残されたモノ
帝歴403年11月17日 深夜
その日、ハイドは日が明けるまでルヴィラの捜索を行った。
彼女の捜索は困難を極め、手掛かりは残された置き手紙のみ……。
そして不可解な事が、幾つもあった……。
始めに気付いたのは、彼の端末の電話帳からルヴィラの名前が消えていた事である。
そして、彼女とのやり取りを記録したところが全て無登録という表記に変わっていた事であった。
更に、不可解な事として彼女に関する記録の全てが学院から消えてしまっていた事が捜索開始から2時間を過ぎた頃に明らかになった。
端末を介して、彼女に関してのものを検索に掛ける。一般生徒の情報ならともかく天才として学院でも有名人の彼女なら検索に引っ掛かるだろうとハイドは推測していた。
しかし、結果は何も検索に出る事は無かった。
手掛かりが少ない中、ハイドは彼女の捜索に助力を乞うべく姉であるシファに連絡をした。
そして、事の次第をハイドが伝えると予想外の返答が返って来た。
「ルヴィラ・フリクさん?誰なの、その人?シラフのいる寮は確かシラフ一人だけが入居者だったはずだよね……?ヤマトの王女の護衛を務めるには、そこが最適だったから……。シラフ………私に黙って誰かと一緒に住んでいたの?」
「っ……。そうじゃないよ……。ごめん、夜遅くに……。それじゃあ、おやすみ姉さん……。」
ハイドは通話を切り、電話を掛け直した。相手は、自分に次いでルヴィラと関わっていた人物である、シグレだった。
だが、彼女から返って来た言葉は……
「ルヴィラさんが……突然消えた?誰なの……その人?私の知っている人なんだよね、シラフ?」
「何も覚えていないのか、シグレ?」
「覚えているも何も、私はそんな女性と話した覚えは無いはずだよ……。鍛錬の時だって、大抵私とあなたの二人だったし……。」
「…………本気で言っているのか、シグレ。」
「本気も何も……。シラフ、急にどうしたの……。」
「……分かった。答えてくれてありがとう、シグレ。」
「うん……。また明日ね……よく分からないけど、疲れているのならしっかり体を休める事も鍛錬のひとつだから……。」
「はい……。」
通話を切ると、ハイドは体の力が抜けその場に膝から崩れる。
「なんでだよ……。どうして、ルヴィラさんに関する全てが消えているんだ!」
彼の叫びが深夜の住宅街に響く……。
それでも、彼は諦める事をせず再び彼女の捜索に取り掛かった。
だが、何も手掛かりすら見つからず、気付けば日が昇り始めていた……。
●
帝歴403年11月18日 早朝
その頃、ハイドは放課後よく鍛錬の為に利用する公園にいた。
端末で時刻を確認すると、既に5時を指しておりハイドはため息をついた。
「手掛かり無しか……。どうして、忘れてしまったんだよ……姉さんはともかく、シグレまで……どうしてだよ……。」
そしてハイドの脳裏にルヴィラが言っていた言葉が浮かび上がる
「………。1時間、少し自室に籠もるわ……。その後、1時間を過ぎて私が戻らない時は私を呼びに来てもらえる?」
ハイドは彼女が何故そのような事を言ったのかを考える。
(自室に籠もる時点で、こうなる事を分かっていたのか……?だが、どうして俺だけがルヴィラさんの事を覚えている?おかしいのはそれだけじゃない、ルヴィラさんのいた部屋から彼女に関する物は全て消えていた。そして残っていたのは、例の手紙のみ……。)
ハイドは家を出る前に、彼女の残した手紙をポケットに入れていた事を思い出しそれを取り出す。少し乱暴に入れたからか、僅かに手紙は折れ曲がっていたがハイドは手紙の内容を確認する。
手紙の内容は、たった数行のみだった。
私はあなた達とは違う存在、ある人によって造られた者。
私を造ったある人は、近い内にあなた達に害を与える。
そして恐らく私は、あの人に掛けられた魔術によって殺される。
あの人は、危険な存在。私の力では何も出来なかった。
あの人を救える唯一の可能性として、これをあなたに残す。
あの人は……。
そこで手紙は途切れていた。最後の文字以降、何かを書こうとした痕跡が手紙には残っていた。
(造られた者……ラウやシンと同じ……。いや、あの二人帝国の科学者であったノエルという人物によって造られた存在。恐らく、ルヴィラさんの言いたい事とは別なのだろう……。あの人……確かそんな言い方をしていた人物がいたよな……。)
ハイドは記憶を辿り、思い出そうとする……。
(あの人……確か以前そんな人の事を話して……。)
「……10年前の火災で、あの人は自分の両親と弟さんを亡くしてしまったから。」
(あの人は……10年前に自分の両親と兄弟を亡くした……。10年前に……火災で両親と弟を失って……。10年前に……火災で……。自分との共通点がある人物だと伝えたかったのか……あるいは……俺の屋敷に仕えていた従者の遺族の可能性が高いかもしれない……。そうなると、狙いは俺自身……もしくは俺に深く関わっている人物を狙っている可能性が高いか……。)
ハイドは手紙に再び目を向け内容を確認する。
(近い内にあなた達に害を与える。つまりそれは、俺達に関係する人物である事を伝えたかったのか?それに、ルヴィラさんはあの人なる人物と面識がある事は確かだ……。だが、その人物の事を手紙に詳しく記述する事は無かった……。何かしらの理由があった可能性が高い……それが恐らく今回の失踪と関係がある……。)
一人公園でぶつぶつと考察を巡らしていると、朝早く鍛錬に来ていたシグレの姿がハイドの視界に入った。
「おはよう、ハイド。えっと……、どうしてそんなに疲れているの?それに、随分と険しい表情をしていたようだし」
「おはよう、シグレ。いや、俺は別に疲れていないよ。」
「そう。昨日の電話と何か関係があるの?」
「いや、そんな事は無いけどさ……。」
「……ならいいけど。早く制服に着替えたら、私は近いからいいけど、あなたが遅刻をすると私も風評被害を受けるかもしれないでしょう。」
「分かった、すぐに着替えに戻る。」
ハイドはシグレにそう告げると、腰掛けていたベンチから立ち上がり公園を後にした。
(やっぱり、シグレは覚えていないようだ……。原因を早く突き止めないといけない事は確かだが、俺は学生だ。学業をある程度優先、そしてルヴィラさんの捜索を続ける。)
急ぎ足で寮に戻り、着替えをすぐに済ませると簡単な朝食を作りそれを食べる。
「………戻るかもしれないよな……。」
ハイドはテーブルの上に余分に多く作った朝食を置く。
「よし、行くか……。」
ハイドは頭を切り替えると、寮を出て行った。
●
その日の昼休み、ハイドはルヴィラに関する手掛かりを少しでも見つける為に授業終了後すぐに教室を出て行った。
彼の不審な行動に、彼の隣に座っているクレシアはハイドの様子に心配していた。
すると、同じクラスにいるシグレが彼女に話し掛けてくる。
「ハイドは、どこに向かったの?」
「シグレさん。ええと、私もよく分からないんです。授業が終わったら、何も言わずに何かを焦っているのか怖いくらい険しい感じで行ってしまったので。」
「そうですか……。」
「シグレさんは、何か知らないんですか?」
「私もよく知らないのよ。昨夜、ルヴィラさんという方が失踪したと電話で伝えて来たのは覚えている。でも、私はルヴィラさんという方に覚えが無くて。」
「ルヴィラさん?その方が突然居なくなったんですか……。」
「そのようね、恐らく彼はそのルヴィラさんという方を探しに向かったかもしれない。彼は、私が彼女を知らない事を驚いていたようだけど……。」
「知らない事を驚いて……。この感じ……確か……。」
「何か、心辺りでも?」
「近いかもしれません、少し電話をしたいので離れますねシグレさん……。」
クレシアは席を立ち、そして教室を出て行った。
(ルヴィラ……。妙な既視感を感じる……一種の危機感にも近いようなこの感じは一体……。)
シグレの思考に女性の面影が過ぎった。赤い髪の、おぼろげな人物。
その違和感をシグレは振り払い、自分の席へと戻って行った。
●
教室を出たクレシアは端末を手に取り、ある人物に電話を掛けた。
そして、その人物はすぐに応答を返した。
「どうかしましたか、クレシアさん?自宅に忘れ物でも?」
「そうじゃありません。えっと、お聞きしたい事があって……。」
「はい、私で良かったらお答えしますよ。」
「えっと、未来から来たハイドさんの事です。あの人は確か神器の契約の代償で私に関する記憶を失ったんでしたよね?」
「……はい。私はそう推測しておりますが何かあったんですか?」
「その、聞きたいのは記憶を消す方法として神器以外の方法だとどのような例があったのか教えてほしいんです。」
「記憶を消す方法……ですか……。」
「はい。その私の知り合いの方が、自分が知らない事がおかしいというような素振りを相手にされてしまったようで……。」
「なるほど……そういう事でしたら。可能性としては、単にその相手の思い違いだった。あるいは……」
「あるいは……一体何ですか?」
「あの、クレシアさんの言っている二人のお方はシグレさんとハイドさんですよね?」
「っ……。」
「やはり、そうですか……。」
「何か知っているんですか?」
「ええ……。一応は事態を理解しました。私もその当時のハイドさんの行動は気になってはいましたから。」
「そうなんですか…?」
「はい。率直にお答えするとすれば、彼の行動はある意味正しい反応だったと私は思っています。当時の事を、未来から来たハイドさんが私に教えてくれましたから…。」
「未来のハイドがあなたに?」
「はい。恐らくそれが、あの時の真相だったと私は思います。」
「……一体、今のハイドの身何があったんです?」
「……あの人は、突然ルヴィラ・フリクという方を失ってしまったんです。その時、彼女に関わる全ての物……いや記憶や存在を証明する物が世界から全て消えてしまったそうです。それから、あの人は彼女の捜索を続けましたが、夜明けになっても何一つ証拠は見つからなかった。唯一の手掛かりは、その人物が残した置き手紙だけだったそうです。」
「…………。」
「ハイドさんは、彼女のルームメイトいや世話係としてその寮に派遣された。彼女はセプテントからの交換留学生で成績優秀な天才だったと……。しかし日常生活が余りに破綻していたそうでそれで苦労していたようです。そして、シグレさんとも交遊があり仲の良い友人同士だったと言っていました。私も何度か目にしていた機会があったそうですが、当時の私も何も覚えていなかったようです。」
「そうでしたか……。原因は一体何だったんです?」
「原因……というよりは、それが彼女の定めだったとしか言えません。」
「定め?つまり、決められていたという事ですか?」
「そういう事になりますね……。魔術の用語で幻影と呼ばれる物があります、それをご存知ですか?」
「幻影?確か……分身みたいなもので一時的にしか現存出来ないというものでしたよね?それと、何か関係があるんですか?」
「はい。幻影には意思はありません、でもそれに神器が関わっていた場合意思を持つ事例があるそうです。ルヴィラさんという方は、神器が関わって生まれた幻影だとあの人は言っていました。」
「神器で意思が生まれる……。」
「そうです。でも、それには決定的な欠陥があります。」
「欠陥?」
「神器から生まれた幻影は、その存在が不安定なんです。幻影は不安定なその存在故に他者の記憶にはその死後一切が残らないという定めを持ちます。つまり、彼女は何らかの要因で死んでしまいそして、その存在が忘れ去られてしまったんです。」
「忘れ去られるって……そんな事が簡単になる訳が……。」
「そうなってしまう、そうあの人は言っていました。」
「そんな……。それじゃあ、ハイドは死んだ人をずっと探し続けて……。でも、それじゃあどうしてハイドは、その人を覚えて……それに全部が消えたのなら置き手紙も残らないはずじゃ……。」
「ハイドさんがあの人を記憶出来ていたのは、あの人が神器で幻影を作っていた事があったからです……。恐らく神器使い且つ幻影を生み出した事があった……、それによって彼女の存在を認識出来たんです。あの人は自分でそう言っていましたから……。」
「それじゃあ一体……どうすればいいんですか……。」
「どうも出来ませんよ。ハイドさんは、簡単には諦めない人です。可能性が無だとしても決して諦めない人ですから……」




