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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 穢れし聖火の契約者
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戦う理由

帝歴403年11月24日 午後8時半


 オキデンスの北、セプテントの境界に位置する深い森の中で、ラウとシルビアは敵の襲撃に備えていた頃、襲撃を仕掛けようとしている彼女は彼の居る学院の方向を研究所の高台から眺めていた。


 「………。」


 「ここに、いたか……リーン・サイリス…。」


 声を掛けた人物の方向に彼女は視線を向ける。

 それは研究所の最高責任者である、アルクノヴァその人であった。


 「……マスター、まだ何か御用ですか?」


 「ただの見送りだ、特に意味は無い。」


 「そう……。」


 「調子はどうかね?」


 「特に異常はありません。今朝、マスターの確認している通りだと思いますが、」

 

 「確かにそうだな……。まあ、君が問題無いと言うのなら問題無いのだろう。」


 「……、マスター。一つ確認しておきたい事があります。」


 「何かね?」


 「今回の任務、想定外の事に関しては私個人の判断で対応しますが、気になる点がありました。」


 「ほう、気になる点か……。任務の内容、学院の構造や会場内の図面に関して何かおかしい点でもあったのか?」


 「ラウ・クローリア、そしてシファ・ラーニルの存在についてです。」


 「………。」


 「ラウの実力は恐らく私一人でも対処可能だと思いますが。彼女、シファ・ラーニルと遭遇した場合、撤退に務めろとはどういう事ですか?私の実力では彼女に勝てないと?」


 「その通りだ。奴は、本当の意味での化け物だからな……。早い話、その存在自体が規格外だ。彼女の実力は推定だけでも、君の10倍以上の力を持っている。戦えば必ず殺されると肝に命じるようにしろ。」


 「……そうですか、分かりました。」


 「あと、10分程か……。まだ聞きたい事があるかね?」


 「……、神器に関して、最大限の使用許可を申請します。」


 「……その程度のことなら別に構わん。開放者を相手にしようというんだ、どんな手を使ってでも彼を仕留めろ。多少の犠牲は問わないが、やり過ぎる事の無いように。」


 「了解しました、マスター。」


 「私は仕事に戻るので失礼する。任務の成功を祈っているよ。」


 「………。」


 アルクノヴァが去ると、彼女は再び学院の方向に視線を向ける。

 その時が来るのを、彼女は静かに待っていた…。

 


 そして、彼女の襲撃に備えているシルビア達はセプテントの方角、研究所のある方向を見据えていた。


 「シルビア、準備をしろ……。そろそろ、奴が来るはずだ……。」


 「はい、どうやらそのようですね……。私の観測範囲内で魔力の揺らぎを観測しました。この感覚、ハイドさんのものと酷似しています。」


 「何が似ているんだ?」  

   

 「炎の力……、魔力から熱量のようなものを僅かに感じたんです。恐らく、彼女は現在こちらを観察している……。恐らく、こちらの存在は既に漏れているでしょう。」


 「本当なのか?能力型の神器にそこまでの観測能力は無いと思っていたが…。」  

 

 「間違い無いはずです、先程から彼女はこちらを視ている。現在は、その戦力がどの程度なのかを測っている段階でしょう…。」


 「………どうして、そこまで分かる?」


 「私の神器、アイテールは観測型の神器の中でもより高い観測を可能にする事ができます。能力型程の火力はありませんが、相手を観測する能力には長けています。相手の思考を簡単な範囲内であれば、私の神器でも観測する事ができます。」


「それで、どうする?向こうには、こちらの居場所を突き止められている。もう、下手に身を隠す必要は無くなったようだが……。」

   

 「………、私達の任務は彼女を足止めする事です。シファさんがこちらに戻るまでの間、可能な限りの時間を稼がなければなりません。」


 「そうだな……。シルビア、迎撃体制に入れ。私が前衛で奴を抑える。後ろから、私の補助を頼む。」


 「はい。」


 二人が迎撃に備え始める。

 そしてその時が刻一刻と迫っていた。



 帝歴403年11月24日 午後8時40分

 その時は、やって来た。

 不穏な風、一つの突き刺さるような風がシルビアとラウを通り抜ける。

 異様なその風、そよ風に等しいそれが二人には一種の戦慄に達していた。


 「いつから、私を見ていたの?ラウ・クローリア、そしてもう一人はあなたの連れかしら?」


 「「っ!」」


 突然の声に二人は驚いた。

 声の先には、月夜に煌めく美しい羽を広げた一人の女性がこちらを見下していた。

  

 「あなた達の目的は何?私の邪魔をしようならば排除する、それだけよ。」


 「我々の目的は、君を彼の元へ向かわせない事だ。君が危険因子である事に変わりは無い。交戦をするつもりであるのなら、相応の対応をさせてもらう。」


 ラウがこちらを見下す妖精に、そう言うと


 「そう……。なら、あなた達には消えてもらうわ。私の目的を阻む者は誰であろうと排除するだけよ。」 


 妖精の魔力が上昇し、彼女の周りの空間が僅かに歪む。すると、妖精の目の前に一振りの剣が現れる。真っ赤に染まった刀身が特徴的であり、花を象ったかのような細身の剣。

 彼女が手に取ると、それを合図に両者の体が動き出した。


 戦闘開始から5分が経過していた。


 「っ……!」


 暗い森の中で繰り広げられているのは、高速で繰り広げられる死闘。

 シルビアは神器を使用し、様々な銃を錬成し続けながらラウの後方支援に努めていた。

 そして、ラウは妖精族の彼女を前線で抑える為に実力を既に半分を使用しながら手に持った漆黒の双剣で攻撃を防ぎつつ攻撃の手を加える。

 

 「対象を補足、権限レベルを4から6へ移行……。」


 ラウの腕に現れている赤く光る規則的模様が更に強く発光。

 それと同時にラウの動きが更に数段加速する。

 

 「っ…!」


 ラウの動きが明らかに変化した事に、彼と交戦している彼女に僅かな焦りが現れる。

 負けじと、彼女の動きが早くなっていくがそれでも目の前の男の加速に追いつけずにいた。

 そして……。


 「……っ!!」

 

 ついに、先程まで対等に交戦していた妖精族の彼女に致命的な傷が生まれる。

 シルビアの狙撃が彼女に命中したのだ。

 この時、彼女の左腕が突然肘から先が吹き飛ばされていま。

 先程まで対等、いや優勢ともいえた彼女に生まれたこの負傷は、更に彼女のその思考に焦りを誘発させる。

 

 「……邪魔をしないで!!」


 彼女が露わにした怒りの感情、彼女の魔力が更に上昇すると、その胸元にある赤い首飾りが煌めいた。

 先程まで彼女が持っていた細身の剣が融解し、新たに出現した身の丈ほどの真紅に染まる異型の剣。 右手でそれを手に取ったその瞬間、ラウの目の前から彼女の姿が忽然と消えた……。


 「っ……まさか!シルビア、逃げろ!!」


 一瞬で彼女が何をしようとしているのか判断したラウは自分の後方支援を行っているシルビアの元に急いで向かう。

 当の本人、シルビアは銃を扱う為接近戦はかなり厳しく距離を取りながら応戦を行っていた。

 しかし、シルビアが距離を取りつつ銃を放つもそれは彼女の持つ異型の剣によって阻まれる。

 神器を使用した事で彼女の攻撃の威力は数段上がりシルビアとの間合い徐々に詰めていく。

 高速で繰り広げる戦闘故に、ものの数秒でシルビアは間合いを詰められ、その刃が迫っていた。

 

 「っ!」

 

 シルビアが諦め掛けたその刹那、ラウが彼女の攻撃に割り込みその一撃をほんの一瞬だけを受け止める事に成功する。

 その瞬間、ラウは多少乱暴ながらにもシルビアの腕を掴み彼女の目の前から引き剥がし投げ飛ばした。

 彼女の攻撃はそのままラウの持っていた剣を断ち切るとその手に持っていた右腕ごと切断した。

 ラウの表情が僅かに歪む、かなりの苦痛がラウの神経に突き刺さったがそれを振り払い攻撃後の隙が生まれていた彼女の体を自分の魔力を圧縮し左手から放出。

 妖精族の体ごとを吹き飛ばす事に成功させて見せた。


 「右腕が損傷か……。魔力の残量は充分にあるか……となると、再生まで残り10秒程掛かる……。」

 

 「やってくれたわね……人間にしてはかなりの実力のようだけど……。」 


 そう言うと彼女は肘から先の消えた左腕を軽く振り払い容易く再生させて見せた。

 それに対し、ラウは多少の警戒を抱きつつも彼女の問に答えた。


 「……生憎だが、私は人間では無い。」


 「そう…。だとしても、私がこうも追い詰められたのは初めて…。あなた達の実力は、多少なりには把握していたけど魔力の総量だけで測れる強さだけでは無いみたい。さっきから、あなたは私の神器を視ている……いや、観測をしているのでしょう。あなたの体内にあるそのグリモワールを使ってね……。」


 「………。」


 「グリモワールについては、既にマスターから情報を得ているわ。対象を観測し、その力を自分の物にする。そして、一度受けた攻撃に対して耐性を得ていくモノだと……。」


 「貴様の目的は、グリモワールの回収か?」


 「いいえ、私の任務はシラフ・ラーニルを殺す事よ。そして、そのシラフという人物が私の探している人なのか、この目で確かめる事……。」


 「………。」

 

 「全力で来なさい、さもなくば今度は本気であの女を殺すわ。」


 「…………。」


 ラウは今現在、自分の置かれている状況に一種の恐怖を感じていた。そして、それは彼にとって初めて感じた感情であった。

 今の自分より、向こうの方が圧倒的に実力が上だという事。

 そして、敵対している相手は本気でこちらを仕留められると確信されている事。

 こうして会話を挟めているのも、向こうに余裕があるからだという事を理解していた。


 (向こうの実力はこちらより上か……。二人掛かりでようやく対等。そして、シルビアに接近戦は厳しい。また攻め込まれれば再び守れるとも限らない。奴の言葉に偽りは無い、今のシルビアを殺せるだけの力がある。そして、恐らくこの私も……。)  

 右腕の再生を確認しながら、ラウは高速で思考を巡らせ一つの結論を導き出した。

 しかし、それは一種の賭けであった。

 

 (時間稼ぎが出来ればいい。だが、これは賭けに等しい行為。下手をすれば、私の身の方が遥かに危険だ……。今後に控えるカオス等との戦いに対して厳しくなる恐れがある。)

  

 ラウは自分に問いかけていた。


 (私が戦う理由は何だ?何故、シルビアを守りながら戦っている?私の任務は応援が来るまでの時間稼ぎだ、彼女をわざわざ守る必要は無い……。)


 自分達が置かれている状況下で自らの取ったその行動にラウ自身は疑問を抱いていたのだ。

 自分にとって利点も無い。むしろ、自分を危険に晒してまで取った行動にラウ自らが納得がいかなかった。

 

 (戦う理由、それはカオス討伐を果たす為だ。それが私の全て、その為ならどんな犠牲も問わない。なのに何故、私は迷っているんだ。)


 「ラウさん伏せて!!」

 

 自分の後方から聞こえたその声に咄嗟に反応し、言葉通りラウは体を伏せた。

 自分の頭上を何か、巨大な魔力を持つ塊が通過し目の前に対峙していた妖精族の彼女目掛け向かっていく。

 一瞬の出来事に、妖精族は僅かに驚いたが彼女の発したその声に気付かれ、放たれた攻撃を左手で軽々と受け止められる。

 魔力の塊は、彼女の放つ魔力に相殺され何事も無かったかのように消えた。


 「あなたは邪魔……。だから、消えて。」


 そう彼女が告げた刹那、手に持っていたその異型の剣を持ち直し僅か一瞬で後方にいたシルビアの元に移動していた。

 異型の刃がシルビアに突きつけられ、僅かに首筋に触れたその刃の方から血が流れる。


 「っ!!」


 「さようなら……。」


 剣が振り払らわれる瞬間、凄まじい衝撃が響き渡った。

 彼女の持っていた剣を弾き、距離を取らせたのはラウであった。


 「……また、あなたのようね。」


 「……グリモワール起動。及び権限レベルを6から10へ移行を開始。能力制限の解除を申請、及び承認。対象、プロメテウス及び権限レベル5の妖精族と指定。」


 彼女の攻撃に割って入ったラウ。 

 しかし、彼女の言葉を聞かず何かに乗っ取られたかのように淡々と言葉を続けていた。

 

 「対象の敵対勢力と判定、戦闘状態へ移行する。」

 

 ラウの右腕部分が赤く光を放った。

 しかし、光を放つだけでは終わらない。

 放つ光が揺れ始め、形を織り始めたのだ……。

 彼の皮膚に浮き上がる赤い光は規則的な模様を浮かべながら全身に伸びていく、その光の中心は彼の心臓。

 そこを始めとして、赤い光は溢れていたのだった……。


 「ラウ…さん……、どうして……。」


 既に満身創痍のシルビアがラウの変貌振りに驚いていた。

 今のラウの姿は深層開放を遂げたハイドを思わせるかのような姿をしていたのだが、それとは明らかに異質なものだとシルビアは理解していた。

 彼の持っていた漆黒の双剣はその姿を変え、銃の機構を併せ持ったのか銃の持ち手には引き金らしきもの、その刀身には銃口らしきものが剣に現れていた。

 彼の魔力は先程とは比較にならない程上昇し、その目は赤く光っていた。


 「これより対象の殲滅を開始する。」


淡々と告げたその言葉を合図に、ラウは目の前の敵に斬り込んだ。

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