虚構ノ真実
帝歴403年11月24日 午後9時40分
誰もいない学院の中庭で、俺は一人の妖精に抱き付かれていた。
十分程が過ぎ妖精が落ち着いた事を確認すると俺は妖精に話し掛ける。
「ようやく落ち着いたか……。とりあえずさ……、その……離れて貰えると助かるんだが……。」
「そうね……。」
そう言うと先程からずっと抱き付いていた、目の前の妖精ことリンは俺から離れる。目の前にいる彼女の存在感はあまりに大きく、家族だったと分かっていても俺は緊張していた。
なんというか、姉さんとは違う美しさをか彼女は異様に放っていたのだから。
現在俺は先程、十年前に死んでいたはずの妖精族のリンと再開を果たした。
最初見た時の既視感は、彼女があのリンであった事が影響したのだろうか。
とりあえず俺は、リンに先程から気になっていた事を話した。
「リン、お前は今まで何処に行っていたんだ?俺の前から姿をいきなり消して、リンもあの火災で亡くなっていたと思っていたんだからさ……。」
「そう……そう思われても無理は無いわね……。私もあなたは死んでいると思っていたもの……。」
「そうか…まあ、それも仕方無いか………。」
「ハイドは元気そうで何よりだけど、今まではどうしていたの?」
「いや、まあ色々あって。今はシファ・ラーニルという人の養子だよ。といっても、義理の姉に近いのかな……。サリア王国にいるのは変わらずだけど、あれから結構頑張って今はサリア王国の第二王女に仕えて十剣の一人にまでになったんだよ。」
「そう……、成長したのね……。以前は私より小さくて力も無かったのに。」
「……そうだったな、お前が怠け過ぎていつも俺に背負われて……。」
「懐かしいわね……あの時は。」
「知っているだろう、俺達の両親はもうこの世にはいない。あの火災で屋敷の人達みんな死亡したんだ……。」
「………そうね……。」
「リン、今日までお前は何処で何をしていたんだ?」
「………。」
リンはその質問に何も答えない。
何かおかしい、俺の直感がそう告げていた。
何故だろうか、目の前のリンは確かに本物である。妖精族であり、俺の事を覚えていた。
しかし、何かがおかしい……。
俺の記憶に何処か不具合があるような、何かとても重要な何かが欠けている。
それも、かなり決定的な何かだということ……。
あの時の記憶、両親を失ったあの火災の真相に近づく何かだということ……。
「リン、何か隠しているんじゃないのか?」
「…………。」
リンは何も答えず、こちらを見据える。
その視線から、僅かな殺意のようなものを感じた。
「………リン、何故お前がここにいる?俺の居場所が元からここにいると分かっていたんじゃないのか?」
「………。」
妖精は何も答えない、しかし一つだけ確かなことがある。
それは………。
「リン、お前は俺達の敵なのか?」
「……そうね、私はあなた達の敵よ。私がここに来たのは、シラフ・ラーニルの抹殺を命じられたからだもの。」
「っ……、俺を殺す為か…。何故だ、どうしてリンは俺達の敵になったんだ!どうして、家族同士で殺し合わないといけないんだよ、リン!」
「………そうね、あなたは昔からそういう人だったわね……。見ず知らずの私を見捨てられない程、あなたは優しい人だったから……。」
「……。」
「でも、私の目的は変わらないわ。あなたの抹殺、それを果たす為に私はここに立っているんだもの……。」
そうか彼女が告げた刹那、身に着けている赤い首飾りが発光した。
発光と同時、俺の意識が一瞬揺らぐ……。
過去の記憶が呼び起こさようとしている、絶対な触れてはならない何かの記憶が……徐々に浮き上がり始めていた。
「っ…リン…!どうして…だよ……何で……。」
「少しおかしいとは思っていたけど……。どうやら本当に何も覚えていないのね……、ハイド。」
「どういう意味だ?」
「いい機会だから、また教えてあげるわ。私はあなたと同じ神器使い。そして、あなたの両親を殺したのは、この私だもの……。」
目の前の妖精の言葉に俺は一瞬思考が止まった。
理解出来なかった、理解したくも無いと俺は思いたかったが、俺はリンに話し掛ける。
「…………何を言って……。……あれは事故のはずだ……俺が神器と契約して、その力を上手く制御出来無かった……それで……。」
俺の弁解を聞くと、半分呆れたかのように返した。
「何を言っているの、ハイド?」
その言葉で、彼女の言葉が真実だと確信した。
「っ!」
「私が、あなたの両親をこの手で殺したの。」
目の前の妖精の放った言葉に、心の底から初めて怒りの感情が芽生えた。
信じていた存在、家族だと思っていたその人物は自分の両親をこの手で殺したのだ……、
狂っている、何の目的で……何の為に……?
「リン……お前、自分が何をしたか分かっているのかよ?本気で言っているのか、リン!!」
「今度はあなたの番よ、ハイド……。」
俺は体を奮い立たせ、右腕に嵌めている腕輪に魔力を込める。
俺の体が炎に包まれようとしていると、目の前の妖精も俺と同じように炎に包まれていた。
しかし、俺の炎は真紅ように赤く染まっているにも関わらず、目の前の妖精を包む炎は黒く濁っていた。
そのあまりの禍々しさに俺は驚いていたが、それ以上に俺は目の前の妖精が自身と同じ神器使いだという事に驚いていた。
それも、自身と全く同じ炎の神器だという事に……。
「……リン!!貴様っっ!!!!」
「さあ、殺し合いを始めましょうハイド!」
許せなかった、信じていた存在に裏切られた事が……。
俺は、これまでにない程の怒り満ちて炎の剣を目の前の妖精に向けると、地を蹴った。
目の前の敵を倒す為に……俺は家族だった存在に斬り掛かった。
●
ハイド達の戦いが始まる数分前、遠く離れた離島にいるシファ達はハイド達のいる方向からの巨大な魔力の衝突とそれ等が消失した事を観測していた。
嫌な予感というものが、シファの脳裏に過ぎるが目の前にいる男の存在を無視する事が出来ず、彼女はその男に話し掛ける。
「あなたも感じたよね?さっきの魔力。」
「……確かにやけに巨大な魔力ですね……。恐らく先程まで、あなた方の誰かが妖精と交戦したんでしょう。やけに早く決着がついているという事は、妖精が勝った可能性の方が高いのでしょう……。」
シファの目の前にいるのは、ラグナロクの一人でありかつてサリアの英雄と言われたハイド・アルクスその人である。
彼の実力がわかっているのか、シファは彼に手を出さない。そして同じく彼もシファには手を出してはいなかった。
最初の会話以外はほぼ無言で時間は過ぎていき、20分余りが経過していた。
「何かおかしいと思わないの?少なくとも私は交戦はもっと長引くと予想していたのだけど。」
「私もですよ、それにやけに禍々しい魔力だと思っていたんですけど、ラウという人物はそういう類いの力を使うんですか?」
「いえ、彼は正常よ。禍々しい魔力を感じたのは私もだけど、私の知る限りではそんな魔力の持ち主この世界に存在しないはず。」
「となると、例の妖精族が……?あれ程禍々しい魔力を持つ物なんですか、プロメテウスというものは?」
「いえ、それもあり得ないわ。プロメテウスは聖火と呼ばれる程契約者に一切の魔力の穢れを許さない。穢れたとしても、それは自身の炎で浄化される……それがプロメテウスの力。」
「ですか、あの魔力は禍々し過ぎる。聖火どころか、悪の根源そのものに近いものですよ。」
「……、まさか契約者が堕ちたの……。」
「堕ちた?なんですか、それは?」
「………いや…でも、そんな事はあの時以来一度も……。」
「シファさん、一体堕ちたとは何なんです?」
「っ……、契約者が神器を我が物として取り込んだ状態の事だよ。そうなると、神器の力は元々の正常な力が使えなくなって色々と力に不具合が起こるようになる。」
「どういう事ですか?」
「端的に言うと、例えば風を使う神器だった場合、力が不安定になり本来無かった氷とか炎とかが混ざったりするようになるの……。でも、それくらいの不具合ならまだ良い例だよ……。」
「つまり最悪もあると?」
「うん、一番厄介なのは……。契約者自身の精神状態が著しく不安定で尚かつ負の感情に飲まれている事によって起こった場合……。怒りとか悲しみとかそういう類いの感情にね……。」
「その場合はどうなるんです?」
「簡単な話、契約者自身が崩壊していくんだよ……莫大な力を得る代償としてね……。前に一度だけ堕ちた人と戦った事がある……。」
「………。」
「昔の仲間だったんだけどね……その人は道を踏み外したんだ……。私と彼の二人で抑えていたんだけど、殺そうにも殺せなかった。結果は彼が殺したんだけど、その時の戦いはとても激しいものだった。」
「……元の実力と比べると、どの程度の?」
「その人は記憶型の神器だったけど、能力型とほぼ変わらない攻撃力があった。当時のラグナロクはその人ただ一人に全滅された程だもの。」
「つまり我々にとっても、堕ちた存在は脅威であると?」
「ラグナロクの本来の目的を果たすのならば、堕ちた存在の排除は何よりの優先事項のはずだよ。」
「なるほど……、あなたの言う通り先程からこちらに新たな命令が届きました。堕ちた存在は現在、先程の学院に向かっている。ラウ・クローリアは妖精と交戦しその後、倒されたようですね…。」
「そう……。」
「私はこれから妖精の排除に向かいます、シファさんも来ますか?」
「手の平を返されたけど、その方が懸命のようだね。分かった、私も学院に向かうわ……。」
「そう、言うと思いましたよ。」
●
巨大な炎の塊が衝突し、衝撃が学院に響き渡っていた。
「「っ!!」」
妖精と交戦しているハイドは、彼女とほぼ互角に渡りあっていた。
ぶつかり合う両者の剣、炎を纏った灼熱の剣が衝撃し金属音が鳴り響く……。
「遅いわね……。」
「っ!!」
ハイドの攻撃が読まれ、妖精が渾身の一振りをハイドに浴びせる。
しかし、辛うじてハイドが反応し剣でそれを受け止めるが勢いを殺し切れず吹き飛ばされた。
威力は凄まじく、紙くず同然に吹き飛ばされその体が学院の窓を突き破った。
ハイドが転がるように、建物内に入り込むと僅かに薄れた意識の目の前に見慣れた二人の人物のがいた。
「っ……何でこんなところに……、」
「シラフ!!」
彼の目の前に現れたのは、本来なら舞踏会の会場にいるはずのルーシャと、彼がその行方を探していたクレシアだった。
二人が彼の元に駆け寄るが、ハイドは二人に対して乱暴に言葉を投げ掛けた。
「来るな!!ここは危険だ、早く避難しろ!!俺が時間を稼いでいる間に、早く!!」
「っ……でもっ!!」
ルーシャが彼の言葉を否定し、抵抗するがハイドは近づく二人に必死に呼び掛ける。
「聞こえないのか!!今の俺に二人を守れる程の余裕なんて無い!!」
「っ……。」
「早く逃げろ!!ルーシャ、クレシア!!」
ハイドの激しい剣幕に僅かに怯む二人だが、彼の言葉を受け止め急いで彼のもとから去って行く。
しかし……。
「余裕があるのね、誰かと話せる程の余裕が?」
「っ!!」
ハイドに彼女の刃が迫ろうとする中、一閃の比較が妖精の目の前を通過する。
「ご無事で何よりです、シラフ様。」
「シンさん……。」
先程の妖精の攻撃から、シンはハイドを救出していた。
シンに背負われ、何とか攻撃を受けずに済むと彼は彼女から離れ剣を構え直す。
「シンさん、すみませんが話は後です。」
「既にラウ様から連絡は受けています。彼女の足止めにラウ様は失敗しました、学院の避難が完了するまでの僅かな時間稼ぎなりますが、シラフ様に協力します。」
「………。」
二人の様子に、目の前の妖精は特に興味を示す事なく彼に向け話し掛けた。
「雑魚が一人増えた程度で、私に勝てるとでも?」
「リン……。お前は、俺達が絶対に止めてやる!!」
そして、二人の反撃が始まった。




