長き宴の序曲
舞踏会、オキデンスで毎年11月の下旬に行われるこの行事は過去、貴族階級の者達の間で行われた交流行事として行われていた物が始まりである。
オキデンスでは、文化や国際交流行事の一環として300年以上前から毎年行われている。
しかし今回、例年とは全くの異質な物になることをこの時の参加者達は何も知る由は無かった。
ただ一人、事の全てを把握していた人物を除いて……。
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帝歴403年11月22日 深夜
オキデンスのある一角、闇夜に紛れて一人の人物が何かを呟いていた。
「以上が、今日までに至る彼の行動です。」
何者かは端末を手に取り誰かと通話をしていた。
端末の向こうからは、若い男の声が聞こえる。
「………了解…。とりあえず、報告はしばらく大丈夫だよ。彼の行動範囲の予測はある程度ついたからね……。それにしても、彼から神器の使用を観測されないのは驚いたよ……。」
「恐らく、彼の姉であるシファ・ラーニルが、彼に対し神器の不必要な使用を控えるように伝えているのでしょう。解放者となった以上、力の扱いは重要だと判断出来ますから。まして、能力型であるならば尚更だと。」
「確かに、彼女ならそう動くだろうね……。神器の力を使わなければ、こちらから観測は出来ない事を分かっているはずだし。」
「…………。」
「明日も可能な限りは彼の観察を続けるのはいいとして、問題は明後日かな……。」
「確か、プロメテウスが動く日でしたよね?」
「そうだね。あの異時間体程度なら問題ないにしろ、グリモワールの所持者に抑えられる可能性があるからね。」
「ラウ・クローリア。彼の実力は今のヘリオスの契約者より上だそうですが……。どうしますか?」
「まあ、グリモワール相手では流石のヘリオスでも勝てないのはある程度予測はつくからね……。まあ、あれはあれで結構自信作なんだけどさ……仕方ないか。でも……まだ契約者本人は完全な覚醒とは言えないからなぁ……伸び代はかなりあると思うんだよね……。新しくこちら引き込むとしては現在彼が一番の候補とも言える。どうやら、グリモワールの使用者とは敵対しているようだし……。」
「それで、グリモワールへの対策はどうしますか?長期戦になると想定した場合、すぐさまシファ・ラーニルの援軍により彼女は容易に討伐されてしまいますよ。」
「まあ、プロメテウスの方はそろそろ頃合いだから放っておいても問題ないはずだよ。まあ、問題は特異点であるシファか……。こっちから派遣するとしても捨て駒必須だからね……。」
「私が出ますか?」
「君が出るにはまだ早いよ、彼の観察任務は君に与えた命令だからね。ここで、君を失う方がこちらとして不利益だろうし……。そうなると、仕方ない……こちらから一人を派遣するよ。万が一、君と遭遇した場合は他人の振りをして欲しい。まあ、君と直接会うことは無いだろうけどね……。」
「了解しました。」
「とりあえず、こちら側からの加護があるとしてもだ……彼等には、決して疑いを持たれぬよう行動して欲しい。神器の使用はこれまでと同じく控えるように、まあ君がそんなヘマはしないだろうけどさ。明日からの二日間は楽しむといいよ、最愛の彼と楽しく共に過ごせる短い時間をね……。」
男との通話はそれで途切れた。
何者かは、通話を終えた自分の端末を服のポケットにしまうと、何者かは空を見上げる。
雲は晴れ、星が煌めく夜空を小さなため息をつきながら、それを見つめて……。
何者かの吐いた息は白く染まり、冬が近い事を知らせていた。
「最愛の彼か……。」
その者から不意にこぼれたその言葉は、何処か寂しさを感じさせていた。
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帝歴403年11月23日
朝は冷える、冬が近いのは分かるが肌に突き刺す程の寒さはベッドから出る事に抵抗を覚える程だ……。
朝の冷え込みで目を覚ました私はベッドの近くに置いている端末で時刻を確認。
「……5時丁度か……。起きるには……早いけど、暖炉の方に行った方がこっちよりは暖かいかな……。」
意識が薄れている体を奮い起こし、ベッドから体を出す。
やはり、かなり寒く起きるには多少辛い。
簡単に着替えを済ませると、私は応接室に向かった。
その部屋には暖炉が置いてあり、毎朝早くから屋敷に仕えている侍女が火を起こしてくれているからだ。
少し体が震えながらも応接室に入ると、暖炉の火は既に付いていたのか部屋自体が既に暖かくなっていた。
私がそれに安堵していると、ふと目に付く光景があった。
部屋にある暖炉、そのすぐ目の前に座り込み暖を取っている人物がいたのだ。
短い金髪が特徴的な女性、その人がは一人暖炉の目の前に座り込んでいる光景だった。
服装は恐らく、お母様のお下がりだろう多少古ぼけているように見えるが素材が立派な物のため古くとも気品を醸し出していた。
白いワンピース状の服、暖炉の目の前にいる女性と合わさる事により何処かその光景は絵になっていたのだ……。
ただ、ワンピースから出ている手足にふと視線が寄ってしまう。
女性の右手足、暖炉の炎に照り返し金属特有の光沢を放っていたのだから……。
すると、女性は私の気配に気付いたのかこちらを振り向く。
「クレシアさんでしたか、おはようございます。お早い起床ですね……。」
「おはよう御座います、シルビアさん。ちょっと寒かったので目が覚めちゃって……それでここに来たんです。」
「私と同じですね、良ければ隣に来ますか?」
私はそれに頷き、彼女の隣に座る。
暖炉の近くに来るだけで、体は温まっていくのを感じていると隣の彼女が話を切り出した。
「今日から舞踏会でしたね、クレシアさんは誰かと先約は取れましたか?」
「はい……。明日、ハイドと踊る約束をしました。でも、今日は予定が取れないらしくて……。」
「なるほど、あの人らしいですね……。」
「最近はシグレさんとの時間がかなり多くて、鍛錬も彼女としているらしいですから。」
「シグレさんの狙いとしては、ルーシャ姉様をからかって楽しんでいるんだと思いますよ。ルーシャ姉様と、シグレさんは仲が良くありませんから。」
「どうして仲が悪いんですかね……。」
「ルーシャ姉様とシグレさんが似ているからだと思います。今のルーシャ姉様の境遇と同じような状況にシグレさんもいますから。」
「同じような境遇ですか?」
「分かりやすく言えば、ルーシャ姉様とハイドさんとの関係性です。姉様と同じように、シグレさんも自分に仕えているその人に対して恋愛感情を抱いているという事です。」
「そうなんですか?私はてっきり、彼の事が好きなのだろうと」
「シグレさんなりの、からかい方なんだと思います。自分と似たような存在だからこそそういう接し方をしてしまうんだと思いますから……。」
「それじゃあ、舞踏会で踊る約束をした理由は?」
「確か……、自分の想い人である彼に対してハイドさんというライバルの存在を浮き上がらせることで、彼が自分に対して積極的に動くよう誘導する算段だったはずです。二の次に、異文化の交流という目的の為だと私は聞いています。」
「あの、シグレさんの好きな人とはどのような人物なんですか?」
「初対面の印象としては、生真面目な印象でしたね。王女への忠誠心も高く文武両道の方でしたが、何というかハイドさんよりも自分に自信が無い方でしたね……。シグレさんからはかなりアプローチを促してもあの人は一向に振り向く気配が無いというか……。」
「つまり、どのような方で?」
「基本的には理想の家臣ですが、その……生真面目過ぎて……、恋愛等にはかなり疎い方という事です。」
「なるほど……シグレさんも苦労しているんですね……。」
「そのようでしたね……。だからこそ、ハイドさんと姉様との関係性が羨ましかったそうです、主従関係以上の信頼関係を持っていた事に。」
「確かにそうかもしれません、ルーシャとハイドとの信頼関係は私も羨ましいって感じますから……。あの二人の信頼があるらこそ、彼は騎士であり続ければ彼女は王女として立って居られるんだと思います。二人とも一人で背負う癖がありますから……似たもの同士なのかもしれません。」
「似たもの同士ですか……。」
何か懐かしそうに、隣の彼女はそう呟いていた。
何か、意味ありげなその呟きが私は気になり彼女に問い掛けた。
「シルビアさん……?」
「……どうかしましたか?」
「いえ……その……。」
「さっきの反応についてですか?」
「はい……。」
「懐かしく思っていただけです……。今の私にとって、あの二人の姿はもう過去の事ですから……。だから、ですかね…………。そういう二人の話を聞いていると、学院時代の事を思い出してしまうんです……。」
「学院時代……。あの……今のシルビアさんは一体幾つなんですか?少なくとも、こっちのシルビアさんよりは大人なのは確かですけど……。」
「そうですね……こっちの私は現在のハイドさんの2個下ですから14歳のはずです。私は……そうですね……あっちでの今年で確か、23ですね……。」
「っ……。」
「驚きました?意外に子供みたいに見えますよね……。」
「そんな事は決してあり得ませんよ。」
「それじゃあ、少し老けて見えますか?」
「そういう意味では……。」
私があたふたと反応をしているのを隣の彼女は笑っていた。
そしてふと言葉を続けた。
「私、実は学院をちゃんと卒業していないんです。学院卒業を目前にして、私はあの戦いに身を投じました……。」
「あの戦い?」
「戦争です。大きな戦争の為に、当時神器使いの見習いだった私は当時のハイドさんに無理
を押し入って無理矢理付いて行ったんです。私はその時、ルーシャ姉様と彼を絶対に死なせないと約束をしましたから。」
「……。」
「でも、その戦争に私達は敗北しました。世界中が負けて、母国サリアも敵の襲撃を受けました。世界中の数少ない神器使い、それらは次第に疲弊をしていきました。そしてある時、とうとう私の魔力が底を尽いてしまったんです……。」
淡々と彼女はそう言葉を紡いでいた。
過去の話を淡々と続け、彼女は金属質の自分の右手足をこちらに見せた。
「私が追い詰められ、敵の矛先が私に向けられれば結果はこの通りです。死を覚悟しました……でも私はこうして生きているんです……。」
「…………。」
「私を救ってくれたのは、姉様と死なせないと誓った彼その人だったんです。」
灰色の金属と化しているその右手を暖炉にかざし、彼女は更に言葉を続けた。
「あの時の私には、この腕すら伸ばせなかった。彼が己の命全てを投げ打って、私の為だけに繋いでくれた命でもあるんです。重傷を負った私は、失った手足はこの通り何とかなりました………。でも、彼だけは私達の元に二度と現れる事はありませんでした……。」
「シルビアさん……。」
「今でも思うんです、私が居なければあの人は死なずに済んでいたのではと……。思うんです、私が姉様の妹で無ければ、サリアの王女で無ければ、彼に会わなければ死なずに済んだのではないかと……。」
「…………。」
「私が生きてしまった事に、私だけが生かされ託された事が辛いんです。今の私にとっての、姉様や彼はもうこの世には存在していないんですから……。」
「……はい……。」
彼女の言葉はとても深く突き刺さる物だった……。
歩んできた道筋が余りにも辛く感じる、直接その光景を見ていない私にさえ重くのし掛かかるのだから……。
「今の生活にも満足しています、前よりはかなり落ち着きを取り戻しましたし……。何より、一人では無い事が唯一の救いとも言えますから……。」
「そうですか……。」
私がそう応じると、彼女は体を伸ばし部屋の時計を見る。
私が起きてから既に30分以上が過ぎており、外もかなり明るくなっていた。
「そろそろ朝の支度をしなければなりませんね……。」
「はい……。」
彼女が立ち上がり、私もそれに応じて立ち上がる。
「お薬取って来ますね……。」
「お願いします、シルビアさん。」
他愛ない朝の会話、その中での少ない彼女とのやり取り。
私とはかけ離れた世界を生きてきた彼女の言葉を、私だけでも受け止めたい。
それが、私になりに出来る唯一の彼女への救いになるのなら……。




