思惑と提案
帝歴403年11月13日
この日の正午、セプテントにてアルクノヴァが管理している研究所の一室で羽の生えた女性とアルクノヴァ本人が話をしていた。
「マスター、対象の情報はこれで間違いありませんか?」
「我々の調べた限りでは、君に渡した資料が全てだが……。何か気になる事でも?」
「現在彼が共に生活をしている人物が、私の知り合いだったので……。」
「ルヴィラ・フリクだったか……。まさかとは思っていたが……やはり、君の知り合いなのかね?」
「ええ……ただ知り合い以上の関係ですが……。」
「……彼女に会いたいのかね?」
「そうですね、近い内会うべきなのは確かですよ……。アレの存在は、私と無関係ではありませんから……。」
「どういうことかね?」
「彼女は私が作った力の半身だからです。割合的には全体の三割程の力を彼女与えていますが……神器の力の影響かそれが意思を持ち人の形をとってしまった……それが彼女です。」
「なるほど……つまり彼女は君の力の一部という訳か……。」
「はい。」
「今回の計画において、彼女の存在が計画内において何か重大な支障を起こすならば早めに処理をした方がいい。あるいは、彼を殺すついでに処理を進めるか……。」
「………。」
「何か、言いたい事でもあるようだな?」
「彼女と一度、話をさせて下さい……。無理な頼みなのは承知です……。」
「……その理由は?」
「………言えません。」
「……私に逆らうのか?」
「……。」
「君が私に逆らうのは、いつ振りだろうな……。」
「…………。」
「まあいい、近い内に彼女と一度面会する時間を用意してやろう。ただ、余計な事を口走ればこちらで処理させてもらう。その条件が呑めるか?」
「…………了解しました。」
「では、私は先に失礼させてもらう。計画について何か必要な物、あるいは計画上に問題点があるならば、私を呼べ。」
「はい。」
彼女の返事を確認するまでも無く、アルクノヴァは部屋を後にした。
●
「相席、よろしいですかルーシャ王女。」
「うん……。」
その頃、学院では既に昼休みを迎えておりシンとルーシャが共に昼食を取っていた。
黙々と昼食を取る、シンの様子に対してルーシャの食事の手はあまり進んでいなかった。
彼女の様子が気になったのか、シンが声をかける。
「口に合いませんでしたか、ルーシャ王女。」
「そうじゃないの……最近生徒会の仕事が少し忙しくてね……。今は舞踏会のことで仕事がたまっていて……。」
「そうでしたね…昨日も仕事が上手く片付けられず遅くまで掛かっていましたからね…。」
「うん……。」
「やはり……シラフ様絡みですか?」
「っ……どうしてそこであいつが出て来るんですか。」
「見ていれば何となく分かります。クレシア様とルーシャ様が、彼に対して好意を抱いている事は以前からある程度は把握しておりましたから。」
「そう……。」
「特に……王女は彼の事で長く苦労しているようですね。シファ様がたまに王女の事について言っておりましたから……。」
「……。」
「話だけでも、聞かせてもらえませんか?」
「……はい……。」
ルーシャはシンに対してこれまでの悩みを打ち明けた。
彼に対して以前から好意を抱いていた事、学院で過ごす内に徐々に距離が生まれてしまった事、ヤマト王国の王女に彼が付きっきりの為に話す機会が取れない事。
そして、舞踏会で彼に告白しようと考えている事を……。
「……この機会にちゃんと向き合って伝えたいんです。でも、彼は今ヤマトの王女様に付きっきりなので話せる機会が全く取れなくて……。最近は私自身も仕事が忙しく、余計に時間が取れなくて……。」
ルーシャのその言葉に対して、シンは少し頷くと。
「なるほど…事情はある程度把握しました。つまり、シラフ様と話す時間が用意出来れば良いのですね。」
「はい。でも、そんな事が出来るんですか?」
「可能性としては、いくつかの方法がありますが……。早めに対処するのでしたら、今から直接約束に向かわれる方が良いかと思います。」
「今から直接ですか?」
「はい。今もウジウジしているよりは、その方が良いかと私は思います。」
「でも、そんな事を急に言われても……。」
「王女とシラフ様には、深い信頼関係があります。それに、彼があなたとの約束を軽々しく断る事は無いでしょう。何故なら、彼はあなたに仕える騎士なのですから。騎士が主との約束を破る事はありません。」
「シンさん……。」
「ルーシャ王女は、ご自分に自信を持つべきです。あなたの学院での噂を聞く限りでは生徒達からも深い支持を得ています。そんなあなたが、ここで悩みを続けるのはいささかおかしいのではと、私個人として思った次第です。」
「………。」
「彼に認められる為にしたこれまでの努力、王女はそれをご自身で無駄にするおつもりですか?」
「……そうですね。シンさん、私これから彼の元に向かおうと思います。」
「そうですか、良い心掛けです。」
「はい。話を聞いてくれてありがとう御座いますシンさん。そうだ、決心が鈍らない内に早く向かわないと……。」
ルーシャは昼食を少し早めに済ませると、席を立ち……。
「それじゃあ、今から行ってきます。」
「いい返事を期待しております。」
ルーシャはシンに対し軽く会釈をすると、彼の元へと向かっていった。
●
ルーシャがハイドの元へと向かおうとしていたその頃、当のハイド本人は現在ヤマト王国の王女であるシグレと共に昼食を取っていた。しかし、二人の他にも少し長めの茶髪が特徴的な男子生徒に見える彼女、テナの姿もそこにあった。
「つまり、彼もとい彼女も母国で共に剣を競い合った仲なのですねシラフ。」
「まあ、そういう事ですね。」
テナを交えての昼食に、
「あなたとシラフではどちらが強いのですか?」
「ほぼ同じくらいですよ、こいつの実力は結構なものですから。」
「同じくらいですか、興味がありますね。」
「それは光栄です。」
「それにしても、見れば見る程不思議よね?」
シグレはテナの姿をまじまじと見つめると、
「やっぱり、制服だけじゃ男に見えなくもない。背も高いし、声を聞いても男性ぽいから……。」
「よく言われます。それにシラフも、二年くらい前までは私を男だと思っていましたし……。」
「それは、仕方ないだろう。いつも何かとあれば一緒に剣を振っていたしさ。」
「シラフにそんな事を言われる少し前から、お父様にももう少し女性らしくするように言われてたしね……。王女はそんな事とか言われていましたか?」
「私も、周りからの反対は確かにありましたけど何度も続けている内に周りが自然と受け入れ始めましたから。第三王女という事もあって、お姉様達程厳しくは言われませんでしたから。」
「そういうものですか。こっちでは、第一王女が一番率先して剣を振っておりましたよ。文武両道でまさに完璧な王女というものですから。」
そんな感じで会話が続いていると……。急ぎ足でこちらに向かって来るルーシャの姿が見えてきた。
「シラフ……ここにいたんだ。」
「ルーシャ……どうしたんだよ。そんなに焦って……何かあったのか?」
「ええと……いやその特に何かあったという訳では無いんだけどさ……。ただ、ちょっと話があって……。」
「話?」
「うん……それで……話っていうのは……。」
ルーシャが話そうとするその時、横からテナが話し掛けてきた。
「ルーシャ王女、お久しぶりですね。」
テナの声に反応し、ルーシャが彼女に気付くと……
「もしかして、テナ?あなたも学院に来ていたの?」
「はい、お元気そうで何よりです。」
「そうだね、テナもお元気そうで何より……。……今はそうじゃなくて、シラフそれで話っていうのは今度の舞踏会あなたが良かったら相手を頼みたいの。」
「舞踏会……構いませんが俺なんかでいいんですか?」
「うん。ほら、私は王女だから周りと浮いちゃうし。でも参加はしないといけないから、それで良かったらシラフに相手を頼みたいんだよ。サリアでも、何回か一緒に踊っていた事があるでしょうし……。」
「構いませんよ。俺で良ければ相手役を引き受けさせてもらいます。」
「なら良かった……。」
ルーシャが誘いに応じてくれた事に安堵していると、それを聞いていたシグレが……
「舞踏会ですか、確か十日後から2日に掛けて行われるオキデンスでの行事でしたよね。」
「ええ……。」
ハイドがそう答えると、シグレは僅かに微笑み
「でしたら、シラフ。空いている日には私と一緒に踊ってもらえますか?」
「シグレと一緒にですか?」
「サリアの王女の誘いは引き受けておいて、私と踊る事は嫌だと貴方はそう言うのですか?」
「決して、そういう訳では無いですけど……。」
「でしたらよろしいでしょう?ルーシャ王女も構いませんよね?」
「……ええ、構いませんよ。」
ルーシャとシグレが互いに作り笑顔で話している様子に、ハイドは僅かな威圧感を感じていた。
「大変だね、シラフ。二人の王女から迫られているなんてさ……」
二人の様子にテナはそんな事を呟くと……。
「迫られるとか、そういう話では無いだろう。シグレは国際交流を兼ねての誘いだろうし、ルーシャに関してはテナもある程度分かるだろう?」
「そうだね……。王女も変わったよ……。」
「変わった、お前もそう思うのか?」
「まあね、以前までは君に会う度に暴言を吐いていたけどいつの間にか君を頼る程の信頼関係は築いていたんだからね。シラフも王女も成長したんだと、つくづく思った。」
「そうかい。」
「ねえ、ヤマトの王女様の後でもいいから私ともその舞踏会で踊ってくれるかい?」
テナの言葉にハイドは僅かに苦笑し
「お前も俺なんかと踊りたいのか?」
ハイドの言葉に対してテナは
「私と相手をしてくれるのはシラフくらいだろう?」
「わかったよ、時間が空いたらな。」
「ありがとう、シラフ。」
二人のそんな会話に気にも止めず、ルーシャとシグレの会話は続いていた。




