらと思っていたのに。」
ハイドを数メートル上から見下していた妖精の姿が消えたと思うと、彼女はハイドの目の前に忽然と現れた。
「っ!!」
「可哀想だけど、あなたにも死んでもらうわ。」
妖精が剣を振りかざすが、ハイドは何も抵抗が出来ずにいた。
体の言う事が効かない、まるで蛇に睨まれたかのような状況に陥っていた。
ハイド自身、勝ち目が無いと悟っていたのだろう剣に込める力が落ち、目の前の死を受け入れ始める。
彼を守る為にシンが救出に向かうがその距離遠く、彼女が剣を振るう間には到底届かない……。
しかし、その刹那世界が真紅に染まった。
「………インフェルノ。」
誰かの声がこの場の三人聞こえた時既に、妖精はその真紅の光に吹き飛ばされていた。
その余りの威力に、妖精はよろめくが空中ですぐに体制を取り直す。
突如現れた第三者の介入、この場にいた三人の誰もがその存在をあの真紅の光が現れるまで知覚出来なかったのだから。
「よく耐えたな。同じサリアの騎士だった者として、君を誇りに思うよ。」
「……あなたは一体?」
ハイドの目の前に現れた一人の男。
その手に握られた、身の丈程真紅の剣とその背には悪魔を思わせる禍々しい片翼が生えており目の前から放たれる魔力がその実力を言わずとも彼に理解させていた。
「私か?そんな事はどうでもいい。」
「……。」
「とにかく話は後だ。今は戦いの途中だろう?」
男はそうゆうと、僅かだが傷を負っている妖精が男の方を睨んでいた。
「さっきのは効いたわ、あなた何者?」
「そんな事はどうでもいい。君が危険因子である以上こちらで排除させてもらう。」
「あなたに、私が殺せるとでも?」
男は僅かに微笑むと、その姿が忽然と消える。
その瞬間、妖精の持つ剣と男の剣が衝突した。
互いの剣が衝突するも、その力の差は歴然だった。妖精の体が男の剣に力負けし更に上空に吹き飛ばされる。
「っ!!」
妖精が上空に吹き飛ばされるを少し眺めると、男はその身の丈程の剣を構えた。
「ヘリオス開放……。」
男の言葉に反応し、剣が炎に包まれる。
炎の元となっているのは、男の右腕にはめられている赤みを帯びた腕輪だ……。
その炎の熱量は地上にいるハイド達にまで伝わっていた。仮に彼が地上に居れば、その大地ごと焦がしえるだろうか、灼熱をも遥かに超えた熱量に剣が包まれる。
先程放たれた真紅の光とは桁違いな威力を誇るだろうと……。
この場にいたハイドとシンは理解していた。
男の放つ炎がもう一つの太陽だと錯覚させる程に……。
炎の光が最高点に達した瞬間、男はその剣を流れるかのように振るい、妖精の居る上空に向けた。
「………アインズ・クリュティーエ。」
男の言葉と同時に、剣に込められた莫大な熱量が、上空にいる妖精へ向けて無数の光と化し放たれた。
数秒後、光が炸裂し爆発の瞬間夜であった学院一帯が光に包まれた。上空から来る爆風に飲まれるかと思いきや、学院上空突如として現れた巨大な魔法陣に阻まれる。
爆風を受け止めると、魔法陣は何事も無かったかのように消え去る。
ハイドとシンら魔法陣の中心から、何者かの人影を確認するが空が暗い為にハイドには目視で何者かはよく分からずにいたがシンには誰かすぐに理解したようだった。
「なるほど、なんとか間に合ったようですね……。」
シンがそう呟くと、こちらに何者かが近づいて来る。短く纏まった金髪の女性、しかし多少の傷が見受けられハイド達より重傷であった。
彼女は余程急いでいたのか、息を切らしこちらの無事を確認すると安心しきったのか膝から崩れ落ち倒れ込む。
彼女に最も早く対応したのはシンであり、彼女の元に駆け寄る。
「シルビア様、ご無事ですか?」
彼女を抱き抱えると、女性は少し疲れ気味ながらも答える。
「はい……。お二人方もご無事で何よりです……、ラウさんは森で重傷を負っています、すぐに救助に向かって下さい、後はお願いしますシンさん……。」
そう言うと、彼女は意識を切らし気絶した。
様々な事が起こり、ハイドは戸惑っていたがこの舞踏会の裏で様々な事が起こっている事だけは彼にも理解出来ていた。
上空から、先程の男が戻って来るとハイドに向けて話掛ける。
「先程の妖精は、取り逃した……。上空で何者かが彼女を救出しそのまま行方を眩まされたようだな……。」
「そうですか……。」
「私はこれで失礼する。今回はこちらの失態だ。その非礼を詫びよう。以後、この問題はシファ・ラーニルに一任する。それを彼女へ伝えてくれ。」
「姉さんを知っているのか。」
「まあ、そうなるのか……。いずれ、また会うだろう。その時、お互いどういう立場かは分からないがな……。」
そう言うと、男の姿が光に包まれ消え去る。
突然の事にハイドは驚きを隠せずにいたが、その数秒後ハイドに何者かが衝突する。
銀髪の長い髪、常軌を逸した美貌を持つその姿にハイドは何者かすぐに理解した。
「っ……姉さんなのか?」
「イテテ……、良かった無事だったんだねシラフ。」
「ああ……、なんとか……。」
すると、目の前の女性はハイドを強く抱きしめる。ハイドはそれに僅かに抵抗しようとするが、女性の体が震え泣いている事に気付くとハイドは抵抗するのをやめた。
「良かった……本当に……」
「そうだな………。」
こうして長い一夜は幕を閉じたが、この先に待ち受ける者を彼等は知る由も無かった……。
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帝歴403年11月25日
オキデンス襲撃事件調査報告
11月24日午後9時30分頃に発生した今回の事件は、事件当日学院の西館中庭付近を徘徊していたシラフ・ラーニルを対象としたものと断定。襲撃を行った犯人と思われる人物は仲間と共に逃走した模様。
25日現在も犯人の行方は不明。今後、サリア王国及び十剣との連携を取り犯人確保と事件解決へ取り組む。
現時点での被害報告
死者 現時点で報告無し
怪我人 重傷 2名
負傷 7名
軽傷 16名
オキデンス第三学院内での建物の破損が甚大、
回復には最低でも二ヶ月程の時間が必要と思われる。修繕完了までの期間、生徒職員及び関係者以外の立入を全面禁止とする
軽傷負傷の多くは避難時の騒動に巻き込まれた者と断定。重傷2名は現在中央都市の病院にて治療中。
被害者であるシラフ・ラーニルは犯人との交戦により負傷。意識は回復しており、現在はオキデンスの病院にて治療及び事件の取り調べを現在も行っている模様。
上記をオキデンス事件での25日現在の報告とする。




