再開と災厄
帝歴403年11月24日 午後9時
「とりあえず、この辺りにしましょうか。」
舞踏会の会場から離れたシファ達は、学院から遥か遠く離れた無人島に訪れていた。
星の光が照らす世界で、シファは言葉を切り出した
「それで用件は何なの?」
「単純に、あの場から離れたかっただけですよ。身内に聞かれると面倒なのでね。」
「…………。」
「事情は把握しています。だから、あの場からあなたを遠ざけたんです。」
「あなた達の目的の邪魔になるからでしょう。」
「まあ、その通りですよ。あなたからしたら、一刻も早く彼の元に向かいたいのでしょう?」
「………。」
「だから、そうですね……。交換条件として、こちら側、ラグナロクの現在の目的についてお伝えしましょうか?」
「何の真似のつもり?」
「こちらとしてはあなたとの戦闘は控えたいんですよ……。あなたも同じ考えでしょう………。」
「そうだね……。私もあなたとの戦闘は避けたい。」
「では、利害の一致ということで話を続けましょう。現在の我々、いやラグナロクの目的は、解放者、シラフ・ラーニルを我々の仲間に引き込むことです。」
「彼を、ラグナロクに……?」
「カオスは現在、彼に深い感心を抱いている。彼をラグナロクに引き込むことで、何か新たな動きとしようとしています。」
「彼をどうするつもり?」
「そこまでは分かりません。カオスの真意までは、ラグナロクの一人となった今の私にも分かりませんから。」
「…………。」
「変わりましたね、以前のあなたとは比較にならない程充実しているご様子です。当時の私達が奮闘した甲斐がありましたよ。」
「そうだね、今こうして幸せに暮らせるのもあなたと王女の努力があったからだものね……。」
「…………。シファさん、私個人としてあなたの目的には賛同出来ません。何故かは、その理由をあなた自身が一番分かるはずです。」
「………。」
「私が騎士になろうとした一番の理由、それはあなたを救うことです。だから、私はラグナロクに入りました。あなたが、サリアで平和に過ごせる為に……。」
「バカだね……、私みたいな化け物の幸せの為に……。」
「あなたは化け物ではありません。幼い私や友人達を救ってくれたあなたが化け物のはずがありませんから。」
「………。」
「私は、世界の為にあなたの生存を望みます。それの何がいけないんです?あなたはもう十分過ぎる程に戦った、抗った……だからもうあなたが戦う必要は無いんです。」
「相変わらずだね、その優しさは……。その言葉を、王女に贈るべきだったと思うよ。王女の気持ちを知ってて、あなたはそれを振り切ったのに……。」
「そう言われても仕方ありませんね……。」
「王女、リースハイルの最後を知っている?あなたの死後、あなたと描いた理想の実現に向けて奮闘した。4年、あなたの死後から4年が過ぎた時その理想はとうとう実現した。でも、一人身を削り続けた彼女は実現を果たしたその年に命を落としたわ……。王女は数多の者から婚約を迫られたけど、その全てを断りその生を果たした。」
「………。」
「彼女は生涯、あなたただ一人を愛していたんだよ。騎士であり、彼女の一番の理解者であるあなたを………。」
「そうでしたか………。となると、今の王家は姉のシロナ様の子孫ですか……。」
「達観しているのね……。」
「今更悔いても意味がないでしょう。ですが、私の背負わせた重荷で王女を殺してしまったことはとても悲しいです……。」
「………。」
「ですが、意味はあったんだと思います。未来の為、リースの努力があって今の時代にもサリア王国が存在し、あなたが生きているんですから。」
「ハイド………。」
「あなたは以前、私に言いましたよね……。憎しみに捕らわれるなと、神器の力に呑まれるなと……。」
「………。」
「あなた自身が一番憎しみと力に呑まれている。ラグナロクに選ばれ、最初に驚いたのはその事です。あなたの過去、全て調べ得た結論そうでした。」
「そうかもしれないね……。」
「サリア王国に関わる理由、あなたが十剣という組織を造った理由……。知った時は驚きましたよ、誰よりも立派であったあなたの姿とはまるで対照的だったんですから……。」
「……。あなたがラグナロクで成そうとしている目的は一体何なの、ハイド?」
「あなた方を止める為です。サリア王国の未来の為に、あなたがこれ以上罪を背負わせない為に。あなた方、サリア王国に剣を向ける事になろうと、私は私のやり方でこの世界を……サリア王国を守ります。」
⚫
クレシアを探し続け、気付けばかなりの時間が過ぎていた。
現在の時刻は、午後8時半を回った辺りだ。
彼女の捜索から、既に1時間程……。
もしかしたら、既に彼女は帰宅しているのかもしれないと俺は思いはじめていた。
「シラフ、さっきから忙しいみたいだけど何かあった?」
声の方向を振り向くと、そこにはタキシード姿のテナがそこにいた。
その腰には剣を帯びており、警備の仕事をしているのだろう。
「テナか……。いや、ちょっと色々あって人を探しているんだよ。クレシア・ノワール、ルーシャの友人なんだけど、見かけてないか?」
「クレシアさんか……、私はその子の事あまり知らないからね……。そんなに顔を合わせた訳ではないから顔すらちゃんと覚えてないかな……。」
「そうか………。」
「その子と何かあったの?」
「ああ…。まあ……その、なんというか……。」
「もしかして、その子のことが好きなの?」
「いや、そういうんじゃないだけどさ……。その、なんというか……。」
「否定はしないんだ……。なんか、あながち間違いではない感じなの?」
「いや、その…違うんだよ。ええと、少し前に告白されたんだよ。彼女に……。」
「えっ…シラフが告白!?」
俺のその言葉に、テナはかなり驚いていた。
まあ、俺が告白されるなんてあり得ないと思っているんだろう。
「俺がされたんだよ……。その、クレシアにさ……。」
「そうなんだ……。」
「ああ……。」
「それで、その子になんて返事したの?」
「……。出来なかったんだよ、彼女の告白に対しての返答を。俺がしっかり出来ないからさ、向こうの好意を愚かにしてしまったんだ………。」
「シラフ……。」
「俺さ、どうも過去の記憶が曖昧なんだよ…。これまでの無理が影響している、あるいは俺自身に原因があるんだろうけどさ……。」
「どういう事?」
「そのままの意味だよ。俺には、どうも前に好きな人がいたようなんだけどさ……。俺自身はその人を覚えていない、いやその人が好きなのかすらわからないんだ。」
「っ……。」
「駄目だよな……、守ると誓った大切な存在を騎士である俺が泣かせてしまったんだからさ……。」
「どうするつもりなの、シラフ……。」
「時間が欲しいんだ、俺が彼女の気持ちに答えられるまでの時間が……。」
「彼女が、それまで待っていてくれると思っているの?」
「どうだろうな、もしかしたら答えられないままかもしれない……。でも、答えられるようにするつもりだよ、根拠は何も無いけどさ……。」
「そっか……。」
「だからさ、もしクレシアを見つけたら伝えて欲しい。俺は必ず、君に応えるって…。」
「わかった……、見かけたら伝えておくよ……。」
「そうか、それじゃあ俺は行くよ。もしかしたら、まだ会場内に居るかもしれないからさ。」
俺が去ろうとすると、テナが呼び止めた。
「シラフ。」
「何だよ、テナ。」
「シラフは今、どう思っているの……。彼女の事を、今のあなた自身はどう想っているの?」
「特別な存在だよ、クレシアは……。彼女は俺が守ると誓った人の一人でもあるからさ。」
俺はテナにそう答え、彼女の捜索を再開した。
●
帝歴403年11月24日 午後9時30分
気付けば学院の校舎内で彼女を探し続けていた。
校舎内は薄暗く、夜空の僅かな光が廊下の窓を通り校舎内を照らしている。
流石に居ないと思いつつも、俺は捜索を続けていた。
中庭が見えるところを過ぎていると、ある人影が目にはいった。
星の元に照らされるそれは幻想的とさえ感じた。
「確か……ここは、シルビア様と昼食を取った場所だよな……。こんな時間に、人が居るなんて……。」
見える人影から、性別は恐らく女性だろう……。
腰に届きそうな程の長い髪が特徴的で、俺の探している彼女では無い事はすぐに分かった。
舞踏会の参加者だろうか、ドレス姿の彼女の胸元には赤いひし形の大きな宝石がはめられた首飾りを身に着けていた。
距離が離れているにも関わらず、彼女の存在感は圧倒的だった……。
「赤い首飾り……。」
俺の探している彼女も赤い首飾りを身に着けいる。しかしそれは、俺が幼い頃に彼女に贈った代物遠くの人影が身に着けているものとは明らかに違うもの…。
しかし、何故だろう……心の何処かで何かがざわめいていた。
中庭にいる、存在が気になっていた俺はその人物の元に足を運んでいた。
一歩、また一歩近付く事に、ざわめきが起こる。
そして、人影の元に俺は立っていた。
「君は、そこで何をしているんだ?」
人影に月の光が当ると、その姿が鮮明に視界に入った。
オレンジ色の長い髪……、この世のものとは思えない程の畏怖を感じさせた……。
俺を見つめる、その人物の目は達観としており表情からは何も感情は存在していなかった。
女性はこちらを視ている……。
何故だろう、目の前にいる人物とは初対面のはずだ…なのに、どうして……。
「……、私はある人を探している…。」
「君は人を探しているのか?」
「ええ……。でも、探す手間が省けたわ」
「どういう意味だ?」
俺が答えると、目の前の女性は俺の方に近付き呟いた。
「私は、あなたを探していたの……シラフ。いいえ、ハイド……。」
「っ!!何故、俺の名前を知っているんだ。親しい人間にしか俺の本当の名を伝えていないはずだ。だが、君と会うのは初対面だ。何処でその名を知った。」
「……、そう…。やはり、この姿では分からないようね……。」
目の前の人物は、そう呟くと突然僅かな光を放った。すると、彼女の背から虹を思わせる色彩豊かな蝶の羽が広げられていた。
その羽を見て、脳裏に何かが過ぎ去った。
それは懐かしい何かであり、そして突き刺すような戦慄だった。
「……っ、妖精族…。いや、違う……まさか君は…」
過去の記憶に導かれ、俺は気付けば彼女の名を口にしていた…。
「リンなのか……。君は、本当に……あの時の……。」
その刹那、目の前の彼女が俺を抱き締めて来た。
彼女目には涙が流れ、その体は震えていた。
「ようやく会えたのね……ハイド……。」
●
二人が再開を果たしていたその頃、シルビアはラウと共に居た。
シルビアは多少の怪我は負っておるものの、ラウの体は重症を負っていたのだった。
「ラウさん!返事をして下さい!ラウさん!」
シルビアが必死に呼びかけるものの、彼からは一向に返事は無い。
ラウは現在、魔力のほとんどを使い果たし現在は彼の命を繋ぎ留めているのは、彼の持つグリモワールであった。
シルビアの必死の呼び掛けから、既に五分以上が経過した時彼の意識が戻る。
「っ……シルビア、どうやら無事みたいだな。」
「ラウさん……。」
「私は構わない、奴はどうした?」
「彼の元に向かいました。」
「すぐに、シファに応援を呼べ。奴を野放しにするのは危険だ。」
「ラウさん、しかし……。あなたを置いて行くのは……。」
「私の事は構うな。奴を放っておけば、護衛対象である彼が殺される。」
「っ……。」
「二人がかりでこの様だ…。早く行かなければ、手遅れになる……。私の心配は必要ない、シルビア。君なら、わかるはずだろう……。」
「……分かりました、ラウさん死なないでください……。」
シルビアは彼にそう告げると、ラウの元からか去って行った。
一人残されたラウは自分の体を見つめた。
腹部には穴が空き大量の出血が起こっていた、そして右腕は肘から先が無くなっており途切れた先端は炭化している。
左腕も右腕ほどでは無いが、かなりの重症と化していた。
左足は消失、右足も膝から下は切断され身動きは取れない。
自分の状態を確認したラウは、僅かなため息をつき怪我の再生までの時間を導き出した……。
「再生まで、最低でも1時間程は掛かるか……。治りきったとしても、戦闘は不可能か……。」
ラウは再びため息をつき、周りの光景を見た。
少し前までは森林帯であったこの一帯は草一つないです更地と化していた。
灰も残さずに消え去った森の光景に、ラウは今更ながらに後悔をしていた。
「シファの言うとおりか……。今の私ではアレに勝てそうに無い……。」
彼がそう呟くと、その意識は途切れた。




