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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 穢れし聖火の契約者
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近しい者、故に

帝歴403年11月19日

 

 その日の昼休み、ルーシャとシンは学食で昼食を取っていたがやたらと囲まれている男子生徒にルーシャの視線が向いた。

 「あそこに囲まれている男子生徒……もしかして……。」

 「お知り合いですか、ルーシャ様?」

 「うん……。そもそも男子では無いんだけどね……。前に言ったでしょう、私と彼のもう一人の幼なじみの話。」

 「はい、確かテナ・アークスという方ですよね。」

 「そのテナが、多分……今囲まれている男子生徒だと思う……。」

 「本当ですか?確かに、男子生徒にしては僅かに華奢にも見えますが……制服はラウ様と同じ男子生徒の物ですよ……。」

 「あの子、昔からそういう服が嫌いで何かと避けているのよ。だから多分…特別に用意して貰っているんだと思う。」

 「なるほど、それでしたか。」

 「サリアでもそうだけど、昔から女の子にモテてるんだよね……。中性的なあの容姿もあるし、背も高いから周りの人から憧れみたいなそうゆう対象でね……。生まれもサリアでも最強と言われる騎士団ヴァルキュリアの副団長の実の娘、武芸にも秀でていて剣術もシラフと同じくらいだったから。」

 「シラフ様と同じ実力を、彼女が?」

 「うん。意外とテナは負けず嫌いだから、シラフとよく稽古で勝負をしてシラフの特訓にも付き合っていたの。私はそれを呆れながらも見学してたから。」

 「シラフ様の特訓とは?」

 「シファ様の作った、大人も泣くほどの訓練。ヴァルキュリアはシファ様が担当で見ている騎士団だからね、師範として彼女が騎士団を鍛えているの。年の9ヶ月はこの師範の仕事がシファ様の主な仕事だったはずだし。」

 「つまりシファ様がお強いのは、ルーシャ様もご存知で?」

 「当たり前だよ、確かシファ様に一本当てるまで訓練とかいう内容の時に最後まで残ったのはシラフとテナの二人だけだったから。二人が必死な時に、騎士団の人達は地べたに伏せていたから。子供二人に大の大人が負けて、でもテナとシラフだけは最後まで諦めずにいた。」

 「……。」

 「シファ様は本当に強くて、優しい人だよ。シラフとテナが最後まで諦めないから、見かねてわざと一本を受けたりした。でも、わざとらしいのが二人にバレて怒られていたり。」

 「二人が負けず嫌いでしたか…。」

 「そういう事、でもさ互いに実力は認めているみたいで信頼もしている。シラフが十剣として私を守ってくれているとしたら、テナは騎士団の一人として私を守ってくれてさ……。なんか二人のそういう関係を羨ましいとも思うんだ……。」

 「……。」

 「互いに実力を認めて、そして同じ目標の為に二人で高め合える関係に……。」

 「そうでしたか……。」

 「でも、シラフったらテナが女性だというのを知ったのは、ほんの2年前からだったんだよね。」

 「なぜ、2年前に知る事が出来たんてす?」 

 「2年前、私が帰省した時にお祝いのパーティーが開かれたんだ。私は別にいいって断ったんだけど、お父様はもう準備を進めててね……。仕方なく、そのパーティーに参加したの。そのパーティーには、シラフやテナも呼ばれてね……。その時だったんだ、まあ私も当時はかなり驚いたんだけどね……。」  

 「何があったのです?」

 「普段は鎧とか騎士団の制服しか着ないテナが、珍しくドレス姿でいたんだよ。だから最初はシラフと私も分からなかったんだ、当の本人から言われるまで分からなかったくらいだし。」

 「それ程の姿でしたか?」

 「うん。シファ様も呼ばれてドレス姿で美しかったけど、それに劣らずのね……。私達と同年代のくせに、大人以上の魅力があったからさ。シラフも珍しく照れて……テナだと知った時の驚きようは凄かったし。」

 「………。」

 「羨ましかったな、あの頃からシラフの事が好きだったんだけどテナ方が当時の私よりも魅力的で、私なんかよりもテナ方が振り向いて……。だからさ、絶対振り向かせようって決めたんだ……王女としてではなく、一人の女性として彼を振り向かせてやるんだって……。」

 


 その日の放課後、ハイドはシグレとの鍛錬をこなしていたが……。


 「っ!!」

 

 ハイドの剣が容易く弾かれると、シグレに間合いを詰められ首筋に剣を突き付けられる。


 「流石だよ。やはり、シグレは強いな……。」

 「…………。」

 

 シグレはハイドの言葉に対して何も答えない。

 

 「シグレ?」


 ハイドが再びシグレに声を掛けると、


 「今日のあなたは弱すぎます……。太刀筋も鈍い、そして迷いがある……いつものあなたとは別人とさえ感じます。体調管理でも怠りましたか?」

 「いや、そんな事は無いよ。以前、シグレに言われた時から気を付けてはいるし。」

 「嘘ですね。あなたは何かに悩んでいる……あの電話の時から……。」

 「…………。」

 「ルヴィラさんという方を、あなたは私に聞きましたよね……。私はその方に対して全く身に覚えがありません……。ですが……あなたは何かを知っていました……。」

 「それは……。」

 「私には言えぬ事ですか、ハイド?」

 「…………。」

 「クレシアさんも、あなたと同じように以前不可解な行動を取っていました。恐らく何かしら関係があるのでしょう……。」

 「クレシアが……。」

 「その内容は、私には話せない事ですか?」 


 シグレがハイドに問い掛けると、ハイドは彼女の問いにゆっくりと答えた。


 「言ったところで信じては貰えない事です……。だから、あなたに言わずにいました……。」

 「それでもです、私には話せない事ですか?」

 「………。」

 「相談くらいは聞きますと以前私は言いました。家臣が苦しんでいる時に耳を傾ける事も主の役目だと……。私は言いました、主に心配を掛ける家臣ほど嫌なものは無いと……。」

 「…………。」

 「分かっていると思っていましたが……あなたは何も分かっていない。一人で全てを背負って、それが周りの人間に心配を掛けている事をどうして分からないのですか!」

 「俺は……ただ……。」

 「あなたはこう言いたいのでしょう。主に心配を掛ける訳にはいかない、だから一人でなんとかしようと……。それが、大切なものを傷つけずに済む一番の方法だとあなたは思っている……いやそうであるとあなたは思い込んでいる。」

 「………。」

 「どうして私を頼らないのです。私の力では足りないという事ですか!私が王女であるから……仕えている人であるから巻き込みたくは無いと、それだけで私を除け者扱いをしているのですか!!」

 「それは……、」

 「あなたとは主従の関係ではなく一人の友だと剣を共に競える対等な相手だと思っていた……。私はそうなれたと思っていた……なのに、なのに……あなたは……!」

  

 そして、シグレはハイドの胸ぐらを掴むと全力で叫びながら彼に言い放った。

 

 「あなたのやり方は正しい!!だが、人としては間違っている!!人とは個では何を成す事も出来ない!!だから、人は誰かを頼り多くの力を借りて事を成してきた!!それをあなたは一人で出来るなど思いあがっている!!あなたのそのようなやり方では……あなたはいずれ死んでしまいますよ!!それが最も主を悲しませる最悪の事だとどうして騎士であるあなたが何も分かってはいないのですか!!」

 

 シグレは怒りを露わにしハイドを問い詰める。しかしその目は僅かに涙ぐんでおり悲しみの感情が溢れていた。

 シグレの言葉に対して、ハイドは静かにシグレの問いに答えた。


 「………以前、ルーシャにもあなたと同じような事を言われましたよ。一人で全てを背負う事は間違っていると……。」


 ハイドの胸ぐらを掴んでいるシグレの右手が僅かに震える。

 自分の言葉と同じ事をサリアの王女が言っていた事に僅かに驚きを感じていた。


 「っ……。」


 そして、ハイドは彼女の様子を気にせず自分の言葉を続けた。


 「分かっているつもりです……。でも、仕方ないじゃないですか。大切な存在を守るには、結局は一人でどうにかするしかないんです……。誰かを頼って、その誰かが傷付いてしまう事が俺はもっと耐え難い事ですから……。」

 

 ハイドの言葉にシグレの体が僅かに震える。ついさっきまで遥かに自分が優位な状況が彼のその言葉一つで瓦解した瞬間だった……。


 「………。」


 シグレは何も答えられなかった。彼のこれまでのやり方に腹を立てていた自分に対し逆に苛立ちを覚えたのだから。

 

 「俺は大切な存在が幸せでいてくれるのなら、俺は主に嫌われようと恨まれようと構いませんよ。主を想うのであれば、主の幸せを第一に家臣が望みますから…………。」


 ハイドの言葉にシグレの手の力が完全に抜ける。彼の言葉に嘘偽りは決して無かった事にシグレは自分の感情を何処に置けばいいのか分からなくなっていた。

 しかし、シグレは自分の意思が完全に揺れ動く前に彼に問い掛ける。

  

 「っ、あなたは……何故、私やサリアの王女の言葉を分かってはくれないのですか……?」


 少し間を開け、彼女の問いにハイドは答えた。

 

 「…分かっていますよ。でも……だからこそ俺は、俺にそう言ってくれた大切な存在を失わせないと決めたんです。俺の仕えるべきたった一人の主を俺は必ず守り抜くと決めたんですから……。」

 

 ハイドのその言葉にシグレはどう答えればいいのか分からなかった。

 彼の言葉から伝わった、あまりにも真っ直ぐな忠誠心と優しさにシグレは何を言えばいいのか分からなくなっていた。

 彼のやり方は確かに間違いだと、シグレは今も思っている。

 しかし、彼はその言葉を自分以上に理解した上でその結論を伝えたのだ……。

 自分の考えは確かに正しい……これはシグレも譲れなかった。

 しかし、彼のその言葉も一つの正しさなのだとシグレは理解していた……。 

 

 「………。」


 それから何も言うこと無く、シグレの手がハイドの胸ぐらから離れた。

 そして、その目には涙が流れていた……。

 シグレ自身でも分からない感情の涙だが、何故かその涙は止むことは無かった。

 

 「シグレ……?」

 

 ハイドが彼女の異様なその様子を気に掛け声を掛ける。

 その言葉をシグレは最も受けたくは無かった……だが、その言葉に何故か安堵する自分もいる……それにシグレ自身は苛立ちを覚える。

 

 「何で……何であなたは……そんなに優しいんですか……。あなたのやり方をこれだけ否定した私にさえ……どうしてですか…………。」


 涙ながらにシグレはハイドに問い掛けると、ハイドはその問いに答えた。

 

 「あなたが否定したのは自分意外の人の為にでしょう。俺のやり方が間違っている、だからそれを正そうと訴えたあなたの考えが間違っているはずはありません。あなたの正しさも、俺は認めていますから……。」 

 「………なるほど、それがあなたという人間でしたか……。あなたの主が羨ましいですよ、これだけの忠誠心を持つ家臣は数えるほどしかいないでしょうに……。」

 「…………。」


 「………我が国に来る気はありませんか?」


 「それは出来ません。俺は、ルーシャ・ラグド・サリアただ一人に仕える騎士ですから。」


 「……あなたらしい答えです。」


 その言葉を告げたシグレは、涙ながらにも笑顔を浮かべていた。

 

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