時は刻々と
帝歴403年11月24日 午後零時
舞踏会最終日とあって、今日は盛大に行われるようだ。
俺は舞踏会の予定表を眺めながら、少し考えごとをしている。
「午後9時半から花火による盛大な閉会式か……。」
舞踏会最終日は、先日とは少し内容が変わっている。
昨日は来賓達を交えた社交会のようなものに近い。強いて言えば、一般人の参加は不可であり招待された者達しか参加出来ないのだ……。
しかし、今日行われる舞踏会は一般人の通常参加が認められる。無論、来賓達も来るが一般人に解放される事もあって昨日はかなり厳粛な場だった物が賑やかになるだろうと感じた。
(ルヴィラさんは何を伝えようとしたんだ……。俺達を狙う何者かが存在している、その人物の狙いは一体なんだ?狙われる可能性が高いのは、王女であるルーシャか……あるいはシルビア様か?シルビア様は自衛の力はあるが恐らく奴が護衛に当たっている。ルーシャも今回は、シンさんが護衛に当たっているから問題は無いだろう……。)
不可解な点が多い。彼女が残した手紙は曖昧な内容故に全容の把握が難しい……。
誰かに話そうにも、彼女の存在は既に消滅しているのだ。
現在、彼女の存在を認識出来ているのは俺と、そして彼女の手紙に残されているあの人なる人物だろう……。
存在の無い人物の話をしようとも、理解されないのがオチだ……。彼女の存在を認識出来ている自分だけでどうにかしないといけない。
誰が狙われて、あの人が一体何者なのか俺がこの目で確かめなければならない。
「シラフさん……。もう来ていたんですか?」
声の方向を振り返ると、ルーシャの妹であるシルビアがそこにいた。
学院の制服姿の彼女の手には華奢な体躯の彼女に対して一際大きな鞄がそこにあった。
「シルビア様、どうしてこんなに早く来ているんですか?舞踏会まではあと3時間程はありますよ?」
「私は今日着るドレスの準備と、姉様の手伝いに来ているんです。ですが、学院中探し回っても中々姉様と合流出来なくて……。」
「なるほど、ルーシャなら今第三会議室にいるはずだよ。少し前に連絡が来ていたから間違いないと思うが……。」
「そうでしたか……。あの、シラフさんはどうしてこんなに早くに?」
「学院中の見回りだよ。不審物とかが無いかを確かめる為に、色々と回っていたんだ……。」
「そうでしたか……。お疲れ様です……。」
「昨日は出来なかったからさ、今日くらいは入念にしないといけないだろう。」
「なるほど。」
「今のところは見つかってはいない。まあ、無いに越した事は無いんだけどさ。」
「そうですね。あの、昨日のヤマトの王女様とテナさんとの踊りはどうでしたか?」
「色々な意味で俺が振り回されたよ。シグレは上手すぎる、そしてテナは俺に任せっきりで緊張したよ、本当にさ……。」
「楽しめました?」
「まあ、それなりには楽しめたとは思いますよ……。」
「では、姉様の努力した甲斐があったようですね。」
「そうか……、ルーシャは今回の舞踏会の企画を運営していた側だったな。」
「はい、今回の舞踏会を姉様は待ち遠しくしていましたから。」
「そうなんですか?」
「はい。シラフさんへ日頃の感謝の為に、姉様はこの企画を最前線で指揮を取っていたんです。シラフさんは知っていると思っていましたが……まさか、知らなかったんですか?」
「いや、そんな事とは全く聞いた事が無いですよ。今回の舞踏会に関しても、少し前に突然誘われたって感じでしたから……。」
「……姉様は、あなたに王女として成長した事を見せる為に舞踏会の運営を務めていました。あなたが騎士として自分に尽くしてくれている、だから姉様は自分が王女として成長している姿を舞踏会を運営するという形で示していたんです。」
「………本当ですか?」
「はい。自分が立派に仕事をこなせる姿をあなたに見せる為にしていた事です。姉様に一番近い私だから分かるんです、生徒会に立候補した事、そして学院の様々な行事の中で最前線でこれまで努力していたんです。」
「…………。」
「シラフさん、今回の舞踏会を楽しんで下さい。これは、ルーシャ姉様からあなたに対する最大の感謝みたいな物でもあるんです……。」
「…………。」
「だから、今日の舞踏会は姉様にとって大変特別な物なんです……。シラフさんの思っている以上に姉様はこの日を大変楽しみにしていました。ですから、姉様からの感謝の気持ちをしっかり受け止めて今日の舞踏会に臨んで下さい……。」
「……分かりました。なら、今日の舞踏会は楽しまないといけないな……。それが、俺からルーシャに出来る最善だろうから。」
●
その頃、シルビアの護衛から離れて煎るラウは未来から来たもう一人のシルビアと端末を介し連絡をとっていた。
「昨日から以前として、向こうからの動きは無いのか?」
「はい。私の神器での索敵範囲内では何も反応はありません。恐らく、昨日には動く必要が無かったのでしょう。」
「となると、やはり今日に襲撃がある可能性が高いか。」
「はい、確実に今日来るはずです。」
「そうか……。」
「あの、ラウさん。向こうの狙いが何なのか、その点は分かったんですか?」
「一つの可能性には辿り着いた。向こうの狙いは、解放者の暗殺だという仮説にはな。」
「解放者……つまり、ハイドさんを殺す事が向こうの目的だと?」
「可能性としての判断だがな……。」
「そうでしたか……。」
「……。敵の狙いが奴だという事を仮定し、現在は舞踏会の間シンに監視を命令しているが……。」
「何か、物足りない何かがあるんですか?」
「シルビア、襲撃者の実力をどの程度知っている?君の知る限りの情報内での話でだ。」
「当時の私は直接交戦した訳ではありませんからね。ですが当時のラウさんが、襲撃者と交戦していたのは覚えていますよ。」
「その結果は?」
「敗北です。時間稼ぎにはなりましたが、それでも勝利には力不足というところです。」
「だが、撤退には追い込んだのか?」
「はい。現場近くには、ハイドさんも居りましたから……。襲撃者はハイドさんと何らかの会話を交わすなり、突然体調を悪くしたのか突然よろめき撤退しました。それが、私の覚えている事です。」
「つまり、向こうの実力は少なくとも今の私より上なのか?」
「はい。結果的にはそうなります。」
「了解した。シルビア、君は時間稼ぎを何処までなら耐えられる?」
「最大で30分程です。」
「30分程度か、こちらから全速力で向かうにして今の私では10分程は掛かる。連絡手段は無くとも、こちらのグリモワールで君の神器を観測出来ればそれですぐにでも迎えるが……。」
「はい……。ですが、問題があります。」
「私の魔力が保たない点の事だろう?戦闘を続行するだけの魔力が、向かったところで残っているのかという話だからな……。最悪、シトラの転送魔術で行けばいいが目立ち過ぎる故に奴に怪しまれる可能性がある。」
「では、シンさんに上手くあなたのいる場所から離れるよう指示を出せば?」
「それが最善だろう……。そろそろ、こちらも仕事に戻る。シファが応援に来るまでの時間稼ぎだが、無理は控えろ。」
「はい……。」
「この言葉の意味が分かっているか?」
「何の事ですか?」
「私が何も分からないとでも思っていたのか?シルビア、君の持っている例のアレの事を言っている。」
「分かっていたんですね……ラウさん。」
「当たり前だ、ソレに関しては私が一番に理解しているからな。」
「………。」
「とにかくだ、ソレの使用は控えろ。襲撃を観測次第私がすぐに応援に向かう、それまでの使用は神器のみでなるべく対処する事を肝に命じておくように。」
「心配症ですね………ラウさんは。今の私がそこまで子供に見えますか……。」
「私の現在の任務は、サリア王国第三王女であるシルビア・ラグド・サリアの護衛だからだ。」
「でしたら、この任務に私は外されています。それに、今の私はサリアの王女ではありません。なのに、ラウさんは私をこの私を任務に参加させているんですから。」
「君はシファにこの任務への参加を求めた…。そして、シファがそれを許可したんだ。それをわざわざ私が拒否する権利は無いだろう。今のシルビアの実力も認めている、だから参加を私自身も許可している。だが、この任務で君が命を落とす必要性は無い。」
「相変わらずですね、ラウさんは……。」
「どういう事だ?」
「不器用だなと、常々思いますよ。いつもそうやって本心を隠して回りくどい言い方をしているんですから……。」
「………。」
「大丈夫ですよ、私はこんなところで死にません。ラウさんが私を助けてくれると信じていますから。」
「……。」
「私は大丈夫です。この任務成功の為に、可能な限りの最善を尽くしてあなたに繋ぎます。私はラウさんを信じていますから。」
「そうか……。健闘を祈る。」
そしてラウとシルビアとの通話は途切れた。
●
更に時間は流れ、ラウ達の通話から3時間が過ぎていた。
舞踏会2日目の幕は上がり、オーケストラから鳴り響く盛大な音楽により舞踏会は更に盛り上がりを見せていた。
様々な思惑がこの舞踏会に巡っていた頃、アルクノヴァの指揮するセプテントの研究所内でサバンはアルクノヴァと対談をしていた。
「いよいよ、今日か……。今回の作戦、その成功で我々の今後に大きく関わる。」
「十剣の暗殺ですか……。いや、解放者の暗殺など前代未聞ですよ。」
「だろうな。だが、勝利は我々に分がある。向こうにグリモワールがあろうともアレに敵う存在は早々あり得ないからな。」
「それで、その例の彼女の様子は?」
「見れば分かる。」
アルクノヴァは端末を取り出し画面に映像を表示させる。
部屋の内部に取り付けた監視カメラの映像、その中には一人の女性が映し出されていた。
オレンジ色の長い髪、その背に生えている煌めく程の美しさを放つ蝶の羽が特徴的な姿だ。
女性は一人、椅子に腰掛け何かを待つかのように片足を椅子に乗せその時を待っている。
映像から見える様子では女性の表情等はよく分からないが、全く微動だにせずその時を待つ様子にサバンは僅かながらに身の危険を感じた。
女性がカメラの監視に気付いたのか、僅かに視線をカメラの方向に向ける。
しかし、僅かに視線を向けて確認するとすぐに視線を戻し再び微動だにしなくなった。
「随分と落ち着いていますね。」
「ああ。しかし、このような事は初めてだ。いつもは任務前まではベッドで寝ているというのに今回に限ってはこのような状況なんだからな。」
「いつからです?」
「1週間程前からだよ。食事には多少手は付けるがあまり進まない。体には特に異常は無いが、自分の時間が出来ると常にこの様子だ。」
「まるで別人みたいですね……。」
「別人では無い。が、そうとも感じられるようなのは確かだ。」
「何か、こうなった理由に心辺りは?」
「何も無いよ。1週間程前に何かがあったのか、一応は確かめたが特に何も分からず仕舞いだからな。」
「そうでしたか……。」
「だが任務にそう支障は無いだろう。戦闘訓練でも相変わらずの好成績、むしろ日が経つごとに上がっているくらいだ。」
「むしろ上がっている。おかしい話ですね……。」
二人の会話が続く中、一人別室でその時が来るのを待ち続ける存在。
彼女の思惑を何も知らないまま、時間だけは過ぎていく。
襲撃まで残り、6時間……。




