想いは、誰の為に
帝歴403年11月23日
「シラフ、早く支度を済ませて行きましょう。私に恥を晒すつもりですか?」
「分かっていますから、少し待って下さい。制服と違ってこの服装だと色々と手間が掛かるんですから。」
「護衛も無しに私一人で歩かせる訳に行かないでしょう?それに、私も支度をしなければならないんですから早くして欲しいものです。」
現在の時刻は午前7時、本来なら朝の鍛練を終えて朝食にしている時刻なのだが今日はいつもとは少し違う。
現在、俺の部屋のすぐ近くでヤマトの第二王女ことシグレがご機嫌斜めで待ち伏せている。
そして俺はというと、いつもの制服とは違ってタキシードを着込んでいるのだ。
制服と違って多少着崩すような真似は許されないので念入りにチェックをしていた。
「もう少しで出ますから、あと少し待って下さい。」
「分かりました、あと1分で支度を済ませなさい。」
「っ……分かりましたよ。」
多少文句を言いたくもなるが抑えて、さっさと着替えを済ませておく。
神器である赤み帯びた金属製の腕輪や、忘れ物等が無いかを確認し俺は部屋を出た。
「終わりました、それでは行きましょう。」
部屋を出た俺を、シグレは何かを探るかのように見ていた。
「ふーん、なるほど……。」
「何かおかしいですか?」
「いえ、意外とそのような服装も似合うと思ったので。」
「嫌味のつもりで言ってますよね?」
「さあ、どうでしょう?とにかく、さっさと行きましょう。遅刻など、決してあり得ませんから。」
●
11月に入ると俺とシグレは朝の登下校の際、共に行動している。
何か理由のある場合は連絡を取り例外として一人で歩かせる事もある。
両者の同意があればそれで納得が済む。本来であれば許されないが……。
今日に関しては、朝の六時頃には既に俺の元にシグレが来ていた。
それから朝の鍛練の変わりに踊りの練習、そして現在までに至る……。
「はあ……王女という事を自覚しているんですか?いきなり家臣の住居に連絡も無しに来るなんて……。流石におかしいと思いますよ。」
隣を歩く彼女に対して、俺は多少の愚痴を込めて彼女に話し掛けた。
「自覚しております。ですが、昨日の練習だけでは不十分だったから朝にもう一度練習をしておきたかっただけです。ついでに、家臣の生活環境の把握も出来たので。」
「そうですか……。」
「今日は、私とテナさんとの相手をするのですからしっかりとあなたが引っ張ってもらわなければ困ります。」
彼女の言葉はごもっともだが、俺はどうも腑に落ちないのでしぶしぶとそれに応じる
「善処はしますよ……。」
「明日は、サリアの王女と隣のクレシアさんの相手もするのですから。ソレを分かっているんですか?」
「分かっていると言われても。まあ、俺の本来の主はルーシャですし……。仕える者としての最善は尽くしますよ。」
「やはり、分かっていないんですね。」
「何が分かっていないんですか?」
「どこの家臣も、朴念仁だという事ですよ。」
そうシグレは呟くと、少し早足で先を急いでしまった。
「待てよ、シグレ……。」
彼女を見失う訳にもいかず、俺は彼女の後を追っていく。
いつものように、少し賑やかな朝だとつくづく思った。
●
現在俺は、舞踏会の会場となっている学院の大ホールへと来ていた。
時間は流れ既に昼過ぎ、既に舞踏会用のドレスへと着替えたシグレがこちらへとやって来ていたのだ。
「お待たせしましたね、シラフ。」
「…………。」
現れたシグレのドレス姿は、元の素材故かなりの異彩を放つ程に美しいと感じた。
青と黒を基調としたその姿に、思わず声も出ない。
「着替えたと言うのに、私への感想は何も無いのですか?」
俺が何も言わないので、シグレはこちらの顔をのぞき込み尋ねてくる。
「いや、そうじゃなくて……。似合っているよ、本当に……。」
「そう……。及第点の感想にも届いておりませんが受け取っておきます。」
「厳しい採点ですね……。」
「当たり前です。ですが、あなたの反応で今の私がどれ程の評価なのかは手に取るように分かりましたから。」
「どういう事です?」
「この姿の私に対して、周りはどのように見ているのかについての評価です。あなたの反応から、まあそれなりに着飾れているのだと判断出来ましたから。」
「そうですか……。」
「とにかく、本番までは時間がありますし少し歩きましょう。何もしない事が私の嫌いな事くらい、あなたは分かっているでしょう?」
そういうとシグレは俺の手を掴むと、会場内を歩き始めた。
「分かったから……。少しは落ち付いてくれよ、シグレ。」
どのような状況でも行動力は相変わらずのシグレに少し疲れそうになるが、何処か今のシグレからは楽しそうだと彼女の表情からそういう雰囲気を俺は感じた。
●
その頃、オキデンス北西部の森林帯にシルビアは訪れていた。
「確か……この辺りのはず……。細かい日付と時間がわからない以上、ここで待ち伏せていた方がいい。」
シルビアはシファに依頼された護衛任務の為、舞踏会を狙っている襲撃者を迎撃する為にこの森へ来ていた。
冷たい風が肌を通り、冷え込む……。
人通りも無く、ただ森を通る風とそこに住む動物達の声が僅かに聞こえるのみだった。
(あの人を私一人で抑えていられるのか分からない。先の連絡ても、奴等の襲撃も同時に行われる可能性があるとシファは言っていた。その場合、彼女では無くラウさんがこちらの援護に回る手筈……。)
シルビアは辺りを見通し、状況を確認する。
(幸いか不幸なのか、ここは森……。遮蔽物が多いから、身を隠す場所はいくらでもある長期戦に持ち込みやすい。だが、妖精族の彼女を森で迎え討つのは正直、博打とも言える……。森は本来、獣人族と妖精族の住み家だ……。妖精族は植物を操れる個体も存在していると、過去の文献で見た事がある、それを森で迎え討とうとするのは賭けだと言える。彼女が森を操れる個体かそうで無いかでこの任務の成功率は大きく変わる……。)
シルビアは自分の耳に付いている、耳飾りに手を触れた。
その耳飾りは、彼女の神器である天臨の耳飾りであるからだ。
(あの人をここで少しでも抑えて見せる。それが、ハイドさんの為になるのなら……。)
シルビアは手を胸に置き、その時が来るのをただ待ち続けた……。
この頃、学院では舞踏会が開式されていた。
ホールではオーケストラが曲を流し、盛大な幕開けを告げる。
それぞれの思惑が交錯した、舞踏会の幕が上がっていく……。




